梗 概
竜のめざめ
1.西暦1874年
薩摩、長州藩を中心とした新政府軍が江戸城を包囲して7年が過ぎた。天守閣付近からは昼夜を問わず謎の白煙がもうもうと上がり、糧食、弾薬が尽きる気配はない。
江戸の膠着状態を背景に各地で小競り合いが起きる。イギリスは新政府軍への関与を深め、フランスは影に日に幕府を支援。極東の島国での覇権争いは英仏の代理戦争の色彩を帯びはじめる。
中年の旗本、小笠原勘解は江戸城中で多忙を極めていた。城内の敷地を掘削して得た万能の熱水泉を使った武器弾薬の製造、植物の促成栽培、傷病兵の治癒などの差配を一手に担っているからだ。代々、御湯奉行として箱根から将軍への献湯しか任されてこなかった家系の当主は、「源泉」とその応用法の発見以後、いまや幕閣最大の権力者となっていた。
新政府軍は各地で発見されはじめた「源泉」の開発により幕府と同等の技術力を手に入れ、江戸城はようやく落城する。
「源泉」の一大湧水地たる江戸の温泉力を盾に徳川家は新政府議会の上院である諸侯会議でも一定の影響力を行使。侯爵に列せられた勘解の辣腕もあり、旧幕府主体の日仏共同事業体が各地の温泉を大開発。簡易に高エネルギーを取り出すことができるその地下資源を活用して、日本の工業化は急速に進展。
イギリスと薩摩中心のコングロマリットも日仏連合に負けじと開発を展開。英仏の影響力は増大するが、温泉開発からの莫大な収益を背景になんとなく内外の権力の均衡がとれた列島国家ができあがっていく。
2.西暦1914年
「源泉」開発の手法は世界に広まり、人類の全てを瞬く間に変えていった。
小笠原コンツェルンの総帥の座は勘解の性別不明の嗣子、天巫に受け継がれる。幼い頃から熱泉に浸かった効果で浮くような白い肌と透徹した思考をもつ天巫は、日本はおろか世界各地に広まった「源泉」開発事業の元締めとして、あらゆるセクターを支配していった。
泉粒子を利用した内燃機関による高速鉄道、高速空挺により交通革命が実現し、蒸気農法により食料は効率的な増産を実現。
一方で、急速な発展は社会に歪みをもたらす。掘削に必要な人足など、温泉事業に従事する人々は世界人口の半分に達し、持てる者の持たざる者からの収奪が激化。世界が沸騰するなか、熱泉信仰の宗教集団の反乱に蹂躙されたコンチェルンの本拠で天巫は横死を遂げる。
3.光歴7年(西暦1941年)
それでも人類は温泉を手放すことはしなかった。世界最大の噴出空豪である旧江戸城下では泉粒子のもつれを利用した並列処理を行う汎計算用大円柱が建てられ、世界は事実上、その託宣で動いているのだった。
ただ、一体どのように地中深くでエネルギーが生み出され、「源泉」から湧出しているかは謎のままだ。第7次深奥世界探検隊にもぐり込んだ小笠原家の放蕩息子、シリルは、掘削プローブ群の先鋒として人類未踏の大深度に到達する。
「熱ッァ!」掘削アームの先端が何かをつつき、シリルが声をあげた刹那、ポッドは飲み込まれ溶けた。彼のひと押しで体長数千キロに及ぶ熱核生物が目覚めたのはそのときであった。
地殻を破り、「竜」は巣を飛び立とうとしている。地表は今まで吹き出された白煙を相殺するがごとく赤い岩漿で満たされている。やがてこの星は完全に割れてしまうだろう。
太陽は我が子の覚醒と出発を寿ぐようにメガフレアを吹き上げ、近傍のプロキシマ・ケンタウリやシリウスAなどもそれに呼応する。これに刺激された太陽系の他の惑星の目覚めも近いようだ。
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内容に関するアピール
実作では温泉スチームパンクからの人類滅亡まで、サッサカ駆け抜けたいです。竜の目覚めによって太陽系も滅ぶのだと思います。
まず、小笠原家の三代記を通じて温泉文明のおこりと隆盛を描きます。温泉技術で文明が最高潮に達した後、ドラゴン・エクス・マキナ的な処理が世界に施される様子を表現するつもりです。口幅ったいですが、いきなりの転調が魅力となるような短編を目指します。
実際の歴史に当てはめればこの物語は明治維新から太平洋戦争開戦までの70年程度の期間にあたりますが、その間に人類が我々と全く別の道を辿り、かつ現代の技術水準を超えてしまうところまで昇ってしまったあと、一瞬で滅亡してしまうドライブ感を伝えられればと思います。
梗概に詰め込みきれなかった温泉技術の理屈付けや温泉文明のディテール、小笠原家の面々の描写、竜の覚醒のプロセスなども盛り込む予定です。
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