梗 概
明日をあなたへ
下水処理場の屋上に広がる公園を6人の男女が歩いている。
もうすぐで円形のベンチに全員が集まる。
初めて出会う顔に困惑し、腰を下ろし、どの人物もあとほんの少し何かが違えば死んでいた、
そう直感するのだ、お互いに。
そういう様をここでは想像して欲しい。
もっと言えば、そんな事を知っているモノが何なのかについて、
まずあなたはしっかりと想像しなければならない。
しかし、毎度毎度このようにどれだけ念を押したとしても、やはりとても残念な気持ちになってしまうのは、
あなたは必ず誤ったモノを想像してしまっていると確信できるからだ。
なぜならここまで読んだあなた方の中に、
『そのモノとは、実は彼等の履く6足の靴の事かもしれない』
そう思えた方がいるだろうか。
万一それがあなたなら、もうこの先を読む必要はない。
おそらくあなたには他にやるべき事がある。
そういう類の、類稀な方であるのは今度は誤りようがない。
そういうわけで私は彼等が履く靴ということになる。想像はできただろうか。
私を作ったのは、民間人初の火星往還船パイロットになれると謳った分かりやすい詐欺に、
何百億もの大金を華麗に騙し取られてしまうような馬鹿馬鹿しいVCから出資を受けたとある工学部の暇な院生だ。
彼が作ったのはリアルワールド型の占いゲームアプリケーションと、
そのゲームのI/Oのために遊びで作ったエンハンスシューズだ。
「これは文字通りあなたがこれから歩むべき道程を占う靴なのだ」
それを言いたかったらしい。
しかし、アングラキックスターターサイトで細々と資金を募っていたこのプロダクトは、
あのVCによる桁が五つ異なる投資額によって一躍有名になる。
その勢いが衰えぬ内にいい加減な仕様と作り込みのまま製品化されたが、
ローンチされるなり海外で爆発的な人気を博すことになった。
ところが我が国にようやく逆輸入された頃にはあのVCも院生も行方をくらましており、
製品の権利はいつの間にか世界の石油資源の数%を担うアラブの王族に買われていた。
その王族は表向きには彼等のファミリー企業が経営するゲーム会社にその運営をさせていたが、
その真の狙いは彼等の宗教的な教義に則って、自殺という罪をこの世から撲滅することにあった。
このプロダクトを使用した者が高所から飛び降りようとしたり、
川や海や電車に飛び込もうとしたり、
練炭を買った後にホームセンターから出ようとした時など、
自殺傾向著しいアクティビティが検知されるとリアルタイムで彼等の靴に特定の方角へ向かう事を促す命令が送信される。
非常に些細なきっかけではあるが、それを受けた彼等は自殺の事はいったん忘れ、
運気が上がると靴が言う方角に向かって一様になんとなく歩き出す。
その経路を算出するアルゴリズムは、似たような自殺志願者同士が出会える場所を最終目的地として設定するようになっており、
関連会社の量子アニーリング装置によって世界中の経路が今この時も計算され続けている。
6人がベンチの前に辿り着く。
ここで私が前もってサーバーに問い合わせておいた彼等のパーソナリティを紹介しておこう。
* 母に家出された母子家庭ニート
* 転職を繰り返すエンジニア
* 大企業社長の息子の中小企業社長
* AV行きスレスレの着エロモデル
* 同人誌ショップと家を往復する女オタク
* 息子が探しに来るまで路上生活を続ける老婆
私を履く者によくいがちな現代のボヘミアン達だ。
そして、これもお決まりのように彼等はこれから自分たちの死について語り合うだろう。
『あなたの死をわたしへ。わたしの明日をあなたへ』
それを互いに交換し合う簡易セラピー劇はしかし、全て私によって仕向けられたものだ。
したがって、私にはその終幕までが容易に想像できる。
彼等は当座の明日を与えあい、帰っていく。
そして一年後再びこの場所で再開するのだ。
52万5600分という時間を彼等がどう過ごしたのか。
あなたには想像はできただろうか。
また誤りだ。しっかりして欲しい。
彼等は今私を履いて、王の前に立っている。
さあ、最終決戦だ。
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内容に関するアピール
さて、『”謎”を解こうとする物語の作成』ということでした。
これはRPGですよね。間違いなく。
FFやドラクエ等、人類にとって大変ユニバーサルなテーマだと思います。
着想は、現代に『ラ・ボエーム』を持ってきた『Rent』について、
これも今では少し古くなってしまったのかもしれないなと最近思ってしまったので、
さらに現代に焼き直してみたくなった辺りから出てきました。
当然BGMは『Seasons of Love』だったはずですが、
Loveが嫌でDeathにしました。
そうすると、何故か計算をする靴が6人の中心に突然聖杯のように現れてしまったのでRPGができました。
劇もRPGもロールプレイングであることには変わりはないですよね。
劇が死を騙るならば、RPGは死を倒そうとするでしょう。
その結果としてたとえ彼等が実際に死ぬことになったとしても、
それまでの過程、そこまでの二つのロールプレイングの間には死についての最高のホワイダニットがありそうです。
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