梗 概
機巧都市の復興
スマートでスモールな循環型都市としてオートメーション化された街。
先の大過によって甚大な電磁災害を被り機能不全に陥ったその街は、見捨てられ無人都市と化した。
しかし、破壊されずに残ったわずかな自動修復マシンたちの働きによって、ゆっくりと街の復興はすすんでいく。そしていつしか街はすべての機能を回復させる。その後、街は自然エネルギーを効率的に利用しながら、周囲の循環型都市とも連携し、マシンたちの自治によって無人のまま大きなトラブルや老朽化に見舞われることもなく長い年月を過ごしていた。
全体を統御するような管理コンピュータはもたず、巡回型自治機構によって街の状態を常時観測し、集められた情報に基づいてそれぞれのマシンが決められた役割を実行していく。そんな単純だがお互いを完全に補完し合っているシステムこそが、この街の設計思想(コンセプト)であり、一時的な機能不全から見事な復興を遂げて正常を保ってきた秘訣でもある。
その日もいつもと同じように巡回型自治機構が街の状態をスキャニングしながら定期経路を移動していた。すると数日前からアラート状態になっていた舞踏人形の関節部がついに破損してしまったことが判明する。
舞踏人形の役割は、かつて街の娯楽施設で定期的に催されていた「歓待の踊り」を披露して観光に訪れた人々を楽しませることだった。しかしすでに観光プログラムは形骸化しており、街の循環のなかで人形たちの担う役割は小さいものとなっていた。それでもコンセプトに従って街を維持していくために、人形は修理されることになる。
街の内部には複雑な人形の関節パーツを修理する施設はなく、人形は車両型輸送機によって修理機能をもっている別の循環型都市へと運ばれることになる。
こうして一時的に二体のマシンが街のサイクルから抜けて、その二つの機能の欠落を埋めるために、街のマシンたちはほんの少しだけ働き方の調整を行う。
文字数:800
内容に関するアピール
書くことによる「自分への驚き」ということについて考えてみたとき、静かで動きも少なくて、一見何も起こらなくて退屈そうなのだけれど、読んでみると面白い。といった作品に挑戦してみたいと思いました。
そこで、あるシステムが淡々と決められた手順を繰り返しているという舞台を設定し、その風景を描いていくことで、いったいその中からどんな物語やイメージが立ち上がって来るのか、ということについて試みたいと思います。
梗概を書いていて驚いたことは、舞踏人形というモチーフが現れたことでした。当初は感情を交えずに、もっと無機質な世界観のまま淡々と進めていく予定だったのですが、人形が登場したことによって梗概の時点で一種の感傷が生まれてしまいました。
実作では、会話や固有名、感情の描写などを用いずに、ただシステマチックに動き続ける世界のなかで人形によってもたらされた「感傷の芽」がどう作用するのか見てみたいと思います。
文字数:400
機巧都市の復興
1 自動修復マシン
ヴィスタル機構郡第七系所属第十二都市――かつてリゾート・シティとして栄えた街は、現在、行政区画から外され、その名称を失っている。スマートでスモールな循環型都市として設計された街は、七〇年前、大戦下で使用された効率的破壊兵器による電磁攻撃の影響によって、機能不全に陥った。
ダメージによって、オートメーション化されていたあらゆる機能が麻痺した結果、生活が立ち行かなくなってしまい、また、戦火のさらなる拡大が見込まれるという現実的な理由から、居住する者がいなくなってしまった街には、人々の快適な暮らしを維持するという目的で製造された機械だけが取り残されていた。
攻撃の直後、プロテクト処理を施されていたために電磁的ダメージを免れた二〇台の緊急作業用自動修復マシンたちは、設定されていた作業分担区画に基づいて循環の停止した街を巡回し、被害に対応すべく修復活動を開始していった。立ち並ぶ建造物には傷ひとつ付いておらず、ただ、あらゆる電気的なつながりだけが、破壊されていた。
エマージェンシー・コールの鳴り響くなか、修復マシンは歪みなく整地されたクリーン・アスファルトの上を通常時と変わらない速度で、走行音を立てずに、混乱した人々の合間をぬって静かに走っていった。攻撃後、四八時間をかけて統治府によって実施された、救難輸送船による住民の退避が完了すると、生体反応のなくなった都市の生命維持機能はオートで省エネルギーモードに切り替えられた。
