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梗 概

【序】日本の海辺の街。街は十年前に起きた〈工場〉の爆発事故が原因で二分されている。もとからの住民が暮らす裕福で清潔な〈シーサイド・シティ〉と、かつて工場で働いていた外国移民たちの仮設住宅がひしめく区域〈ゾーン〉。両者の行き来は制限され、シティの人間はゾーンには近寄らない。私はシティの住民だが、地元の通信社に就職し、移民取材を命じられたために、ゾーンに出入りするようになる。そこは衛生的とはいいがたいが、ことばも食べものも、この地域のものと移民たちの母国のものが混ざりあい、独特の雰囲気と活気に満ちていた。

【光るウナギと踊る犬】私はゾーンの子どもたちから奇妙な話を聞く。こっそり出かけたシティの路上で、光るウナギをみたという。「すごかったやぁ。また探しに行って捕まえる!」。同じころ、シティの実家にいる妹から連絡がある。家の犬が夜になると踊るようになった。SNSに動画を投稿したら、たちまち拡散し、海外のサイトにも「ダンシング・ドッグ」として紹介された。「ねえお姉ちゃんも記事にしたら?」。私は聞き流すが、次の休日に実家に帰ると、妹は不安な顔になっていた。妹がいうには、犬の踊りがどんどん巧みになっていき、いまでは不気味に感じられる。食欲が増し、そのくせ日中ぐったりしているのも気がかりだ。最新の動画をみせてもらうと、確かにかろやかでみごとな踊り、もはや犬ではない別の何かのようである。

【パーティー・ナイト】数週間後、妹が私のマンションを訪ねてくる。秋の終わりの夜なのに、うすいスリップ一枚で、へらへら笑って犬が死んだことを告げる。「シタイタスケテ」「え、何?」妹は嘔吐し、そのまま走り去る。私は妹の行方を探し、一軒のクラブハウスに行き着いた。そこでは半裸の人々が、大音量でクラシック音楽をかけ、踊りながら乱交をしていた。手づかみで料理を食べ、誰彼となく混じりあう。清潔で安全で、厳しい管理がなされている〈シティ〉には、あるはずのない光景だった。新興宗教や反社会的な組織が関係しているのか? 調べたいが、会社から事件があったと呼び出される。〈シティ〉の有力政治家の妻が、人工ビーチで倒れ、突然死したのだ。

【消えた脳】死体に外傷はない。しかし検死の結果、その死体から脳だけがなくなっていることが分かる。クリニックや大学病院をまわって聞き込みをすると、ここ最近、原因不明の死者が増加している。政治家からは、死の半年ほど前から妻が「躁鬱状態」になり、夜になると奇行をくりかえしていたことも知らされる。それは私の犬や妹に起きたことと似ている。シティの人々は、不気味な死の連鎖に脅え、これはゾーンの移民によるテロだという言説が蔓延する。ゾーンではこの奇病がまったく起きてないからだ。ゾーン排斥の声も高まる。

【謎の解明】シティはゾーンとの行き来をこれまで以上に制限し、シティ全体に徹底的なペスト・コントロールをおこなうが、事態は変わらない。私はゾーンの子どもから、再び「光るウナギ」の話を聞く。それは路上に倒れたシティ住民の下半身から這い出てきたという。ゾーンの子どもたち、そして地元の大学の気鋭の医学研究者ハヤブサと共に、私は光るウナギを追う。ウナギの正体は、全くあたらしい寄生虫だった。殺菌された環境で生まれ育ったヒトの体内で最もよく成長し、最後は宿主の脳を喰って外に出る。妹をハヤブサのもとに連れてゆくと、妹の腸管からも、つやつやした紐のようなこの生き物が摘出された。これを防ぐには、かつて人々が体内に持っていた多様な細菌を取り戻すしかないというのが、ハヤブサの見立てだった。ゾーンの移民たちが寄生されないのは、彼らがそれらの細菌群をいまだに持っているからだ。不確かだが、時間の猶予はない。私たちは経緯を公表し、ゾーンとの交流を呼びかけた。海岸線から美しい朝日が昇るころ、この賭けに乗った一部の住民たちが続々とゾーンを訪れ、ゾーンの有志たちが用意した炊き出しに長い列を作るのだった。

 

 

 

 

 

 

文字数:1637

内容に関するアピール

何かとても大きな、未知の物事が進行しているとき、その予兆はしばしば日常の隅で、いっけん他愛のないものとしてバラバラにあらわれ出るのではないでしょうか。水俣病が最初、「浜辺で踊る猫」のうわさ話として人々の口にのぼったように。やがて地元の医師が散発的に発生する「原因不明の疾患」のつながりをあやしんだときも、県は事の重大さに気づいておらず、人々が日々食べている魚が毒されていることも、これが公害史に残る最悪の惨劇になることも、誰も予想しなかったのです。謎が解明されるにつれ、人心も含めたいろいろなもののおそろしさがあらわになる。近未来の地方都市を舞台に、そうした謎解明の過程を書きたいです。

ふたつの極端に異なるエリアという図式は、「エリジオン」などのSF映画にもありますが、個人的には、福島を訪れたときに地元の方が連れて行ってくれた、テラスハウス風の戸建ての高級住宅と、帰宅困難地域の被災者の人たちの仮設住宅の長屋が、国道を挟んで二分され、どこまでも続いている光景をみたときの視覚的な衝撃から着想しました。ただ、実際の舞台は、現在芸術祭が開催されている茨城県北部の海辺の街を想定しています。北茨城の海岸には、江戸時代にUFOのような物体、虚舟(うつろぶね)が漂着したといういいつたえがあるそうですし、芸術祭のために虹色にラッピングされた駅舎や、自然のなかに突如あらわれる巨大なアート作品など、センス・オブ・ワンダーで、SFごころが誘われました。

寄生虫と細菌については、「寄生虫なき病」(モイセス・ベラスケス、文藝春秋)と「失われてゆく、我々の内なる細菌」(マーティン・J・フレイザー、みすず書房)というノンフィクションを参照しました。特に後者の、30年以上にわたって細菌と人の関係を研究し、細菌を失うリスクを指摘して、2015年の「タイム」誌で「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれた著者の論考は刺激的で、これらの内容を踏まえることで、「あり得るかもしれない」世界の強度を高めたいと考えています。

前回「おもしろいけどSFではない」という理由で選外になったので、自分なりにSFの要素を補強したいという思いで、今回の梗概を構想しました。ロジックを持ちつつ、シティとゾーンの風景、妹やハヤブサ、子どもたちなどの登場人物を生きいきと描くことで、楽しめる作品にしたいです。

 

 

 

 

文字数:982

課題提出者一覧