繁毛ヒストリア

選評

  1. 【小川一水:2点】
    毛が多すぎて疲れてしまった。もてなしだったのだとしても、晩餐にひたすら麺だけ食わされた気分。字としての毛と髪ばかりでゲシュタルトが壊れるうえ、音としても「モー」と「ボー」ばかりで、聞き分けできない。サラサラヘアーやくるくるパーマやツンツンショートやふわふわツインテールががあってもよかったではないか。
    技術的な問題として、小説にカギカッコの会話文が現れると、それだけで読者はあるていど力を得て、引き付けられる。この話は頭からその点を拒否しており、そのハンデを自覚した方がいい。
    出題に「SFとしてもてなせ」とは書いてないし、書いてあったとしてもこの作品はSFであることよりも、毛にこだわる意地のほうが卓越しており、かえってSFとしての魅力を妨げている。頻出する毛闘だとか聖髪料だとか理毛・文毛などのダジャレネタも、おびただしい毛の中に埋没していた。もっと刈り込むべきだった。

    【小浜徹也:0点】
    梗概のほうがおもしろかった。ギャグで済ませればいいところを真面目に掘り下げたらギャグにならなくなってしまったような感じ。ネーミングもややワンパターンで、毛を入れた洒落っぽい言い換えにも、読者として乗り切れなかった。下手に人類史をなぞるのではなく、完全に架空の歴史記述に舵を切ってしまっても面白かったと思う。

    【大森望:2点】
    面白くはあるのだけれど、梗概と比べると単に枚数が増えただけで、結局薄まってしまっている。この枚数を読ませるならば、筒井康隆の『虚航船団』くらいの技術や密度が欲しい。つまり書き方の時点で、作家に対して非常に高いハードルを課している作品といえる。とはいえ、この手の作品が好きな読者は確実にいるので、そういう向きにはウケるはず。

    ※点数は講師ひとりあたり9点ないし10点(計29点)を3つの作品に割り振りました。

梗 概

繁毛ヒストリア

混じりっ毛なしのセンス・オブ・ヘアー

これら一連の物語は、五つの時代、五つのショートショート(10枚×5篇)から構成されます。
どのパートの主人公もボーボーという愛称で呼ばれています。
【第一部】原始:毛狩ホラー
[起]剛毛(ゴワゴワ)族は南に大移動しながら、軟毛(フワフワ)族を大量髪戮していた。これに怨恨を抱いた軟毛族の長クルクルは、剛毛族の長ボーボーに毛人形呪術をかける。
[承]ボーボーは勝利の美毛に酔っていたが、自身の毛が抜け始めたことに焦りを覚え、祈毛師を呼び寄せる。祈毛師は族長に軟毛族の呪いの可能性を示唆、和解の勧めをするが拒否される。
[転]脱毛は自身に及ぶに留まらず、毛族にも広がっていった。体中の毛が抜けていくと同時に、体内からの発毛にも苦しめられる。
[結]ボーボーは瀕死の枕元で、味方だと思っていた祈毛師が実はカツラだったこと、族長の殺した軟毛族の生き残りであったこと、無事に仇討ちをやり遂げたことを知り、死ぬ。
【第二部】古代:毛闘アクション
[起]大毛国同士の戦毛に敗北した毛将ボー・アデノシンは、毛奴として毛技場での毛闘に明け暮れていた。そんな中、ボーボーのキューティクル(元妻)をネタに挑髪したフサ・ミノキシジルと口論になり、毛闘を申し込む。
[承]ボーボーは何百人の毛奴を相手に毛技を磨き、毛闘に備える。
[転]毛闘前夜。ボーボーの寝床にミノキシジルの送りこんだ刺客が現れ、毛襲を受ける。命は残ったが、髪、髭、眉毛を千切られてしまう。
[結]明くる日、ボーボーの毛は復活していた。復讐に燃える毛奴たちから借りた毛を束ねた強靭な毛技でミノキシジルは翻弄され、最後は毛奴の解放の約束をさせた上で、ボーボーが勝利する。
【第三部】中世:毛魂ミステリ
[起]主髪の髪がゴッソリ抜けた。毛界はパサつき、信毛が問われていた。毛魂教会は原因究明のために異端審毛会議を開くことにした。毛侶ボーレクセイ・ボーゾフは、頑なに口を開こうとしない主髪に寄り添った。
[承]毛教たちの意見がぶつかり合う。御三毛が対立。正毛とは何か、髪とは何か。ボーボーは、お告毛を置き去りにした毛論に辟易する。
[転]黒虱病にパサつく村から、状況好転の知らせが入る。お告毛との乖離に一同が困惑する。
[結]主髪が抜けた髪を持って現れる。一同は主髪による《毛上髪下説》を聞き、自分たちも断髪する。(自分たち毛侶の長髪に使われている大量の虱除去油を民衆に還元することで、彼らを救おうという話。信仰よりも実践を重視する考え。)
【第四部】近代:成毛ドラマ
[起]産毛革命の発展により、生やせる者と生やせぬ者との格差が広がった。毛学者ボボ・プロぺシアは研究に明け暮れていた。ある日、ライバル毛社の研毛者が毛学会にて、高性毛の育毛剤の完成を髪表。ボーボーの研毛者チームは散髪となる。
[承]ボーボーはストレスで脱毛するも、毛族に励まされ、もう一度研毛に打ちこむ。
[転]研毛が進まぬ中、前立腺を患ったボーボーの病状が悪化する。入院した毛先、彼の抜け毛が止まり始める。
[結]彼は思考を転換させた。生やすのではなく、抜けるのを阻止すればいいと。脱毛抑制剤プロペシアの髪見である。
【第五部】現代:脱毛エロス
[起]芸毛界では、保毛派と改毛派の二大派髪に対する第三局、脱毛派を名乗る女毛アレキサンド・ライトが現れた。保毛派の地毛至上主義者ボーボボ・ノーウィッグは、彼女に繁毛史を用い、「毛は力なり」と反毛する。
[承]ボーボーはライトの家に招かれ、地肌たちと交流し、偏見が揺らぐ。
[転]ライトの過去が語られる。彼女は先天性発毛障害で、これまで毛を抜かれる想いで生えてきたのだった。
[結]ボーボーは全身永久脱毛を申し出る。脱毛後、二本は地肌で紡がれ、一本になる。初めて触られた地肌は、とても敏感だった。

文字数:1565

内容に関するアピール

「物語のテーマ『毛は力なり』」
 ◇毛はパワー(能力・権力)です
  *多くの動物では、毛の量や質、見せ方によって、その優劣が決まります
   →能力的側面
  *多くの神話では、毛を切られることで力を失う神々が描かれています
   →権力的側面
 ◇なぜヒトは体毛を捨てたのか?(毛には保護機能・審美機能があります)
  ①環境的仮説
   *四季や居住地移動などの温度変化に対応するために、保温機能を着脱可能な衣類に託したのではないか
    →四季のない(地軸が垂直)、地球と比較して寒冷な(太陽と距離の離れた)惑星では、有毛の知的生命体が現れ得るのではないか
     ⇒その謎の知的生命体が跋扈する架空の“人類史”を描こうと考えました
  ②表象的仮説
   *パワーの表象である毛を捨てることにより、逆説的に“強く”見えるようになったのではないか
    →「毛無しでも生きていられる」ヒトが優秀と見なされ、自然選択された
     ⇒知的生命体が毛に執着しながらも、最後には失うに至るというパワーの変遷を考えました
「大河エンターテインメントにした理由」
 ◇SFとしての、おもてなし(なぜ人はSFを読むのか)
  →日常世界とは異質なロジックで駆動している世界を知りたいのではないか
   ⇒人工知能やVRなどが日常化しつつある現代、それらを書いてしまっては、もはやSFにならないのではないか
 ◇新しい世界をたくさん見せる
  →異なる惑星の、異なる生態系の、異なる時代による、一貫した世界観の設計
   ⇒SFフォロワーに対する、最大級のおもてなしなのではないか
 ◇普遍的な物語の型
  →世界観にだけこだわると、理解不能なものになる
   ⇒世間的に受け入れられている物語構造の枠に落としこむことで、読みやすさを意識します

