不倫と子猫とパワードスーツ

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梗 概

不倫と子猫とパワードスーツ

遠くで男女の言い争う声が聞こえる。僕はクローゼットの中、介護用パワードスーツの中で息を潜めている。起動されていないそれは、コントで使う力士の肉襦袢に巨大なフルフェイスのヘルメットを乗っけた物のようだ。腹の辺りにもぞもぞと動く気配があり、微かなパフュームの移り香から、それがジョーンズだと分かる。鯖トラの雄猫だ。紛れ込んでしまったらしい。器用にスーツに爪を立て、胸まで上ってくると、ごろごろと満足げにのどを鳴らし始めた。
「ご機嫌だな、ジョンジー。でも、もう少し、静かにしておくれ」
何かが割れる音、ドアを激しく締める音、もうすぐ見つかってしまうだろう、きっと。「起動します」
唐突にスーツ内のインジケーターが緑に光り、僕とジョーンズの顔を明るく照らし出す。

一階のカフェは、何事もなかったように営業している。半年前そこには、そのタワービルの最上階から転落した一体のパワードスーツと中年男性の脳漿やら贓物やらがぶちまけられ、センセーショナルな事件として、連日報道されていたのに。介護用パワードスーツの暴走、介護疲れの主婦、若い愛人とのひととき、帰宅した夫を道連れに。
エレベーターホールに向かい、案内表示を確認するが、最上階から下5フロアは一般の来客の訪えるところではなくなっていた。集合インターホンを試してみるが、その階を呼ぶ番号はない。
「何度来ても、無駄よ」
振り向くと、その介護疲れの主婦、祐子が立っていた。細身の体に白衣を羽織り、有能で自信に満ちた女性、ニュースで泣いていた姿とは全くの別人だと、沙羅は軽くにらんだ。「本当のことが知りたいんです」
祐子はそばを通り過ぎ、当たり前のように開いたドアの中へ乗り込む。「本当のこと?ベッドの中の?」
閉まるドアの向こう、妖艶な微笑みが浮かび、沙羅は言い返す言葉もなく立ちすくんだ。

「ごめんな、沙羅。どうしてあんなことしたのか、僕にも分からないんだ。」
モニターの中のマサキが言う。メモリアルセンター、よりしろと呼ばれるサービス、死者の意識を再構築したという、あの頃のマサキが話しかける。もう、半年がたった。でもこのマサキは当時のまま。死者は変わらない。「ところで、ジョーンズは大丈夫だったのかい?」
猫の死骸については全く報道されてはいない。だから、多分、マサキ、今のあなたは偽物。

この半年で変わったこと、介護問題を解消するとして生前から自己を電算化する老人が増えたこと、一種の安楽死、そして永遠の生という名の凍り付いた世界。

マサキの死が何に利用されたのか、沙羅は追い求める。

文字数:1053

内容に関するアピール

クライマックスと言えば、『エイリアン』のあのシーンだ。宇宙服の中にネコと一緒に潜り込んで、化け物に気付かれないようにタイミングを計っている、あのシーン。ほぼそのパクリのような情景を書くことにする。
その次に決めたのが、タイトル。『不倫と子猫とパワードスーツ』にする。前二つは、特にSF的なものではないが、パワードスーツについては、今回のこれは介護アシスト用のものとして設定した。人間の体を楽に支え、長距離の移動、階段とかたとえば氷面とかまでも安全に移動できる能力があるが、いかんせんスピードがのろいものとする。形状は気密服のような密閉型で、その内部に猫も一緒に入っていただく。
そして何かと戦うわけだけど、それはまだ決めてない。今回はこのアピール文から書いているので、クライマックスにどんな驚きがあるのか、書いてる本人も、実に楽しみなのだ。

文字数:368

課題提出者一覧