THE LONG NOW

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梗 概

THE LONG NOW

そこにたどり着いた時には数人の警官がいただけで住民や野次馬、報道関係者などは誰もいなかった。厳戒線も張られていない。死体はひとつ。それは若い女性のものだった。宗教的な儀式の後でもあるかのように、手を合わせ跪き聖壇を思わせる幾つも積み上げられた木箱に向かって祈りささげる姿勢にされて硬直していた。ただ後に行われた検視の結果から、死因は溺死よるものであることが分かる。

 エディが参考人として警察で取り調べを受けている間、ハリーもまた参考人として任意同行されていたけれども、互いにそのことは知らされていなかった。

 エディは学者だった。表向き彼は、現代に古文書である旧約聖書の悪魔ゴーレムを作りだす研究をしていることになっていた。周りの人間は彼をマッドサイエンティストだと思っていたし、精神疾患を患っているのだという噂だった。エディは研究室からほとんど外に出ない生活をしていた。しかし彼の精神はいたって正気だった。そんなエディは有機物から人体を作り出していた。もしそれが生命とか魂とか呼ばれるものがやどっているのか?と問われると、その人造人間には自我があり魂があったので、彼は彼しかいない大学の隅に追いやられた彼の研究室で人間を作り出すことに成功していた。

 ハリーには愛人がいた。名前をエクリシアと言う。ハリーは大統領だった。金も権力も手に入れ、彼にそれらの恩恵を与えることをいとわない周囲の人間関係にも恵まれていたため、彼は欠乏していた。彼は裕福なカソリック系の家に生まれていて非常にハンサムだった。妻も美しかった。三人の子供たちも優秀だった。ハリーは叶わないものに欠乏していた。はじめに愛人エクリシアとの結婚を望んだ。しかしそれは叶わない。叶わないことに満足しながら、エクリシアを妻とすることになる。そして殺人を試みることになる。

 ハリーはエディが作った人造人間のなかで、特別優秀な人造人間ではないとエディは感じていた。整いすぎた美しい顔というのは人間味にかける。知能も一般的な『人間』よりも優秀すぎた。すこし悪くする、ちょっと完成度を下げる、創造物を適度に悪くするというのは存外に難しいのだ。良い例が入れ歯だろう。安い入れ歯のほうが真っ白なのだ。あの真っ白な歯は偽物なのだ。本物の歯はすこしくすんだ風合いなのだ。ハリーは真っ白な歯と同じで、人工的に良くできすぎていた。人造人間が人工的なのは当たり前なことなのだが、より本物らしくすることは完璧になることとは違っているのだ。

だがハリーが人造人間だと気がつく人間はいなかった。そしてハリー自身も自分が人造人間だとは気がついてはいなかった。ハリーにはエディが作った記憶を移植したのだが、その背景となる人間関係は実際に存在したものだった。若くして死んでしまった男性の戸籍が使われていた。

 ハリーが自分は人造人間だと分かるのは、とても単純な出来事によってであった。それはエディと会うことによってである。ハリーは自分自身のことを「君は私が作った人造人間だ」というエディのことを疑った。ある日、出会った人間に「あなたは人造人間だ」と言われて信じる人間がいないのと同様にハリーも信じなかっただけである。ところがエクシリアを殺してしまったハリーは、自分が人造人間であるというエディの話に乗ることにしたのである。殺人を公にせず、しかもCIAに秘密裏にそんなことはなかったのだとデータごと隠匿されてしまっては、またもとの幸福で忙しく充実した生活に戻らなくてはならない。ハリーはカソリックらしく告解により僅かな情報の漏れを期待した。おしゃべりな神父を選びたかったが、その不自然さが自然な情報漏えいを妨げそうだったので、教区の神父に殺人を打ち明ける。

 ハリーは宗教的な意味合いを帯びた殺人を始めることにする。理由は単純だった。多くの金によるトラブルによる殺人との差異を付けるためである。同じような殺人では殺人現場にドラマが生まれない。こんな殺人現場は見たことがないという、そのあり得なさが謎を謎にして、物語を物語にする。そしてハリー自身も疑っている自分は造られた人間である可能性が出てくる世界に辿りつけるかもしれないと考えたのだ。

 ハリーがシリアルキラーになっていくことに戸惑ったのはエディであった。人は殺してもいい。でも目立ってはだめだ。エディはハリーの殺人の手伝いを始めることになる。

文字数:1805

内容に関するアピール

SFの謎を物語によって解いていく小説というのが課題の趣旨なのだろうとは思ったのですが、『謎≒殺人』で書きたいという思いがどうしても消せず今回のような梗概になりました。

昨今の人工知能ブームで、AIが人間と変わらなくなった時にどうなるのだろうという疑問、懐疑、恐怖、不安、予感、謎を、AIよりさらに人間に近いと「感じられるような気がする」人造人間を物語の中で書いていくことで書きだしてみたいということもあり造られた人間と人間で魅せられるものを実作では書いてみたいと思います。

文字数:235

課題提出者一覧