復活

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梗 概

復活

「選ばれて大きな教会で歌うことになったの。でも最近ここは物騒だから、パパは来なくてもいいからね。」

 イギリスで学ぶ一人娘からの連絡に、男は胸を締め付けられた。テロが頻発するロンドン。男はもちろん行くつもりだ。

 妻を若い頃に亡くした男は仕事に没頭し、あまりいい父親ではなかった。
 小学生の娘が英語の朗読コンテストに出場した。徹夜続きだった男は娘を会場に送ったあと、駐車場で居眠りしてしまった。目覚めた男は、会場から「どうして…」と叫びながら飛び出してくる娘を見つける。男は車道に走り込み娘をかばうが、二人は轢かれてしまう。
 男は15歳以下の子供を失った一人親家庭に許可されるクローニングによって娘を復活させた。
「どうして、私の発表を聞いてくれなかったの?」
 娘の叫びの記憶に苛まれながらも、男は娘のクローンを大切に育てた。クローン本人の記憶と個人情報は、AIによる”クローン後見人”によって管理され、自分がクローンであることを「知らずに済む権利」が保障されており、娘は順調に成長した。

 男は長い入国審査を経てロンドンに降り立ち娘と再会した。大聖堂の駐車場に大型四駆のレンタカーを停めた男は、通行人を跳ねながら橋の上を暴走し、教会に突進してくるトラックを目撃する。
 男は四駆を急発進させ、テロリストのトラックに体当たりする。二台は川に沈み爆発によって水柱が上がる。

 事件は日英両国首脳とローマ法皇の知るところとなる。実は日本での交通事故でクローンとなったのは娘ではなく男だった。事故死した男の脳に「娘を死なせた」という思い込みが強すぎて偽の記憶を埋め込む必要があったのだ。
 2度目のクローニングは前例がなく、寿命は10分間と推定された。”クローン後見人”は反対するが、超法規的措置によってすべてを娘と教会の意向に委ねることとなった。

 対テロの英雄として、男は大聖堂の最前列に”復活”した。列席者は祈りを捧げる。男は自分が駐車場で既視夢を見たと思い、演台で歌う娘に感動する。だが娘は2番の歌詞を歌わずに駆け下り、制止を振り切って男に真実を告げる。
「パパはテロと戦って死んだの。蘇った命はあと5分しかない。パパはどうしたい?パパの願いを叶えてあげて!」
 その瞬間、”クローン後見人”は娘の指示に従い、男が抱いた願望を実行に移した。

 男は教会から忽然と消え、英語朗読コンテスト会場に出現した。
 クローニングは過去時空へも可能なのだった。だが同一時空での重複存在は原理的に起こらないため、男が会場に現れていた間、車中にいる”男”は消失していた。娘の朗読を聞き届けると、男は永遠に消え去った。
 娘は父を探して外に出ると、駐車場の車中に父がいるのを見つけ、こう叫びながら車道に走り出た。
「どうして先に行っちゃうの?ホールで待っててくれてもいいじゃない!」
 左から猛スピードで接近する車にその声は掻き消された。路上に投げ出された男は流れ出る大量の血を最後に見て息絶えた。

文字数:1226

内容に関するアピール

 この世界では、ホログラフィ理論の応用によって、並行世界の対象人物を転送実体化する(その際に並行世界の側では対象人物が消滅するので”並行世界侵襲型”と称される)という方法でクローニングが実用化されている。ただし、脳の状態は厳密には一致しないため、転送時空内で必要に応じた記憶の書き換えが施される。

 詳細な技術は人間の理解の限界を超えているため、クローニングの実行は全面的にAIに依存している。また、クローニングは複雑な倫理的、法的、政治的、軍事的問題を引き起こすため、個別ケースの可否判断もAIに委任されており、人類とのインターフェースは”クローン後見人”と呼ばれるアンドロイドの姿をしている。

 そんな世界で生きる男やもめと一人娘。

 2度目の死の後、男はテロを防いだ英雄として衆目の中で”復活”する。しかし”クローン後見人”の反対を押し切って実行された復活劇は、そもそもの男の悲劇の始まりだった。