修復マシンたちは自らの活動を維持するため、まずはじめに電力設備の復旧にとりかかった。都市の心臓部であるメインのエネルギー関連施設の多くには厳重なプロテクトが施されていたが、送電・ネットワーク関連のケーブルや、マシンたちのエネルギー供給用スタンドに備え付けられていた接続端子など外部へ露出していた充電設備に関しては、その被害は決して小さくはなかった。
修復マシンは内臓バッテリーによって約二四〇時間の自立稼働が可能であったが、街全体の修復にはそれ以上の時間が必要であると試算されていた。
攻撃によって破壊されたパーツの予備を求めて、地下倉庫の扉が開かれた。扉の奥には、街全体の復旧に必要とされる資材が十分に保管されていた。
地下最深エリア付近は電磁攻撃による被害を免れており、そこに配備されていたマシンたちは機能を維持していたため、緊急時対応マニュアルによる配置換えが実行され、そのすべてが地上エリア復旧のために活動することとなった。
資材のリストが整理され、必要な数と使用場所、そこまでの運搬ルートの計算が完了すると、まずは地下から資材を搬出するために輸送機が修理され、次いで清掃マシンたちが活動を再開した。故障した機材や不要になったパーツを片づけることに加え、被害から時間が経つにつれて、少しずつ街中に塵や埃の堆積している箇所があることが、感知されたからだ。
清掃マシンが街区をきれいにしている間に、修復マシンはごみ処理用施設の改修にとりかかった。大規模な施設の修復には数台のマシンによる協働が必要であり、マシンたちはバランサー・システムを中心とする綿密なネットワークによって効率的な作業サイクルを設定することで、各機に課されていた日常的業務とは異なるコマンドによる分業をスムーズに実現した。
はじめのうち、限られた充電ポイントで順番に電力供給を受けていたマシンたちだったが、地下に貯蔵されていた大量の予備資材を投入して回復した補助発電施設によって街の電力供給は安定し、常時活動可能なマシンが増えるに従って、復旧のペースは増していった。
エネルギーに余裕が出てくると、復旧・メンテナンス作業用以外のサービス用マシンや娯楽用マシンの修理も進み、街は次第に活況を取り戻していった。電磁攻撃によって完全に回路を破壊されてしまったために廃棄されたマシンもあり、必ずしもすべてが元通り、というわけにはいかなかったが、もともと小規模なリゾート・シティとしてコンパクトにまとまっていた第十二都市は、やがて日常の生活には何の支障もない程度にまで回復し、それ以来、平常を維持し続けていた。
2 巡回監視機構
全高一〇三〇ミリメートルの円筒型自走式マシンが、クリーン・アスファルトに覆われたなめらかな道路の上を時速五・三キロメートルの速度で滑るように走っていく。
円筒の上部には球状の全方位カメラが取り付けられており、そこに映された街の光景は、無線ネットワークによって区画ごとのバランサー・システムに送信される。
第二世代の優美な宙式建築が多く、景観保全地域に指定されて建造物の高さに制限が設けられていた第七区画の商業エリアには、均一な高さのビルディングが整然と立ち並び、壁面に張り巡らされているエネルギー・パネルは、陽光を浴びて鮮やかに輝いている。
いま、第七区画の西側、かつて「オーロラ・ストリート」と呼ばれていた大通りを自走しているのは、この区画に配備されている三十二台のマルキ・インダストリアル製巡回監視機構B8型のうちの一台、製造番号〇三八八二という旧式の機体だった。
製造からすでに七〇年以上が経過している機体は、しかし、きれいに磨かれ、内部機巧のメンテナンスも行き届いており、その性能は新品同様の状態を保っていた。
異常なし――カメラが三六〇度の視界をスキャニングして、同時に熱感知ユニットが都市表面部のサーモグラフィをとる。そうして集められた情報が約二秒ごとにバランサー・システムに送られるよう設定されている。
巡回中にすれ違う輸送車輌や清掃マシンからコンディション・データが無線通信で送られてくるのを、巡回監視機構は内蔵された簡易診断アプリケーションで分析し、診断結果を各マシンへフィードバックする。そうして集められた情報は、同時にバランサー・システムにも送信されてゆく。
