梗 概
飛行魚の夜
白い稚魚たちが重なるようにして泳いでいる。
大きくなるに従って、徐々に色を失い、透明になって、空を泳ぐ「飛行魚」になる。
太陽系から遠く離れたその小さな星では、温暖な気候と自然環境に恵まれ、数千人程度の、ごくわずかな人々が暮らしている。
人々は、獲った魚や肉、自分で育てた作物を食べ、自分で作った衣服を着る。
危険なのは、頻繁に、燃えながら落ちてくる隕石くらいだ。
飛行魚は、幼体の頃は数センチと小さく、水中で育つが、成体になるとき、地上に出て脱皮し、空を飛行するようになる。
成体は空中で成長し2mくらいになる。ほとんどはその大きさになる前に、捕獲され食糧にされる。
成体は、宇宙との境界まで行けるほどの、強い翼と持久力を持っている。
訓練を積むと、人は、飛行魚に乗ることもできる。
飛行魚に乗って、隕石群が近づいていないかを観測したり、日常的には、近隣との交流や、遠い国との交易などにも使われる。
上空まで行くには、危険が伴うため、魚に乗るのは、主に体力がある若い男性の役目だった。
主人公は、飛行魚の稚魚を育てる養殖場の近くに住んでいる、10代はじめの「ぼく」。
毎日、飛行魚の稚魚を見て、魚たちが空へと飛び出す日のことを想像する。
養殖場を営んでいるのは、ぼくの隣の家の、独身のおじさんで、小さいときから知っている。
近所の若者たちが、連れ立って魚に乗るための訓練に行くなか、ぼくは、作物を作ったり、衣服を作るなど、家の手伝いをしている。
本当は、ぼくも、魚に乗ってみたかった。
ある日、稚魚を眺めていると、おじさんは、かつて、山に不時着したときの話をしてくれた。
おじさんも、若い頃は飛行魚に乗っていたそうだ。ある日、度胸試しで、誰も入ってはならない聖なる山に、脱皮したばかりの飛行魚に乗って飛んで行く羽目になった。
しかし、山頂でコントロールを失い、墜落する。山頂には空き地があり、たまたまそこに落ちた。
そこには、石組みの階段状のものが建っていて、その中では、炎が燃えていた。見ているうちに、炎は小さくなって、消えてしまう。おじさんは焦って、木々を集め、持っていたマッチでもう一度火をつけた。そのときわかった。「いつか、この炎の話をしなければいけない」と。
乗っていた飛行魚は、傷が深かったため、その場に置いて、自分ひとり、泣く泣く、木々をかき分けて下山し、その後は二度と飛行魚に乗らなかった。
炎の話をするのは、自分の息子にと思っていたけれど、違ったようだと。
ぼくは、そこまで聞いて、自分が、特別な話の相手に選ばれたのだとわかる。
家に帰ったあと、夜中、外に出て、おじさんが言った聖なる山の方を見てみた。
暗闇の中、山頂にまたたく光が見えた。その上に、山の上を一匹でさまよう大きな飛行魚の姿も見えた。ぼくは、魚に乗れなくても、いつかあの山の上に、飛行魚に会いに行ってみたいと願う。
文字数:1200
内容に関するアピール
何年か前の夏、正午に近い時間帯に、山の中にある廃校の小学校の校庭で、真っ青な空の中に、透き通った魚のような飛行機を見ました。
見ていると、ひこうき雲だけが、ごく細く、後ろに伸びていくのですが、肝心の飛行機は、高度が高いからなのか、太陽の強い光に照らされているからなのか、とにかく透明で、半分くらい空に溶けている感じです。
その不思議な光景が、リアルなものとして、SFになったらなあと考えました。
地球ではなく、遠い場所にある、地球のような星を想定しています。
山の上にある石積みは、現代の日本にもいくつか存在している遺跡を想像して書きました。
梗概を書いてみて、いつか、この話の中に出てくる石積みと、地球の石積みとが、なにかで交流する話を書けたらいいなあと思いました。
最後の、夜に火を見るシーンは、エチオピアの昔話からイメージを得ています。
文字数:365