文字数:398

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復活

ピンク色の紋章のエンボス。娘ソフィの学校の封筒だ。毎年秋に開かれるボール(舞踏会)の案内状である。今年は湖畔の古城が会場とある。今のうちに近くのホテルを押さえてしまわないと。そう思ってパソコンを立ち上げると、娘からのメールが届いている。

――ボールの前にお城のそばの教会でイベントがあって、そこに学校の合唱隊が招待されています。私はソロで歌います。あとで映像が届くから、それをぜひみてください。

とある。会社を二日間余計に休まなければならないが、行かないわけがない。航宙機でわずか三時間でロンドンに着くのだ。娘には内緒で行くとしよう。

ここ二年ほど、ずっと追いかけて来た案件がある。ボールの当日は契約調印日だ。その前に三日も日本を留守にすると言ったら同僚は何と言うだろうか。いや、実際のところ、大きな案件はチームで動いている。リーダーの俺が不在だったからといって、契約そのものが飛ぶ訳ではない。調印式はセレモニーのようなものだ。契約書のページに社印を押す役目を上司に譲るというだけのことだ。親バカというなら言ってくれ。今の俺にとって仕事には、ソフィの学費を稼ぐ以上の意味などないのだから。

俺は妻を若い頃になくした。男手一つで娘を育てたが、仕事もとても忙しかった。親子の行事に行ったことなどない。もともと、俺の父親がそういう人だった。男は外で仕事をするもの。男の生きがいは仕事。子供の行事を仕事よりも優先する親など軽蔑する、そういう人間だった。そんな父親の影響を俺も少なからず受けていたのだろう。娘は可愛かったが、若い頃の俺はなぜかそれを素直に受け入れられなかった。

中学校に上がった娘は張り切っていた。がんばって受験して、隣の県の進学校に受かったのだ。娘に俺自身と同様の学歴を歩ませたかった俺は喜んだ。しかし、進学校の勉強は厳しく、宿題は大量にあった。最初のうちは手伝っていたが、すぐに面倒になった。大量の教科書とノートを詰め込んだランドセルは小柄なソフィには重すぎた。毎朝、学校まで送ってやるべきだったのだろう。今なら間違いなくそうしただろう。当時の俺はなぜあんなに薄情だったのか。今でもまったく分からない。愚かだったとしか言いようがない。代わりに俺が与えたのは自転車だった。それも丈夫なステンレス製の、重たい実用車だ。

「長持ちする。高級品だ。大事に使いなさい。」

そう言って、買い与えた記憶がある。本当に馬鹿げている。ソフィは小柄にしては体力があり、小学校の運動会ではいつも活躍していたらしい。重たい自転車も軽々と漕いで坂を登った。本当はか弱い、普通の女の子なのに。そういう側面が見えなかったのか。見て見ぬ振りをしていたのか。今でもどちらだか分からない。

一年生の二学期に、ソフィは英語スピーチコンテストに応募した。

「あまり欲張ると中途半端になるよ。」

俺は忠告した。ソフィの通う学校は英語教育に力をいれており、帰国子女が多い。帰国子女だというだけで、ほとんど無条件で一定人数を入学させているのだ。その欺瞞に入学前に気づくべきだった。愚かな学校だというべきだろう。だから英語関係のコンテストでは彼らには敵わない。学力はなくても堂々と自己主張だけはする。ソフィをそんな場で戦わせるのは不本意だったが本人はやる気だった。

「ぜったい優勝したいから、パパ、原稿を添削して。」

ソフィの目は輝いていた。ソフィが書いた原稿は、世界からテロをなくして、人々はもっと平和に生きるべきだと宣言した短いものだった。典型的な、勝てない原稿だ、とその時の俺は思った。なんて馬鹿だったのだろう。勝ち負けなんてどうでもいい。ソフィが、大勢の観衆の前で、つたない英語ながら世界の平和を宣言する、それを聞けることが大いなる救済だったのに。

