梗 概
西へ
「そうだ、今日、子どもをつくろう」
システムエンジニアのエリカは、過酷なプロジェクトの最中に思いついた。生物学的にリミットが来る前に子どもを身ごもろうと。
エリカの恋人はソウルロイドと呼ばれる高性能AIだったが、エリカが妊娠することは難しくなかった。世界の人口はパンデミックと食料不足で激減していた。出生数の増加が急務となったため、高度生殖技術がオープンになった。精子や卵子、授精卵や、ホルモン剤を手軽に入手して着床、つまり妊娠することができた。
エリカはどの製薬会社の「授精キット」を購入しようか悩むが、授精卵の自動修正機能がついているストーク社に決めた。
エリカは妊娠したが、切迫流産と診断され入院した。開発中のシステムに残っているバグが気になったが、職場に戻ることもできず、病室の天井に映し出された20世紀の古典映画を眺めながら、妊娠継続のために治療を続けた。
妊娠6ヶ月を過ぎると胎動が始まった。
トン、トン、ト…トン、トン、トン…ト、トン、トン…ト…トトト…トン…
胎動は一定のリズムを刻んでいるようだった。
ある日眺めていた映画のなかで、墜落した飛行機の生存者が無線で助けを求めていた。エリカはモールス信号の存在を知り、胎動と似ていることに気づく。モールス符号と胎動のリズムを照らし合わせると、ある単語が浮かんできた。
G O W E S T
最初は懐疑的だったエリカも、日に日に強くなる胎動と繰り返されるリズムから、確信を抱くようになった。これは赤ちゃんから私へのメッセージなのではないか、と。
退院すると、エリカの旅が始まった。
「西へ」という抽象的なメッセージはエリカを悩ませた。日本最西端の与那国島へ行くも何も起こらなかったが、そこには胎動からメッセージを受け取ったという妊婦が集まっていた。意気投合したエリカ達は一緒に謎を解くことにした。
ユーラシア大陸の最西端、ロカ岬や、日付変更線を基準とした最西端のアッツ島、180度子午線下の島々に足を運んだ。エリカと旅をする妊婦は増えていく。
妊婦達は臨月を迎えるまで旅を続けたが、何も起こらなかった。落胆するエリカにある妊婦が言った。
「西へ」って特定の場所を指すんじゃなくて、私たちの心の中にあるコンパスのことなんじゃない? 立ち止まるな、考えろ、感じろ、進めって。
胎動に突き動かされて、エリカはなぜ歩き続けたのか、なぜ子どもを持とうとしたのか、その理由に気づいたのだった。
エリカ達は互いに出産の無事を祈り、各国へ戻った。
実は信号を受け取った妊婦達の共通点は、ストーク社の授精キットを使用したことだった。授精卵の自動修正プログラムにバグがあり、DNAに作用して偶然、GO WEST のリズムを奏でたのだった。
その後エリカ達は無事出産し、胎動は止んだ。新生児達は二度と、あのリズムを刻むことはなかった。
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内容に関するアピール
「キック ゲーム」という遊びがあります。胎児がお腹を蹴った場所を叩き返すと、胎児が蹴り返してくる、これを繰り返す遊びです。胎児と会話をしているようでほのぼのしますが、実は胎児が何かを伝えようとしているとしたら?その謎がこの物語の見所の一つです。
妊娠中の旅は非常に危険なものです。しかしエリカは胎動に突き動かされて、ひたすら「西へ」向かいます。それはなぜか。世界の最果てには何が待っていて、エリカは何を得るのか。子どもを持つとはどういうことなのか。
エリカは結局どこにも辿り着きませんでしたが、歩き続ける中で、本当の理由に気づきます。
梗概を書いていると、次々と問いが浮かび上がり、突きつけられました。「書く」とは思考することなのだ、と実感できた瞬間でした。
実作では「西へ」向かって歩み続けるエリカが、世界中の妊婦さんを巻き込んでいく勢いと、彼女自身の内面に化学変化が起こる様に驚きを感じたいです。
また、高度生殖医療の近未来や、出産をめぐる環境の変化がもたらす女性達の心理もしっかり描いていきたいです。
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