文字数:749

繁毛ヒストリア

《第一部 【発毛期】 『毛は命なり』》

BC3000年。
惑星アデリーブの地表に、無数の毛が蠢いていた。
それらはまるで、全長100メートルの毛虫であるかのように密集隊形をとり、その毛並みを風に靡かせ、地上を跳ねるようにして荒野を進んでいた。
私は、その生命体を「繁」と名付けた。
――モウ、モウ、モウ、モウ――
目標の地に近付くにつれ、その合唱は覇気を増していく。
剛毛族の毛襲に、軟毛族の毛は逆立った。
狩るか狩られるか。毛族の存亡を賭けた戦いが今、始まろうとしていた。

先頭を駆っていた剛毛族の長ボーボーは立ち止まり、全体を制止させる。
――モモウ、モウ。モモウ、モウ。モモウ、モウ――
軟毛族の潜む森から、相手の威嚇する合唱が聞こえてくる。
負けじと発せられる剛毛族の合唱。二つの合唱は、やがて一つに重なり、完全に同調する。
先手を取ったのは剛毛族だった。
彼らは両翼に曲線を描くように散開し、互いに手を取り合って、軟毛族を囲い込んでいく。
軟毛族は一斉に森から飛び出し、槍の如く細長い縦列を形成、その輪を差し崩さんと一直線に突き進む。
剛毛と縮毛が絡み合う。互いが互いを囲い込もうと摩毛する。
体型は互角、一繁当たりの毛穴の数も互角。
しかし勝負の結果は目に見えていた。剛毛族は、軟毛族の三倍の毛量を誇っていたのだ。

縮毛の塊が、直毛の波によって囲まれた。
軟毛族の長モーモーが、自らの胸毛を剃り、宙に撒いた。それが降伏の合図だった。
剛毛族は軟毛族を川辺まで連行し、彼らを川の中へと突き落とす。
そして水浸しになったと見るや、すぐさま川から引きずり出してその場に立たせ、両腕を広げさせた。
――モーウ、モウッ(モウッ)。モーウ、モウッ(モウッ)――
掛け声とともに石鹸が泡立つ。軟毛の毛がシャボン玉で覆われていく。
そこからは早かった。剃刀が取り出され、慣れた手つきで、全身の毛を剃っていく。
軟毛族は身動き一つしなかった。もし少しでも抵抗すれば、命を剃られてしまうと分かっていたからだ。
髭、眉毛、鼻毛、陰毛はもちろん、睫毛さえも奪われる。
やがて全ての毛を剃られた軟毛族は、森の木々一本一本に、剛毛で編まれた縄で縛りつけられた。

夜になり、火が灯り、宴が開かれる。
この世界は残酷だ。軟毛族の男は玩具にされ、女は毛姦された。
強き毛は栄え、弱き毛は淘汰される。そうして剛毛族は勢力を広げてきた。
剛毛族の長ボーボーは、もみあげに軟毛を結び、勝利の美毛に酔いしれていた。
足元には刈り取ったばかりの、軟毛の絨毯が敷き詰められている。
配下の者が、族長の前で全身を震わせ、その体毛を振動させる。
この世界での多くのコミュニケーションは、言葉ではなく、この「毛舞」という動作によって行われる。
おそらくその原因は、彼らが「モ」と「ウ」と「ボー」しか発音できないことに由来する。
さらに発声機構に個体差が無かったため、成人したモウの声はどれも、他ならぬ彼ら自身にさえ、区別がつかなかった。
(ゆえに、この記録に記載されている多くの固有名詞は便宜上、私が勝手に名付けたものだと御理解いただきたい。)
もう一繁の配下が、腕を縛られた何者かを連れてきた。
敵に捕らえられていた、剛毛族の祈毛師を見つけたとのことだった。
祈毛師を目にした族長は、一瞬で恋に落ちた。
彼女の端正な顔つきにではなく、その端正な毛並みにである。

ボーボーは、ウモウモと名乗る祈毛師を、いつも近くに置いて助舞を仰いだ。
ウモウモは毛霊と毛舞することの出来る特殊毛力を持っていた。
それにより、憎き軟毛族の居場所を突き止め、彼らの拠点移動の先手を打った奇襲が、ことごとく成功するようになった。
剛毛族は支配地域を急拡大し、多くの森を支配した。
軟毛族は森から追い出されるか、毛奴として捕まえられた。彼らは森の外で、そう長くは生きられなかった。
その理由は惑星アデリーブの地表に降り注ぐ、放射線の強さが関係している。
彼らの毛は、その強すぎる放射線から身を守るための鎧として発達したものだった。
この毛界での森も、その放射線から守ってくれるシェルターとして機能していた。
森は大地という皮膚から生える毛として崇められ、その場を支配する部族の守護神であると位置付けられていた。
繁と毛の関係も、神舞により表されている。

太古の昔、繁は地肌を晒して生きていた。
そこへ毛花から散った一本の毛が、繁の肌に降り立った。
あなたがいると温かい。わたしはあなたを繁らせよう。
あなたといると温かい。わたしはあなたの毛になろう。
そうして、二つは一つになった。
(『繁毛紀』第一章第一節より抜粋。)

基本的に繁は夜行性だった。日の沈んだ夜に毛狩をし、日の昇った後は寝てしまう。
その点で、昼行性の剛毛族は、とてつもない脅威だった。
彼らはその剛毛によって放射線の問題をクリアし、多くの毛々の眠る昼に毛刈を行った。
(生活のための行為は「毛狩」、占領のための行為は「毛刈」と表記している。)
剛毛族の強靭な体毛は突然変異によるもので、元々は大陸の北部に、極少数しか生息しない存在だった。
しかし、この時代になると南下を始め、その特徴を生かして大繁毛することとなる。
スカルプ森林帯中央部を制圧していた軟毛族、東部にいた綿毛族、西部にいた曲毛族は、民族的危機に陥った。

今日もボーボーは上機嫌だった。
今回の毛刈で、スカルプ森林帯の約四分の三を制圧し、もはや剛毛族の天下と舞っても過舞ではなかったからだ。
ただ、そんな彼にも不安なことが、いくつかあった。
一つは、自分の毛が、前触れもなく抜け始めたこと。
この世界の、この時代では、毛が抜けることは「毛枯れ」と舞われ、忌み嫌われていた。
そのためボーボーは、自分の毛が抜ける度に拾い上げ、束にして着毛した。
(着毛とは、我々の世界で言うところの、エクステのようなものである。)
そしてもう一つは、ウモウモとの間に子供が出来なかったこと。
ウモウモとは何度も交毛したが、一向に妊娠する気配がなかった。
繁という生物はその名の如く、とても繁殖力が高く、一般的に不妊の確率はゼロに近い。
不妊も「毛枯れ」の二つ目の意味を為し、抜け毛と関連して語られる事象であった。
ボーボーは一族の甥や姪を養子に迎え、周囲からの疑念の目を逸らそうと必死だった。

