梗 概
レス・アローン
『首都機能は、2030年から徐々に東京から各地に移転するものとする。移転先は、名古屋、大阪、広島、福岡、新潟、仙台、札幌。すなわち分都である。以降10年の間に、東京は徐々に都市基盤等を整備更新し、分都先の都市も同様に整備更新しながら現況以上の都市機能拡大を図るべし。将来、いついかなる時に日本の本首都になっても良いように、各都市は備える様、心得るべし。また、国内の各組織、各団体、各個人においても同様に心得るべし。また、2040年以降の国家行政等の形態については、それまでの10年間で追々に、各々において要検討と心得るべし。なお、現段階では厳密には分都先と宣言できないが、地球以外の他の星等への分都または遷都も、各々において充分に想定すべし』と、正式に政府発表されたのが2028年の暮れであった。その数日後に行われた京都賀茂川大学人間学部(3回生)ヘンリー・ゼミの忘年会では、各人が各々の夢や希望について、或いは不安等について様々にトークされた。
翌2029年大晦日、明け30年春に卒業を控えたゼミ生の陽斗、颯太、柚希は先斗町で年越しそばを啜り、清水寺で除夜の鐘を打ち鳴らしながらカウントダウンを過ごす。3人はこれまで、三角関係にありながら微妙なバランスを保ち、互いに交錯してきた間柄だ。しかし、来る明日の元旦2030年からは、次第に離れ離れとなり、交錯のない間柄に分化分裂していく未来予想図を、好む好まざるの立場で各々に思い浮かべていた。そして別れを決した。別れに当たり3人は10年後にまた京都で再会することを約束した。
陽斗は、ホームレス志望。分都で大きく変わるかもしれない日本国内を自由に縦横無尽に駆け巡り、まだ見ぬチャンスを掴むのだという。
颯太は、農林水産省に入省。国家公務員として、特に農業の立場から日本を大きく変えたいのだという。
柚希は、海外に出てみるという。これまでの三角関係を清算し、学生というモラトリアムを清算し、自立した大人の女を目指すのだという。
以降、3人それぞれが、それぞれの場所で、それぞれの局面で奮闘する。基盤整備更新が徐々に進み新しくなる東京。分都により、都市機能を徐々に拡大する地方大都市、その周囲の地方都市も関連活性を続け、地方農地も息を吹き返していく。しかし、外交は日々是、厳しいのが現実であった。颯太と柚希はが1年後の大晦日に京都で再会。ホームレスとなって携帯も何かも捨てた陽斗は消息不明だった。
文字数:1020
内容に関するアピール
第1回の梗概(課題:50年後)は、テスト投稿には成功するも、修正投稿が叶わず、撃沈。また、他のメンバー各位の梗概作品を見て、そのSF度の高さに呆然。今回の第2回を含め、当面はSFの『エ』の字にも係らない投稿しか、私にはできないと思いますが、皆さんのSFエキスを吸収し、いつかは自分の納得できるSFを書けたなら、と考えます。よろしくお願いいたします。今回第2回の梗概(課題:梗概)も難解でした。内容フリーと受け止めましたので、現代的SF発想の皆無な私は、第1回に準じた「近未来」を軸に挑戦しました。が、ストーリーのラストまでは見通せないまま締切りが近づきました。限界梗概で無念ですが提出いたします。
文字数:299
大柿市
「総理、出ました。大柿です。岐阜県の大柿市です」
「うーん、大柿か……」
総理の執務室に、秘書官が急ぎの情報伝達にやってきた。
「アメリカ航空宇宙局の最新分析です。X地点は、日本の岐阜県大柿市内。その到来日Yは、103日後、7月8日です。」
「そうか、大柿。あそこは確か、交通の要所だったよねえ」
「はい、そうです。JRの大海道新幹線・在来線の大海道本線、東神高速道路、国道は021号線という幹線道路が大柿の東西を貫いています。」
