概要:
グループ展を見て、展評を書いてください。
[文字数]
1000字から4000字とします。
[対象者]
当該展示を担当していないCL生とします。
※当該展示を担当している場合も、何らかの文章を提出することは可能です。
■展覧会概要
展覧会名:「かむかふかむかふかむかふかむかふ」
出展作家:川﨑豊/圡金/堀江理人/松岡湧紀/宮野かおり/宮野祐
キュレーション:金子弘幸/中村馨(CL課程)
会期:2020年9月13日(日)〜20日(日)
開廊時間:15:00~20:00
■キュレーターステートメント
あるきっかけがひとを、出来事を、思想をつよくひきつけ、頭から離れなくする。理解しよう、解決しようとしてもそれが困難であればあるほど、そのうち自分の内側にもその対象が入り込んでくるあの時間。ここでおきていることは、普段われわれが何気なく使っている「考える」の表面的な営みとどこか距離を感じる。
批評家の小林秀雄は「考える」ということについて、本居宣長の論を敷衍する形で以下のように述べている。
「考える」の古い形は「かむかふ」です。「か」は特別に意味のない言葉です。「む」は身、すなわち自分の身です。「かふ」は「交わる」ということです。だから、「考える」ということは、自分が身をもって相手と交わるということです。……ある対象を向うに離して、こちらで観察するという意味ではありません。考えるということは、対象と私とが、ある親密な関係へ入り込むということなのです。(小林秀雄『学生との対話』新潮社、2014年)
親密性形成のもととなる愛着の発生が、母と子の肌のふれあいから起こるように、他者と、異なる思考とに思いを巡らし、つながろうとする行為は、言葉の応酬や知識の組み合わせにとどまらない。そこには非常に身体的な行為としてのイメージが伴う。
作品制作とはまさに、このフィジカルな「かむかふ」の実践ではないか。本展の作家は共通して、似ているようでいて異なる他者や信条、価値観等、緩くつながりながらも、わかりあおう、ひとつになろうとしてもどうしてかそれの叶わぬ対象をテーマとしている。作品を媒介に、対象との、身をもった交わりを試みているのだ。
その作家の「かむかふ」痕跡である作品。これが鑑賞者の前にさしだされたとき、そこに何が起こるのだろうか。
えてして私たちは予定調和を守るために、積極的に自分の内側を明かすことのない生活を送る。素顔を仮面で隠し、日々を当たり障りなく過ごそうとする。しかし、それでもそこにある秩序を乱すことをいとわないほどに、どうしてもさらけ出し、表現することの止められない思いが発露することがある。
それが必ずしも打って響くとは限らない、それでも差し出さずにはいられない、作家それぞれの「あいだ」に対する切実な問いかけ。それは展示空間において鑑賞者を共時的な場に呼び込み、「かむかふ」ことによる連続したつながりへと開くのだ。
本展は、他者と他者をフィジカルに結び付け、ゆるやかなつながりを生む、作品の「かむかふ」装置としてのある試みである。
(中村馨)