梗 概
星々のティラノサウルス
時代は近未来。主人公の大田は、仲間と搭乗型ロボットを作ってバトルゲームに参加するのを趣味にしていた。
その世界大会の表彰式で、場内アナウンスに突如、訳のわからない音声が割り込んで来た。出場者は全員、通訳機能付のレシーバーを装着していたのだが、聞こえてきた言葉を通訳アプリが判別できなかったのだ。
大会に優勝した大田のチームが近所の居酒屋で打ち上げを行っていたところ、過激な動物愛護団体のアメリカ人グループが入って来て「クジラを食べるな」と騒ぐ。このことがきっかけで大田は動物愛護団体のリーダー、アイリーンと知り合い、動物言語学者でもあるアイリーンが問題の音声の解読に成功。通信を送って来たのがドゴというエイリアンだということが分かる。
ドゴが言うには、地球を攻撃して来るヴィダという敵と戦う戦士にするために自分が育てたティラノサウルスが、ヴィダの卑怯な手段で滅ぼされてしまった。改めて戦士となる生物を進化させようとしたが上手く行かず、このままでは地球はヴィダのものになってしまう。諦めかけていたところで搭乗型ロボットを見つけた。ロボットを戦士にして戦えば、ヴィダに勝てるのではないかとのこと。
地球の危機を知らされた各国政府の協力を得て、ロボット・バトルの優勝者である大田が戦士となる恐竜ロボットを製作することになる。
ドゴが予想した通り、敵はティラノサウルスそっくりの恐竜を戦士として送り込んで来たが、試合中に大田は、通訳レシーバーから聞こえてきた「エイリアン語」によってティラノサウルスが知性を持っていることに気づく。
アイリーンは知的生物を殺してはいけないと試合の継続に反対、大田もドゴとヴィダが行っているのが生き物を駒に使ったゲームであることを知って試合を止めたいと思うが、ヴィダに母星の仲間を人質に取られているティラノサウルスが試合の中断を受け入れてくれない。
そこで大田は、麻酔薬でティラノサウルスを眠らせて戦闘不能に陥らせ、相手を殺すことなく試合に勝利した。
ヴィダは恐竜ロボットを大会規定違反だと訴えたが、アイリーンが逆に地球の生物用の麻酔がティラノサウルスに効いたことや考古学的な資料からヴィダのティラノサウルスが地球のティラノサウルスの盗作であることを暴露する。
結局、両者が失格となり試合はノーゲームに。勝てはしなかったもののヴィラの悪事を暴くことに成功したドゴは、お礼にと中古の大型恒星間宇宙船をプレゼントしてくれた。大田はこの非公式の贈り物を政府に黙ってアイリーンに譲ることにする。アイリーンは宇宙の星々で生まれた生物が、今後もティラノサウルスのようにエイリアンたちのゲームの駒に使われることを憂慮していたのだ。
アイリーンは、ゲームの大会本部に「知的生物を虐待する残虐なゲーム」の廃止を訴えるため、動物愛護団体を引き連れて宇宙の彼方へと旅立って行った。
その姿を見送った大田は、居酒屋で仲間たちと酒を飲みつつ次のロボット・バトルの話に花を咲かせるのだった。
文字数:1231
内容に関するアピール
物語の中心になっているエイリアンのゲームは、惑星上で生物を見つけて「戦士」に進化させ、他の惑星の「戦士」と戦わせるというもの。勝ったら相手の惑星を自分の陣地にできるというルールになっています。
エイリアンは長生きなので、数千万年が数ヶ月の感覚なのだと思って下さい。6600万年前に恐竜を滅亡させられたドゴは「試合まであと半年しかないのに!」ぐらいに焦ったわけです。
主人公が趣味としている搭乗型ロボット・バトルは、それぞれのチームが自作の大型ロボットに乗って行うペイント・ガン&格闘による競技。間もなく現実に開催されると噂の「クラタス vs メガボッツ戦」が、世界規模で定期開催されるようになったというイメージです。