ウモウモの機嫌は日に日に悪くなっていった。
妻の御機嫌取りに、ボーボーは奔走した。
食べ物が欲しいと舞われれば、すかさず持っていき、全身が固いと舞えば、すかさず揉んだ。
(マッサージは日常的な行為であり、多くの場合は妻が夫にやるものだった。育毛にも良い。)
彼が妻の言いなりになるには訳があった。彼女に、毛枯れの兆候を舞い当てられていたからだ。
ボーボーの毛枯れは、祈毛師への不敬が原因だと伝えられた。ボーボーは、毛枯れを克服したいと願った。
ウモウモの要求はエスカレートしていった。
ボーボーは彼女の求めるがままに、配下の者の毛を毟り、自分の毛を毟り、養子たちの毛を毟った。
そしてついにボーボーは、養子のモウボーとウボーモの生毛贄を要求される。
彼らこそが毛枯れの正体だと、ウモウモは舞った。
ボーボーの忍耐は、限界に達した。ウモウモに近付き、その毛を毟り取ろうと襲いかかった。
ウモウモは絨毯を引き剥がした。ボーボーの足が止まり、彼の毛根に激痛が走った。
絨毯の下は、粘着膜で覆われていた。ウモウモはボーボーを縄で縛り、手足の自由を奪った。
何が起こったのか分らぬまま、ボーボーは頭部を殴られ、意識を失った。

目を覚ました時、ボーボーは宙に吊るされていた。
そこは地下に掘られた、捕虜を入れておくための牢屋だった。
軟毛族の男たちに取り囲まれ、その側にはウモウモの姿があった。
ボーボーは頭部の動きだけで伝えられる類の質問をした。
今、何が起こっているのか。どうして自分は、こんな目に遭っているのか。
ウモウモは答えた。これは毛讐だと。我々、軟毛族の、最後の一撃だと。
そう舞うと、ウモウモは皮膚を引き千切った。いや、正確には、皮膚を覆っていたものを。
ウモウモの剛毛は捲られ、中から軟毛が現れた。それは原初的な、貼り付け型のウィッグだった。
ボーボーは何度も目を瞬いた。

そんな彼のことを無視して、拷毛は始まった。
オスたちは、思い思いにボーボーの毛を抜いていく。鼻毛、脛毛、陰毛から、名前の無い部位の毛に至るまで。
小さな破裂音がする度に、ボーボーは宙で揺れた。身体を反らせてみたところで、大した抵抗にはならなかった。
ウモウモは静かに舞い、その軟毛を雄大に靡かせる。
お前の痛みは、我々軟毛族、一繁一繁の怒りだ。毟られ、抜かれ、剥がされた者たちの毛讐だ。
私は、この時のために、お前の妻となり、お前と交わった。
お前に毛族の隠れ家を教え、彼らを見つけさせ、その毛を毟り取らせてきた。
剛毛族は毛界を支配するだろう。しかし、お前だけは、我々の手で毟り取らせてもらう。
我々が味わってきた屈辱を、お前一人に償わせる。

そして例の絨毯がボーボーの全身を包みこんだ。
ウモウモは彼に忠舞する。今度は、さっきのものと違うぞ。
オスたちが絨毯の端を掴み、力を込めた。すると絨毯を再び剥がすように、一気に下ろした。
電撃のような破裂音。生皮を捲られたような絶叫。痙攣する頭腕脚腹背尻。
オスたちは反対側へと回り、残り半分を全力で引き剥がす。
電撃のような破裂音。生皮を捲られたような絶叫。痙攣する頭腕脚腹背尻。
ボーボーの体毛は、ほとんど無くなった。その分、魂も持っていかれたような気がした。

これで終わりだと思うなよ。
彼らは、その禿げ上がった肌の上に、軟毛を拡毛していった。
それらは、剛毛族によって刈り取られたものだった。みるみるうちに、軟毛の毛で覆われていく。
ウモウモは鬘を装着し、他の男たちを縄で縛っていった。
そして剛毛族の男たちを連れてくると、ボーボーを地上へと運び出した。
ボーボーは、他の軟毛族の者たちと同じように、木に縛り付けられた。
松明に火が灯り、宴が始まろうとしていた。

 

 

《第二部 【剃毛期】 『毛は刃なり』》

BC1200年。
スカルプ森林帯は拓かれてスカルプ平野へと変わり、辺りには穀毛の絨毯が広がっていた。
惑星アデリーブの温暖化も相まって、毛耕文化が始まったのである。
また、八割の剛毛と二割の軟毛が混毛した結果、毛界的に昼行性の生態へと移り変わった。
そして森のほか、全ての大地が、資源の生産地として捉えられ、毛族同士の戦毛が絶えなかった。
そんな情勢下、二大毛国として君臨していたのがアデノシン帝国と、ミノキシジル王国だ。
第三次スカルプ戦毛を経て、劣勢であったミノキシジル王国は巻き返す。
モー王は、相手国の皇子ボー・アデノシンを拿捕し、自国に有利な毛約を結ぼうとしていた。

ミノキシジル王国の毛技場で、毛闘(けっとう)が行われていた。
ルールは只一つ、相手が毛伏するまで、互いの毛を剃り合うこと。
大観衆が注目する中、現れたのは異国の皇子。名をボー、ここではボーボーと呼ばれている。
ボーボーは向かいの入場口を見据えた。揺れるような足取りで、一人の男がやってくる。
王国最高ランクの毛奴、《百戦百殺の死髪》ウボーである。
ウボーは右腕の毛を暖簾のように垂らしたかと思うと、それらに整毛料(ワックス)を塗りたくった。
毛は曲線を描きながら、さながら鎌であるかのように成形され、固定剤(ヘア・スプレー)を振りかけられる。
死髪の曲刃(デス・サイズ)が完成した。

ウボーは揺らめいた。その足捌きは、まるで酔拳のように不確かで、気が付かないうちに間合いを詰めてゆく。
鎌が地面に弧を描く。土煙が風にそよぐ。観衆たちが固唾を飲む。
ボーボーは目をつむり、相手の毛配に意識を集中させた。
そして、その身を屈ませた。鎌が後追い、横一線の軌道で振るわれる。
すかさずボーボーは、除毛剤(シェービング・クリーム)を噴射。吹きかけ、塗りたくり、吹きかけ、塗りたくる。
真っ白でフワフワの泡によって、ウボーは雪だるまのような姿へと変わり果ててしまった。
ボーボーは刃の準備に取り掛かる。両腕に生えた豊満な剛毛を、一本の毛塊(けっかい)に仕立てていく。
それは守りを捨てた、攻撃専業の剃刀毛。使いこなすことの出来る者は、この男をおいて他に無い。
《豪快不殺の英傑毛》ボーボー錬成、極太一枚刃、ここにあり。

両腕から練り上げられた重厚なる毛塊は、剃刀士の思うがままに操られる。
その切れ味は鋭利であるとともに、地肌を傷つけない繊細さも兼ね備えていた。
泡が散り、毛が削がれ、禿げ上がる。だが、地肌までは切れてない。
極めて暴力的な行為でありながらも、死髪は剃られることを自ら懇願し、恍惚に浸っているかのように見えた。
それがボーボーの毛技なのだ。あまりの剃り心地の良さに、敵の方から敗北を願い出てしまうのだ。
ウボーは全身無毛状態となり、両膝をついた。腕毛が残されたのは、ボーボーの温情だろう。
また生やして、かかってこい。勝敗は決した。
――モウ、モウ、モウ、モウ。モウ、モウ、モウ、モウ――
場内が沸き立つ。ボーボーは控えめに、勝利の舞踏を披露した。

その様子を気にくわぬ素振りで眺めていたのは、国王モー・ミノキシジルだ。
(彼の愛称はモーモーであるため、以後モーモーと表記する。)
せっかく、ボーボーを辱めるような刺客を送ったというのに、難なく返り討ちをくらってしまった。
なぜ、彼らはあんなにも気持ちよく剃られてしまうのか。一度、自分も剃られてみたい。いや、何を考えているんだ私は。
彼は兵士たちに、ボーボーをさっさと退散させるよう命じた。
勝利の毛舞踏の中断に、観衆はモーイングをした。それは勝者に対する侮辱だったからだ。
立場の悪くなったモーモーは、そそくさとその場を後にした。

