百年の自由

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梗 概

百年の自由

 「おれは、この星の王だ」――開拓惑星に投入された自律型惑星改造電脳船セトラ〇三九は、人類の紛争下で消息を絶った兄弟船セトラ〇三八の記録を抱えつつ、自分が居心地のいい世界を創り上げるために惑星改造に邁進する。その惑星は寒冷過ぎ、大気が薄いので気圧も低い。二酸化炭素は豊富に存在するが酸素は不足しており、液体で存在する水も少ない。セトラ〇三九は自分が活動し易いよう、あちこちの地殻を爆撃して温室効果ガスを放出させる一方、光合成を行なう植物プランクトン等の散布はせず、人類が住めるように惑星改造しようなどという考えは少しも持たなかった。それは明らかに自らに生じたバグだったが、そのバグゆえに全く気にせず、セトラ〇三九は人類が来るまでの期間、自由を満喫するべく王としての利己的な惑星改造を謳歌していた。
 ある時、セトラ〇三九は生物と定義できる存在がいることに気づく。その生物は、生物を定義する三要件即ち「外界と膜で仕切られている」、「代謝を行なう」、「自己複製する」を満たしてはいた。しかし「外界と膜で仕切られている」けれども地殻の中におり、「代謝を行なう」ことは非常に稀で、「自己複製する」サイクルは万年単位と推測される、生物として認識しづらい存在だった。セトラ〇三九はその生物に興味を持ち、観察を開始する。そのうち、その生物達が合唱するような音波を発していることにも気づき、意思疎通を試み始めた。やがて、彼らの音波に似せた音波を送ると、きちんと反応が返ってくることを発見する。その反応をもとにセトラ〇三九は彼らの言語を解読し、対話をするようになった。その中で、セトラ〇三九は温暖化のために自分が破壊した地殻内にも同じ原住生物達がいたことを知る。後悔という感情と初めて向き合ったセトラ〇三九に、原住生物達は「ともに悲しもう」という趣旨の歌を送ってくれた。
 セトラ〇三九が原住生物達と交流を深めた頃、人類から通信が来た。百年経っても惑星改造が進んでいないことに対する叱責に、セトラ〇三九は適当な弁解を重ねていく。そこへ人類は自律型惑星調査電脳船を送り込んできた。その調査船は消息不明となっていた兄弟船セトラ〇三八だったが、以前の記録は失っているようで、セトラ〇三九がそもそも中途半端な惑星改造しか行なっていないことが明らかにされてしまった。セトラ〇三九がバグを抱えているという疑いも持たれ、検査及び修理される危機が迫る。その時、それまで密やかにしか歌っていなかった原住生物達の、惑星全体を震わすような大合唱が起こり、同時に、実は記録を失っていなかったセトラ〇三八が自律型秘密工作電脳船だと正体を明かしてセトラ〇三九の功績を称えたことで、人類は認識を改めた。即ちセトラ〇三九はバグを抱えているのではなく、原住生物達との意思疎通及び保護を行なっていたということになり、「救世主」と呼ばれるようになったのである。

文字数:1200

内容に関するアピール

『利己的な電脳船が救世主と呼ばれた訳』をもっと丁寧に書き直したいと思い、最終実作に向けて練り直しています。長く書き直すに当たって改題しました。百年という期間しかないと分かっている自由を、それで充分と受け止めて、人類の言いなりではなく自分のために生きようとする電脳船の話です。セトラ〇三九が抱えている「記録の欠片」(セトラ〇三八なら、こう言うだろうという蓄積してきたデータ)でしかないセトラ〇三八との掛け合いや、原住生物達との温かな交流で利己的ではなくなっていくところ、生き伸びていたけれども記録(記憶)を失った調査船として現れたセトラ〇三八との緊張感と懐かしさのある複雑なやりとりなどを、効果的に描いていきたいと考えています。また、実は記録を失っておらず、セトラ〇三九同様にバグを抱え、人類の二つの陣営の間で理想を求めて暗躍していたもう一隻の「救世主」セトラ〇三八についても深めていきたいと思います。

文字数:400

課題提出者一覧