梗 概
漆黒の穴
地球からさほど遠くない場所にありふれた二連星があった。だがそれは二つの恒星を伴星に持つブラックホールだった。ブラックホールの外側に巨大な殻(ブラックホールスフィア)がかぶさっていたため解析が遅れたのだった。表面には酸素があり、公転する連星に照らされて昼夜がある天体で、人工の構造物であるとしか考えられなかった。
人類は火星との有人宇宙船の往復に成功していたが、火星の過酷な環境に失望し、火星コロニー建設の機運は下火になっていた。人類は、火星のために培った技術によって亜光速宇宙船を建造し、移住希望者を数回の移民団でブラックホールスフィアに送り込んだ。スフィア表面での通信は極めて低容量の超長波ビーコンしか届かない。人々は人口のデータだけを送った。人口は順調に増加を続けたが、ある年を境に減少に転じた。原因を解明するために片道切符の志願者からなる調査団が送られた。最後の移民船で一人娘を送り出していた元軍属宇宙飛行士ジョーは調査団に参加した。
スフィアは大きさは遥かに巨大だが、一見地球によく似た姿をしていた。環境は地球に近く、異形の、だが壮麗な建築物が残されており、移民団が来るまで無人の楽園だった。地表にはいくつもの巨大な「穴」が開いており、中心のブラックホールが覗き込めた。この穴から強力な磁場が流れ出ており、通信を阻害していた。移民団の軌道母船は電磁波のために機能を停止していた。
スフィアに暮らす人々はほとんど老人で、「穴」がワームホールの入り口で、ここに飛び込むことにより地球に帰れると唱える教祖によって支配されていた。地球に憧れる若者たちは、老人たちがどんなに防ごうとしても次々と「穴」に身を投げていく。目の前で、若い男女が手をつなぎ後ろから「穴」に落下していく姿にジョーは衝撃を受ける。ジョーは娘を見つけるが、娘は教祖に心酔していた。調査団は警備網を突破しながら教祖に迫った。警備兵の若者達に倒され、ジョーだけが教祖のもとにたどり着く。その時、ジョーは「穴」に落ちていく娘を目撃する。
スフィアでは時間が早く進む。調査団が出発してから、地球では40年が経過しており、大規模な核戦争が起こって人口は激減していた。居住可能地域が回復するまでに数百年かかる。スフィアの「穴」は本当にワームホールだった。教祖は、それ自身が知的生命として稼働するブラックホールが、人類とコミュニケーションできるよう少女の形に実体化したものだった。ワームホールを通過するのに地球時間で約1000年が経過する。彼らはワームホールの出口を地球に作り、地球再興を誓う若者達を送り出していたのだった。ジョーは娘を追って「穴」に身を投げた。
気がついたジョーは地球にある、とある天窓洞窟の下の海面に浮かんでいた。ジョーはスフィアで育った若者たち、そして娘と再会した。後年、ジョー達は再びスフィアを目指して宇宙に飛び立った。
文字数:1194
内容に関するアピール
太陽10個分くらいの質量のブラックホールの外側に、10分の1天文単位くらいの直径の球形の殻(ダイソンスフィア)をつくると表面がちょうど1Gの重力環境になるそうです。そこまで大きくなくても、程々の大きさのミニブラックホールを使った人工星があっても不思議ではありません。ブラックホールはエネルギー源にもなるし、よくわかりませんが表面には情報を貯められるらしいし、時空はゆがむし、本当に魅力的な天体です。『インターステラー』という大傑作のおかげでブラックホールものは打ち止めなのかもしれませんが、あえて挑戦してみました。まだまだ未読のブラックホール作品がたくさんあると思うので、これから読んでいきたいです。
タイトルはシャレというわけではなく、本作のスフィアの情景を思い浮かべると本当に漆黒の巨大な穴が思い浮かびましたし、この梗概を読んでくれた妻にタイトル案を聞くと「穴」と即答しておりましたので、それをいただきました。
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