これは対話であり、また自問自答でもある。
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部屋の真ん中にある台を囲むように人が立っていて、
8歳の少年クリソコラも、その中にいた。
台の上には、彼の祖父の体や頭のなかに埋め込まれていた<宝石>が並べられている。
ひとり、またひとりとピンセットでその石をつまみ、体に埋め込んでいく。
前に並ぶ伯母にならって、クリソコラはうす赤く煌めく石をピンセットでつまむが、
彼の神経系は、未だ宝石に置き換えられていないため、
やむなくその石を布に包み、ポケットにしまった。
葬送の儀とはそういうものだった。
人の価値は葬式の参列者の数で決まるというが、
クリソコラは、どうやら祖父は人から慕われ、敬われていたようだ、
僕の体も宝石に置き換われば祖父のようになれるのだろうかと、
子どもながらに感じた。
宝石は、高度に集積したコンピュータで、人の脳の機能スペックを遥かに上回る。
生身の脳と比べて高機能であるし、劣化しにくいため、多くの人は段階的に脳の一部や脊髄を宝石に入れかえていく。
成人するころには神経系のほとんどを宝石たちに置き換えるのが一般的だったし、
クリソコラもまた、成人するころには神経系は9割強が宝石群に置き換えられた。
クリソコラが成人して何年かしたころ、
人体にうめこまれた宝石が、次々に脆く砕けていく奇病が発生した。
奇病はゆっくりと、しかし確実に広まっていった。
病はとうとうクリソコラの恋人のカルセドナも発症する。
そのころ、人体を完全に機械化するという技術革新がおきた。
生身の身体から取り出しさえすれば、宝石は砕けないので、奇病の有力な対抗策と期待された。
機械化の最初の被験体に、カルセドナが選ばれる。
無事病を克服したカルセドナはしかし、
クリソコラと以前と同じように接してはくれなり、
やがて別れることとなった。
全身機械化技術が広まるよりも早く、奇病は地球規模に広まっていく。
人類生存の別の計画が立てられる。
病のとどかない月に、人類の情報を対比させようというのだ。
対比させる情報の対象には、宝石の中にある人格も含まれる。
クリソコラは保管の対象に選ばれ、人格の複写が行われた。
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以上が、わたしたちが月の地下に埋められていた、巨大な鉱石から読み取った情報だ。
クリソコラは石に刻まれた旧人類の情報、その一部になる。
わたしたちの始祖は旧人類の複写として生み出された。
やがてパンデミックによって旧人類が滅びたのち、人の似姿としての軛から放たれた我々の始祖は、
人間から大きく離れた形態へと変化していった。
地球は光のネットワークで繋がった、ひとつの宝石の群体に覆われている。
月で発見された宝石を調査し、そこに蓄えられた旧人類の記録をサルベージするために、
わたしに意識がインストールされた。意識とは宝石から彼らを読み取るためのソフトウェアだ。
彼はわたしに問うた。
「ここはどこ?」
-月面だ
「ぼくはどうなるの?」
-あなたの情報は、わたしたちの中にちりじりになって解けていくだろう。
「ぼくは地球にかえれる?」
-地球にはもう人はいないんだ。キミの帰る場所はもうないだろう。
「ここから地球を見せてくれないか」
彼に地球をみせてやる。
夜の半球では、わたしたちの体から漏れだす光が、陸地を象っていた。
「クリソコラが残した人類の残光だ。あのなかに解けていけるなら、ぼくがここに残された意味はあったのかな」
彼は最後に、たしかにそういった。
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