梗 概
沈黙以前/The Pre-Silence
◾️テーマ
大テーマ(抽象的なテーマ):都市生活で忘却される「感情」と「自由意志」をフィクションを通じて考える。
小テーマ(具体的なテーマ):音響設計によって制御された都市空間の中で、失われた音と出会い直すことで自己を再構築する過程で音の可視化や「聞こえるとは何か」を考える。
◾️時代背景
23世紀初頭、都市環境は高度に最適化された「音響制御社会」と化している。
全公共空間は音響設計AIによって調律され、人間の生活音、発話、音楽、環境音はすべて統制されている。
騒音・雑音など認知不可のかかる音はすべて「不快な音響」として排除され、都市は沈黙に近い安定を保っている。
一方、旧市街や管理から漏れた「音響断層域」は都市の周縁にわずかに残され、公式には立ち入りが禁じられている。
◾️技術
音響制御AI〈オルト〉: 都市の音環境を自動管理し、必要な音だけを生成・配置する中央AI。全市民の発話内容や音声強度を記録し、「情動振幅」と呼ばれるパラメータで感情の波を平滑化している。
聴覚補助インターフェース: 聴覚障害者や高齢者向けに、音を視覚的に表現するデバイス(例:音波の色彩変換、振動化された言葉)。
音響記録断層アーカイブ: 失われた音(記録が断絶しているもの)を再現・解析するための研究施設。
◾️主な登場人物
イオリ・カミザト(主人公):都市音響制御の技能者。独立技術者として保全局から業務を受託する立場。都市音環境の維持や調律を担ってきたが、作業中の事故で一部聴覚を喪失。そこから「音」の認識にずれが生じる
シエナ・モリオカ:音響保全局内で〈オルト〉との折衝業務を担当する解析士。都市制度や都市設計に精通する技術者。イオリに仕事を依頼する立場だが、個人的に関与を深めていく。
マルタ・クワ:旧市街に住む高齢の元建築家。先天性の聴覚障害を持ち、音響構造の視覚・触覚的知覚をもとに生活している。イオリが辿り着いた非管理区域で出会い、忘却された音と記憶の地図を作ろうとしている。
◾️あらすじ
音が最適化され、情動すら調整される都市。話し声や足音も〈オルト〉を中核とする音響制御システムによって管理されていた。音響技能者のイオリ・カグラは、旧設備での作業中に事故に遭い、一時的に聴覚を失う。補助を受けて復帰するも、音への感覚は変わっていた。聞こえるはずの音が、どこか空虚に感じられる。
そんな折、保全局の職員シエナから、旧市街に残された未調整区域の再調査を依頼される。現地で出会ったのは、先天的に聴覚を持たない高齢女性マルタ。音を構造や振動で記憶する彼女と共に、イオリは〈オルト〉に記録されない音の断片──誰かの歌、誰にも届かなかった言葉──を集め始める。
やがて彼は、都市が「音とともに個人の記憶をも削除してきた」事実に直面し、制度の外に音を響かせる選択を迫られる。
◾️想定している結末
イオリとマルタは、都市に抹消された『失われた音』の痕跡を再構築し、非許可区域で再生する。音は振動や光のゆらぎとして現れ、保全局と〈オルト〉は当初はそれを『不快な音響』として切り離す。都市は変わらず静けさを保つ一方で、「聴く」ことの意味は密かに更新されていく。非許可音の再生はやがて匿名で記録され、『革新的サウンドアート』として都市の文化資料に登録される。やがて〈オルト〉はそれを「美術的ノイズ」として分類し、無害なデータとして保護し始める。
そのような事実を知りながらもイオリは再び耳を閉ざし、音なき感覚と共に「聞こえない音の地図」を描き続ける。
文字数:1535
内容に関するアピール
最後の課題は「音響学SF」に挑戦してみます。今、音響学の知見は都市・建築分野において私たちの生活に重要な立ち位置にあるのはいうまでもありません。技術と人間の関わり方。「イメージと現実の架け橋」というSFの力を信じてあり得るであろう可能態としての未来を表現したいです──というのが大きな建前ですが、私は聴覚過敏で物音や人の話し声、咀嚼音が苦手で、このストレスが軽減された時の生活はどれくらい良いのだろうか、という個人的な想像からこのお話を構想しました。今回は文字数の多い作品のため梗概ではなく企画書ベースで提出します。
いつもの如く参考のため、音に関するSF作品の先行例を調べましたが、バチガルピ「フルーテッド・ガールズ」やオースン・スコット・ガード「無伴奏ソナタ」がヒットしますが、どちらかというと音楽なんですよね。工学的アイデアでいえばディック「電気羊〜」に登場したムード・オルガンが該当するかな……とも。もし参考文献がありましたらご教示お願いします。
文字数:428