主人公が装着している通訳レシーバーは、もう似たような機能を持つイヤホンが発売されていますね。アレがもう少し性能アップしたようなものです。
そんな、ちょっと未来の日本に住む普通のおっさんが、巨大ロボに搭乗して宇宙怪獣と戦うという馬鹿話に、動物愛護団体の活動家を絡めてみました。いい年をして独身という設定のおっさんは、せっかく出会ったアメリカ人美女を宇宙の彼方に送り出し、仲間の待つ居酒屋に戻って来ます。そして話す話題はロボット・バトル。
そなりに人生を堪能しているおっさんです。
文字数:540
星々のティラノサウルス
アメリカチームのロボットアームに両肩を掴まれた日本チームのロボットは、そのまま完全に抑え込まれる格好になり、2体の搭乗型ロボットは試合場の真ん中で動きを止めた。
客席いっぱいに響き渡る「USA! USA!」の合唱がコックピットの中にいても聞こえて来る。
大田の搭乗している「リザード3号」はアメリカチームの「メガコング・マーク2」に比べてひと回りほど小さいが、小回りの良さと俊敏さを生かしてロボットバトル世界大会を決勝戦まで勝ち上がって来た。相手はそのスピードを封じる作戦に出たのだ。
(でも、その程度は想定内)
大田は軽く口笛を吹き、タッチパネルに指を滑らせた。リザードの上体がぐっと前に倒れる。普通のロボットなら転倒してしまう体制だが、リザードには頭と反対側に重りになる太い尻尾がついている。案の定方を掴んでいたメガコングはバランスを崩して前方に傾いた。その頭部の緑のランプをしならせた尻尾の先で思い切り叩く。
ランプが赤く変わってブザーが鳴り響いた。場内は一瞬静まり返り、次の瞬間、歓声に包まれる。
大田はコックピットの中でひとりガッツポーズをした。
歓声はやがて「スピーチ! スピーチ!」の催促の声に変わり、大会スタッフが大田のヘッドセットのマイクを場内スピーカーに繋いでくれた。もちろん英語でスピーチなんか出来るわけがないから、通訳アプリに頼ることになる。観客にアプリを立ち上げるように促すアナウンスが流れ、大田は大きく息を吸い込んでから喋り出した。
「ロボット・オタクのみなさん!」
だが、その途端スピーカーに耳障りな雑音が入った。大田はため息まじりに言葉を切る。アマチュア・イベントには機材の不調はつきものだ。しかし雑音が止むと同時になぜか鳥のさえずるような声が聞こえて来る。何か変だ。
(なんだ、この声は?)
スタッフが慌てて機械を調整しようとしている様子が見えたが、彼らもどうしていいのかわからないらしい。出どころ不明のさえずりは、そのまま5分間ほど続いてから突然プツンと聞こえなくなった。
「おかげでせっかくの俺の勝利演説がグダグダだよ」
帰国後、改めて勝利を祝おうと行きつけの居酒屋に集まった「チーム・リザード」のメンバーに向かって、大田は愚痴をこぼした。
「若社長は、演説なんてガラじゃないですから、却って助かったんじゃないですか?」
横沢がニヤニヤ笑いながら言う。彼はチームのメンバーであると同時に、大田の経営する〈大田自動機械製作所〉の有能な若手技師だった。
「まあ、そりゃそうだけど」
大田は素直に認めて頭を掻く。それから手にした徳利が空なのに気がついて店員に声をかけた。
「あっちゃん、〆張鶴のお代わり。それとクジラベーコン」
言った瞬間に入り口近くに立っていた集団が一斉にこちらを向いた。気がつかなかったが西洋人らしい団体が店員と揉めているようだった。
「どうしたの、あっちゃん?」
「なんか、外人が変なビラを配らせろって……」
大田は立ちあがった。酒が入っていたし、USAには大勝利だし、相手は店の営業妨害をしている悪者なのだ。正義は我にあり!