コンテストの当日、俺は半日休みをとってソフィを学校に送った。

「先に行っておいで。パパはここで待ってるから。」

俺は言った。学校から道を挟んだところにある駐車場に車を停めて、俺は本当にソフィにそう告げたのだ。

ソフィは一瞬驚いて目を見開き、そしてとても寂しそうな表情で言った。

「え?パパはみにきてくれないの?」

ソフィは少し不審そうな表情をしたあと、すぐに微笑んで、ドアを開け、道を渡って学校の門に消えて行った。俺は、車でそのまま寝ているつもりで来たのだった。

――どうせ勝てない。そして予定では一時間もの間、退屈な教師の司会を聞き、下手くそな英語スピーチを聞き、帰国子女の子供が優勝するのを見てなくちゃいけない。昨日は仕事でほとんど徹夜だ。車で寝ていたい。

俺は実際そう思ったし、そしてその通り寝ていた。信じられないことだ。そのときの俺自身が、俺はどうしても許せない。

車内で熟睡した俺は、目を覚ました。ちょうど校門から父母と生徒たちが出てきていた。コンテストは終わったのだろう。ソフィは校門からとぼとぼと出て来た。とぼとぼと、立ち止まることなく、道を渡ろうとしている。

俺はハッとしてシートから身を起こし、ウィンドウを下げ、身を乗り出した。

「ソフィ!」

ソフィは俺の声が聞こえないのか、そのまま車道に出て来た。

俺は泡を食ってドアを開け、道に走り出た。

「危ない、ソフィ!」

目の端に左から突進してくるトラックが見えた。

俺はソフィを抱えて道路に倒れていた。気を失う前に俺が見たのは、血に染まったソフィの顔だった。道路には大量に血が流れていた。ああ、やってしまった。そう思ったのを覚えている。

病院で俺は目覚めた。どうやら生き残ってしまったようだ。ということは。あの大量の血はやはりソフィのものだったのか。朦朧とする意識のなか、苦い悲しみと恐怖が俺の胸を満たし、そのまま数日が過ぎた。

意識が戻ってすぐに、俺は医者にソフィのことを尋ねた。

「ソフィはどうなっていますか?ソフィに会わせてください。」

「大丈夫ですよ。あなたが身を呈して守ってあげたおかげで娘さんは軽傷です。あなたが元気になったらすぐにお引き合わせします。」

軽傷?そんなことがあり得るだろうか。この俺も無傷だというのに。

医者の言葉通り、ソフィは軽い打撲傷だけですぐに退院できた。俺はとにかくそのことを喜び、病室で抱いた疑問を押し殺した。とにかく俺たちはラッキーだった。俺は馴染みの弁護士に頼んで、加害者の謝罪を断り、淡々と慰謝料請求を進めた。

落ち着いた頃、一通の封書が届いた。科学技術庁先端量子科学臨床局長、なる人物からだった。俺は霞ヶ関に出向いた。部屋には局長と、その秘書がいた。

「今日は重要なお話があってお呼びだてしました。実は娘さんのソフィさんは、あの自動車事故でお亡くなりになっています。いまおられるソフィさんはその『復活体』です。しかし、復活体は厳密に、生前のソフィさんと同一人物です。」

なんのことやらさっぱりわからない。量子物理学の最新の応用とやらでマルチヴァースなる並行世界から生前のソフィそのものを転写、実体化したのが現在のソフィであること。そのソフィはかつてのソフィと記憶も含めて完全に同一であること、つまり本人そのものであること。ということらしい。

「クローンということですか?」

「いえいえ、いわゆる生物学的なクローンとは全く異なります。ことなる時空からお連れしたソフィさんその人なのです。」

俺はその荒唐無稽な話になぜか納得していた。事故の時の実感、病院で感じていた違和感、すべてに辻褄があう。

「なるほど。で、ソフィの亡骸はどうなったのです?」

「『復活体』が実体化するときに量子力学的な必然によってソフィさんの肉体は消滅してしまいます。ですので、死体は残りません。」

「なぜ、我々が?」

「この技術が実用化されてから、実行の時が待たれていました。物理的な条件を満たすケースは限られています。それに加え、お子さんが15歳以下のひとり親家庭で、肉親が急死され、倫理的に妥当である場合にのみ、本件を管轄する国際機関は承認を与えます。お二人のケースがそれに該当したのです。」