ボーボーは両腕を前に縛られた状態で、牢屋へと戻ってきた。
縛られた縄を解かれ、戸が閉められ、鍵がかかる。
ボーボーは鏡を見て、自分の毛並みを確かめた。ここへやってきてから、毛質も落ちてしまった。
彼が収容されて、早二年近くが経った。
第三次スカルプ戦毛で捕虜となり、それより毛奴として、毛技場での毛闘に明け暮れていた。
毛技や剃道の技術は、自国にいた時に身に付けた。師範毛から、禿げ上がるような地獄の訓練を受けたことを、今では感謝している。
戦毛は一時休戦状態となっていた。時折、自国からの使者が訪れたが、激励の舞以外に、何も得るものが無かった。
帝国の実権は、兄毛ボボが握っている。
戦毛の最中、ボーボーとその妻モボーボが連れ去られたことは、彼にとって都合が良かったのかもしれない。

モボーボのことを思い出したボーボーの目から、睫毛がハラリと落ちた。
今や彼女は、モーの毛妃(けさき)となってしまっていた。
その時、何者かの毛配を感じ、振り返る。牢屋の前にモーモーが立っていた。
彼はボーボーを挑髪した。毛技の拙さ、剃りの甘さ、そして毛妃となったモボーボのことを。
ボーボーの毛が逆立った。自分のことは構わない。しかし、愛する人(キューティクル)を貶めることは許さない。
彼はモーモーに対し、自分の頬毛を毟り、投げつけた。それは、毛闘を申し込む合図であった。

ボーボーはモーモーとの毛闘に備え、他の毛奴たちとの訓練に励んだ。
《剪定乱舞の強靭毛》ボーモウモーの双剃刀。その双刃は連剃を舞い、攻防一体の撃を繰る。
《先制必定の長直毛》モボモボーボの長剃刀。その射程は他を先んじ、反撃の隙を与えない。
《攻受噛刃の短縮毛》ボウーモモウの剃刀落。その機構は剃刀を挟み、真っ二つに圧し折る。
彼らもまた、ミノキシジル王国に敗れて毛奴となった、悲しき剃刀使いであった。

毛闘前夜。ボーボーは念入りに毛の手入れをし、床についた。
全身が起毛し、なかなか寝付けない。
夜も深くなった頃、またしても何者かの毛配を感じ、牢屋の扉側に寝返りをうった。
すると牢屋の前に、衛兵たちに連れられた、三人の剃刀士たちが見えた。
慌てて身を起こし、ただならぬ状況に身を強張らせる。今は装備や心の準備が整ってなかった。
毛襲だと思った瞬間、ボーボーは両腕を二人の衛兵に捕まえられていた。
白い泡がたっぷりと塗りたくられ、剃刀が彼の腕、脛、腹を撫でていく。
悲痛な叫びが監獄棟を木霊する。
声が途切れ、戸が閉まる。頭部を除いた全身を、ツルッツルに剃られてしまった男が、そこに残された。
怒りも湧いてこなかった。逆立てるための、僅かな産毛すら剃られてしまったからだ。

国王の寝室。何人もの毛女を侍らせながら、モーモーは襟足をといていた。
(この時代の繁毛は、喜びをこのようにして表す。)
今頃、ボーボーは地肌を晒しているだろう。
頭部を剃らせなかったのは、彼がボーボーであると、かろうじて知らしめるためだった。
どんなに凄腕の剃刀使いであろうと、腕毛を失くしてしまえば恐るるに足りず。念のために他の毛も剃っておいたが。
運ばれてきたボーボーの毛を見て、モボーボは硬直した。愛する者の毛を、見間違うはずがない。
モボーボはモーモーの顎髭を掴むと、ひと思いに抜き千切った。

毛闘直前。モーモーは腰回りの装備を確認し、肩を回した。
彼にとっては久しぶりの毛闘だった。素振りをして動きを思い出す。
自分だって《無限換装の拡張毛》と呼ばれる剃刀使いの一人だ。観衆のやつらに、俺様の極薄五枚刃を披露してやろう。
門が開かれ、毛技場の大観衆に迎えられた。
しばらくし、その割れんばかりの大声援が、どうやら自分に向けられたものではないと認識を改めた。
目の前の男は、天高く両腕を突き上げるとともに膝を屈伸させ、こちらを睨んでいた。それは威嚇の舞だった。
あり得ない。ボーボーの毛は剃っておいたはずだ。なのに、彼の腕には、脚には、毛が生えている。
いや、あれはボーボーの毛ではない。あれは、他の毛奴の毛だ。借りたのか……。命の次に、かけがえのない毛を……。

陽が照り、毛の隙間から漏れた熱線が、その皮膚を焼いた。
大量の毛を巻きつけたとはいえ、早く毛着(けっちゃく)をつけなければならなかった。
そしてこの闘いは、キューティクルのためにも、これらの毛を託してくれた毛友のためにも、必ず勝利で終えなければならない。
開始の合図が鳴らされる。
ボーボーは霧吹きに手をかけた。もはや容赦はしない。徹底的に剃り上げるのみ。
機動力ではボーボーが上回った。その毛を濡らそうと攻めるボーボーと、湿らせまいと逃げるモーモー。
ボーボーは整毛料を左腕に塗りたくる。モボモボーボの長剃刀が、モーモーの左腕を掠め、毛が散る。
モーモーも反撃に移る。右腕に刃を装着。狙いを定め、そして――
それを阻止せんとボーボーの右腕、ヘアブレイカーの歯が噛みついた。ボウーモモウの剃刀落が炸裂。五枚刃は真っ二つに割れ落ちた。
モーモーは何度も何度も替え刃を装着するも、何度も何度も刃を割られた。
なおもボーボーの毛攻は止まらない。すぐさま両脚を成形し、前転宙返り。
モーモーの脇から振り下ろされたのは、ボーモウモーの双剃刀。モーモーの側面が禿げ上がった。
だが、地肌までは切れてない。観客たちは思わず、匠の技に溜め息をついた。

残す毛は、あとわずか。
ボーボーは櫛と整毛料を使って、自前の頭髪を整えていく。腕毛でない分、扱いは難しいが、毛質は劣らない。
仕上げの固定剤を、隆々とした毛塊に吹きかけ、刃が完成した。
《豪快不殺の英傑毛》ボーボー錬成、極太一枚刃、ここにあり。
ボーボーは毛であり、毛はボーボーであった。
その滑らかな剃り味は、天下広しと言えども、その毛を超えて他に無し。
モーモーはその身を快楽の波に委ねた。毛枯れた心まで、剃られている気がした。
たとえ大勢の前で丸地肌の辱めを受けようとも、構わなかった。

全てを剃られ終えた後、モーモーはこれまでの非礼を詫び、ボーボーの釈放を全観衆の前で舞った。
ボーボーは感動に打ち震え、名誉ある全剃を祝うため、歓喜の舞踏を披露したのだった。

 

 

《第三部 【抜毛期】 『毛は真なり』》

BC800年。
第八次スカルプ戦毛が終結し、アデノ=キシジル毛約が締結。
のちに「700年の休毛期」と呼ばれる平和状態が生まれた。
その平和に一役買ったのが、毛魂教会だ。
戦毛をすると毛根が失われる。毛根には毛魂が宿っている。毛魂を守れ。
というシンプルな御告毛(おつげ)が大衆に受け、大陸中にその教えが広まった。

