潮を編む

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梗 概

潮を編む

舞台は数百年後の地球。温暖化が加速し、海面は緩やかに、しかし確実に上昇し続けていた。世界の多くの陸地は水に沈み、人々は残された土地を奪い合い、その末に標高に応じた階級社会が成立した。

標高の高い土地には、地球でもっとも長く水没を免れる富裕階級「ハイランダー」が住み、伝説的な存在となっていた。標高の低い土地に暮らす「ローランダー」は、地盤沈下や津波に怯え、泥水と感染症の中で細々と暮らしている。土地の喪失は続いており、誰もが「次は自分たちの番だ」と思いながら生きている。

さらに、どの土地にも属さぬ者たちがいる。かつて地上だった浅海域には大小様々な島が浮かび、複雑な潮流が生まれた。そこを漂いながら生きるのが、「ドリフター(棄民)」と呼ばれる人々だった。彼らは漂着物を寄せ集めて作った人工の浮遊島に暮らし、潮に乗って移動しながら、無人島で物資を採取したり、定住地から時に略奪したりして暮らしている。

ドリフターは共通の潮流に乗って移動する者同士で緩やかな一族「タイド」を形成している。かつて国だった様々な土地から流れ着いた人々とその子孫で構成されるため、民族も言語も雑多、階級は存在せず、財も記録も残さない刹那的な共同体である。だが、海面がさらに上昇すれば潮目が変わり、異なるタイド同士が衝突する。資源をめぐる命懸けの争いもしばしば起こる。

主人公はローランダーの中層地区で育った青年。父は下層出身の成り上がりで、主人公は教育を受け、いつかハイランダーを打倒し、階級社会を終わらせるという理想を胸に抱いていた。だがある年、都市を襲ったハリケーンによって街は崩壊し、主人公は流され、あるタイドに拾われる。

タイドの暮らしは不安定で貧しいが、階級も上下関係もなく、自給自足をする他は何を積み上げるでもなく、空いた時間は歌を歌って呑気に暮らしている。主人公は当初、彼らを救われるべき棄民と見なしていたが、彼らの生活に触れる中で次第にその見方が揺らいでいく。

ある日、主人公は「ドリフターもローランダーも手を取り、ハイランダーを倒すべきだ」と語るが、タイドの人々は笑ってそれを否定する。
タイドのリーダーは、「上下を前提にした戦いなど、私たちには関係ない」と言った。「ドリフター(棄民)と言うのは土地に縛られて物を貯める者の言葉であり、自分たちにとっての故郷は潮流そのものである。いずれ滅びることと今生きることは矛盾しない」
困惑する主人公は、タイドに歌い継がれる歌の中の「星の歌」と呼ばれる一節に、ハイランダーたちが“星になった”という言葉を見つける。それは比喩ではなく、かつて地上を支配した者たちが、地球を見限って宇宙へ旅立ったことを示す暗喩だった。

戦うべき敵はおらず、革命の構想は意味を失い、主人公はアイデンティティの崩壊を経験する。
そんなとき、潮目の変化やタイド間の争いによって他のタイドからはぐれてきた漂流者たちが流れ着く。
共同体から弾き出されたことで歌い継いできた歴史を失い、帰属する場所を失った彼らの前で、主人公は自らもまたアウトサイダーであり、帰属する場所を持たないことを改めて自覚し、共感を抱く。
かつて階級の中に居場所を求め、革命で世界を変えようとした主人公は、誰にも従わず、誰も従わせず、はぐれてきた漂流者たちと自分だけの“新しい潮”を作ることを決め、潮流を越えて別の海に漕ぎ出す。

文字数:1389

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