だが、大田が一歩を踏み出すより前に金髪女性が、つかつかとこちらに歩み寄って来た。
(推定年齢、20代から40代? 西洋人の齢は分かんないんだよなあ……)
「クジラ、タベル、アナタ、イケマセンネ!」
大田はポケットからスマホを出すと通訳アプリを立ち上げ、ヘッドセットを装着した。
「英語、OK」
相手も気がついたように、同じアプリを立ち上げ、イヤホンを耳に着ける。
アプリを通じて会話したところによると、金髪女性はアイリーン・バトラーという名前で、博士号を持っており、動物愛護団体ライフ・プロテクターズのリーダーを務めているそうだ。そしてクジラのように知能の高い生き物を殺して食べるべきではないという主張を持っていた。
「あんたらが食べてる牛だって、そこそこ利口な生き物らしいよ」
と、大田は反論した。
「証拠となるデータがないわ」
「そりゃ、学者が牛の言葉を研究しないからだろう」
アイリーンは一瞬黙ると、
「興味深いわね」
と、言った。そして微妙な笑顔を浮かべて、
「私の本業は動物言語学者なの」
と、自己紹介。
「動物言語学?」
「人間以外の生物とのコミュニケーションを研究する学問よ」
「じゃあ、牛と喋れんの?」
「データが揃えば」
そう言ったアイリーンは、すでに学者の顔をしている。
今度は大田が黙る番だった。少し考えてから横沢に声をかける。
「さっきの俺のスピーチの動画、開いてくれるか? あの変なさえずりを再生してくれ」
横沢は怪訝そうな顔でタブレットをタップした。
「この鳥みたいな声。あんた、これが何て言っているのか分かる?」
アイリーンはイヤホンを外してしばらくスピーカーから聞こえるさえずりの声に耳を澄ませていたが、やおら顔を上げると、
「この音声データのコピーをくれるかしら?」
と、言った。そして自分のスマホにデータをコピーすると、仲間を促して足早に店を出て行った。
きょとんとしているチームのメンバーの顔を見て大田はニヤリ笑った。
「学者ってのはな、面白そうな問題を目の前に出されると、前後のことなんか忘れちまうものなんだ」
「作戦勝ちだな。さすがロボットバトルのチャンピオンだ」
「まあな」
チームのメンバーにおだてられて大田はちょっと得意そうな顔をした。これで厄介ごとは済んだと思ったのだ。
だが1ヶ月後、厄介ごとは一千倍ぐらいになって戻って来た。会社にアイリーンが男たちを引き連れて訪ねて来たのだ。
「なぜここが分かった?」
「あなたはロボットバトル世界大会の優勝者としてプロフィールがネットに公開されているし、大田自動機械製作所のサイトには会社の所在地が掲載されているわ」
大田は渡したのが優勝スピーチの動画だったことを思い出した。
(だからって、クジラベーコンでわざわざ会社まで押し掛けるか?)
「例の音声の解読ができたの」
(あ、そっち?)
そんなことを言うためにわざわざやって来たのか。しかもお供まで引き連れて。大田はアイリーンの後ろの男たちに目をやった。
高そうなスーツの男と、地味なスーツのいかつい顔つきの男が2人。
(こいつらもナンチャラ愛護団体のメンバーか? 暇だな。スーツ着てるけどサラリーマン? 平日昼間に会社はどうした?)
「あの音声は、間違いなく言語だったの。単なる鳴き声とコミュニケーションをとるための言葉では音声のパターンが違うのよ。でも、あの言語は普通の動物の言語なんかより、はるかに複雑なものだったわ」
と、アイリーンは言った。
「知的生命体の言語。でも、地球人の言葉ではなかったのよ」
「エクストラテレンストリアルリビングエンティティ」
高そうなスーツの男が、何かを暗唱するように言った。通訳アプリがそれをそのまま日本語に翻訳する。
「地球外生命体」
(ちきゅうがいせいめいたい?)
言葉が大田の頭に染み込むのに少し時間がかかった。
「つまり、宇宙人?!」
「そうよ」
アイリーンはさらりと言う。
「ちょっと待った。これって例のアメリカン・ジョークってやつ?」
「我々はシリアスな話をしている」
スーツの男がにこりともせずに言う。
アイリーンは構わず話を進める。
「私たちはその地球外生命体とコンタクトを取ったの」
「コンタクト?」
「同じ周波数帯で相手の〈言葉〉をおうむ返しにして反応を見てみた。こっちがコンタクトを取りたがっているという意思表示ね。返事はすぐに戻って来たわ。相手も私たちと話をしたがっていたのよ。あとは普通に外国語を習得する時と同じ。簡単な単語と文法を教え合って会話が成立するようになったら、辞書を作成して地球外生命体バージョンの通訳アプリを完成させたというわけ」
「それって、そんなにすぐに出来ることなのか?」
「正直に言えば、やったのは主にドゴの方。ドゴって言うのは、こちらに接触して地球外生命の名前ね」
「ちょっと待てよ。あんたたちはUFOマニアか? 動物愛護団体じゃなかったのか?」
その言葉が英語に翻訳されると、さっきの男がスッと前に進み出て、
「名乗るのが遅れてすまない。私はアメリカ国防総省のラッセル副次官補だ」
「何、これ、ドッキリ?」
「シリアスな話だと言っただろう」
大田にも国防総省の副次官補がアメリカ政府の偉い人っぽいぐらいのことはわかる。
(じゃあ、後ろの2人はシークレットサービス?)
