梗 概
ツグミくん&クリスちゃん
でえええぇ、と野太い音がした方角に目を向けると、電灯の光に反射してきらきらと吐瀉物が輝くのが、少し離れたここからでも見えた。仕事からの帰りしな、道端に佇む「僕」は酔っぱらいの嘔吐を見て高校生のころを思い出す。あんなに一緒だったのに、没交渉になってしまった友人たち。
・・・・
1.
「やっぱ俺の腸内フローラだと思うんだよなあ…」
下校途中、「僕」と絵美の前で、大悟の問わず語りがまたはじまる。腸内に棲む細菌の生態系のおかげで胃腸は超頑丈、食べても食べても太らないフローラ・フローラした体質?ってのが俺ですわ、と絵美をじっと見つめる。女は元々男より太りやすい体質なんだっつーの、と痩身長駆の大悟に軽く蹴りを入れる絵美。フローラってそれさ、昨日のビートたけしの健康特番の影響受けてるだけじゃん、あと絵美は別に太ってないと思う、と「僕」はツッコミとフォローに忙しい。
仲良く歩く同級生たちの後ろを、同学年の嫌われ者の男子、ツグミが絶妙に収まりの悪い距離を空けながらついていく。肥り肉を揺すり揺すり、前かがみに歩きつつ、三人の会話を盗み聞いているようだった。
2.
年末の大掃除。ベランダに退避させてあった4台のコントラバスが、5階の音楽室から校庭へきれいに落下してゆく。
「震度3強で崩れるってさあ、どんだけ建て付け悪いのよ」
管弦楽部でコンバスを担当していた大悟は悄然としている。ほんとにうちのボロ校舎はさぁ、と慰め気味に同調する絵美。新しい楽器の購入費、4台しめて90万円だぜ、そんな金、学校にないってさ、と大悟はキュウジュウマンを裏声で強調しつつ嘆息。貧乏公立高校の悲哀、と「僕」は小さくつぶやく。
3.
「クリステンセネラセエ!」
は?と聞き返す「僕」に、クリステンセネラセエ、と大悟は繰り返す。痩せ菌だよ。俺の腸内フローラには痩せ菌がいっぱいいるの。これ、金になんねえかなあ。
「そんなに自信があるんだったら、賭けてみる?」
いつのまにか背後から接近していたツグミが大悟に斜め下からささやきかける。腸内フローラ耐久テスト。大腸菌とか、いっぱい食べて、身体壊さなかったら、100万、あげる。社長の息子だというツグミ。失敗だったら、そうだなあ、大悟くんのクリステンセネラセエ、もらおうかな。
4.
賭けにのる大悟。参加者全員科学素人のでたらめな勝負がはじまる。アマゾンで買ってきた、とツグミがいうデソキシコレート寒天培地に、校舎の様々なところから採取したサンプルを移すと、みるみる大腸菌のコロニーが出来上がる。
こともなげに平らげる大悟。3週間に渡るテストの間、ツグミの大腸菌の採取先は徐々にエスカレートする。
ツグミは言う:糞便移植法、って知ってるかな?丈夫な人の腸内細菌を大便を通じて病気の人に移す治療。マウス実験によると、フローラを移されたマウスは性格も変わっちゃうらしいよ。大悟くんも、僕に、似ちゃうのかなあ。
周囲の制止を振り切って、大悟は体内にツグミの希釈された便検体を取り込む。ゲームの終わりが宣言されるかされないかの瀬戸際、大悟は嘔吐する。勝負は引き分けかな、とツグミ。匿名の寄付により、音楽室にコントラバスが2台納入される。
「その代わり、大悟くんのクリスちゃん、もらってくね」
・・・・
懐かしいなあ。大悟くん、絵美ちゃん、最近元気かな。吐く人を見るたびに思い出す、と「僕」は独りごちる。でも、大悟くんとはつながってる気がする。たくさん培養して、いっぱい入れたもんね。酔っ払いを振り返り振り返りしつつ、ツグミは痩躯を家路へと運ぶ。
文字数:1453
内容に関するアピール
腸内フローラに取材した理由ですが、SFSFしたガジェットを創り出す気分ではない、さりとてまったく「仕掛け」のない物語をサイエンス・フィクションっぽく仕上げるのは難しい、と煩悶した挙句、2017年現在の状況から未来めいたものを切り出すのが第三の道としてよろしいのではないかと、判断したことによります。
最大の驚きは、清々しい青春小説を書こうと意気込んだ私の脳裏に、20年ほど前に読んだ英語小説が浮かんできて全てを台無しにしていったことです。子どもたちがミミズ食いの賭けに興じる、という内容だったはずですので(調べたら”How to Eat Fried Worms”というジュブナイル・ノベルだそうです)不快ながら本作はその影響下にある小説ということになります。読者には伝わらない驚きですが。
ところどころ実作での駆動力になりそうな表現が書けた気がするので、それらをよすがに、読み終わったあとに気持ち悪さが立ち昇る作品を完成させたいと思います。
文字数:412