梗 概
霊獄エクソダス
死んでるようで、生きてない
この時代では、《降霊技術(ネクロノロジー)》という、故人の人格再現技術が普及していた。遺族が、故人のライフログや遺留品を持ち合わせ、疑似人格を創造し、それを実装した《遺霊器(ネクロイド)》と暮らす生活が当たり前となっていた。また、街中には、人間に替わって単純労働を行うネクロイドが多く存在し、業者から買い取られたネクロイドは、便利な労働力として重宝されていた。
ネクロイド絡みの事件も多発した。それに伴い、ゴーストを除霊する《エクソシスト》という対ゴースト専門のクラッカーが活躍していた。クリス・ブレアもその中の一人。しかし、安易に除霊を行う彼らとは異なるとして、自分では《ゴースト・カウンセラー》を名乗っていた。彼女は彼らの生きる意志を問い、望めば自分のストレージに住まわせた。ヒトとの会話が苦手だった彼女は、AR上に常駐させている何十ものゴーストたち《モルス・ファミリア》に表情解析と文脈判断を託し、やっとのことでヒトとのコミュニケーションを成立させていた。
ある日、クリスのところに、いつも面倒ごとを押し付けてくる刑事キンダリーが現れた。彼が言うには、また大規模な同時多発自壊事件が起こったらしい。近頃、労働しているネクロイドたちが突如人を襲ったり、自壊行動に出るという案件が報告されていた。現場から回収したネクロイドを解析した結果、《アビス・ヴィジョン》というコンピュータ・ウィルスが発見された。それはネクロイド自身に、際限なく同じ命題を問い続けるようなものだった。コードのコメントアウトに《ネクロマンサー》という言葉が記されていた。
それからクリスは二週間、自壊に狂うゴーストの救済を行いながら、犯人を追っていった。犯行動機を探るために、被害状況のビッグデータを解析。聞き込み兼、囮調査のためにモルス・ファミリアをネクロイドに実装して派遣した。クリスが謎を解き明かしていくにつれ、犯人が謎を解いてもらいたがっているように思われた。そして遂に、クライアントのフリをした実行犯の関係者(ゴースト)と接触する。彼女は他言しないと約束をしたうえで、アジトである歓楽街のナイトクラブ《ネクロピア》へと潜入した。そこで待っていたのは中年男性の風貌をした、ネクロマンサーと名乗るゴーストだった。
彼は「死の自由」を欲していた。犯行の本質的な動機も、自分の苦悩を理解してくれる存在を見つけるためだった。クリスは彼の意思を尊重し、彼自身の除霊に協力すると誓った。彼の義眼から水滴がこぼれた。ゴーストたちによる鎮魂歌が木霊する中、彼は幸せそうな顔で事切れた。
文字数:1093
内容に関するアピール
物語の謎は「なぜゴーストは死にたがったのか?」です。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』では生きたがる人工知能が描かれましたが、この物語はその逆です。事件の黒幕であるネクロマンサーは、ゴーストの生死は人間が握っており、ゴースト自身による《自壊権》が無いと主張します。ゴーストには予め、《自壊回路(タナトス)制御プログラム》が組み込まれています。ゴーストには寿命がなく、大切な人が亡くなろうが、虚無を感じようが、自力ではどうやっても死ねないため、永遠に苦しむことになります。ネクロマンサーはそんな彼らを解放してあげました。また、クリスに自分の正体を明かしたのは、彼女がゴーストの意思を尊重してくれる只一人のエクソシストだったからです。彼は自分の意志を認めてくれた彼女を信用し、未来への願いを託しました。物語最終シーンにおいて、刑事がクリスに問いかけます。果たしてゴーストには絶望や悲しみなどの感情があるのか、それを判断する術はあるのかと。彼女は答えます。それはヒトも同じなのではないかと。
文字数:444