梗 概
BLACK GYVE
浮遊する銀モールの房が駅へと降下するエレベーターの外の光景と重なった。
基準惑星が優に収まる黒い内径に向けて、数え切れない程の白銀の彗星が様々なカーブを描きながら飛び込んでくる。
このスピンドルステーション『SS22397』に訪れた数百年振りの恒星間斥力推進列車のラッシュだった。その負荷に耐えきれず緊急減速した薄暗い機内の中を銀糸の輝きが列車のテールライトを受けてさらに増幅していく。
その光がほぼ無重力になった機内の暗いガラス壁に男の顔と、
彼の身分を示す胸章をうっすらと反射させる。
『Odhrán』
そう書かれたネームプレートの上には間銀河暗子力圏から供出されたSS警備隊の階級章が映っている。それを確認すると彼は呟いた。
「この光のどれかに彼女はいる」
今から1年程前に初めて行われた臨時ブリーフィングで明かされたのは彼女、『BLACK GYVE』を捕える作戦についてだった。罪状はこの銀河団を束ねる唯一の原則を揺るがしたというものであり、思い付く限り最も重い罪だ。
『暗子力物質の管理と保有に関する相互信頼』
これがOdhránがいるこの世界でただ一つ守らねばならないことだ。
人を殺めるのも、星を砕くのも自由。よくあることだ。
ただし、それらを繋ぐこの列車の運行を断つ事だけは許されない。
一度この鎖が切れれば彼等はもう一度この真っ暗で広大な宇宙空間の中でただの点として描かれるだけの存在に戻ってしまう。絶対的な孤独ともう一度向き合わなければならなくなる。
しかし彼女が指揮する窃盗団は正にそれをもたらす集団だ。
『BLACK GYVE』は彼女の名前でもあり、彼女のクローンで構成されたこの窃盗団の呼称でもある。
彼女が盗むのはこの列車を駆動させるエネルギー、即ちSSの斥力場を発生させるためのダークエネルギーを凝縮させた暗子力物質だった。
彼等にとって血液にも等しいものを彼女は吸い上げ、蓄える。何のためかは分からない。
分かっているのは、この銀河団の空間をビッグリップによって千々に引き裂くだけの量は既に十分に盗まれているということだ。
彼はもう一度ガラス壁の外の暗い宇宙空間を覗き込む。
そこには彼女によって散布された暗子力物質によるプロジェクションメッセージが、彼等SS警備隊だけが複合できる鍵で暗号化された状態で今も漂っている。
このメッセージの発見が今次作戦のトリガーとなった出来事だった。
作戦名は『WHITE SNIP』とされた。
その概要はシンプルで、この銀河団にあるSS全ての斥力場の一斉強制逆行。
そうして列車を順次SSに停車させた後、彼女を見つけ次第捕縛する。
機内が微かにきしむ。外を見ると密集していた光の帯はいつしか全てが停車する列車群へと変わっていた。ついにゲームの火蓋が切って落とされたのだと彼は悟る。
動力を回復した軌道エレベーターが再び降下を始め、彼は数百億の軍勢と共に彼女へ会いに向かった。
文字数:1192
内容に関するアピール
「遊べ! 不合理なまでに!」という今回のテーマは大変面白いものでした。
さらに、「ただ、そこには『余裕』があってほしい」という一文も、本梗概を書く上で一つの道標となりました。
遊びには最もプリミティブな遊びの一つ、鬼ごっこを選び、さらにそれを一度はやりたかった、宇宙列車モノ+ダークエネルギーモノの中にぶち込む事ができました。
最後に、「余裕」の部分を以下に掲載しまして、本アピールとしたいと思います。
内容は梗概に出てくるプロジェクションメッセージです。「今も漂っている」の次くらいに挿入して読んで頂ければ嬉しいです。
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この銀河を日々孤独から守る意気軒昂なSS警備隊諸君。
ごきげんよう。
私はあなた方が守る黒い枷、あなた方の運命そのものです。
あなた方はどうして私がこんな嫌がらせをするのか、日々疎ましく思っていることかと存じます。
でもそんな事はもうよく分からなくなってしまったの。
ごめんなさい。
分身を作る度に、何故こんなことをしているのか、自分でも段々と分からなくなってしまいました。
ただそれも次でお仕舞い。
ご懸念通り私が次のゲームに勝ったら、あなた方が守るものは粉々になってしまうでしょう。
そうすること自体はとても簡単なのだけれど、それではあまりに味気が無いわ。
だからゲームをしましょう。
私を捕まえてごらんなさい。
幾万か、幾億か、幾兆か、ひょっとしたらもっともっと多いのかしら。
検討もつかないのだけれど、是非私の全てを捕まえて下さらないかしら。
ゲームの開始時刻はメッセージヘッダにある送信時刻からきっかり31557600000000000ナノ秒後。
鬼さんこちら。手のなる方へ。
とても楽しみだわ。
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文字数:707