ソリダゴの夢

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梗 概

ソリダゴの夢

その年、地下深部より発掘された遺伝子からのクローン生成に成功したある古代種の復元は多くの人々と、そして主任研究員N氏自身の個人的生活とを大いに震撼させた。
彼らの言語でホモ・サピエンスと自称されていたことが後に判明するその容姿は現生人類と極めて近似し、およそ78万年前に絶滅したとされる彼らが直系の祖先種であることを明快に示唆していた。

知的水準も低くなく、分野によっては現代においてすでに失われている技術をも彼らは知っていた。
(そしてその技術発展の度合いと比して彼らの社会運営の体系があまりに非効率だった事実は多くの研究者を困惑させた)
とはいえ生物学的差異はやはり大きく、長大な身長や、変温動物でなく恒温動物であることなどは民衆の耳目を集めた。

その中でも最も驚きを持って受け止められたのが、彼らが睡眠という行動をとり夢という心的イメージを見ること、そしてどうやら時空間の重ね合わせの存在を認識できない(そしてその代替として夢を見る)らしいということの二点だった。
妻が男性復元個体と性的接触を持った意趣返しに自らも女性復元個体との交歓を重ねる中で、N氏は彼らが死という概念に異常なまでに固執し恐怖していることを知る。

なぜそこまで死を怖がるのか、と問うとN氏は返される。なぜ死を怖がらないでいられるのか。
もちろん恐怖がないわけではない、現生人類も当然に78万年前と同じく不可逆の時間の矢が流れる世界に存在しており、いつかその魂は肉体とともに消失する。
けれども時空間の重ね合わせの存在を認識できることが、より善い未来を選択することへの可能性を担保してくれること、そしてそれが死への怖れを最小化してくれること。

君たちはその能力を持ち合わせない代わりに、夢を見ることができること。
夢が時空間の重ね合わせの表出のひとつであると理解できれば、死を迎えるその瞬間に時間は永遠の事象へと引き伸ばせることが論理的に帰結できるはずであること。
N氏のそれらの言葉は、しかし感覚を共有できない女性復元個体の心には届かない。

そんな折に、N氏の妻が男性復元個体とともに自死をする。
技術的欠陥により復元個体は極めて短い寿命を迎えることが判明し、彼女と男性復元個体とがその現実に対してどう向き合うかを話し合った末の行動だった。

やがて女性復元個体にも生命の終焉の予兆が現れ、愛した2人の女性を同時期に失う悲しみに暮れつつ、N氏にはその現在が(少なくともN氏と女性復元個体にとって)彼が選び得る未来の中では最良のものであることを認知できていた。
そして事態の責任を取る名目で、N氏は現生人類として初めての睡眠物質注入実験の被験者となることを選ぶ。

時空間の重ね合わせを認識できる彼らにとって、眠りという行為は今日と明日という時間と場所との連続性を断ち切り、自らがいつどこに存在しているのかを曖昧にしてしまう極めて危険な行為だった。
実施の可否を巡って大きな倫理的論争も起きた。

けれどもN氏にとっては、たとえその行動が女性復元個体の死への恐怖の救いとはならなくとも、あるいは彼女と同じ永遠の夢の時間軸へと赴くことはできなくとも、それでも取らなければならない選択であった。
かくして女性復元個体がその短い生の終わりを迎えると同時に、実験は速やかに滞りなく行われた。

彼女の愛したソリダゴという名の花々に埋まれたベッドの中で眠りにつくN氏がどのような光景を見ているのか、あるいは見られていないのか、それは今のところ彼以外の誰にもわからないことだった。

文字数:1447

内容に関するアピール

未来の人類が獲得する第六感が現代の我々の感覚でいう「占い師」的な能力であったとしたなら、彼らは自身の幸せや悲しみをどのように定義しながら日々を生活していくのだろう。
これが私の設定した「変な世界」です。

そもそも占いとは何か、占い師が自分の未来を予測できないのはなぜなのか。
僕たちが認識している空間や時間、あるいは人肌の温もりや悲喜の感情、死への恐怖などといった概念はいったい何なのだろうか。
そして夢とは、眠りとは。

それらの有相無相の問いを、多世界解釈の存在と認知が前提の世界を舞台に物語として描いていきます。

と同時に、種として別の進化を遂げた100万年後の人類が築く世界に自分も生きてみたい。
そんな単純な妄想の欲求から、現生人類が絶滅し傍系種が生存する未来という背景も設定しました。
先日に見かけた最近の研究に基づいたネアンデルタール人の想像図の女性がとても美しかったことが、その直接の動機となりました。

文字数:400

課題提出者一覧