梗 概
O
<1>
新緑が美しい式場で行われた友人の結婚式からの帰り道、出された料理で膨れた腹を見下ろしながら、水森は子宮のことを考えて居た。出産するにはもう厳しい年齢が近づいているが子宮を使う予定はなく、願望もない。この備えられた器官を、ただただ月一の憂鬱器官としてのみ扱って終わりにするのは何と無く申し訳ないような思いが膨らんで、しかしだからといって相手を探そうという気持ちがあるわけではないから、せめてこれが他の誰か、子宮を使いたいと願う誰かのために出来たならもっと良かったのにとため息を吐く。勿体ないことをしてごめん、と下腹部に向かって謝っている途中で携帯に連絡が入り、慌てて確認すると送信元は中学時代からの付き合いになる古い友人の吉野であった。彼は「今すぐ会えないか」と水森に頼み込む。突然今からだなんて非常識なと思いつつも電話の向こうはどうにも深刻な様子で、水森は彼の指定した喫茶店へと向かう。
<2>
久しぶりに会った吉野は2年前に同窓会で会った頃から変わりは無く、一先ず暴力事件やら病気やら、そういったものに巻き込まれた訳では無いらしいことに水森は安堵する。しかし、何かを言いかけては止めるを繰り返すばかりの吉野に苛立ち、はっきり用件を言えと詰め寄ると、ようやく吉野は「子宮を貸してほしい」と机に頭を押し付けた。予想して居なかった方面からの要請だが、水森はすぐに頷く。それに頼んだ吉野が驚き、もっとよく考えてからで良いんだと慌て、詳しく話を聞いてから返事をしろと首を振る。それでも水森は貸してあげるよと頷き、どうやって貸したらいいのかと吉野に尋ね返す。
吉野は次のように告白する。吉野の恋人は地球の人間では無い。見た目は地球人類に酷似しているが吉野と恋人は交配不可能であり、さらに言うならば恋人はこの世界の性別で地球の男性体に近似している。しかし吉野は恋人との子どもが欲しい。水森は眉を顰め、私が吉野の恋人とセックスをすることに抵抗はないのかと尋ねると、子宮さえあればセックスは要らないのだという。その他、妊娠時はどうなるのかだとか、人の子のように産まれるのか等、詳しいことは恋人が説明するという。それを聞いてから返答してくれれば良いと言う吉野を遮って、またもや水森は子宮を貸すと言い張った。何が何でも使ってほしい。水森の剣幕に押されつつ、吉野は深く頭を垂れた。
<3>
水森は吉野とその恋人の子どもを出産した。子宮は貸したが血は繋がっていない。しかし、自分の子宮で抱き、産道から排出したそれに水森はどうしようもない執着心を覚える。吉野と恋人に悪いと分かっていながらも堪えられず、水森は子どもを連れて逃げてしまう。吉野の恋人は宇宙人だ。どうせすぐに捕まってしまうのだろう。だからそれまでの間だけでも、この子どもを抱えて居たい――そんな水森の予想は外れ、なぜか吉野も恋人も姿を消した水森を追いかけてはこなかった。
子どもは大きくなっていく。その成長を見守るのはこの上なく楽しく、子どもとともに水森は旅をする。勿論腹を立てることもあるし、ままならないこともある。しかし、水森は子どもを手放すことが出来ない。
子どもを産んでから三年が経った。水森は意を決し吉野へと連絡をする。音信不通で子どもを連れて逃げたこれまでを謝り、それでもどうか子どもと一緒に居させてほしいと頼み込むためだ。水森からの連絡に対し、吉野はこうなると思っていたから良いんだと答える。「育てるのが嫌なわけではないよ、子どもが存在してくれればいいというそれだけなんだ。僕は子どもが欲しかっただけだから」
水森はたまに子どもを連れてそっちに行くと約束して電話を切る。青々とした田圃を眺めて待っていた子どもを抱きかかえると、水森は声をあげて笑いながら畦道を歩きだす。
文字数:1554
内容に関するアピール
逃避行の物語が好きです。それから、青い田圃が広がっているという風景が好きです。疾走感が好きです。
エンタメ、と考えた時に、読みながらどきどきするものがいいなと思いました。
梗概ですので子どもに対して吉野がどう思って居るのかを書きましたが、水森はずっと吉野に負い目を感じ、吉野の恋人に怯えつつ、しかし子どもを手放せず向こう見ずに走り続けます。
吉野の恋人が地球人類の男性に近似しているのは、吉野の恋人のコミュニケーションの基本がミラーリングだからですが、吉野の恋人と吉野の子どもであり、水森の子宮から生まれた「子ども」がどのような見た目なのかは、未だ悩んでいるため梗概には描写出来ませんでした。
その他細かな部分(水森がどのように生計を立てて暮らしているのか、子どもはどんな生態なのか、産後にすぐに逃げる体力があるのか、子どもの検診などは大丈夫なのか、戸籍は等々)も検討中です。
タイトルは「O」、オー、です。
文字数:399