ヨクミエ~ル

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梗 概

ヨクミエ~ル

 ヨクミエ~ルは腹部、口角、性器および頭部に同時に取り付けて使用する小型機械。空腹時の腹の音、眠気からくる欠伸やショボショボした目元、性的興奮時の性器付近の動きと、ついでに全ての状況における脳の働きを正確に観測し、眼鏡型の端末の眼球前部分に食欲、睡眠欲、性欲の高低を数値化して表示することができる。これまで「悶々とする」などの曖昧な表現でしか把握されなかった性欲を数値化して可視化した点は画期的とされたが、装着の煩雑さから一般販売後もセールスは振るわず、人口に膾炙することはなかった。

 三年後、販売元が脳の働きだけを感知すればよいことに気付き、大幅な小型・軽量化が進んだ眼鏡型端末「ヨクミエ~ル3」が発売されると短期間で大ヒット。その二年後には、日本国民のヨクミエ~ル3もしくはその類似品の所持率が50%を越える驚異の浸透スピードを記録。
 上昇志向の強いビジネスパーソンの間で欲望の的確な管理術を競い合うことが流行し、実際成果を挙げる人物が続出。企業の中には「欲望数値常時開示の義務化」を入社時に強制し、労務管理に利用するところも出始めた。例を挙げると、睡眠欲の高まった社員には昼寝、性欲が高まった社員には性欲処理を適切なタイミングで促すことで労働力の安定化をはかった「絶望のクンニリングス社」は、社員の生産性が爆上がりし、業績が劇的に向上した。

 一方、欲望は個人の権利として、欲望のプライバシー(通称ヨクプラ)保護を声高に叫び、なんぴとたりとも本人の意思を無視して他者の欲望を関知してはならないと主張する団体App-D(=Action to protect the privacy of Desire)が都内在住の若者を中心に組織され、週末に定期的に「ヨクプラを守れ!」と咆哮する街頭デモを実施。
 繰り返されるデモにお祭り気分で参加していた21歳の私大生・夜来 未(やらい・ひつじ)は、団体内でメンバー同士の恋愛が横行している事実に気づいて慄いた後、「乗るしかない、このビッグウェーブに」と脳内宣言し、自信も恋愛に生きることを決意。App-D幹部メンバーの一人で、夜来未の同世代と思しき大学生・優(ゆう)にターゲットを定め、話しかけるきっかけを探り始める。
 何回目かのデモ後の打ち上げで優と運良く隣席になれた夜来未は「性欲薄くて」と油断させておいて酒を摂取するうちにあわよくば親しい関係に持ち込む、という、ネット上で知り合った自称恋愛マスターのメンヘルハンター直伝の戦法をとる。しかし、欲望可視化後のこの時代、それは完全に愚策であった。同じく優に近付こうとしていた計(けい)に、下心丸出しの本性を見破られ、未と計は恋敵となる。

 未と計は恋の鞘当てを重ねるうち、次第に互いを意識し始め、友情が高じてお互いに対しての恋愛感情が生じてしまう。「アイツなんかに……」というちっぽけなプライドから、未も計も恋愛感情の萌芽に正面から向き合えない。今まで通りの関係を維持しようと、ぎこちなく振る舞い合う二人の異変に最初に気付いたのは優だった。初めは未と計の二人を興味本位で観察していた優であったが、いつしか二人ともと身体関係を持ったうえ、その事実を言下に匂わせ始める。優は天性のサークルクラッシャーだった。ぎくしゃくする未と計。優は更に他のApp-Dメンバーとも関係を持ち、疑心暗鬼になったメンバーたちは集っても以前のような熱を生み出せなくなり、程なくApp-Dは崩壊してしまう。行方をくらます優。

 人生の目標を見失ったかのように見えた夜来未は、敬して遠ざけていたヨクミエ~ル3を自腹で購入して装着。自身の計への思いを再確認し、意を決して告白。そこから先は言葉は不要だった。目まぐるしく性交渉を重ねた二人は互いに妊娠し、将来を誓い合う。

~Happy ending~

 なお、この世界は全人類が雌雄同体の両性具有で妊娠・出産が可能。恋愛対象が全人類であるとされる人は全体の9割9分を超えている。

文字数:1631

内容に関するアピール

 手元に原本がどうしても見当たらず、記憶による記述になるのですが、ゼロ年代後半頃の『Feel Love』(祥伝社)掲載のインタビューor対談で、小説家・中村航さんが「恋愛小説は肉料理」理論を開陳しておられました。中村氏曰く「肉はたいてい美味しい。料理にとりあえず肉を入れておけば美味しいと言って食べる人が多い。小説における恋愛要素も似たようなもの。恋愛要素を入れておけば面白がる読者は多い」と(いうニュアンスの発言をしていたと思うのですが、記憶違いだったら申し訳ありません)。
 なるほどなーと感じるとともに、人生でいつか恋愛小説を書いてみたいと思った出来事なので、記憶の片隅に残っておりました。

 あと、前々から人間の三大欲と言われる食欲・睡眠欲・性欲の中で、性欲だけが個体の生の維持に直結していなかったり、表に出にくかったりと、明らかに別グループだろうという認識があり、その性欲を題材に何か書けないか、という思いがありました。

 「作中の世界全体が、現実世界とは異なる条件の世界」と聞いて、最初に思いついた世界に、上記の思いをのせました。実作は夜来未の一人称口語体の予定です。読んでいて、夜来未にエールを送りたくなるような作品にしたいと考えています。

文字数:523

課題提出者一覧