「それは、大変、不幸中の幸いだったと、思うべきなのでしょうね。」

俺はゆっくりと言った。確かにその通りなのだ。

「信じるか信じないかはご自由です。事故のことはある意味忘れて、これまで通り過ごして下さい。しかし『復活体』には特別なケアが必要です。年に一度、お二人一緒に、必ず当局の精密検査を受診してください。これは強制です。」

「いえ、信じますよ。私も一緒に検査を受けるんですか?」

「そうです。事故の瞬間の、事故を回避できた並行世界を検索するためにお二人の相互作用が参照情報になっていますので。」

これまでその検査を二回受けた。場所は白金にある施設だ。ソフィには事故後の精密検査と言ってある。CTスキャン装置との違いは俺には分からない。とても似た検査だ。

俺はそれから心を入れ替えた。ソフィは今もここにいる。しかし、局長らの言っていたことは本当なのだろう。俺は一度、ソフィを死なせてしまったのだ。俺はすっかり反省し、仕事は定時で終え、娘の面倒をみることを何よりも優先する父親になった。俺はソフィが生きていることを何かに感謝したくて、キリスト教に入信した。毎週日曜日には、祈りを捧げに教会に通うようになった。

ソフィは事故の影響も見せず、順調に中学を卒業した。英語の勉強をことのほかがんばり、本人の希望で高校からイギリスに留学させた。学費や寮費は目の玉が飛び出るほど高く、級友たちはみな金持ちで身の回り品にも金がかかったが、俺のこれまでの仕事人生が幸いしてなんとか資金は工面できた。秋のボールは金持ちが集うソフィの学校の、年に一度のいわば学芸発表会だった。初回の去年は新市街のカンファレスホールが会場だったが、今年は旧市街の古城が舞台らしい。ソフィは去年は出そびれた舞踏会で踊ると言っていたのでタキシードを新調したところだった。仕事を人に譲って、予定を二日早めることくらい何でもなかった。

あの事故以来、空港のセキュリティチェックが厳しくなった気がする。無論、そこに因果関係はなく、世界中でますますテロが頻発するようになったからだろう。ヒースロー空港のディスプレイには昨日起こったばかりのバッキンガム宮殿を狙ったテロのニュースがずっと流れている。少し離れた航宙機ゲートから三時間もかけて空港を脱出すると、俺はレンタカーを借りた。日本で予約しておいたというのに、八人乗りの大型のバンしか残っていなかったが仕方ない。ナビゲーションシステムに古城と教会の場所を入れて、俺は走り出した。ロンドンから南に向かって約二時間、道沿いの門から途方もないほど長い通路の先に屋敷がある物件をいくつも通り過ぎてバンを走らせる。ほとんど海沿いにソフィのいる街があった。美しい田舎で、今でも貴族が住み、大きな教会がある街だ。

教会は、湖の中心に浮かぶ小さな島に建っていた。教会の正面に向かって橋がかかっている。二車線の立派な橋だ。俺は景色を楽しみながらバンで橋を渡った。教会横の駐車場にはスクールバスと父兄のものと思しき黒塗りの大型車がひしめいている。場違いというより、むしろ怪しげといってもいいバンを、俺は駐車場の端っこにとめた。

開始20分前。ソフィはもう中でスタンバイしているだろう。あまり目立ちたくはないが、後ろで立ち見も嫌だ。俺は教会内に移動するためにエンジンを止めようとキーに手をかけた。

その時、俺は土埃を上げて一本道を突進してくる異様なトラックに目を留めた。ハイルーフの黒塗りのトラックだ。イベントの関係車輌のようには見えない。俺はすぐにかつて教会に突っ込もうとして未遂に終わったテロ事件を思い出した。トラックは橋を徒歩で渡ってくるゲストを跳ね飛ばした。俺の予感は確信に変わった。テロだ。