マシンたちは自らのルーティーンに従って日々の活動を行っているため、すれ違う時間やポイントに大きな変化はなく、一定の間隔でやり取りされる情報には天候の影響による表面温度の違いやパーツの摩耗程度の変化しか見られない。
第七区画に配備されている三十二台の巡回監視機構は、毎日決められた担当ルートを十六時間かけてスキャニングして回り、ドッグで二時間のメンテナンスを受け、六時間のエネルギー・チャージとデータ・クリーンナップを行う。
監視機構によってバランサー・システムに集められたデータは、都市の地下中枢部に設置されている記録サーバーに集められて一定期間保存される。集まった情報は前日のデータと比較され、もし情報のなかに異常が含まれていれば、それを解決するために必要な処置が施されることになる。
〇三八八二番が担当しているルートには「ウィステリウム」という海浜リゾート施設が含まれており、七〇年前までは大勢の観光客で賑わっていたが、いまはそのポイントを訪れる人間は存在しない。
施設内に設置されている海を臨む大観覧車は、通常時は止められたまま、一日に一度だけ定期運転テストのため、おおよそ四十五分間をかけて三周回転する。もちろん、プール施設の水は抜かれており、清掃マシンが床面を磨く以外の目的で、そこに足を踏み入れるものもなかった。
併設されたホテルのエントランスでは、受付マシンが来客に対応するために待機しており、一三〇〇ある客室には、しわ一つなくメイキングされたベッドが用意されていて、室内は埃一つなく清掃が行き届いているが、その部屋を利用する客はない。
オープンガーデン・レストランのステージでは、毎晩一九時と二〇時三〇分になると舞踏人形による「歓待の踊り」が催されることになっていたが、そのアトラクションも来客のないここ七〇年の間は、二〇時三〇分の一度きりになっていた。
開演時間になってステージ上に並んだ八体の舞踏人形が、プログラムされたフォーメーションに従って目まぐるしく位置取りを変えながら、ほかのマシンたちにはないしなやかな関節の動きを駆使して軽やかに踊る姿を、〇三八八二番はカメラでスキャニングする。
踊りを終えた舞踏人形は横一列に並び、客席に向かって深々と一礼する。その動作をカメラに収めながら、向かって右から二番目の人形、マルキ・ドール社製Dancing Doll-DDキ466の右脚部関節の調子が、二十日前から悪くなっており、ここ数日、パーツの耐久度が著しく低下しているという情報を、〇三八八二番はバランサー・システムに送信する。問題が発覚して以来、毎日同じ情報を送り続けていたが、いくつかの理由から未だに対応はとられていなかった。
地下倉庫のストックのなかには、街に配備されているマシンの修理に必要な大量の予備パーツが用意されていたが、複雑な構造をもつDD型舞踏人形の関節部には特殊なパーツが使用されており、さらに修理のためには専用の設備と専門技術をもった技師が必要になるため、都市内部ではすぐに対応ができず、適切な補修環境を確保できるまでの間、保留案件となっているのだ。
その間もプログラムは変更させることなく続けられ、ステージを終えると舞踏人形たちは「楽屋」と呼ばれる専用カプセルのなかに戻り、次の出番が来るまで休止状態に入る。〇三八八二番は休止中の舞踏人形たちの状態を一体ずつ詳細にスキャニングしていき、DDキ466の右脚部関節の状態が限界に近いことを改めて記録し、診断結果を送信した。
海浜リゾートを離れ、残るルートの巡回を終えて、〇三八八二番はドッグへ戻りメンテナンスに入った。あらゆる機巧を停止させて、省エネルギーモードとなった巡回監視機構を、別の巡回監視機構がスキャニングし、それぞれがお互いの情報を共有していく。三十二台の監視機構は文字通り一心同体となって、この第七区画の現状維持につとめていた。
3 舞踏人形
舞踏人形たちが海浜リゾートのオープンガーデン・レストランのステージの上で「歓待の踊り」を披露していると、とつぜん大きな縦揺れが起こり、それからしばらく激しい振動が続いて、レストランに整然と並べられていたテーブルやチェアの配置は乱され、そのいくつかは横倒しになった。
振動が起こった際、ステージの端のポジションについていたDDキ466は、片方の足をしなやかに振り上げた格好のまま、ステージ上から転落し、右脚部の関節部を強打してしまった。