「やはり、日本の東西交通の全てが集中しているなあ」
「はい。現在でこそ、新東神高速道路が三重県を経由して開通しましたので、道路は別ルートも確保されています。しかし鉄道は、日本の東西を結ぶ大動脈が共に、寸断されます」
「大柿の西にある関ノ原。日本の東西交通は、元々は全て、あそこを通るしかなかったからねえ」
「総理、よくご存じで。関ノ原といえば、戦国時代の関ノ原の戦い、天下分け目の東西対決でした。更に遡っての古には、不破ヶ関が置かれ、不破壬申の乱もございました。とにかくあの辺りは大昔から東西交通の要所中の要所でした。その、山間の関ノ原への東からの入り口、大柿の人口は約16万人です」
「X地点は、大垣か……」
宇宙の果てから星か隕石か、何かかなり大きな未確認の物体が、地球に向かって近づいてきており、やがて衝突する可能性があると、アメリカが各国首脳に情報を流してきていた。半年前の事である。やがて、その衝突(落下)地点Xが、日本国内・近海である可能性が高いと、アメリカは伝達してきた。それが約1ケ月前だった。その後、日本を含めた各国においても、X地点が日本域内であろうとの分析が続々とはじき出されてきていた。それらの最新詳細情報が今、日本の総理に伝達された。情報はもちろん極秘である。日本を含めた世界の一般国民にはまだ、この情報は知らされていない。
「地震、津波、台風、集中豪雨・豪雪、そしてコロナ・ウイルス。災い続きの真只中に、今度は宇宙からも」
「アメリカ曰く、X地点は大柿市のほぼ中心部、物体の大きさ、重さ・エネルギー、衝突による被害の想定には、まだまだ誤差含みの計算ではありますが、それらを日米および各国で検証した結果、概ね、大柿市全体に被害が及ぶと思われます」
「うぅむ……」
「逆に言いますと、概ね大柿市民全体を避難させられれば、そして、できれば大柿市の周囲を巨大で強力な壁または土盛山積などで囲う事ができ得るならば、大柿市の近郷への影響も抑えられ、人的被害は最小限・ほぼゼロに近くする事も可能かと」
「できれば、ねえ」
「そうした想定は、既にアメリカでは以前からございましたから、巨大で強力な壁の建造設置も、たった3ヶ月の突貫工事とはいえ、充分可能性はございます。壁の建造を避けて、大柿市周辺の市町村民をも避難させる事も想定可能ですが、この場合は、避難に係る様々なエネルギーが、経費も含めて更に膨大になりましょう」
「どちらか、といえば、壁を建造設置する方が現実的、ということか。」
「はい、私はそう考えます。大柿市の周囲を巨大な壁で囲み、物体の衝突による風塵被害等を極力市内に留める」
「衝突後の上空への風塵拡散も、アメリカ産の壁なら防げるのかね?」
「はい、衝突後、すぐにドーム型天井が張り出し、大柿市上空を覆い尽くす、という構造試算であるそうです」
「すると問題は、大柿市民の避難・移住の完遂に至るプロセスと、関係者のその後の生活も含めたケア、国内経済的には、特に鉄道絡みの経済対策支援や代替鉄道網の整備か」
「はい、それらが当面の主だった課題点ですね。それに、幸い、と言っては何ですが、大柿市は東、南、西の各々の境界のほとんどを河川で区切られており、更に北西部の境界には山があり、全ての境界に壁を築くことが、そうでない市町村に比べれば有利な状況にはたらくであろうと、私は考えます」
「ほおぉ、そういう土地柄なんだねぇ」
「はい、更にですが、大柿市の特異な状況が、ソフト面等でも味方してくれそうなのです」
「と、いうと?」
「実は大柿市は、平成の世に周辺のいくつかの市町村との合併が模索されたのですが、結果的には、2町のみが合併に加わりました。東の角俣町、西の上岩津町です。この2区域が、飛び地なのです。」