「彼に直接話をさせた方が早いわね」
アイリーンがそう言って持参のノートPCを開く。テレビ電話のソフトが立ち上がっているようだが、画面には何も映っていない。
「顔出しNGの人なの?」
そう言った自分の言葉がさえずりの声に変換されたのに、大田は少戸惑った。さえずりの声がそれに答え、翻訳された日本語がPCのスピーカーから聞こえて来る。
「私に顔はない。だが必要ならば顔を作ろう」
画面にぼんやりとした白い3つの点が表示された。上に2つ、下にひとつ。どうやらこれで顔を描いたつもりらしい。
「私はドゴ。地球側の者だ。間もなくヴィダが地球を攻撃して来る。私は準備をしていた。土着生物の遺伝子に手を加えて戦士を作った。最強のティラノサウルス。しかしヴィダは卑怯な手段でそれらを滅ぼした。私は急いで次の戦士を作らなければならなくなった。大きく強い生物。しかし上手くいかなかった。ティラノサウルスのように強い戦士は作れなかった。このままでは地球はヴィダのものになってしまう……」
「ドゴは、地球の危機を知らせてくれたのよ」
と、アイリーン。
「……そこで、君の変なゴジラの出番だ」
ラッセルに言われたが、意味がわからない。
「ドゴは、あなたのロボットをヴィダの戦士と戦わせようというのよ」
アイリーンが説明した。
「それは無茶だろ!」
大田は思わず叫ぶ。
「私もそう思う」
と、ラッセルも同意した。
「私はアメリカ軍の精鋭部隊を派遣することを提案したんだ」
「それが正しいでしょう」
と、大田。
「正しくはない。一番強いのは君だ」
PCからまた宇宙人のさえずる声がした。
「なんでそう思うんだ?」
「あなたがロボットバトル世界大会の優勝者だからよ」
と、アイリーンが宇宙人の代わりに答える。
「あれはアマチュアが趣味でやっている大会で……」
言いかけた言葉を甲高いさえずりの声が遮った。
「君は強い。君ならヴィダの戦士を倒せる。私は君を選ぶ。君が戦わなければ、地球はヴィダのものになってしまう」
「そういうことはプロの軍隊に任せた方が……」
「若社長!」
突然、目の前のドアが開き、そこに横沢が立っていた。
「話は聞きました。やりましょう。俺は燃え上がりました!」
「いや、だから、そういうことは専門家に任せようよね?」
「俺がなんで若社長と一緒に巨大ロボットを作っているか知ってますよね?」
言いながら横沢が作業服の前をはだけると、ロボットアニメのキャラクターを印刷したTシャツが誇らしげに覗く。
「いや……聞いたが忘れた。そして今は思い出したくない」
「ヒーローになるチャンスよ」
と、アイリーン。
「なりたくない!」
「逃げるの?」
「そりゃもう、全力で」
「ほう、地球が滅亡するのに、いったいどこへ逃げる気なんだ?」
ラッセルが大田の目を覗き込む。顔が近い!
「やりましょう、若社長! 巨大ロボットに乗り込んで侵略者と戦うんです!」
横沢が目をキラキラと輝かせた。
ロボットは大田自動機械製作所の工場で部品を作り、自衛隊の格納庫の中で組み立てられることになった。米軍と日本の自動車メーカー、そしてなぜかNASAとハリウッドの技術チームが製作に協力してくれている。
着々と出来上がっていく恐竜型ロボットを目にしながら、大田は、まだ自分の立場を掴みかねていた。
ロボットなら何度も作ったことがある。それに乗って戦ったこともある。
(でも、相手が宇宙人って?)