アクシデントによってステージが中断されることは稀であったが、緊急時対応マニュアルが発動したことによって、各マシンたちは特別なコマンドを起動させて、通常のルーティーンとは異なる行動を速やかに実行した。
乱されたテーブルやチェアは地震発生から十八分後には、元通りきれいに整理され、ステージ上にいた舞踏人形たちもアトラクションを中止して自らの「楽屋」へと戻っていた。DDキ466も自力で起き上がり再びステージに上がると、決められたポジションに戻って、ほかの人形たちと列をなして「楽屋」へと向かった。
それが、二十二日前の出来事だった。
海浜リゾート「ウィステリウム」が開設された当初は、十二体の舞踏人形が配備されていて、現在よりもスケールの大きな踊りを披露することが可能だった。踊りのパターンは参加する舞踏人形の数に合わせていくつも用意されており、さらに新たなプログラムをインストールすることで、種類を増やすこともできる仕組みになっていた。
人型のシルエットをもちながら、人体よりも広域な関節可動域をもっている舞踏人形の動きは、プログラムによって完全に統御されていながら、硬質で機械的なものとはちがう、ある種、幻想的な魅力を帯びていると評されていた。
マルキ社の最高の技術を駆使して作られたDancing Doll―DDは名品として知られ、広くアトラクション用に普及していたが、そのなかでも「キ」ラインの400番代の機体が製造されたのは関節にアルテ社製のパーツが採用されていた時期にあたり、その動きは他のラインとは違う、より高度で緻密な表現力を有していると評されていた。
その400番台を十二体そろえた「ウィステリウム」のステージは、大きな評判を呼び、開園当時、リゾートの目玉の一つとなっていた。
しかし、七〇年前の電磁攻撃によって都市が機能不全に陥った際、四体の人形が復旧されることなく永久に「楽屋」のなかで眠り続けることになり、それ以来、ステージは八体の体制で続けられていた。
舞踏人形の数が減ってステージがスケールダウンしてしまったこと以上に深刻だったのは、街から住人が一人もいなくなり、観光に訪れる客もいなくなってしまったことだった。
舞踏人形たちには、観客の歓声や拍手の大きさを感知することによって踊りの盛り上げどころを読み取り、その部分の演出を強化することでさらに踊りを洗練させていくための、自己学習プログラムが内蔵されていたが、観客がいなくなり、そのシステムが機能しなくなって以降、七〇年間「歓待の踊り」はまったく変化のないまま続けられていた。
◆
薄暗く照明の落とされているステージの両袖から、舞踏人形たちが四体ずつに分かれて列になって登場する。
先行する二体がステージ中央にしゃがみ、その後ろに二体が並んで立つ。少し離れて、両サイドには二体ずつが背を向けあうようにしてやや上向きの姿勢で立っている。
二基のスポットライトが交差するように中央を照らすと、無音のステージ上でしゃがんでいた前の二体が同時に立ち上がり、左右対称の動作で客席に向けて片方の手をゆっくりと差し伸べていく。手招きをするような、そっと触れてなぞるような、繊細な指先の動きから、手のひらが返されてライトの明かりをつかむ様にしなやかに握られてゆく。
その指の動きに合わせるように、静かなピアノの旋律がはじまると、両サイドに彫像のように凛として並んでいた四体が、両手を伸ばして上体を扇状に広げ、弧を描くように腰部をひねりながら、脚をなめらかに交差させたターンを織り交ぜて客席のほうへ向けて歩き出す。中央のバックに立つ二体はまだ動かない。
中央前方で手を伸ばしていた二体は、互いの手を取り合うとポジションを入れ替えるように身体を引き合って、大きく交差すると同時に手を離し、引き合った慣性に流されるように、左右対称にきれいな軸をもったスピンを描いて離れていく。
扇状に大きな弧を描きながら回転を繰り返してステージの端までたどり着いたサイドの四体を、下からの照明が照らす。右の二体、左の二体の間を、スピンの二体が通過するタイミングで、バックに控えていた二体も動き出す。
ファンファーレでメロディが転調し、軽快に叩かれるピアノのリズムに合わせて、中央バックに残った二体が身体を寄せ合って、互いの脚を絡めあうように高速に入れ替えながら巧みなステップを披露する。
