梗 概
縄文ラヴァーズ
マサトはモモほどいかした女に会ったことはない。勇気、知性、判断力、行動力、リーダーシップ、ものを見通す力、そしてどんなときも仲間のひとりひとりを気遣うことのできるやさしさ。モモはすべてを持っていた。マサトとモモは流行りの「縄文COME…」の同じキャラバンのメンバーとして知りあった。「縄文COME…」は縄文時代の日本(静岡〜青森エリア)を舞台にしたVRゲームで、縄文人としてチームで協力しあい、狩猟をしたり木の実を集めたりしてサヴァイブする。感染症、自然災害、有毒な虫や食物、大型肉食獣からの攻撃など、縄文時代は危険と冒険に満ちている。武器は弓矢と石槍くらい。モモの優れた指導によって、マサトたちのチームは上位のスコアをキープし、他のあまたのプレイヤーに先駆けて土器も焼いたし交易もしている。祀った土偶もかなりの数だ。「縄文COME…」のラスボスは冬と飢餓を象ったモンスターで、それを倒すと、エンディングで渡来人たちがあらわれて稲作を伝授し、続編の「弥生LIVE?」に進めるのだ。
しかしクリア目前のある日、モモがグループチャットに書き込む。「考えてることがあるの」。少女時代のものらしい写真をもとに合成された3Dアバターのモモは、思案顔で話す。現実の歴史では、稲作によって食物をストックできるようになったが故に貧富の差が生まれ、戦争も始まった。自分は弥生には進まず、ここで降りようと思う……。結成から一年以上が経ち、チームメイトは固い結束で結ばれている。モモなしのチームなんて考えられない。マサトたちは、せめて最後にオフ会を開こうということで一致する。折しも再来週はモモの誕生日だ。ゲームの人気に乗じ、最近は縄文料理レシピなども出回っている。縄文スタイルの誕生パーティーを開いて祝えばよい。自分は遠くに住んでいて、しかも事情があってここを離れることができない。そういってかたくなに固辞するモモを、マサトたちは、どんなに遠くても会いに行くからと説得し、モモもとうとう根負けする。
モモが示した住所は中国の四川省で、マサトは驚く。他のメンバーには離島や地方在住者もいるが、皆日本だから確かに遠い。それでも貯めていたバイト代で、航空券と、皆でモモにあげる勾玉のネックレスを買って、マサトは四川に飛んだ。住所の場所にあったのは、大地を蛇行する大きな川をみおろす、高層団地のような老人ホームだった。マサトたちはそこで、車椅子に乗ったモモに迎えられる。モモは高齢で身体の自由がきかず、日本語もカタコトだ。ゲームを教えてくれたという孫の青年と翻訳ツールの助けを借りて、モモはマサトたちに自分の境涯について話す。第二次世界大戦のあと旧満州で家族とはぐれ、日本に帰れなかったこと。それから暴れ馬のように変化する中国社会で生きてきたこと。「縄文COME…」の仮想空間で皆と思いきり遊んだことが、どんなに楽しかったかも。モモはきょう、百九歳になる。足は枯れ枝みたいに痩せ、顔も手も深い皺で覆われているけれど、マサトには、そこに宿る溌剌とした生命がみえる。一緒に原始の山を駆けた少女がここにいることが分かる。
文字数:1295
内容に関するアピール
高校の課外活動などで老人介護施設を訪れたとき、老人たちが子どものように扱われていることに、少し違和感を持つことがありました。お年寄りたちが何を考えているのか、何をみてきたのか、それらを知りたい気持ちがした。先日、父が癌で余命宣告を受けました。父は九十一歳で、自分の同年代の友人の祖父母たちよりも年長です。九州の実家に会いに行くと、痩せ細って、じっとしているだけであちこちが痛むといいます。目がわるくなり、最近まで欠かさず読んでいた本もめっきり読めなくなった。身体というのはままならないなと再び思う。
VRの世界で身体から解き放たれた生を生きることができたら、容姿や性別や年齢、身体の障害などを越えて、私たちはもっと自由に、また本質的な目で互いをみて、そのひとの持つ精神の豊かさや充実をこそみることができるのではないか。そしてそこでは、現実では持ち得ないつながりも育むことができるのではないか。そのような些か理想主義的な夢想を起点に、この梗概を考えました。前回提出した実作は静かな世界、自分の書けるものを突き詰めたので、今回は男子大学生を主人公にし、「遊戯」というテーマにふさわしい、そして自分が書いたことのない、動きと展開、冗談と真剣を行き来する、躍動感のある世界を描くことを自身の課題にしたいです。
文字数:551