「今度こそソフィを守りたい。」

俺の心に去来したのはその思いだけだった。気がつくと、俺はバンを急発進させて、橋に向かって急加速していた。みるみる近づく二台の車両。ほんの数秒間の出来事だ。運転席の男と目が合う。俺はバンを突進させた。何も考えるいとまもなく、俺のバンはトラックに正面衝突した。

教会の中では、イベントの準備がにぎやかに進められていた。ソフィはソロ出演のためのドレスをクラスメートに直してもらっている。観客は雑談しながらも座席につき始めていた。伴奏の室内楽オーケストラは地元の楽団だったが、学校の学生も演奏発表を兼ねて混じっている。指揮者がリハーサルの指揮棒を振り上げたそのとき、どーんという大きな衝撃音がした。

教会の扉をおどいた父兄が開けた。参集していた人々は一斉に後ろを向く。ソフィは演題からまっすぐに教会に連なる橋の上の出来事を見た。

衝突した二台の車からは火が上がっていた。橋の向こう側からぶつかった車はすでに半分橋から車体前半がはみ出している。こちら側からまっすぐに食い込んでいる白いバンがひきずられ、二台は大きな水しぶきを上げて湖面に落下した。様子を見にいこうとする学生を、扉付近の父兄が押さえている。

すると今度は半分沈んだ車輌から爆発が起き、水柱が上がった。教会内にも破片と水が飛び込み、人々は一斉に伏せた。出口の父兄が扉を閉じた瞬間に二度目の爆発が起きた。教会の壁にがれきが当たる音がした。

奇跡的に、けが人は出なかった。白いバンの操縦車をのぞいて。

バンのレンタル記録から、操縦者が父親であったことを知って、ソフィは気を失った。教会の上空にヘリが報道機関の飛び交い、一帯は封鎖された。トラックは過激派組織の爆弾テロであると断定された。一名をのぞいて被害者はなく、テロは未遂に終わったのだった。

白いバンは速やかに湖中から引き上げられ、操縦者は救助されたが、爆発の衝撃で重傷だった。彼はロンドンの病院に急送されたが、その日のうちに息を引き取った。ソフィは付き添ったが、危篤状態のときに、彼は巨大なCTスキャナー状の検査装置にかけられ、臨終を装置内で迎えた。

メディアは連日連夜、ソフィの父親と教会でのテロ未遂事件を報道した。ソフィの父親は英雄として世界中にその名を知られることとなった。ソフィ自身も何度かインタビューを受けた。可憐なソフィは世間の同情を一身に集めた。騒ぎが落ち着いた頃、ソフィは学長室に呼ばれた。そこには神父らしき人物とイギリス人、日本人のスーツ姿の男が同席していた。そこでソフィは、父親が『復活体』であったことを告げられた。

「以上が『復活体』についての簡単な技術的説明です。まあ、理解は難しいとは思いますが量子物理学の一つの成果なのです。」

科学技術庁から今朝、航宙機でやってきたという日本人官僚が流暢な英語で説明した。

「お父様は三年前の事故で、一度お亡くなりになり、『復活体』となってあなたを育てられました。あなたが15歳以下の子供でしたから、ご本人には”あなた”が復活体になったと告知してあります。そうしないと必須の検査を受けていただけませんから。この告知形態は極秘ですが、法的に認められています。」

その父親が二度目に自らを犠牲にして、今度は多くの人を助けたこと、そして結果的に(いや、それが本人の目的だったのかも知れないのだが)ソフィの命をも助けたこと。ソフィにとってはあまりに突然で、にわかには信じがたく、何の返事もできなかった。

