望みのさき

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梗 概

望みのさき

この世界で個人とは、象と象使いがそれぞれの頭の上から生えているホースのような管によって互いが繋がっている形をしていた。象と象使いは並んで歩くことも出来るが、多くの場合、象使いは象の上に乗り象を操っていた。象使いには象を操るだけの力しかなく、活動するためのパワーの源のほとんどは象の力によって生活していた。象は思考する能力に乏しく、多くのことは象使い一人、いや象使い片側だけで決定されていた。象は巨大で力も強く本能的だった。象使いは体力も持久力も乏しいため象を無理に操り続けると疲労した。そうして象使いが疲れ果てると、この象と象使いが管で繋がっている生命は、思考的な生き物としての個人の活動できなくなった。また、この管が外部の力のよって切られ、象と象使いが離れてしまうと共に死んでしまうのだった。この象と象使いが管によって繋がれている生命を人と呼ぶことにしてみる。

死にたい、とルカは思っていた。
ルカは象使いだった。ルカと管によって繋がれている象はコビーという名前だった。ルカは科学技術の多くが衰退し、多くの人が聖書研究者となっているこの世界で、ごく一般的な人がそうであるように聖書研究をしていた。そして毎日、多くの奥深い意味など記されていないのではないかと思われる書物の研究をすることに虚無感を感じていた。

ルカ自身は、自分の死にたいする願望は、遣り甲斐のない生活からきているものではないと感じていた。もっと根源的に、ずっと以前から死にたい。生まれてから気がついた時にはもう死を願望しいて、死を計画することはルカの日常だったからだ。ただ象使いにとって自らが死を選ぶのはとても難しいことだった。

ルカは刃物を使って自分自身を刺し傷つけ死のうと試みたが、象使いの力は元来、自らを刺し殺すだけの力を持っていなかったのである。ならば、コビーを刺し傷つけることによって自らの死を成そうと考えてみたが、象使いと象の力の差は歴然としていているためルカはコビーを殺すことが出来ないと思っていた。そして実際に象使いは象を殺すだけの力を持っていなかった。

つまりルカは自分自身を死に至らしめるだけ力を持っていなかった。またコビーを殺す力もなく、コビーと自分を繋ぐ管を切る力もなかった。ルカはルカだけの意思決定では、どうしても死ねなかったのである。自分が死ぬためにはコビーの力が必要なのである。または他の誰かの力が必要なのである。

「主を信頼し 将来に向かって第一歩を踏み出そう
見よ
新しいこと私はいこう
いまやそれは芽生えている
イサヤ書43」

死にたい。

ルカの聖書研究の同僚であり友人であるトルグが言いだした。
「将来に向かって第一歩を踏み出そう、だ。
将来に向かって第一歩を踏み出せ、ではない。
神は自発的になしなさいと言われているわけだ。
でもルカ、踏み出せ、と命令されたほうが幾らか楽だと思わないか?」
「意志力や思考性をなんらかに委ねるのが宗教だといいたい、と。」
「楽になりたいだけさ」
「死ねばいい」
「いつものそれか。私は死なないし、お前も死ねない。象使いだからな」
「知っている。でもやり方はあるはずだ。コビーがいる」
「神の意志に背くために自殺するのは前世紀的だろう」
「神に背きたいわけではない」
トルグが笑った。そして言った。
「もう何度目だろう。イザヤのここの箇所を検討するのは」
「いつも同じところを繰り返す。飽きてこないか?」
「いや。毎日の平和だ」

文字数:1406

内容に関するアピール

意思の力だけでは何も実行できない世界で、現実の世界でも意思の力で実行することが困難な自殺を物語ることで、生命の意思と死ということを描きたいなと思います。

文字数:76

課題提出者一覧