両サイドの六体は、音楽に合わせて前後左右に位置取りを変えながら、ステージ上にヘックスを描くようなポジションへと移動していく。
それぞれが六角形の対角へ向かってターンを織り交ぜながら進んでいく六体を鮮やかに躱しながら、中央の二体は競い合うようにステップを加速させ、やがて大きく身体を反らしてブリッジ状になると、そのまま逆立ちの格好になり、その状態から跳ねるように飛び上がって両端へと離れていく。
中央に集まった六体は大きな円を描くように回りながら、一糸乱れぬタイミングで両腕を交互に素早く振り上げ、円はやがて螺旋となって中央から外へ向かって広がっていく。
誰もいなくなったステージ中央にライトが集められると、そこに流れるような動きで一体が踊り出てて、残る七体はそれを見守るように周囲に位置をとる。
◆
中央でメインの踊りを披露する役目は機体に大きな負担がかかるため、持ち回りで順番にこなすよう設定されていた。
DDキ466は八日ぶりに中央に立つと、計算されつくされた緻密な動きを全身に指示していった。しかしその日、その動きに右脚部の関節は耐えられず、渇いた金属音を響かせながら折れてしまった。
支えの一つを失ってバランスを崩したDDキ466は、上体のダンス・プログラムの動きを継続しながら、そのまま転倒してしまい、肩の関節部にもダメージを負った。
その様子は、観客席の中央で停止していた巡回監視機構のカメラに映されて、バランサー・システムへと送られていく。送られたデータはバランサー・システムを通して区画内の各マシンに共有され、トラブルに対応するための調整が行われていく。
4 バランサー・システム
八体の舞踏人形のうちの一体が破損したことにより、「歓待の踊り」のフォーメーションが七体用のものに変更されることになった。すでに「楽屋」に戻っていた七体の人形たちに修正プログラムが書き込まれ、新しい踊りの動作に対応できるよう、関節部分に微調整が加えられることになる。
その調整作業を実施するため、無数のナノ・アームを内蔵した細密作業用の工作マシンが数か月ぶりに起動して、「ウィステリウム」へ向かってすすんでいく。普段とは異なる街の動きに対応するため、交通システムには工作マシンの進行ルートが示され、他のマシンたちは衝突を避けるために進路を開けるよう位置を調整する。
一方、破損した舞踏人形DDキ466はステージ上に残されたまま、巡回監視機構によるスキャニングを受けて破損部分の詳細な情報を集められていた。
破損パーツの代替品が、この都市のなかに存在していないことはすでにわかっていたため、応急処置による簡易補修のあと、早急に対応が検討されることとなった。
通常であれば、こうした深刻な破損が発生する前に、ある程度、パーツの消耗がみられた時点での補修・交換が推奨されている。地下の倉庫には様々なパーツが潤沢に保管されており、しっかりとメンテナンスをして使っていけば、当分の間、都市は現状を維持できる設計になっているのだ。
しかし、舞踏人形たちの関節部に使用されているアルテ社製の特殊なパーツに関してはストックがなく、修理や交換のためにはその都度パーツを取り寄せるよう設定されており、ストックのある別の都市へ供給を求める必要があった。
二十二日前に巡回監視機構からDDキ466の状態を知らされたバランサー・システムは、交換用パーツの発注先に指定されていた第八都市の工場に注文の通信を入れたが、すでに操業を停止しているとのレスポンスがあった。
そこで、ひとまずパーツが見つかるまでの間、都市内部で臨時の解決を図ろうと内部ネットワークに呼びかけて、舞踏人形の修理についての対応を検討したが、有効な解決手段を見つけることはできなかった。
その後、ネットワークを外部に開き、隣接する第十一都市と第十三都市との連絡を行ったが、循環型都市としてほぼ同等の設備を有しており、また両都市はリゾート・シティとして設計された第十二都市とは異なり「ウィステリウム」のような施設を有していなかったため、機巧のなかに舞踏人形を内包していない、というレンスポンスが得られただけだった。
