ウシオ・ソングブックの子供王

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梗 概

ウシオ・ソングブックの子供王

 〈方庭世界〉は広大な空に幾多の島々が浮遊する世界。その一つ、方庭〈太果〉が持つ大気圏の高度は低く、目に映る空のほとんどは真空だ。
 世界は音楽で出来ている。太果の管理者である父王は、方庭世界を覆う音網(サーバ)にアクセスし、音網を振動させることで律(トーン)を生み出し、世界に干渉する。ヒトの出生も、律により行われる。ヒトは律により構成された生き物だ。胚譜(スコア)に生体符(ノート)を刻印することで起動する。そしてヒトに命を授ける役割もまた、太果にただ一人の父王ピサロがひとえに担ってきた。
 そんな状況が一変する。宝石や、豪華な織物「ケープ」「ポンチョ」などの美しい品ばかりを狙う若い女だけの盗賊グループ〈空飛び猫〉のリーダーとして街を賑わせていたウシオ・ソングブックが懐胎する。ヒトがヒトを生むというのは、前例のない事態だった。いっとき、音網に脆弱性が生じた。ウシオはこのとき、以前に盗んだ気に入りの品、父王専属の宮廷錬金術師の手による、律を操るための道具〈水銀撥〉を介して、本来は父王しかアクセス不可能な音網の深部に潜ったのだ。結果、律を操り、子を宿すに至った。
 妊娠によって音網との常時接続をつづけるウシオの存在が、脆弱性の修復を拒み、音網のアクセス権が開放される。あらゆるヒトが音網にアクセスし、超常の力「律」を操り始める。これに対して父王が動く。太果の管理者として、安寧を維持するため、アクセス者を手当たり次第に殺戮し始める。これを王の乱心と捉えた住人たちは、律の力を用いて父王と衝突する。
 父王は音網を修復するためにウシオを殺そうとする。父王の軍勢からの逃避行のあいだに、ウシオは産気づく。子宮口から柔らかい樹が生えてくる。胎児がウシオの子宮から樹の幹の中へと移動していくのが見える。それはほのかに光り輝いている。しかし樹は腐蝕し、ウシオの股間の付け根の部分で崩れてしまう。ウシオから分かれた樹の幹の奥には、ウシオの産道が続いている。胎児の姿はもうなくて、幹の奥に黒い穴がある。発光するへその緒が、黒い穴の中へ消えている。
 時を同じくして、空に〈洞(ホール)〉が発生する。律の使用者が急増したため、音網上でアクセス集中による〈過剰律(ハーモニック・オーバートーン)〉が起き、網の一部が破れたのだ。その洞の中心に、巨大な胎児が現れる。ウシオの産道に生じた洞と空の洞が、量子もつれ状態となって蟲食い穴(ワームホール)で繋がっており、胎児はこれを移動して幹内部の産道から空へ出た。胎児のへその緒が光り輝き、空に投げ出されている。
 方庭の街が崩壊を始める。いくつかの特定のポイントから、建物もヒトも洞に引き寄せられる。それらは胎児の洞に近づくにつれ粉々になり、そうして胎児の洞の周囲を回転し始める。次には街がバターのように溶け出す。人は糸のようになってほどけていく。すべてが洞に引き寄せられ、胎児の周囲を回る光り輝く円盤となる。それらの破片の一部は、光るへその緒を伝うようにして、胎児の洞の中へ流れ込んでいく。
 ウシオは柔らかい樹の幹の断面に両手を突っ込み、左右にこじ開けて、剥離した自らの産道に全身をねじ込む。先へと進むごとにぼろぼろに崩れていく身体を、律による生命操作で絶えず修繕しながら前進する。そうして小さな洞の事象の地平を超え、特異点に至る。
 巨大な胎児のそばに、方庭の住人たちの反抗を受けて瀕死となった父王がいる。
 すべては父王が仕組んだことだ。ウシオの子宮内に洞が生じたのは、父王が作りだしたためだ。ウシオがこの方庭世界に生を受けた際、父王はウシオの胚譜(スコア)に、そのための生体符(ノート)を配列したのだ。父王の目論見通り、洞の周囲を回る円盤はすべてを融解し、取り込み、膨大なエネルギーを蓄積している。父王はこうして生じた膨大な力を利用し、方庭世界の創造主である調律士(チューナー)に反逆するのだと言った。ウシオは父王を殺そうとするが叶わない。父王はウシオの生体符を奏で、律によってウシオを操る。ウシオの意志と関係なく、ウシオは自身と胎児をつなぐへその緒に歯を立て、これを噛みちぎる。これを見届けた直後、父王は絶命する。
 こうして生を受けた赤子には、父王の所有していた管理者権限のすべてが委譲されている。新たな王となった赤子は、ただちに音網のほつれ目をさらに押し開いて洞を拡大させる。ウシオは洞の内側から放り出される。
ウシオはワームホールを介して、ヒトのいない異境の方庭に流された。太果上空の洞がいよいよ拡大し、何もかもが融解してゆく。後に〈万物融化(アルカエスト)〉と呼ばれることとなる未曾有の大災禍はこうして起きた。ウシオは故郷太果が消滅していく様を、名も無き未開の方庭の上で、一人静かに見つめている。

