ハンナ

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梗 概

ハンナ

女は、毒をもっていた。

 

そこは、かつては道徳や倫理のみ隔てられていた近親者同士の性行が、遺伝子レベルで隔てられた世界だった。

 

女は、体細胞の免疫系に似た、自己と非自己を正確に認識する生殖器を有した。子宮内で射精された精子は通常であれば子宮頸管を通り卵管を目指すが、この時代そこは毒の海だった。同種のR遺伝子同士でのみ反応するその毒は、R1、R2、R3、R4と続く十数種のR遺伝子から自己と非自己を正確に見分け反応し悉く駆逐した。毒は精子のみならず男性本体にまで及び、免疫系を破壊した。同遺伝子系同士とは知らずに性交し、免疫不全による合併症で一か月と経たずに命を落とす例が少なからずあった。R遺伝子起因の免疫不全症は死の宣告に等しかったが、女性は薬で毒性物質の分泌を抑える事も少なくなかったし、子供たちは教育課程において当然の様に自らの遺伝子系を検査し把握していたので、誰しもが即座に自分の遺伝子系を答える事が出来るのが当たり前の世界だった。一方で精子は自己のR遺伝子系以外全てのR遺伝子由来の毒に有効な解毒タンパク質を有していた。R1遺伝子をもつ精子はR1遺伝子を持つ女性以外(R2、R3…)であれば卵子に到達し、同じR1遺伝子同士であれば駆逐される。

 

戦争孤児のハンナは数千人規模に及ぶテロリストグループの実行犯として育てられた。物心がつく頃には、既に免疫不全症を利用した暗殺の役目を担わされ、16歳のハンナは3人の男性と性行の経験があった。その手法は、R遺伝子は雌による雄の淘汰であり、医療技術によりそれらを抑制する事は神の意志に反するというテロリストグループの思想的背景により、好んで要人の暗殺に使われる手法であった。ハンナには他に40人程の姉妹がいた。血は繋がっていないが同じ戦争孤児の少女たちで、皆教育機関の寮で暮らしているのだった。現在確認されているR遺伝子パターンの数と少女たちの人数は大きく離れてはいなかった。

 

ハンナはある夜に教育長であるゴーレンが仲間の少女の一人を強姦するのを目撃した。ゴーレンと襲われた少女は同型R遺伝子同士であった為、ハンナは混乱したが、目の前で襲われる少女の毒が薬で抑制されている事をすぐに理解した。組織の疑いがかからぬ為のゴーレンの狡猾さはハンナの怒りと嫌悪を買い、そして生きる意味を失わせたのだった。

 

1年後、ハンナは脱走を決意する。ゴーレンの執拗な追跡はハンナを追い詰めるが、すんでのところでゴーレンは倒れる。新たな孤児として迎えられたゴーレンと同型R遺伝子の少女レイラと協力し、ハンナはゴーレンをR遺伝子由来免疫不全症を発症させていたのだった。

文字数:1092

内容に関するアピール

テーマを提示された時、自分の目指す方向性や好きな作品と相反する部分の折り合いに悩みました。初回の課題では自分の中のSFとは何か、と、一般的にSFとはこういうものだ、というギャップに悩みましたし、今回は自分にとって面白い作品とエンタメとしての間口が広い作品のギャップに悩みました。今回の物語では、あるナス科の植物の近親交配を防ぐ仕組みを世界設定に応用しました。動物の免疫システムに近いそのシステムでは、同じ個体の花粉は雌しべの毒性タンパク質によって受粉せず、遺伝子情報の違う花粉であれば受粉するというものです。その際に花粉は、同遺伝子情報以外の毒性タンパク質に対する耐性をもっているという事でした。初めは血液型のようにシンプルに、A型とA型がセックスしたら死ぬ、といったところからスタートしましたが、男女の恋愛がいわゆる「エンタメ」になりうるかという部分でしばらく悩んでいました。ハンナの処女性に対して読者が一歩引いてしまう事も考えましたが、逆境に立ち向かう少女の闘争と逃走、という自分的に割と好きなテーマに落とせはしたものの、冒頭に述べたようなことをグダグダと考えているうちに提出日になった次第です。ご指導よろしくお願い致します。

文字数:515

課題提出者一覧