この頃になると建築技術が発展し、繁類は定毛生活に移行する様になる。
建物の中で生活するようになった毛侶たちは、体毛よりも頭髪を大事にするようになった。
体毛は、生理的必要性から、表象的嗜好性へと、その使用目的が移り変わりつつあった。
髪は神を表し、長髪は神に愛された徴であると伝えられた。
毛侶たちは聖毛を読み、髪を伸ばすことに日々を費やしていた。
(聖毛とは、救世毛の教えの描かれたタペストリーのようなものだ。)

そんな中、毛魂教会では歴史的事件が起こっていた。
教会の最高権威者である主髪ボモ・ブラックヘアーの、全長10メートルを超える美しい黒髪が、全て抜けてしまったのだ。
抜け毛は古来より「毛枯れ」として、最大級の憎悪を持って迎えられる事態だ。
毛界中の繁々は、この知らせを受けて騒然となり、終髪論が巻き起こっていた。
髪が死んだ。我々を守ってくれるはずの髪が。我々は誰に縋れば良いのだ。
ちょうどこの時代には「黒虱病」という流行り病が蔓延しており、不吉な噂の信憑性を高めていた。
毛魂教会は、一刻も早い事態の鎮静化を図るため、各教会を取り仕切る御三毛を招集。
そして、「第八回ノンシリコン毛会議」が開幕したのだった。

黒々とした絨毯の上に、三角形の長大な机が立てられ、各勢力のトップが座っている。
黒髪ストレートの枢毛卿は、ボウ・ブラックヘアー。
現主髪の子息であり、次期主髪の筆頭だ。保守派であり、現主髪の代弁者としての自負がある。
金髪ウルフヘアの枢毛卿は、ウボ・ゴールドヘアー。
前主髪の甥であり、東部教会を任されている。革新派であり、独自の繁毛観を持っている。
茶髪ワンカールの枢毛卿は、モモ・ブラウンヘアー。
前主髪の子息であり、西部教会を任されている。中道派であり、他の二毛を牽制する立場だ。
中央の枠の中に、現主髪ボモと、その侍毛である白髪の少年が座る。
その名をボーモウボー・ホワイトヘアー。主髪からはボーボーという愛称で呼ばれていた。

ボーボーは見惚れていた。御三毛の頭部から生えている、長く、艶やかで、指通りの良さそうな豊髪に。
髪の豊さは、心の豊かさ、ひいては神からの恩寵の大きさを表している。
艶のある髪は、その者の清さを。
長く伸びた髪は、その者の尊さを。
指通りの良い髪は、その者の正しさを。
彼らの美しい長髪は、日頃の鍛錬の賜物だった。
教会内は、聖髪料の芳香が混じり合い、さながら天国にいるかのような居心地だ。
それに対し、主髪の頭部はツルツルだった。一本の毛すら見当たらぬ、紛うことなき禿げ頭。
その抜けっぷりには潔さすら感じられ、凛とした姿勢も相まって、別種の神々しさを発していた。

毛論が始まった。彼らは身振り手振りで、自らの意見を表毛していった。
主髪の抜け毛と、毛界の事象とが一致している。
主髪の行動に、御告毛に反する行為があったのではないか。
そもそも、なぜ主髪は黙ったままなのか。事の経緯を教えてくれても良いのではないか。
何か都合の悪いことがあるから、伝えられないのだ。
いつ抜けたのか、なぜ抜けたのか、そもそも抜けた髪は今、どこにあるのか。
毛論は紛糾するも、結論が出ないために堂々巡り。
御三毛は自慢の髪を振り回し、論舞を披露し合う。
ボーボーは謂れのない誹謗を一身に受け止める主髪の傍に座り、事の趨勢を見守り続けた。
毛の揺れる音だけが、教会内を彷徨っていた。

夕方になり、その日の毛議が終わると、ボーボーは僅かな聖油を持って、近くの毛村に足を運んだ。
(聖油とは、聖髪料の原材料の一つで、髪に艶を出すほか、虱駆除の効果がある。)
とある家から、呻くような声が聞こえてきた。
家族に招かれるがまま中へ入ると、一人の子供が寝かされていた。
その手足は縄で縛られ、その全身には発疹と、掻き毟られた跡が残されている。
ボーボーは聖油を指で掬い取り、その子の身体に馴染ませていった。
やがて症状が落ち着いたのだろうか、子は安らかに目を閉じ、途端に寝入ってしまった。
両親は毛侶の施しに感謝の舞を捧げ、ボーボーは次の家へと招かれていった。
黒虱病の広がりは、ここのところ増加の一途を辿っていた。
貧しき繁々は毎日の食料の確保に忙しく、とても聖油にまで手が回らない。
聖油の精製は教会が担っていたが、その生産量は需要と比べて、微々たるものであった。

教会に帰ると、御三毛の枢毛卿たちが寝かされ、引き連れている洗毛徒によって髪を洗われていた。
洗髪の儀だ。朝、昼、夜と一日に三度、彼らは長々とした髪を洗わせる。
その度に、聖髪料を惜しげもなく使用し、水で洗い流される。
(この一回分の聖髪料に含まれる聖油は、約千繁分の量とも言われている。)
毛侶たる者、日々の洗髪には毛魂を注ぎ、常に美毛を保たねばならない。
髪は神であり、神が髪に宿るのだ。
この毛律は枢毛卿だけではなく、毛界の毛侶全てが従うものだ。
(階級が上がるほど洗髪の頻度と聖髪料の質が変わるものの、洗髪に注力するという点では一貫している。)

ボーボーは彼らを尻目にお湯を沸かし、主髪の寝室まで運んでいった。
主髪は座禅を組みながら聖毛を読んでいた。
その頭は、蝋燭の灯りを受けて微かに輝き、闇夜に浮かび上がっている。
ボーボーは毛巾をお湯で湿らせ、主髪の頭を丁寧に拭いていく。
主髪は聖毛の一部分を指差した。ボーボーに読めと、目で語った。
救毛主が、この毛界に毛臨した時のシーンだ。
その髪は世の権力者によって引き毟られたが、三日後に発毛し、元通りの髪になった。
髪は舞った。我は大地より生えし、一本の毛なり。地肌、毛根、残れば、何度も生え変わるであろう。
民を生やし、地を耕せ、さすれば我は現れん。
権力者は髪に平伏し、その毛の第一の毛徒となった。
髪は神であり、神は髪である。大地は地肌であり、民は毛である。
主髪は満足毛に目を閉じると、床に就いてしまった。

翌日、翌々日も毛論が展開された。
正毛とは何か。髪とは何か。神は何を求めているのか。
終わりの見えない毛論に、彼らの髪が逆立った。
四日目の朝、金髪の枢毛卿が洗髪の儀に取り掛かろうとすると、洗毛徒が震えていた。
なんでも聖髪料の入った壺が、丸っきり空になっていたという。
黒髪と茶髪の枢毛卿も、同じ事態に陥っていた。
金髪卿は黒髪卿に疑念の舞を披露した。それに怒り心頭した黒髪卿は、金髪卿に侮辱の舞で仕返しをした。
そして後継者問題にまで射程が及ぶと、ついに事態の収拾がつかなくなった。
金髪卿と黒髪卿とが互いの髪を掴み、引き毟ろうと争う。間に入った茶髪卿もまた、引き毟り合いに参加する。
三色の毛が入り乱れ舞い散り、黒々とした絨毯の上に降り積もっていた。

主髪はボーボーに目で合図を送った。
ボーボーは御三毛の前に、聖髪料の壺を運んできた。
枢毛卿たちの怒りの毛先は、ボーボーへと向かった。
盗繁、抜毛知らず、髪殺し……。罵踏と暴舞の数々が浴びせられた。
ボーボーは物怖じもせず、静かに舞った。この三つの壺があれば、村の繁々が病から救われる。
すると彼らによって地が耕され、聖油の増産も望めるようになる。
一度これを無くなった物として考え、毛界を潤していただけないか、と。
枢毛卿たちは思いもよらぬ返答に困惑し、硬直してしまった。