控えていた神父が口を開いた。

「教会としては、ご尊父を教会を救った英霊としてお祀りしたいのです。聞けば、二度目の『復活』は可能なのだとか。」

「ソフィさん、実はそうなのです。もう一度だけ、お父様を『復活体』として蘇らせることが可能なのです。しかしながら、その時間は約十分に限られています。」

日本人官僚が言った。

「十分、ですか?十分だけ、父と会えるのですか?」

ソフィは聞いた。涙があふれている。学長も目を赤らめながらソフィに言った。

「ソフィさん。そうなのです。お父様は、教会であなたが歌うところを見学するとは、あなたに知らせていなかったそうですね。たった十分間ですが、最後のお別れをなさりたいかどうか、あなたにお任せしたい、というのが本日の集まりの趣旨なのです。もし前向きに考えてもらえるのでしたら、具体的な方法は教会を代表して神父様と、学校を代表する私と、ソフィさんとでご相談いたしましょう。」

相談の結果、ソフィの父親を囲んで『復活と感謝の集い』が事故の現場となった同じ教会で。事故のちょうど一ヶ月後に開かれることとなった。ソフィの父親は、バンを走らせる直前の状態に同期した『復活体』として現れる。彼の意識のなかでは、イベント当日のままなのだ。人々は参集し、中止に終わった教会での催しを彼のために開くこととなった。

俺はバンの中でふっと目覚めた。旅の疲れでうたた寝をしてしまったのだろうか。

「あぶない。あの日のようにソフィの出番を見逃すところだった。」

俺は急いでエンジンを切り、教会に歩いていった。

ドアを開けると、一斉に聴衆が振り向いて俺を見たので、俺はびっくりして左右を見回した。多くの人々と一瞬目があった。座席についている人たちまで立ち上がり、まるで俺を待っていたかのように中央の通路を開けた。俺はおずおずと、前に進んだ。見上げると、ソフィがいた。

「パパ!待っていたわ。」

一体誰が知らせたのだろう。さては、ソフィのソロ出演に気を回したホテルのバトラーか誰かが気を回したのだろう。この学校の生徒父兄は名士ばかりだから、そんなことがあっても不思議ではない。俺は腹をくくり、右手を軽く上げて会釈しながら最前列まで進み、席についた。

なんとそれと同時に聴衆は着席し、オーケストラが前奏を奏で始める。ソフィは演題で輝くように俺を見つめている。

ソフィは歌い始めた。俺の知らない、オペラのアリアらしい歌だったが、すばらしかった。来た甲斐があったというものだ。

ソフィの演題の上にはなぜか砂時計が置いてあった。一番を歌い終わり、オーケストラが間奏に入ると、砂時計が落ちた。五分計?だろうか。

すると、ソフィの様子がおかしい。砂時計をつかむと、ソフィは演題から駆け下りて来た。オーケストラは間奏を止める。教会は少しざわめいたが、ソフィの言葉に静まり返った。

「パパ!よく聞いて。あの日、日本で私たちが事故にあった日、パパは一度死んでいるの。そして量子なんとかの力で『復活』したのよ。」

「ソフィ、どうしてそれを。それに、違うんだ、復活したのは、」

「違うわパパ。パパは嘘を信じていたの。パパに検査を受けさせるための嘘。本当は死んで復活したのはパパ。」

俺は衝撃を受けた。そしてやっと、長年の疑問が解消された気がした。ソフィは死んでいない。そう、ソフィは何も変わっていないのだから。変わったのは俺だったのだから。

「パパが復活するのは二度目よ。だからこの世にいられるのはあと五分だけ。五分だけなの!信じて!パパはどうしたい!パパの願いを聞かせて!」

「そうか、ソフィ。じゃあ、パパには一つだけ願いがあるよ。」

「何?」

「ソフィの英語スピーチコンテストが聞きたい。」

俺は中学校の英語スピーチコンテスト会場にいた。最前列の通路に座り、縁台に立ったソフィと目があった。ソフィは世界の平和を、テロがない世の中を願う立派なスピーチを行った。俺は泣いていた。

スピーチを終えたソフィは、ロビーに出て父親の姿を探した。参加者はみんな父兄と楽しそうに雑談している。だが父親はどこにもいなかった。ソフィはうつむいて、会場を後にした。

文字数:7903

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