概要:

新芸術校では第5期より「コレクティブリーダー課程」を新設しました。
このコースの受講生は、それぞれグループ展のキュレーションを行うとともに、
キュレーションに参加しない3つグループ展の展評を発表します。
今回は、グループ展C「おどりじ―々々々―」展評の展評です。

■ 展覧会概要

展覧会名:「おどりじ―々々々―」
出展作家:伊賀大 / 小笠原盛久 / 神尾篤史 / 小林万凜 / 藤井陸 / 三浦春雨 / 杏子 / 紋羽是定
キュレーション:須藤晴彦(CL課程) / 鴻知佳子(CL課程) / 鈴木杏奈(CL課程)
デザイン:青息
会期:2019年11月9日(土)~ 17日(日)
※11月16日(土)は講評のため終日休廊
開廊時間:15:00-20:00

■ キュレーターステートメント

踊り字という記号がある。「人々」の『々』や、「こゝろ」の『ゝ』。
踊り字は漢字ではない。ひらがなでもカタカナでもない。固有の読みはない。記号としての指示があるだけ。前の言葉を繰り返せ、という指示。
かつては中国でも使われていたが、今は日本にしかない。日本にしかないユニークな記号。「おなじ」で変換すると出ることが多い。

一般的に、同じであること、代替可能であることは、代替不可能なものに比べて価値が低く見積もられる。
だから、入れ替え不可能な存在を目指す。
過去をさかのぼって歴史に学び、学びを活かしていまに働きかけ、入れ替え不可能な存在になろうとする。
しかし、周りを見渡せば、同じような動きをしている人々が巨万といる。どうみても入れ替え可能だ。
不安を感じながらも改めて個性を磨く。周りの人々に埋もれながら、個性を磨き続ける。

やがて、私は個人であると同時に全体を構成する一要素であることを認める。
「おなじ」でありながら、直前に置かれた文字(過去)に合わせて読み(現在)が変わる、踊り字である。
と同時に、私たちは決して踊り字ではない。私たちには固有名が存在するし、常に隣と同じことをしているわけにもいかない。
それは突然に訪れ、隣と同じではいられない状況が生まれる。思いがけず家族や隣人を失うこともあれば、
いきなり周囲の矢面に立たされることもあるかも知れない。
そこには習うべき前の文字がない。
参照できる過去がない。
途方に暮れていると、少し離れたところに「おなじ」ように途方に暮れている人がいることに気づく。
参照できる過去がない者どうしが集まってくる。

々  々    々       々

お互いの名前を知らず、読みを決めてくれる最初の文字もない。

まずは最初の文字を作り出すところから始める。
それは絵画のようであり、映像のようであり、音声のようである。
お互いのそれに近づいたり遠ざかったりしながら見て、聞く。
あなたもまた、それに近づいたり、距離を取ったりしながら、最初の文字を探している。

これは、分断された「私」たちと「世界」を再統合しようとする試みである。

(須藤晴彦)

※伊藤亜紗・黒瀬陽平の2名による講評は、2020/1/12(日)を予定しています。各受講生が出した3つの展評のうち1つをセレクションした上で講評が行われます。

課題提出者一覧