「……」
「角俣町、上岩津町の区域は、さきほどお話した3方を川と山で区切られた大柿市の区域外であるのは勿論、更にそれら境界線から少し離れて位置しています。つまり、合併後の現在の大垣市は、旧大垣市区域、旧角俣町区域、旧上岩津町区域の3つの区域に分離された、地続きでない『飛び地』の行政体なのです」
「それは、つまり……」
「はい、今回、壁で囲まれた旧大柿市区域民が、壁の外の角俣・上岩津の両区域に避難すれば、事実上そのまま皆、大柿市民として存続されるわけです」
「成るほど、現在の大柿市は飛び地で、衝突後も区域を分けて存続可能ということか」
「はい、現実には様々な問題も出てくるでしょうが、まずは、この方策が有効適切なのではと、私は考えます」
「分かった。概ね、了解した」
「では、早速」
「そうだね。各所へ連絡してくれたまえ。JRや道路公団も必要だろうね」
「はい。まずは内閣、各省庁、大柿市、岐阜県、JR、道路公団、経済界、学界、自衛隊等々、各方面に連絡いたします。静岡県にも声をかけてみましょう」
「コロナの現在だ。明日、イモート会議をやろう」
「そうですね。では明日、リモート会議で調整いたします」
「私の気のせいかもしれんが、コロナ禍で、意外にも決断・行動が早まる感があるよ」
「通常なら皆、集まる事が当然になってしまいますからね。その辺りの調整は、今はほぼ不要です。集合しにくい現在は、逆にリモートでスピードも増す場合が」
「衝突も非常事態だ。しかも、衝突まで103日。スピードはコロナ対策以上に必須ともいえる」
「明日の各方面とのリモート会議の後は、総理の記者会見という事で」
「うん、会見しよう。それに、そうだ! 大柿へ行こう」
「……」
「できたら君、大柿の地で会見したらどうかと思うんだが。どうかね?」
「それは私、想定外でしたが、良いかもしれませんねえ。色々な観点から考えましても」
「君もそう思うだろ? 国の緊急方針を、私が、その問題の現地から、記者会見する。考えてみれば必要な事じゃないか」
「そうですね。これもまた、緊急時だからこその、普段以上の即断力発出の賜物かもしれません」
「明日のイモート会議で何が出てくるか分からんが、特別な事情が出て来ない限りは、明後日、私が現地大柿に出向いて会見しよう。会見時間は夜7時でどうかね」
「それが良いと思います。コロナ緊急事態宣言の時と同様、夜の時間帯がベストかと。リモート会議でも異存は出ないでしょう」
「晩ご飯の時間帯だからねえ。当日だが、私は、できれば午前中に大柿に入りたい。午後は少し大柿を見て回り、たとえ僅かでも現地の空気を見聞して、夜の会見に臨みたいと思う」
「承知いたしました。その様に手配いたします。」
「よろしく。大柿の資料も少々頼むよ。それから、大柿でも誰か現地のガイドがあると良いねえ」
「そうですか、そうですねえ。よく考えれば当日の大柿視察は、総理の記者会見前ですから、まだ一般には極秘の状況です。お忍び視察になるわけですから、極秘ガイドの方が良いかもしれません。実は私、大柿に知人がおります。大柿市役所の職員で年齢は現在中堅世代、20代の頃に国土交通省に2年間、研修に来ていた人物です。2年間、私の直属で奮闘し、大柿に戻っていきました。今でもすぐに連絡がとれます。早速依頼してみます」
「わかった。よろしく頼むよ。君に任せた。今夜は多少、大柿の事を勉強して、夜空も少し眺めてみるよ」
「かしこまりました。では」
各方面とのリモート会議を終え、まとめられた会見の大筋原稿を手元に、総理と秘書官は新幹線に乗っていた。
「今日は富士山も、よく見えるねえ。霞勝ちな春にしては珍しいんじゃないか?」
