バズ

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梗 概

バズ

世界中が今週末のシュルツの試合の話でもちきりだった。街のブックメーカーはどこも勝つか負けるか二択で賭けを売り出して大人気だった。男子テニスの世界ランキングで二桁に上ったことのない地味なプレイスタイルの選手がなぜこんなにも注目を浴びるかといえば、彼が淡々と事実だけを投稿するバズラーだったからだ。

バズ(Buzz)は一回の投稿が150語までの制限がついた老舗匿名SNSで、多くのSNSの栄枯盛衰の中で初期から現在までほとんどスタイルを変えず残ってきた。

 

Buzz社が公開した膨大なアーカイブを見て、人々は最初ジョークだと考えた。アーカイブの日付は未来のものだった。しかしそこに書かれていることは、日を追うごとに現実になっていった。

三次元空間が光速で移動している時間軸は一方向にしか向かっていないと考えられていたが、アーカイブの公開から間もなく、未来が跳ね返ってくる壁、リバースウォールの存在があきらかにされた。

 

当初リバースウォールは少数の研究者と政府が知るのみだったが、未来を知ったところで未来を変えることはできないことが解明されるにつれ、私企業へもその存在が明らかにされ活用が検討された。しかし、結局のところ歴史は変えることはできなかった。ただ、あまたの大実験の片隅で小さな個人的な歴史は時々改変された。例えば、出身大学がちょっとレベルアップするとか、ハイスクールの弁論大会で優勝したはずなのに準優勝になるとか。

バズのアーカイブの公開を政府が許可したのは、個人的なデータの収集が目的だと囁かれたが、人々はこうしたわかっている未来への小さな抵抗にだんだん熱狂するようになる。

 

シュルツがテニスを始めた五歳の時には、彼が十代で始めて八十四歳で亡くなる一年前まで続けたバズの記録は全てアーカイブにあった。しかし、そのことに気づいたのは実際にバズを始めてからだった。両親はその前から息子の未来の投稿をやっきになって探していたけれど、まさか息子が「Pikachu」などという古臭いキャラクターをハンドルネームに使うなんて思いもしなかったので見つけられていなかった。

 

世界ランキングが150位から200位程度のテニスプレーヤーになる未来。それは十代のシュルツ少年にとって少々複雑な気持ちがする未来だった。かといって、テニスをやめようとは思わなかった。結果がわかっているからといって試合が退屈だと思ったこともなかった。試合運びまではわかっていなかったし、勝てばうれしかった。

シュルツは今までに二回、決められた未来に逆らっている。勝つはずの試合に負け、しないはずの離婚をしてそれをバズに投稿した。しかし、世界は何も変わらなかった。負けるはずの今度の試合にシュルツは勝つつもりだと宣言した。

 

試合に勝ったシュルツは引退を宣言した。そして熱狂している人々に向かいバズに投稿するのをやめようと呼びかける。

「バズのアーカイブがなければオレたちには無限の未来がある」

 

文字数:1215

内容に関するアピール

会社のアカウントをのぞけば、SNSというのは遊びの一種で、そう考えると私たちはずいぶんこの遊びにご執心であるように思います。ずっと遠い未来にSNSのアーカイブが今の私たちの生活を知るために役にたつのだろうかと考えると、役に立つのは、ドヤ顔でうまいことを言った的なRT数を稼いでいる投稿や、リア充ぶりを装う作られた投稿ではなく、案外、ものの値段や交通、天気のことや仕事などを淡々と呟いたあまりおもしろくないつぶやきやメモかもしれない。そんなことを考えているうちに、それは未来に置き換えても同じかもしれないと考えこの話を思いつきました。

歴史改変物やタイムパラドクスを描きたいわけではなく、遊びでやっていたことが未来から遡上してきて自分を苦しめ、そして自分の未来からの脱出の可能性に熱狂する群衆を描きたいと思います。

文字数:355

課題提出者一覧