バランサー・システムはさらにネットワークの開放範囲を広げ、破損の七十八時間前にようやくパーツのストックのありかを突き止めはしたが、それは機構郡のなかでも四系以上も離れた第二系にある都市であったため、有効な輸送経路の構築には、その間に存在している各都市内での調整が必要となり、計算には一一八時間が必要であるという結果が得られていた。その演算のためにリソースを割くことの妥当性を検証する必要もあり、最終的な結論が得られるまでパーツの輸送の実行は留保されることとなっていた。
一方、修理のために必要な設備については、かつてアルテ社の工場だった施設が第四系第七都市にそのまま残されており、工場設備のメンテナンスも継続されていたため、使用可能ということが判明していた。
最終的に舞踏人形を修復するためにはパーツと設備に加えて専門の技師が必要になるが、すくなくともヴィスタル機構郡内には技師はおろか、人間自体の存在が確認できなかったため、技師の派遣を別の機構郡に要請する必要があり、送信用のメッセージに記述すべき舞踏人形の破損状態について情報を整理してまとめるよう指示が出されていた。
そうした事情で問題発見から二十二日間、留保されていたDDキ466の右脚部はついに破損してしまい、「歓待の踊り」を実行することが不可能となってしまった。しかし、破損状態が明確になり、送信用メッセージの記述内容が確定したことで、保留になっていた様々な検討事項が次々に動き出していく。
現状では「歓待の踊り」以外の役割を与えられていない舞踏人形は、修理が不可能であると判断されれば、エネルギー効率の面からは機能を停止させるか廃棄されることが有効な問題解決手段として実行させることになる。
しかし、稀少な機体であるDDキ466の場合、保存優先ランクが高く、また破損個所が全体の一部であり、現状では修理に必要な要素がすべて揃っていないとはいえ、修理方法が明確である以上、実行可能な最善の方法をとるということが決定され、速やかに実行に移されることとなった。
まず、第二系の都市から必要なパーツを乗せた輸送機が第四系のアルテ社工場跡地へ向かって出発する。同時に、舞踏人形を乗せた車輌型輸送機を一台、この都市から第四系へ向けて派遣する。計算上、工場に到着するのには二〇四〇日が必要となるため、その間の輸送機と舞踏人形のメンテナンスについては通過する各都市の修復マシンにイレギュラーなタスクとして依頼する形をとることになる。
そのために、通過する経路をデザインして、通過時間を計算、メンテナンスのタイミングを決定して各区画のバランサー・システムに二体の構成情報とメンテナンスに必要な資材のリストを送信する。
すると不足する資材のリストがすぐに返送されてくる。こちらで用意できるものについては、積載重量も考慮のうえ地下倉庫から必要数を引き出し、輸送機に積み、ほかに必要になる資材やメンテナンス用のマシンについては各都市に手配の依頼をする。
それからバランサー・システムは技師派遣のための協力要請メッセージを完成させ、技師の検索範囲をさらに広げるため、機構郡統括ユニットを経由した、外機構郡へのアプローチを要求する。
要求はすぐに承認され、外部通信のための暗号波が組まれ、ヴィスタル機構郡の外へ向けて伝送されていった。
七〇年前の戦争以降、外部からの情報が一切もたらされていないため、隣のマシナミル機構郡が現在どのような状況にあるのか不明ではあったが、七〇年前当時の最新情報に基づいた計算では、遅くとも一六八時間以内には返信が得られるはずであった。
5 車輌型輸送機
スリープモードに切り替えられたDDキ466は、用意された車輌型輸送機YK‐IV1728の荷台に、多くの資材とともに積み込まれた。積載重量の超過によるエネルギー効率の低下を回避するため、広く普及しているメンテナンス材については各都市から支給を受けることに決まり、荷台に積まれた荷物はそれほど多くはない。
バランサー・システムからルート・マップのデータを受け取れば、あとは自動運転で目的地となる第四系所属第七都市の工場を目指すだけだ。途中、決められた場所で、決められた補給とメンテナンスを受ければいい。
これまでに都市内でYK‐IV1728が割り当てられていた作業については、代わりの輸送機を新たに製造するか、あるいは残る七十三台の輸送機で分担して対応するかが検討されたが、各機間での輸送ルートの再調整を行った結果、分担して行うことに決まった。
