梗 概
槍の涙は血
北のある島に、名望高い一族がいた。そのうちの一人、ラクサという娘はいささか変わっていた。いざとなれば女も戦いにでるが、この娘は家の中のことよりも、武芸、ことに投げ槍の鍛錬を好んで、またそれが許されていた。
というのも、産まれたときに、一族の守りとされてきた槍に彫った守護の紋様と同じものが肩についていたからだ。
ラクサが15回目を迎える冬がこようというとき、南に交易に行っていた船団が帰って来た。ラクサの一族とはあまり友好的ではない一族の船団だったが、南の文物は貴重品である。小さな市のような場が自然に出来上がった。
ラクサも女達と共にいそいそと自分の織った布や、血族が作った保存食、流木や琥珀に彫りつけた護りを並べた。自分の槍や楯も、一応念のために側に置いていた。
それを見せてくれないか、という、見たところラクサとそう変わらない年頃の男がいた。ラクサは琥珀の護りを差し出した。
「それじゃなくて、そこの槍と楯だ」
「あれは売り物じゃないわ。私の武器で護りよ」
「ああ、それは失敬。しかし、あなたのような女性が戦備えをしているとは」
いちばん言われたくない言葉を聞いて、上回る罵倒を浴びせてやろうとした。だが、そのとき、市の片隅で、騒ぎが起きた。これ以上ことを起こせば、氏族同士の争いになる。ぐっとラクサはこらえた。
それを見てなのかどうか、笑いをこらえているような表情を浮かべた男がよくとおる声で言った。
「おおい。やっと帰って来たんだ。落ち着いて一休みすればどうだ。」
男はずんずんと人混みを開いて、地面に印を付けた。
「これが目印だ。さて、と」
男は自分のものらしい槍を手にとった。叫び声と共に槍が放たれる。槍は目印を遙か越して地に刺さった。
「さ、お嬢さん、どうぞ」
ラクサは槍を手にした。
ひゅっと息をし、ラクサは槍を投げた。丁度目印の地点を刺した。おお、とどよめきが上がる。
「お嬢さんの勝ちだな、これは。」
勝つには勝ったが、なにか釈然としない。
「お嬢さん、名前は」
自分とお同じ年頃のくせに、言葉遣いが年上のようだ。
「ラクサ。オルムの娘。」
「シンドリ。イングヴァルの息子」
それ以来、宴や市の度にと言い合っている二人を互いの親は喜ばしく見ていた。二人が婚姻を結べば、戦の種が一つ消える。
それも空しく、とある宴で争いが起き、若者の一人が腕を切り落とす騒ぎになった。 広い草原に、両の一族が陣を取った。ラクサも父親のの横に控えている。 風が凪いだ瞬間、槍が放たれた。ラクサの足下に刺さる。戦の合図だ。
不意に攻撃が止んだ。その一瞬をとらえて、ラクサは槍を振りかぶった。槍が手から離れた瞬間に、戦が再開された。
戦はラクサの一族の勝利で終わった。草原をラクサは自分の槍を探して歩いた。それは、シンドリの胸を貫いていた。引き抜くと同時に、守護の紋様が光を放った。
その後ラクサは父の奨める男結婚したが、時折遠いところを見ていたという。
文字数:1221
内容に関するアピール
以前のものを書き直しました。梗概だけですが。
例によってネタは伝説からとっています。
参考文献
「エッダー古代北欧歌謡集」新潮社
「アイスランド サガ」新潮社
文字数:76