灰の声

印刷

梗 概

灰の声

 「宇宙では死んだあいつの声がするんだ」
 2090年、JAXA筑波宇宙センターで働いていた元宇宙飛行士の惑星科学者サナは、ふとした時に、亡くした友人の声が脳裏に響くのが怖かった。
 そんなある日、月の裏側で発生した重力異常イベントがキャッチされる。このままでは地球と月の潮汐ロックが崩壊して、4日後には地球の地球の自転が暴走、マントルが噴出してしまう計算である。
 それを回避するには、半世紀前に放棄された月地下にある反潮汐力施設「アルテミス・スタビライザー」を稼働させるしかない。そのためには当時、施設を管理していた技術者、ネリの仮想意識データを月面で起動する必要があると分かった。
 月と地球の距離では、光通信で100TBを送るには10日かかる。つまり月へ送るにはロケットしかない。
 ところがJAXAは、先日の打ち上げ事故の影響でロケットが出せない。民間のロケットは、どこも発射基地が遠くて間に合わない。
 そこでサナは、霞ヶ浦で月面葬サービスを運営しているスタートアップ「ハナビ」に駆け込んだ。ここなら月面へデータデリバリーができる。
 サナは危険を承知で、月面葬ロケット「あやめ」に乗り込む。遺灰の匂いにまみれたそのロケットの中で、サナは死者の幻影を見る。
 月面葬は、2030年代に実用化されていた。将来、技術的に死者の意識が復元できる可能性を考慮して、死者の意識はダイヤモンドナノ粒子でできた量子メモリとして加工されて月面に送られていた。それが後にブレインマシンインタフェースが発展した副産物として、その量子メモリを嗅ぐと人間が死者の意識断片を認識できるようになっていた。それが、サナがかつて宇宙飛行士だった時に聞いていた死者の声の正体だった。
 サナの友人で宇宙飛行士訓練生だったミサキは、不慮の事故で命を落とし、月面葬されていた。
 打ち上がったロケットの中で、サナはミサキの声が少しずつ大きくなっていくのを感じていた。
 しかし途中、宇宙線の影響でネリの意識データが破損してしまう。絶望するサナに、ミサキの意識が「私のデータを使って補完して」とささやく。サナはミサキの意識データを流し込み、なんとかデータの修復に成功する。
 到着したサナは、ミサキの声に導かれるようにしてネリの意識データを「アルテミス・スタビライザー」につなぐ。技術者ネリと宇宙飛行士になりたかったミサキの混合意識が、月の重力異常を直すために地下へと潜っていくのを、残り少ない酸素タンクとともにサナは見送る。

文字数:1037

課題提出者一覧