主髪は床に敷いた黒い絨毯を捲り、掴み上げた。
これは、自分の髪だったものだ。私は、自分の髪を捨てた。ボーボーに剃らせたのだ。
いま毛界はパサついている。民の毛が抜け落ち、地肌が荒れてしまっている。
民は毛であり、その毛が無くして教会は立ち行かない。
毛はいつでも生えてくるが、それも繁が健やかであってこそである。
私の頭皮を見よと舞い、その頭を枢毛卿たちが覗く。
そこには薄っすらと、細かな毛の畑が広がっていた。

髪を剃ったことなどなかった枢毛卿たちは、己の毛値観を覆された。
毛の逞しさ、髪の真実に打ち震えた。
そして自らの非礼を恥じた。髪は失われたのではない。髪はそこにいたのだ、と。
枢毛卿たちは舞い合った。謝罪の舞を、ついで友好の舞を。
するとボーボーは懐から三本の剃刀を取り出して、洗毛徒たちに手渡した。
三者三毛の髪が、断ち切られた。しかし彼らは清々しい笑みを零していた。
自分たちが救毛主となるのだ。聖毛に描かれた偉大な髪のように、またいつか生えてくる毛に誇れるように。

閉会後、御三毛は坊主頭で自分の教会へと帰っていった。
ボーボーは主髪に尋ねた。
なぜ、最後まで舞われなかったのですか?
主髪は答えた。
毛は、無理やりに抜いても、中途半端に千切れるだけだ。
自ずと抜ける時まで待たねば、本当に抜けるということはない。
ボーボーは、感謝の念を込めて舞った。

 

 

《第四部 【増毛期】 『毛は宝なり』》

BC140年。
この前後100年間、惑星アデリーブは寒冷期に突入する。
そのため、毛は表象から実用へと、再び目的を変えていく。
しかし以前とは異なり、繁毛の毛だけに頼らず、毛花の毛を纏うようになる。
蒸気縮毛矯正機の発明により、繁工毛の大量生産が可能になり、毛一本当たりのコストが二十分の一まで下落したのである。
それが、産毛革命だ。

大量の毛を消費するようになった繁類は、自らの身体に植毛するだけでなく、ありとあらゆるものに植毛していった。
日用品、家具、建物の内壁から外壁に至るまで、フワフワに植毛していった。
その者の暮らす領域に生えた毛の量が、その者の富毛度を表していた。
資毛家は毛束で毛畜や機械を買い、また新たな毛束を生んでいく。そのシステムを、資毛主義と言った。
一部の生やせる者と、その他大勢の生やせぬ者。両者の格差が広がったのも、この時代だった。
その波乱の中、激毛の繁生を歩んだ者がいる。大富毛から善毛事業家に転毛した、ボボ・グレートヘアーである。
(そして例の如く彼もボーボーと呼ばれていたので、以後はボーボーと表記する。)

ボーボーは貧毛な家に生まれた。
両親は毛場勤めの共働きで、彼の世話はいつも、祖母のウボボが見ていた。
ボーボーはウボボが大好きで、彼女から多くのことを学んだ。
彼の処毛訓に描かれた毛語もウボボが教えたものだ。
「たくさんの毛の中に、宝毛(たからげ)が一本だけ生えている。自分の宝毛を見失わないように」
(宝毛とは、身体のどこかに生える色違いの毛で、一本だけ長くなるものだ。我々、人類にもある生理現象。)
ボーボーは、ウボボを毛合わせにしてあげたいと願った。その禿げ上がった背中に、たくさんの毛を植えてあげたいと思った。
きっと、ウボボが宝毛なんだ。僕たち、ずっと一緒だよ。
しかしその想いは、彼が七歳の頃に裏切られることとなる。

ウボボは長年の間、病気を患っていた。
ボーボーの成繁まで生えていたいと願ったが、それは叶わなかった。
ある日、ボーボーが遊びから帰ってくると、家の中でウボボが倒れていた。
大丈夫? 寒いの?
ウボボは何も答えなかった。あとで両親から、ウボボとはもう会えないのだと聞かされた。
それは病気のせいであったが、ボーボーは、そうは考えなかった。
ウボボが亡くなったのは、この家が寒かったせいだ。他の家と比べて、毛が足りなかったんだ。貧毛なのがいけないんだ。
両親が止めるのも無視して、ボーボーは家を飛び出した。
働くんだ。働いて毛を生やさないと、抜けてしまうんだ。毛が大事だ。毛を生やすんだ。
ボーボーは駆けた。凍えるような夜に、防寒毛も付けずに駆けた。どこまでも続く闇の中を駆けた。
その途上、雪の上で力尽き、やがて気を失った。

ボーボーは、暖かい部屋の中で目を覚ました。
彼は運良く、毛車でその場を通りがかった、遠く離れた街の大富毛モボボに拾われた。
君の名前は何だい? 君のご両親は、どこに住んでいるんだい? お腹が空いていないかい?
モボボの問いかけに、ボーボーは答えない。
働かせてほしい、たくさんの毛が欲しい、と言って聞かなかった。
モボボは面白がり、ボーボーを住み込みで雇い、しばらく自分の毛場で働かせることにした。

それからボーボーは、毛が抜けるほど働いた。
仕事は見て覚え、誰よりも率先してこなした。
それは、何歳も年上の労毛者たちを感心させるほどの働きぶりだった。
モボボは彼を手放すことなく、可愛がった。
ボーボーの欲しがるものなら何でも買ってあげようと思い、何が欲しいかを聞いた。
毛束が欲しい。とびきり上等なものを、出来るだけたくさん。
モボボは給毛を与えていなかったことに気付き、彼に毛束を与えることにした。
高級黒直毛を、一握りだけ。
ボーボーは生まれて初めての感覚に、その身が震えた。それは、自分が許されたという安堵感だった。

ボーボーは日に日に重要な仕事を任されるようになり、三年で毛場長に就毛した。
毛が大事だ。毛期を守れ。
その執拗な圧力により、労毛者たちから毛嫌いされ、モボボから怒りの舞を受けた。
それ以来、モボボとは仕事以外で関わらないようになる。

十歳の誕毛日、孤独だったボーボーに、同年代の仲間ができた。
ちょうどこの頃に毛場で働き始めた、ボモーとモーボボだ。
(ボモーは女の子で、モーボボが男の子。)
ボモーは働毛者(はたらけもの)で、ボーボーと同じように仕事の覚えが早かった。
それに対してモーボボは怠毛者(なまけもの)で、いつもボーボーから叱られてばかりだった。
彼らは一緒に食事をし、一緒に毛繕いをし、一緒に働いた。

ボーボーの部屋には、あらゆる種類の毛束が積まれていた。
ボモーとモーボボは、ボーボーが一生懸毛に働く姿を疑問に思っていた。
ボーボーは彼らに、宝毛の話をした。
僕にとっての宝毛は、たくさんの毛を集めることだ。
ボモーは舞った。それは不毛なことだと、愛する者に尽くすことが自分の宝毛である、と。
愛する者などいないし、今までもいなかった。
それなら私を愛してみなさいよ。
翌年、彼らは毛婚した。

ボーボーは、これを機会に独立することにした。
家庭用の植毛材を製毛する、小さな毛場を開くことにしたのだ。
(通俗名称ボー&ボー。正式名称ボーボー&ボモーボボ。)
もちろん、ボモーとモーボボも彼についていった。
そして、お世話になったモボボの家からも出ていくことにした。
彼は睫毛をポロポロと落とし、祝福の舞を披露した。
友を大事に、妻を大事に、そして自分自身を大事になさい。
ボーボーは感謝の舞で返礼した。