彼の中の常識が、この状況について行けずにいたのだ。
新型ロボットの外見はティラノサウルスそっくりにデザインされていた。ドゴがそれを希望したのだそうだ。大田はドゴが自分を選んだ理由がなんとなくわかった気がした。大田の「リザード3号」は、むかし見た怪獣映画にヒントを得たものだった。その怪獣のモデルがティラノサウルスだったのだ。
「……でも俺は、戦士でもヒーローでもなんでもない。ロボットでバトルゲームをやるのが好きな、ただのおっさんなんだよ」
大田はPC画面の3つの点に向かって話しかける。ドゴのさえずる声がした。
「私もゲームが好きだ。長い時間を退屈せずに過ごせる」
「いや、そういう話じゃなくて……」
「ヴィダもゲームが好きだ。しかしヴィダとドゴは違う。ヴィダはせっかく順調に育っていたティラノサウルスを他の恐竜と共に全滅させたのだ。私が精魂込めて育てたティラノサウルスを。ヴィダは卑怯者だ。ヴィダを勝たせてはいけない。ヴィダに地球を渡してはならない」
3つの点が微妙にゆらぎ、ドゴの怒りが伝わって来た。
「そうだな」
と、大田は言った。
「あんたの言う通りだ」
3ヶ月後。恐竜ロボットが完成した。「Tレックス・1」と名付けられたそのロボットは、本当に見れば見るほどティラノサウルスそっくりだった。とりあえず、迎撃の準備は整ったわけだ。格納庫内の試運転でもロボットの動きに問題はなかった。
「で、ヴィダが地球に来るのはいつなんですか?」
大田は、会社の事務所に顔を出したラッセルに聞いた。
「君は、攻撃して来る敵があらかじめアポを取ると思うのか?」
ラッセルのその言葉とほぼ同時に、ドゴが答えた。
「ヴィダは来月の23日に地球に来るそうだ」
「なに?」
「どこで戦う予定なのかを聞いて来ている」
大田は工房総称副次官補がうろたえる姿を初めて見た。
何か腑に落ちないまま、大田はとりあえず、カレンダーをめくって23日に赤い丸印をつけた。その時ふと既視感を感じたが、それが何だかわからなかった。そして本当に、翌月の23日にヴィダはやって来たのだ。
上空に空飛ぶ円盤でも現れるのかと思っていたのだが、空気が白く光っただけだった。そしてそこにティラノサウルスが立っていた。
「私のティラノサウルスだ」
と、ドゴが言った。PCの画面上で3つの点が激しく瞬く。
ティラノサウルスは、立ったまま何かを探すように辺りを見回す。次の瞬間、砂の下に隠れていた米軍の発射装置から一斉にミサイルが発射された。
(そりゃそうだよなあ)
と、大田は思う。敵がいつどこにやって来るのかをあらかじめ予告しているのだ。待ち伏せしない軍隊はいないだろう。だが米軍のミサイルは目標に到達するはるか手前の空中で、ことごとく爆ぜてしまった。「爆ぜる」というのは正確ではないのかもしれないが、栗が爆ぜるようなパチッという音とともに消えてしまうのだ。
「どういうことなの? ドゴ?」
と、アイリーンが聞いた。(彼女は宇宙人とのコミュニケーション担当として今回のプロジェクトに参加していた)
「戦士は守られている。戦いの邪魔はできない」
どうやらそれが宇宙人たちの戦いのルールのようだった。
「戦えるのは、戦士だけのようね」
Tレックス・1のコックピットの中にいる大田に日本語に翻訳されたアイリーンの言葉が聞こえる。やはり自分が地球を守らなければならないらしい。大田は、まずティラノサウルスの脇腹めがけて突進した。ロボットバトルで何度も経験している動きだ。相手はすんでのところで大田の攻撃を躱す。しかしTレックスの鋼鉄の牙はかすっただけで相手の皮膚に裂傷を作っていた。
ティラノサウルスが吼えた。意外に甲高い声。まるで鳥のさえずりのような……。
通訳アプリがその声を翻訳した。
「痛い!」
その「言葉」は、アイリーンのマイクを通して大田の耳にも届いた。
「ちょっと待て。君は喋れるのか?」
「当然だ。我々の種族が誕生したのは6000万年以上前だぞ。それだけの時間があって知能が進化しないとでも思うのか?」
言いながら、ティラノサウルスはTレックスの喉に噛みつこうとした。慌てて避ける。
「大田、彼を攻撃してはダメ! そのティラノサウルスは知性のある生き物だわ!」