一体の舞踏人形と補給資材を載せた車輌型輸送機YK‐IV1728は、その日のうちにヴィスタル機構郡第七系所属第十二都市を発った。製造されて任務に就いてから、不要となった廃棄品を回収するというタスクを続けてきたYK‐IV1728にとって、都市の外部へ出るのはこれが初めての機会であった。
機構郡統括ユニットによって、六〇年前に各都市を連結していたレール・ラインが廃止されて以降、各都市の自立性はそれまで以上に高まり、緊急時以外に互いに情報をやり取りすることも稀になっていた。
連結ネットワーク網は大戦時の電磁攻撃によって、いったんは壊滅的な打撃を受けたが、各都市に配備されている修復マシンたちの活動によって、いまや完全な復旧を遂げており、普段は滅多に使用されることはなかったが、いざ利用する際にはスムーズな情報伝達が可能な状態が保たれていた。
実際、今回のように通常のルーティーンとは異なるYK‐IV1728の通過に際して、衝突事故の発生や緊急回避行動が行われるようなことはなく、補給やメンテナンスの際にトラブルが発生することもなかった。
輸送タスクは何の問題もなく、スムーズに行われていった。
通過する都市は、循環型都市としてすべて同タイプに設計されており、その景観は代り映えなく安定的に続いていた。
途中、すれ違うマシンたちの型番号やスペックも、YK‐IV1728がバランサー・ユニットからインプットされている情報に当てはまるものばかりで、第七系所属第十二都市と大きな違いはない。
YK‐IV1728が都市を出発してからすでに四〇七時間が経過していたが、未だにマシナミル機構郡からの連絡はなく、技師の存在は確認できないままであった。技師の捜索情報通信は全方位的に伝送されているため、さらに遠方にある別の機構郡から連絡が入る可能性もあり、統括ユニットはその連絡を待ちながら、各都市のバランス調整を続けていた。
6 循環観光都市
一体の舞踏人形と一台の車輌型輸送機が街を去ってから数時間も経たないうちに、ヴィスタル機構郡第七系所属第十二都市で活動するそれぞれのマシンたちは自らの役割を微調整し、二つのマシンがいなくなったことにより欠けてしまった作業の穴を埋めていった。
もともと舞踏人形は定時に「歓待の踊り」を披露する以外の作業を行っていなかったため、その欠落は残された人形たちのフォーメーションの変更というコマンドによって速やかに調整された。
車輌型輸送機の担当していた廃品運送ルートについても、残りの輸送機たちがほんの少しルート変更と作業時間を延長することによって、比較的簡単に穴埋めすることが可能であり、実際にYK‐IV1728が出発した直後から、何の問題もなく輸送サイクルは循環していった。
◆
巡回監視機構〇三八八二番は、その日もいつも通り、同じルートのスキャニングを行いながら、二十時三〇分ちょうどに「ウィステリウム」のオープンガーデン・レストランのステージ前に停止した。
時間ぴったりに始まった「歓待の踊り」を監視機構の球状カメラが映している。
前日の夜に、DDキ466の脚部が破損してしまうまでの間、七〇年間変わらずに続けられていた踊りは、今日から七人体制となり、パフォーマンスの内容や上演時間の長さにも変化がみられた。
一体の舞踏人形を失った踊りは、一つ分のダイナミズムをなくした代わりに、少しゆったりとしたリズムの優美さを感じさせるものとなり、これまでのキレのある動きとは違う、関節部への負担のより少ない動きによって、観客にのびやかな印象を与える効果を意図した演出となっていた。
今までよりもちょうど三十秒短くなった踊りを見届けた巡回監視機構〇三八八二番は、昨日よりも三十秒早くその場を離れ、三十秒早くドックに戻った。
いつか、外部機構郡のどこかで人間が見つかって、その中にいる技師にコンタクトをとり、彼をこのヴィスタル機構郡へ呼び寄せて、DDキ466の脚部を修理してもらう。その日が来るまでの間、〇三八八二番は今日回ったのと同じルートを走り、七体の舞踏人形による「歓待の踊り」を記録して、ときに気候によるわずかな変化を織り交ぜながら、巡回し続ける。
無人の都市に夜の風が吹き、一片の塵が舞い、落ちる。それを清掃マシンが無音の動作で掃き清めていく。今日もヴィスタル機構郡第七系所属第十二都市は、観光客の来訪を待ちながら、正常に保たれている。
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