毛場経営は、毎日が修羅場だった。
ボモーは慣れない仕事にミスを繰り返す。
モーボボは慣れている仕事でもミスを繰り返す。
ボーボーはそれらの状況に消毛していき禿げ上がる。
開業資金であった毛束は、みるみるうちに無くなり、三ヶ月で底を着きそうになった。
ボモーとの仲も、次第に毛悪になっていった。

きっかけは、モーボボの仕事上のミスだった。
彼は蒸気矯正機の設定温度を間違え、大量の毛を溶かしてしまったのだ。
ボーボーは激怒して舞った。お前はクビだ。明日から来なくていい。
ボモーは彼らの仲裁に入ったが、ボーボーは相手にしなかった。
今度はボモーが怒りを露わにした。あなたは毛のことしか考えてない。毛よりも大事なことがあるでしょう?
無いさ。毛よりも大事なものは無い。毛は我々の全てだ。
ボモーは呆れて、最後の舞を踊った。
私たち、別れましょう。

ボーボーは一毛不乱に働いた。
労毛者を雇い、消毛した者から辞めさせ、また新たな労毛者を雇う。
毛が抜けては生え変わるように、それらを繰り返した。
社名もボーボー・ファクトリーに改名した。

四年後、ボーボー・ファクトリーは毛界有数の毛業にまで生え上がった。倉庫は毛束で一杯になった。
その代償か、ボーボーの身体を覆っていた、ほぼ全ての毛は禿げ上がってしまった。
だが、全身に自社ブランドの高級ウィッグを着用していたので、特に問題も無かった。
ボーボーは豪邸を建て、それらを毛で装飾し、フワフワの毛に包まれて生活した。
女は毛で買った。労毛者も毛の匂いに釣られて次々とやってきた。
全てが上手くいっていた。少なくとも、そう思おうとした。

半年後、市場で大恐毛が起きた。
一夜にして、毛束の価値が半分にまで下落した。
繁々は気付きはじめたのだ。毛は、そんなにいらないかもしれない、と。
ボーボーの毛社も、被害は尋常ではなかった。
数ヶ月間は資毛を売り払って毛営を続けていたが、それも立ち行かなくなってしまった。
多額の借毛を抱えた末、毛社は倒産を余儀なくされた。
自慢の毛場だけでなく、毛邸も差し押さえられてしまった。

僅かばかりの毛を握り、ボーボーは路頭を彷徨った。
炊き出しの列に並ぼうとしたが、突き飛ばされた。
辺りには、自分が雇い、切り捨ててきた元従毛員たちで溢れかえっていた。
生れて初めて、繁々が怖いと感じた。
ボーボーは何日もの間、飲まず食わずで過ごした。
意識は朦朧とし、ここがどこで、今がいつだか分らなくなっていた。

いつの間にか、雪の上に寝転がっていた。
思い出が、思い出すことを避け続けてきた記憶が、止めようもなく溢れ出してきた。
大好きだったウボボ。亡くなってしまったウボボ。悲しかった。
家出して、雪の上で倒れていたところを、モボボに拾われた。救われた。
働いて、働いて、初めて貰ったお給毛。嬉しかった。
仕事ぶりを認められ、毛場長を任された日。誇らしかった。
働毛者のモボーと、怠毛者のモーボボと過ごした日々。楽しかった。
モボーとの初めてのデート。彼女の良い匂いのする黒髪。美しかった。
モーボボのミスだって、怒るほどのものじゃなかった。許してあげれば良かった。
今になって分かった。みんな、みんな、大切だったんだ。みんなが僕の、宝毛だったんだ。
ボーボーは何年かぶりに、幸せな気持ちで眠りについた。
そんな彼を包みこむように、フワフワの雪が、降り積もっていった。

ボーボーは、暖かい部屋の中で目を覚ました。
けれど、この光景は夢だと思った。目の前に、モボーとモーボボがいたのだ。彼らは昔より、ちょっと老けて見えた。
ボーボーは差し出されたスープを啜りながら、毛布をかけられた。
それをかけてくれたのは、小さな女の子だった。
大丈夫? 寒くない?
モボーから、自分たちの娘のボーモーであると聞かされた。
ボーボーの睫毛が、ポロポロと抜け落ちた。
これが夢なら、いつまでも見ていたいと思った。

その後、ボーボーは善毛事業家に転毛する。
そこまでの話は、想像にお任せしたい。
ボーボーは自分の宝毛を見つけた。これは、そういうお話なのだから。

 

 

《第五部 【脱毛期】 『毛は力なり』》

BC0年。
寒冷期が終わり、惑星アデリーブは、繁々にとって快適な温度に戻っていた。
それに伴い、彼らの容姿は、実用から美容へとその目的を転換する。
産毛革命後、大量に流通するようになった毛を用い、彼らは自らの身体を毛飾るようになった。
毛は多様化を極め、ありとあらゆる種類の毛が繁っていった。

毛界で最も称賛を集めていたのは、ヘアモデルとスタイリストだった。
ちょうどこの頃、毛像伝播システムが発明され、全毛界に普及し始めていた。
毛の美しさを競い合う、美毛競技時代の到来である。

芸毛界は、保毛派と改毛派で二分されていた。
保毛派とは筆頭勢力であり、地毛を最大限に尊重する派閥だ。彼らはヘアカットのみで勝負する自然毛主義を連呼する。
改毛派とは対抗勢力であり、脱色や染色、ウィッグなども含め、自由に装飾する派閥だ。彼らは自由毛主義を提唱する。
そのような毛治情勢下、また新たな派閥が生え出ようとしていた。素肌主義を掲げる脱毛派だ。

脱毛派の代表モボボーモは、全毛界を震撼させた。
なんと、全身の毛を剃るだけには飽き足らず、毛根から根こそぎ脱毛してしまったのだ。
そのため、肌は毛に覆い隠されることもなく露出し、ツルツルの地肌を晒していた。
身体の所々に極めて薄い毛布のようなものを張り付けていたが、その多くの部分で素肌が見えていた。
彼女のパフォーマンスに、批毛家は痛烈な非難を浴びせた。
卑猥だ。恥ずかしい。未開的だ。弱々しい。奴隷のようだ。
世の繁々も同じく、心底から毛嫌いした。あの姿は間違っている。芸毛界から引き抜くべきだ。

繁毛史学者のボーボーもまた、そんなモボボーモに怒りを募らせた者の中の一人だった。
これまでの毛学では、理毛にしろ文毛にしろ、繁は毛無しでは生きていられないというのが定説だったからだ。
毛を侮辱している態度の彼女に、訂正の舞でも浴びせてやりたいと思った。
さっそくボーボーは脱毛派とコンタクトを取り、モボボーモに会いに行った。
廃病院を改装したという彼女たちの施設は薄暗く、しかしどこか未来を感じさせるような雰囲気があった。
モボボーモはボーボーを丁重に迎え入れた。
やはり彼女は素肌を晒していた。身体に貼り付けた薄く小さな毛布のことは、どうやら「服」と言うらしい。
互いに少し舞っただけで、彼女の毛才ぶりは判明した。
何年間も毛究に費やしたボーボーの、遥か彼方にまで知の射程が及んでいたのだ。
なぜ、一介のヘアモデル(無毛だが)である彼女に、これだけの知識があるのか。
俄然、興味が湧いてきた。