レシーバーにアイリーンの声が届く。
(攻撃してはダメと言われても、攻撃されているのはこっちなんだが)
「ちょっとストップ! 話し合いで解決できないか?」
大田は提案してみる。
「ダメだ。お前に勝たないと、我々の種族は全滅させられる」
「俺らはそんなことはしないよ」
「我々を全滅させるのはヴィダだ。ヴィダは弱い生物を必要としない。殺すのだ」
「なぜ?」
「弱い生物を育ててもゲームに勝てない。時間の無駄だからだ」
「ゲーム?」
「そうだ。生物を育てて戦士に進化させ、戦わせて遊ぶゲームだ」
カレンダーに丸印をつけた時に感じた既視感の正体がわかった。ロボットバトルの試合日の連絡を受けた時にいつもやっていることじゃないか。
「ひょっとして、俺はゲームで殺されるのか?」
「そうだ!」
ティラノサウルスの尻尾が頭上をかすめる。
「冗談じゃないよ。人の命を何だと思ってるんだ」
「短命生物の命など、彼らにとってはなんでもない。おそらく不死の生命を持っているヴィダたちにとって、どうせ死ぬ運命の生物を殺すことなど罪ではないのだ。確実に死ぬ生き物を殺すことで多くの楽しみが得られるのならその方がいい。それが彼らの考え方だ」
「そんな奴らの言いなりになることはないじゃないか!」
「言っただろう。お前に勝たなければ我々は全滅させられる。住処のあるスペース・コロニーごと太陽に落とされるのだ!」
ティラノサウルスは巨大な顎でTレックスの胴体に噛みついた。鋭い牙がコックピットの内壁を突き破って穴が開く。
大田は必死にそれを振りほどくと、逃げた。ティラノサウルスが追いかけて来る。
「どこまで逃げる気だ?」
と、双眼鏡を覗きながらラッセルが言う。
「うちの稼働システムなら、3時間全力疾走しても大丈夫です」
と、横沢が胸を張る。
アイリーンはどこかに電話をかけている。
「こうなると生身は不利だな」
ラッセルが唇を歪めて笑う。
その言葉通りティラノサウルスは次第にスピードを失い、ついに地響きを立てて地面に倒れこんだ。
「やった。俺の勝ちだ!」
だが次の瞬間、無数の甲高いさえずりが辺りに響き渡った。あまりに声が多いので、通訳アプリの翻訳が追いつかない。
「何なの、これは?」
アイリーンが耳を押さえながら言った。
「客席からのブーイングだ」
と、ドゴ。
「どこに客席があるのよ?」
「我々に君たちが言う意味での姿はない。従って君たちには認識できないが、我々は存在している」
やがてブーイングのさえずりを押さえて、ひときわ大きく明瞭な声のさえずりが聞こえた。今度は通訳アプリも対応できた。
「こんな戦いは認めない。戦士は走っていただけだ!」
「今度は何?」
「ヴィダが戦いの結果に抗議している。多数決で結論が出るので、おそらくゲームはやり直しになるだろう」
と、ドゴは言った。そしてその通りになった。
「どういうことだ?!」
大田は珍しく切れかけていた。ゲームで殺されかけたのだ。怒っていいことだと自分でも納得できる。
「ヴィダが君の勝利を認めないと抗議した。彼は多数決で支持された。だから君の勝利は無効となった。ルール通りだ」
ドゴは、そういうと3つの点を軽く点滅させた。
「そっちの話じゃない! 俺がゲームで殺されかけたことだ!」
「君はゲームで戦うのが好きだと言った」
「自分が殺されるようなゲームが好きなわけがないだろう」
「なぜだ? 君はいずれ死ぬ生き物だろう。ゲームで殺されたら君は死ぬ。ゲームで殺されなくても君は死ぬ。しかしゲームで殺されれば君は観客を楽しませて死ぬことができる。誰かを楽しませることは君にとって喜びではないのか?」
「俺が死ぬのを楽しむような奴を楽しませたくはない!」
「君は楽しませる相手を選り好みするのか?」
「当たり前だ」
「それは、独特の感性だな」
「地球ではこれが普通だ」
「興味深いが、研究はあとにしよう。私はいま忙しい」
そう言うと、ドゴは一方的に通話を切ってしまった。
「戦いをやめるわけにはいかないんでしょうかね?」
大田は、ラッセルに言った。
「そうすると地球はヴィダのものになる。ティラノサウルスの言ったことが本当なら、ヴィダは負けた生物を皆殺しにするはずだ」