文字数:1965

内容に関するアピール

 SF創作講座第1回の課題テーマは「これがSFだ! と、あなたが思う短編を書いてください」でした。正直に言って、自分が講座初回のこのお題に取り組む上でもっとも努力をはらったのは、「どうやって自分にSFの素養がないことをごまかすか」でした。あれから感覚的にはあっという間でしたが、講座を受講し、SFを読み、梗概や実作を毎月書き、大森さんや講師の先生方、編集者の方々のお話やアドバイスを聞く中で、全然SF感のなかった自分も多少は力をつけることができたと思います。なので今度はごまかしません。「あなたが思うSFとは何か」、このお題に、最後にもう一度、勝手に取り組むことにしました。その上で重視することにしたのは、十二月のイベントの際に飛先生が「最終作をいかに書くか」ということについておっしゃっていた、「出来の良さでガードせず、顔を打たれにきてほしい」、「弱点をさらけ出し、大事なものをすべて吐き出したもの」、「『プロットの完成度』というスペックで表すことのできない、ずるっと突き抜けて出てきてしまったものを」というお話です。飛先生のアドバイスは、第一回の講評の際に自分が東さんにいただいた指摘にも通じます。第一回の時東さんは、「物語がスマートすぎる」、「気持ちよく読めるが、もっと引っかかりがほしい」とおっしゃられていました。これが飛さんのお話につながり、自分の中で重要なテーマになり得ると感じました。引っかかりのあるものを作ることを目標にします。「SFにしっかり向き合い、格闘すること」は、この目標のために効果を発揮するように思います。これまで自分は、梗概を読んだだけでも納得がいくように梗概を書くことをなるたけ心がけてきましたが、今回はつっこみどころがたくさんあると思います。顔を打たれにいくことにしたのです(あと梗概の段階で打たれておけば実作で調整も……)。
 舞台として設定したのは、宇宙の縮小モデルのような世界です。宇宙の代わりに「空」があり、星の代わりに「方庭」という小さな島々がいくつも浮かんでいます。その方庭の一つが舞台で、これがブラックホールに飲まれて消える過程を描きます。まるごといっこの世界の成り立ちを論理的にでっちあげるファンタジーSFで、ユートピアSFです。梗概を書く前に、世界観や設定を練りあげることにとても時間をかけました(そして梗概を書く時間が以下略)。梗概には書いていない設定も多くあります。それらはすべて、「いかにして『大事なものを吐き出したもの』、『ずるっと』が生まれやすい舞台を構築するか」を焦点に据えて取り決めたことです。大失敗に終わる気もしますが、ウェルメイドなものでは戦えません。この講座には自分が尊敬する、素晴らしい発想を持った人たちがたくさんいるからです。
 飛先生はこんなこともおっしゃっていました。「プロットは組み上げつつ、解体する方向でも考える。『プロットの完成度』というスペックで表すことのできないものが読みたい」。ならば詰まるところのるかそるかしかない。実作では、言葉やロジックやイメージを何重も積み重ねていく過程で、取り決めてきた事柄を解体していきたいと思います。煮詰まって煮詰まって自分が何を書いているのかもそろそろよくわからん、というような崖っぷちで「神」が現れる可能性に全額ベットします。唸れ、俺のセンス・オブ・ワンダー!

文字数:1391

課題提出者一覧