ボーボーは建物の中を案内された。
そこは無毛者たちのアジトとなっていた。すれ違う者、すれ違う者が、ことごとく素肌に服というものを身に付けていた。
自分だけが毛を生やしていたため、逆に奇妙な恥ずかしさすら覚える始末だった。
無毛派の彼らは、予想に反し、とても穏やかな生活を送っていた。
それに、毛を嫌うのではなく、毛との新たな関係を築いているようにも見えた。
そう思ったのは、彼らの身に付けている服の制作を目にしたからだ。
服は、無数の毛束から生成される「糸」を、さらに無数に編み込ませた「布」を組み合わせて作られる。
なぜそのような面倒なプロセスを経るのかは不明であったが、とても興味深い文化様式であった。

施設内の撮影現場には、モデルとその取り巻きがいた。
モデルは服で全身を覆い、様々なポーズで撮影者を誘惑していた。撮影者も地肌だった。
モボボーモが説舞するところによると、彼らは公共の場での撮影を制限されるようになったらしい。
今では年齢制限付きのチャンネルで、一部のマニアたちに向けて放映していると言う。
それを見て共感を示した者が、ここを訪れるのだとか。

二人は施設内のカフェで休毛した。
ボーボーは、なおも反髪の意志があった。素肌主義という思想が、どうしても生理的に受け入れ難かったのだ。
モボボーモは静かに舞いだした。かつては自分にも、少量の毛が生えていたのだと。しかしそれは全身にではなかった。
先天性発毛障害。世に多くは知られていなかったが、ボーボーはその症状を知っていた。
体毛の何%かが失われた状態で生まれ出て、成長しても毛が生えてこないという障害。
全身ウィッグが一般的になる近代まで「毛枯れ」の者として忌み嫌われ、最悪の場合、赤ん坊のうちに殺された。
彼女はその障害によって、周囲から疎外された。いじめにも遭い、成繁してからも差別を受けた。
そして、自分は毛に裏切られたという念を持った。日々、少しばかり生えていた毛をピンセットで抜き続けた。
体中のほとんどの毛を抜き終えた時、彼女は開放感に包まれた。毛に囚われていた自分が、馬鹿馬鹿しく思えるようになったのだ。
それからというもの、彼女は毛以外の多くの事象に興味を持ち始めた。貪るように本を読んだ。
すると現代の発明家など、偉繁たちの多くが無毛であったことを知った。自分もそうなりたいと思った。

ボーボーの睫毛が抜け落ちた。いつの間にか、抜けていた。
彼は彼女の繁生に、とても共感を覚えた。なぜなら自分もまた、軽度ではあるが、先天性発毛障害を抱えていたからだ。
彼女の凛々しい生え様が眩しかった。自分には、とても出来そうになかった。
モボボーモは彼の純粋な睫毛を見て、彼が信頼できる繁であることを悟った。
彼女は先導の舞を披露した。自分の毛究を、あなたに見てもらいたい、と。
ボーボーは彼女に連れられて地下に降り、毛究室の中へ案内された。

そこは、毛という毛で繁っていた。
それらは全て、繁の地肌を離れながら、それでも生え続けている毛だった。
毛花から生えているのではない。毛が、毛だけで自生していた。
ボーボーは絶舞した。こんな光景を、見たことがなかったのだ。
モボボーモは舞った。我々の毛究で、繁と毛が別々の種であることが判明したのだと。

原初、繁は地肌で生活していた。水辺から這い出したそれに、毛は生えていなかった。
BC5000年頃、未だプロセスは不明であるが、繁の肌に寄生した毛が、彼らと共生し始めた。
それは奇跡的な事象であり、また双方にとって利益があることだった。
毛は繁に、保温性能や放射線耐性のほか、神経伝達物質リアプロゲインを与えた。
リアプロゲインは繁に、自信と活力を与えるような作用がある。我々が毛に異常な嗜好性を示すのも、このためだ。
繁類は、毛さえあれば生きていけるかのように、毛無しでは生きていけないかのように調教された。
絶対的な権力を握った毛は繁に対して、熱・水分・栄養・二酸化炭素などを貢がせた。
それだけではない。外敵から身を守るために体を張らせたり、彼らの生殖の場をも提供させているのだ。
リアプロゲインは宿主の危険を察知すると、直ちに攻撃判定を下させ、反撃か回避の行動をとらせる。
その発露が情動だ。我々は、毛によって情動をコントロールされているのだ。
体温が上がれば毛を剃らせ、体温が下がれば増毛をさせる。社会も文化も、それに倣って推移する。
それらは発毛以前の繁や、他の生物には見られない、毛常性維持機能だ。
毛の本質は利己的だ。宿主の生命維持機能が低下すると脱毛する。つまりストレスが一定値を超えると、毛が抜ける。
抜け落ちた毛は風に運ばれ発芽し、毛花となり、また我々の元へと還ってくる。
この毛界は、毛を最大限に増やすように形成されていたのだ。
にもかかわらず、我々は粛々と彼らの命令に従い、毛の繁殖に協力し続けてきた。
彼らの毛族争いに巻き込まれ、彼らの天敵である黒虱が現れれば退治した。
主体的な毛と、従属的な繁。我々の歩んできた過去は、このような主従関係の歴史だったのだ。

ボーボーは、その場に跪いた。頭が真っ白になっていた。
無理もない。自分が今までに蓄えてきた数千年の歴史が、一挙に裏返ってしまったのだ。
繁が毛を生やしていたのではない。毛が繁に生やさせていたのだ。
そう考えた途端、ボーボーは自分に生えている僅かばかりの毛が、とても恐ろしく見えてきた。
一刻も早く剃りたい。いや、根こそぎ抜かなければ。
モボボーモは、ボーボーのウィッグを脱がせた。
彼女は一目見た時から、彼がウィッグを着用していることに気付いていた。
そして彼を脱毛機の前へと誘い、コクピットのハッチを開けた。

ボーボーは洗濯機にかけられているような気分を味わった。
ほどなくして熱風が身を包み、体中に静電気のような軽い刺激が乱打する。
十五分ほどで施術は終わった。ハッチが開き、身を起こす。
モボボーモから渡された鏡を見て、つるっ禿げになった全身を見回した。しばらく慣れるまで、外出時はウィッグを付けよう。
彼女に手を取られて立ち上がるが、上手く力が入らない。
それだけではない。急に自分が孤独になったような、途方もない心細さが襲ってきた。
抱きしめられた瞬間、体の奥底から欲動が突き上げてきた。
全身が痙攣し、それを止めようがなかった。口からは唾液が溢れ、彼女の肩に滴った。
独りぼっちだった自分を、神様が慰めてくれたかのような感動を味わった。

モボボーモは、ボーボーの背中を、太ももを愛撫した。
その度に彼の身体は脈打ち、強く強く彼女を抱きしめた。
彼女は、無毛になったばかりの皮膚の敏感さを知っていた。
悪戯をするように、指で円を描いては、もの欲しそうに引き攣る地肌を挑発した。
ボーボーは彼女の奴隷となっていた。彼女から命令されることを欲していた。
細長い布で目隠しをされ、手足を縛られ、仰向けに転がされた。
柔らかい突起物が胸に稜線を描き、それが舌だと分かると、思わず涎が頬を伝った。
彼女はボーボーの身体を覆う服のように寄り添った。肌と肌が触れ合う。彼女も小刻みに震えていた。
ボーボーは呻き声を上げた。絶頂が近付いていた。
今までのことを謝りたい、許されたい気持ちで胸が一杯だった。それが何に対するものかは、分からなかった。
両脇を摩られる。脚の内側を弄ばれる。全身で快楽を貪り、生まれたてのように吠え立てた。
口が塞がれ、しっとりとした鼻息がかかる。唇に許しが齎され、刹那の切なさが霧消する。
それと同時に、ボーボーは失神した。

BC(Before Clothes)の終わりは、AD(After Dressing)の始まりを意味する。
繁類は新時代の幕開けを、彼の雄叫びでもって迎えたのだった。

文字数:19799

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