「つまり俺はどうしても勝たなくてはならないってこと?」
「ティラノサウルスを殺すのには絶対に反対よ!」
その声に振り返ると、いつのまにかアイリーンが後ろに立っていた。
「俺を殺すのにも反対してくれよ。頼むから」
大田は力なく言った。
「安心してちょうだい」
アイリーンはニッコリと笑った。
「ライフ・プロテクターズの仲間が手を貸してくれると言っているの」
「初めまして、アフリカで獣医をやっているロバートです」
背の高い黒人は、白い歯をキラリと輝かせた。
再試合は透明なドームの中で行われることとなった。「戦士」が逃げ出さないための配慮だそうだ。
「もう一度言うけど、話し合いで解決できないかな?」
念のため、もう1度ティラノサウルスに提案してみるが……、
「断る!」
「では仕方がない」
大田はティラノサウルスに向かって走った。迫ってくる巨大な顎を避けてその下で仰向けになる。前足で相手の胸に爪を立てて体を固定し、Tレックスの腹部にあるコックピットの扉を開いた。手にはロバートから借りた注射器。
「象もイチコロ」という麻酔薬だそうだが、当然ティラノサウルスへの使用実績はない。案の定、特大注射器の薬剤を全量注射した後でもティラノサウルスはピンピンしている。むしろ大田の攻撃に怒り狂って暴れ出した。
避けそこなって頭部に食いつかれる。前が見えない。
「俺、どうなってる?」
マイクでアイリーンに聞くと、
「ティラノサウルスは、まだ元気よ」
頭上で金属の装甲がメキメキと音を立てている。引き離そうにも牙がガッチリ食い込んで身動きがとれない。
「ふらついて来たわよ」
アイリーンから嬉しいお知らせ。大田は尻尾と後ろ脚を使ってなんとか立ち上がった。顎を大きく開閉させてティラノサウルスの牙を外すのに成功する。相手はどうやら朦朧としているようだ。ぐるんと一回転して遠心力で振り飛ばす。
急に明るくなった視界の中に、ティラノサウルスが仰向けに倒れていた。
今度こそ文句なく大田の勝利……。
「ゲームの結果に異議を唱える」
と、またしてもヴィダが抗議の声を上げた。
客席からは、またブーイングの声。だが今度のブーイングは、どうやら往生際の悪いヴィダに対してのようだ。ヴィダはそのブーイングに負けないような声で、
「なぜなら、ドゴの戦士は生物ではないからだ。私は大会関係者の許可を得て、ドームの天井にスキャナーを取り付けた。そしてその戦士をスキャンした結果が、これだ」
ドームの内側に、ロボットの骨格の3D映像が浮かび上がった。
「それは戦士の甲冑だ」
ドゴが澄まして言う。だが、ヴィダの抗議は終わらない。
「ドゴの戦士は、卑怯にも相手に毒薬を注射した」
3Dの映像が切り替わる。ティラノサウルスの腹の下に隠れて見えないはずだと思っていたのが、ばっちりクリアな動画になっている。
「ヴィダの戦士は戦いに負けたのではない。あの毒薬で殺されたのだ」
基本的にその通りなので、これは反論のしようがない。客席から驚きのさえずりが聞こえた。だがドゴはひるまなかった。
「毒薬? なぜ地球の生物がヴィダの戦士を毒薬で殺せる?」
「何を言っている。実際に毒薬は効いているではないか!」
「そうだ。効いている。ヴィダの戦士が別の惑星で進化した生物であるならば、その生物に有効な毒薬をなぜ地球の生物が用意できたのだ?」
ヴィダは沈黙した。ドゴが畳み掛ける。
「なぜならヴィダの戦士は、もともと地球の生物だったからだ。むかし私自身が戦士として作ったティラノサウルスという生物だ。ある日、ティラノサウルスは、他の地上の生物たちとともにすべて全滅してしまった。そのティラノサウルスになぜこんなによく似た生物が、ヴィダの戦士として現れたのだ?」
「ティラノサウルスなど……そんな生物が地球にいた証拠はない!」
「厚い地層の下に埋もれて見つからないと思ったのか? 埋もれた生物の骨は、地面を掘れば見つけ出せるのだ。地球の生物には奇妙な習性がある。地面を掘って古代の生物の骨を集め、組み立てて飾るのだ」
空中に博物館に展示されているティラノサウルスの化石の写真が浮かび上がった。ドゴが忙しかったのは、どうやらこの証拠を集めていたかららしい。
