梗 概
落果せし君と涅槃で目覚めを
一万五千年後の世界で、半機械知性体である涅は同胞達と同じく孤独だ。
彼らは、人間の後継種族として地球を覆うように繁栄し、全生物種を取り込んで単一種族となったからだ。
予測通りに訪れた氷河期、気候変動から逃れるため同胞達が建造してきた三十六基の宇宙昇降機の突端という辺境に涅は生まれ、住んでいる。
涅は、初期の宇宙開発の名残であり先行開拓民の残骸でもあるデブリの回収を仕事としていたが、自らの仕事と命に意義を見いだせないでいた。
そんなある時、涅は極めて希少な結晶構造を持つ物体を発見する。
密かにそれを回収・分析する涅に「自分は涅の種族に吸収された過去の生命達の情報と細胞を持つ“果房”だ」と結晶体が口をきく。
結晶体自体と結晶体を拾ったことに特別な意味を感じ、涅は結晶体と共に宇宙昇降機を登り、結晶体と自身、自種族の起源を探して旅に出る。
高軌道の環境に適応していた自分の体を行く先々で改造しながら、涅は旅を続ける。
静止軌道までは物資運搬役である金属蜘蛛と同じ体が、静止軌道から低軌道の台地、そして大気圏から地球の海へ潜るために多層構造の外殻に包まれた魚類の身体が、そして風雪や落雷に塗れる陸地での行軍に耐える恒温生物の身体が必要になった。
その都度、涅は変化や探求に無関心な同族達の助けを得て、宇宙昇降機の中に保存された技術と素材、運んできた結晶体が持つ過去の生物の遺伝情報と細胞を使って、人の進化を辿るように変身を続ける。
変化の度に結晶体は剥落を起こし、涅を侵襲するが、二つの存在は溶け合わず、涅は結晶体に対等な信頼感を持つ。
やがて、地球の地下施設に辿り着いた涅は半機械知性達の住環境全体を密かに管理する巨大で高度な知性を持つ個体との対話に至る。
そこで涅は、自種族の中で、常に文明の拡大と資源の確保、種族の存続確率を上げる系外進出が計画され、結晶体は他惑星の入植と環境改変に必要な素材を凝縮したものだと知る。
結晶体は一つではなく、昇降機の機構を通じて様々な場所へ運ばれ、涅のように「単一種族から成る世界への疑念と外への志向性を持つ個体」に接近し、過酷な環境変化から強い克己心と適応力が育つよう旅を促し、結晶体と拾得者を一体化させ、他惑星への度を準備させるのだ。
その中で唯一、涅が旅を終え、自らの望み通り、結晶体とこれまでの旅の意味、自身の起源と果たすべき役割、その意義を知った。
だが、それらが自身の内発的動機ではなく世界の都合に過ぎないことに、涅は強い怒りを抱く。
旅の中で見た種族全体の諦観と停滞は外宇宙の探索ではなく他者の存在でしか解決しないと考えた涅は、地球環境の改変と自首族にとっての他者として自身を起源に多様な生態系を再生することを願い、結晶体と自分の身体を地球に融合させる。
「混沌が生まれるよ」と結晶体が恐れ、「でも独りじゃない」と涅が笑う。
文字数:1199
内容に関するアピール
梗概の作成時点で、既に本講座を通して各回で学ばせていただいた要素が、知らぬうちにこの物語に練り込まれていることに気づきました。
物語の流れはかなり迷いましたが、全体を貫かせるテーマの構成要素には「他者との関係変化」「世界と自己の変容」「甘くない未来への希望」といった、作者としても読者としても、私自身がSFと物語に求めてきた要素が抽出、精製されたように思います。
結果、各回の提出作から世界設定や、ストーリー展開、登場人物の特徴などが、断片的に混入していました。
そのことに、自らテーマを設定し自立的に書くことや話の引き出しを増やすことへの課題感もあります。
が、一年間の学びの集大成として仕上げるならばそれもまた良いのでは、と敢えて他提出作との重複を抑えずに内容を構成しました。
他者がいる素晴らしさは孤独な悟りに勝る。そんな思いが表現できればと考えております。
よろしくお願いします。
文字数:388