梗 概
アニャの見る夢2
■設定
すべての人類の記憶は、MOTHERと呼ばれるシステムに刻一刻と収容され、常に更新されて続けている。このシステムが導入された際には、個人の記録(あるいはプライバシー)をシステム(あるいは他人)に委ねることへの危惧や嫌悪感はあったようだ。しかし、高度な暗号技術に守られた個々人の記憶にアクセスすることは殆ど不可能であり、また、過去を遡れば数兆人ともいわれる個々人の記憶の中から特定の個人を探し当てることは殆ど不可能であり、最早そんなことを気にかける人は殆どいない。MOTHERは集合知を体現し、人類の(効率的な)進歩と調和に資するものとして、信頼を獲得している。
人々は、1週間以内に最低でも1回は必ず、MOTHERへ記憶を送る義務がある。記憶を送信している時に何か複雑なことを行えば、意識が混濁してしまうため、たいていの人は、寝ている間にそれを行っている。事前に指示を出しておけば、体に埋め込まれているSONと名付けられたチップが自動更新に対応してくれるのだ。積み重ねられていく記憶は、本人ですら確認することはできない。忘れることもまた、生きていくためには必要だからである。
各国の行政組織には、必ず、MOTHERを運営し保守・管理する省庁がある。そこで働く官僚の役割は、おおきく2つ。ひとつは、集合知が望む政策を立案していくこと(運営)。もうひとつは、システムに異常が起きないようメンテナンスに勤しむこと(保守・管理)。運営サイドは所謂エリート官僚たちが、保守・管理サイドはそうでない官僚たちが、それぞれ担当している。過去に一度もシステムトラブルは起きたことがなく、人類の最大幸福を実現すべく、官僚たちは、日々、奮闘しているのである。
■物語
ウィンストン(40)は、社会企画省に勤務する官僚である。通称M省といわれるこの組織は、この国のMOTHERシステムを担当している。ウィンストンは、MOTHERの運営を志していたのだが、残念ながら望みは叶わず、保守・管理を担当している(役職名は管理官という)。入省してから保守・管理一筋で、幸いなことにというか、当然のことといおうか、一度もトラブルが発生することはなかった。毎朝9時に出勤し、暗号化されたデータが整然と流れていくモニターをただただ眺め、17時には帰宅する毎日。そんな日々を、かれこれ17年、続けてきたのである。
注)管理官の精神面を考慮し、データは、文字の羅列といった無機質なものではなく、画として表出される。それは管理官の願望が反映され、ウィンストンの場合、まるで伊藤若冲のような幻想的な画が表れている。
ある日、ウィンストンは眺めるモニターに映る白い象の目から赤い涙のようなものが流れ落ちているのを発見する。初めての事態に動揺しながら、画が崩れている個所を確認すると、褐色の肌の美しい少女の記憶がこぼれ落ちてきた。再び暗号化し、MOTHERシステムの中心へ押し流していこうとしたが、ある誘惑に駆られてしまう。
-めったにない機会だ!この子の記憶を覗いてみよう!
その日から、ウィンストンは彼女の記憶を追いかけ続けることに。名前がアニャであること、ダンスが得意で活発な性格であること、そして、笑顔が飛び切り素敵なこと…。もしや更新されているのではないかと、絶え間なくコンディションを確認するが、記憶はほぼ正確に24時間ごとに更新されるため、翌日が待ち遠しくて仕方がない。ほぼ毎日更新されることと、彼女を取り巻く環境(文明のレベル)から推し量るに、彼女が同じ時代を生きていることは間違いない。そう、この地球のどこかで、アニャは存在するのだ。その事実だけで、ウィンストンはとてつもない幸せを感じていた。もちろん、他人の記憶を覗き見ることは重罪だが、17年間、管理官としてソツなくこなしてきた彼を疑うものはいない。
-私以外の誰も、そう、彼女ですら知らない(忘れている)彼女のことを、知っているのだ!あぁ、間違いなく、私は彼女を愛している!
彼の片思いが半年ほど過ぎた頃から、彼女の更新頻度が不安定になってくる。アニャの身に何かあったのではと心配したが、問題は彼女自身ではなく、彼女の国でMOTHERシステムが変調をきたし始めたことが原因だった。奇妙な法律(夫婦が持てる子供の人数制限や、能力応じた居住区域の設定など)が次々と施行され、人々は困惑し、本当に集合知の(言い換えれば、自分たちの多数が望んだ)判断なのか、MOTHERに疑問を持ち始めていく。そのため、記憶を送信することを拒否する人々が現れ始めたのである。アニャも、そのひとりだった。(しかし、1週間を過ぎて記憶が送信されない場合は、SONが強制的に記憶を奪い取っていく)
混乱は長く続かず、時の経過とともに、人々は奇妙な法律に順応していく。そのため、SONは記憶を送信するのみならず、何かシステムに従うような指示を受信しているのではないか、そう疑問を持つ者たちが、SONを体から外しだした。そして、SONを保持する者(体制派)と拒否する者(反体制派)の間で深刻な対立が生まれ、アニャの国は内戦状態に陥ってしまう。
ウィンストンには、にわかに信じがたい事態だった。ニュースを見ても内戦の話などどこにもない。何らかの情報統制が行われている様子もない。果たして、この記憶は何なのか。途切れ途切れに送られてくるアニャの記憶から、彼女は、現在ではなく、教科書にすら載っていない遥か昔に生きていたことを、徐々に、ウィンストンは理解する。内戦の混乱のさなか、SONを保持しながらも、MOTHERシステムに違和感を持つアニャは、自分の記憶がMOTHERの中で残り続け、いつか誰かに発見され、このような混乱が起こらないことを祈り始める。そして、その祈りのさなか、内戦を有利に進める体制派の爆撃により、彼女は死んでしまうのだった。
悲しみに暮れるウィンストンだったが、管理官として、次のように結論づけた。
・奇妙な政策は、(残念ながら)集合知の判断である。そして、SONには受信機能はなく、あくまで送信するのみである。
・MOTHERシステムは、人類にとって正しいものである。なぜなら、MOTHERは遥か昔から存在し続け、人類はいまだ存在しているからである。
ウィンストンは管理官の職を辞し、故郷へと向かう。アニャの最後の記憶(彼女が死ぬ間際に見た景色)、それは、彼の故郷の山々と瓜二つだったからである。
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内容に関するアピール
何となくありがちな内容なのかなとも思いましたが、自分なりの問題意識をまぶすことで、何らかの目新しさを創作できるのではないかと信じてみました。
ザックリ言うと、「1984」と、昨今のWINDOWSのOSアップデート問題、そして、私を取り巻く環境のカリカチュア、でしょうか。
文字数:134