「これが地球の深い地層に埋まっていたティラノサウルスの骨だ。そこに倒れているヴィダの戦士の体をスキャンして比べてみるがいい。ヴィダは他のプレイヤーの育てた戦士を盗み、自分の戦士としてゲームに出場させた。これがどういう罪であるか説明する必要はないだろう」
「ヴィダは厳しく罰せられることとなった」
と、ドゴが言った。帰りの軍用機の中。大田はドゴとはタブレット端末で通話していた。
「彼はどんな罰を受けるんだい?」
「ゲームの会からの追放だ。今後は奴は退屈しても誰からもゲームに誘ってもらえない。断じてだ!」
「……それはたぶん、とても重い罰なのだろうね」
と、大田は言った。
「その通り。この世に退屈ほど恐ろしいものは存在しないのだから」
「君たちのゲームが退屈から生まれたものなのだとしたら、俺はその意見に賛成だ」
「あのティラノサウルスはどうなるの?」
アイリーンが横から心配そうに尋ねる。
「ティラノサウルスの著作権は取り戻せた。私が作ったということが公式に認められたのだ。それについては君たちに非常に感謝している」
「そうじゃなくて大田と戦ったあの彼のことよ。ちゃんと故郷に戻れるの?」
「戻すことは可能だ。恒星間宇宙船がある。しかし戻す必要はあるのか?」
「あるわよ。彼は仲間のために命がけで戦ったんですもの」
ドゴの3つの点が瞬いた。アイリーンの言ったことが理解できなかったのだろう。
「彼はゲームのために戦った」
と、ドゴは言った。この言葉はアイリーンを怒らせたようだ。
「ゲームをやっていたのはあなたたちでしょう! こんな恐ろしいゲームはすぐにやめるべきよ!」
「ゲームがないと我々は退屈してしまう」
「他にやることはないの?」
「ない。生物のやることは、基本的に生きるための行為だ。我々は進化し肉体を捨てて不死の存在となったときから、やることがなにもなくなってしまった」
「そんな理由で命をおもちゃにしていいって言うの!」
アイリーンが叫ぶ。
「退屈なら、ロボットバトルでもやればいいのに……」
と、大田は首をすくめながらつぶやいた。
帰国後しばらくはマスコミに騒がれたものの、政治家のスキャンダルが発覚し人気女優が電撃結婚をすると、世間はすぐに「2日で帰った侵略者」のことなど忘れてしまった。そして大田に日常が戻って来た。平日は会社で仕事をし、週末にはチームのメンバーと集まって次のロボットバトルに出場するための新しいロボットを考える……。
アイリーンからテレビ電話がかかって来たのはそんなある日の夕方。大田が仕事を終えて退社しようとしていた時だった。
「お別れを言おうと思って」
「ああ、アメリカに帰国するの?」
「いいえ、恒星感宇宙船で他の星に行こうと思って」
「はい?」
「あの後ドゴに言ったのよ、知的生物を虐待する残虐なゲームの廃止を会の運営に訴えたいって。そうしたら中古の宇宙船を1個くれたから、ライフ・プロテクターズの有志と一緒にそれに乗って行くことにしたの。地球はあなたが救ってくれたけれど、ゲームが続けられる限り宇宙の星々で生まれた生物たちが、今回のティラノサウルスのような目に遭うことになるでしょう? それって絶対に避けたいじゃない? だからあなたが言っていたロボットバトルを提案してみようと思っているのよ。あれっていいアイデアよね。大田? どうしたの、大田?」
巨大ロボに搭乗して宇宙からの侵略者と戦った男は、テレビ電話の画面の前で完全にフリーズしていた。
とても素面でいられないと大田がいつもの居酒屋に行くと、顔なじみの店員が、
「若社長、元気ないですね」
と、声をかけて来た。
「いや、単に彼女についていけなかっただけ」
「もしかして、失恋ですか?」
「そんな現実的な話じゃないよ、あっちゃん、いつものくれる?」
「はい、〆張鶴とクジラベーコン。現実的な話って何ですか?」
(宇宙の星々で生まれた……ティラノサウルス?)
知ったこっちゃない!
「俺にとっての現実ってのはね、あっちゃん。今こうして目の前のクジラベーコンを食べることなんだ」
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