梗 概
その瞳が閉じるなら
1
光は事故や障害で死んだ子供の両親の骨格を触って読み取り、故人の肖像画を描く画家。生まれつき右半身不随で車椅子の光には、かつて智恵という恋人関係の助手がいた。
光は瞳が閉じた肖像画を描く。ある日、光は個展を開くが、自分の絵は時間を凍らせた遺物なのかと自問。個展が終わると芳名帳には智恵の妹の彩の名前があり、電話を下さいと書かれていた。
光は彩に電話し、智恵がALSの末期で植物状態だと知る。光は病院で智恵と再会。そこに医師が現れ、光と彩を製薬会社に連れて行く。そこには若く健康な智恵の肉体があった。それは脳がないクローン、Bodyoid(BO)であり、智恵の創薬の為に作られた。彩が語るに、智恵は昏睡後の治療方針を光に任せたいと言っていた。
医師によれば、智恵は脳死へ進んでいるが、近くに実現される遺伝子治療でのニューロン新生で、ALSの治療および蘇生が可能。しかしその場合、智恵は記憶が白紙化した幼子の様になる。
その夜、光は夢を見る。夢での智恵の瞳は開いており、それは光の永遠である。
2
1年後。光は絵の依頼で高村という婦人を訪ねる。高村は死んだ子供のBOを買い取り家に置いており、瞳の開いたBOの肖像画を依頼。光は自分の絵の瞳が閉じている理由を語り、高村は納得。
一方、光は智恵と智恵のBOに会い続ける。医師は智恵の創薬治験の準備が出来た事、智恵の余命が短い事を告げる。なお治験成功の場合、脳が形成された智恵のBOは破棄される。
光は彩を訪ねる。彩は過去に光が智恵を見捨てたと責め、また、智恵の蘇生は智恵の尊厳を奪うと主張。また会話で、翌年に立法のBO火葬法(故人となった者のBOの火葬が義務化)が話題に上がる。
光は心配になり高村を訪ねる。しかし高村は既に永遠を手放す事を受け入れていた。
その夜、光は夢を見る。障がい者の光は常に守られる立場だった。画家として成功後は人を守れる存在になったと感じていたが、智恵のALSを知った時、智恵を支えられない恐怖に駆られた。それを察した智恵は光から去った。
目を覚ました光は病院に忍び込み、智恵に縋り慟哭し、償いを決意する。
3
1年後。光は高村の子のBOの火葬に立ち会い、スケッチを数枚渡す。そこには高村の子のあり得た未来が、瞳が開かれ描かれている。そして高村はスケッチを棺に入れて燃やす。二人は気づいていた。凍った時の居場所は思い出にしかない。
光は再び個展を開く。テーマはBO火葬法で埋葬されたBOのあり得た未来。光はBOを埋葬した家族を回り、BOの遺灰を顔料として一連の絵を描いた。そこには智恵の絵も飾られていた。それはBOへの贖罪であり、永遠としての智恵の埋葬でもあった。
暫くして光は、ある女性の退院に付き添う。女性の名は環。光はかつて智恵だった女性を養子として引き取り、新たな名前を与えた。無邪気な環は、光の車椅子を押す。
文字数:1200
内容に関するアピール
Bodyoid(BO)
大脳がなく思考や感覚を持たないヒトクローン。全能性細胞(hTBLC:iPS細胞等を更に処理し胎盤等への分化も実現したもの)と人工子宮、および胎児の脳を欠損させる遺伝子編集で作出される。ES細胞クローンに存在する倫理問題(卵子や母体が必要な点、クローンの人格の尊厳)を回避。物語世界では、用途は主に創薬治験に限るとされている。
近い未来にBOが実現していく中で、死者との別れに葛藤する人が出てくるように思えます。BOは思い出の凍結となり得るからです。
メインプロットは、「過去への後悔や思い出を凍結せずに受難に立ち向かう時、人は根源的な自己肯定を得る」という物語です。サブプロットは高村の解放の物語としつつ、BOの社会的側面を描きます。
自分では、①もっとBOの社会性に焦点を当てるべきか、②ラストの展開が読者を置き去りにするのでは、と悩んでいますが、何でも忌憚なくご意見を頂ければ幸いです。
<以上385字>
参考文献(下線をクリック)
MIT Technology ReviewによるBodyoidの概要
Jason Pontin. “Ethically Sourced Spare Human Bodies Could Revolutionize Medicine.” MIT Technology Review, March 25, 2025.
北京大学生命科学学院による『Cell』誌へのhTBLCの寄稿論文
Shiyu Li (李诗雨), Min Yang (杨敏), Hui Shen (申辉), Li Ding (丁力), et al. “Capturing totipotency in human cells through spliceosomal repression.” Cell, vol.87, issue 13, p3163-3460, Jun 20, 2024.
(以下、同論文のアブストラクト・サマリーの部分翻訳)
文字数:783