「ええ、桜も東京各所、新幹線沿線ともに、よく色づいてますよ。大柿にも桜の良い場所がございます」
「昨夜の資料にあったねえ。芭蕉の奥の街道の関連地だったかな。今日、見れるかねえ」
「恐らく大丈夫かと。大柿の知人曰く、その場所は『奥の街道むすびの地』と命名され、市役所からも近いのだということです」
「ほぅ、なんだか、楽しみだね」
「……総理、緊急会見ですから。大柿の地は当然ながら、周辺や国内全体への影響も、計り知れません。お花見はあくまでも……」
「勿論わかっているよ。それに、この静岡だ」
「そうです。この機に、座礁しているリニアの静岡県内アルプス・トンネル工事の重要性も大きくクローズアップされるでしょう」
「リニアの開通が、必ずしも100%、国民にとって良い未来図だとは言い切れないが、昨今の災害、今回の衝突に至っては」
「はい、現段階ではやはり、必要な未来想定図であろうかと……」
2人は大柿駅に降り立った。正午を少し過ぎていた。東京駅で新幹線に乗ったのが午前10時、12時少し前に名古屋到着。在来線に乗り換えて新型快速で30分強で大柿に着く。東京駅から約2時間半の行程だった。
「大柿の駅前通り、なかなか綺麗だねえ。人通りもあるじゃないか」
「戦災復興した街並みも今、建て替えや転換期にきています。今後益々新しくなる可能性も。しかし、今日の人通りは、おそらくは桜のせいでしょう。一般の地方中小都市と同じく、大柿も普段はもっと、人通りは少ないのが現実だと思います」
「やはり、そうなのかねえ。おぉっ、あるじゃないかっ。川下りだ。秘書官、見えるだろ?」
「水堀川の川下りでしょう。思ったより優雅ですねえ。大学生の船頭も居るとか。それに、タライ船も浮かんでいる様です」
「ほう、風流じゃないか。色々と工夫されてるんだねえ」
「呼応協力する市民も多いということかもしれません。大柿に限らず、どの地も今は、町おこし・村おこしが必須でしょう。国土交通省も微力ながら貢献していますよ。あの大水都タワー近くの広場をご覧ください。キッチンカーです。今日は九州バーガーに女性が何人か行列していますよ。国内トップリーグで活躍する大柿のソフトボール・チーム『ミナモネス』の選手たちの様です。まちなかテラスの路上飲食、当省の指針を上手く活用して活気づかせてくれています。ゆるキャラも居ますね。あれが、『おおがっきぃ』と『おあーむちゃん』でしょう」
「気がつかなかったよ。年を取ると周りが見えにくくなっていかん。視界が狭くなるんだな、自分でも気づかないうちに。」
「私も、総理を案内していなければ気づかなかったでしょうね。現代人は誰しも多忙すぎるのかもしれません。この美味しそうな匂いにすら、ようやく今頃、気づいている状況です」
「おっ、この店にも、テイクアウトの弁当があるじゃないか。これ、どうかね?『芭蕉水都御膳弁当』だそうだ」
「良いですねえ。買って参ります。コロナ禍ですから、どこか野天でいただきましょう」
「おやっ? 川岸の所々に石碑があるじゃないか!」
「本当ですね。所々いくつもありますよ。これは、芭蕉の句ですね。どうやら、奥の街道の句が、水堀川の所々、石に刻んで置かれていて、散策ついでに俳句や歴史地理の学びまでできてしまう『しかけ』の様です。大柿では毎年俳句の大会も行われますしねえ」
「荒海や 佐渡によこたふ 天の河……か」
「この界隈は『四季の小路』と命名されてますね。水堀川は大柿城の外堀だそうです。総理、あれをご覧下さい、大柿城ですよ」
「おおっ、なかなか良い城じゃないか」
「この御膳、水豆腐を冷奴と天麩羅に分けて味わえるんですね。流石に水の都です。美味しい井戸水を使用しているとの事ですよ」
2人は大柿城の見える広場のベンチで昼食をとり、芝生の大柿公園で少し休憩後、大柿市役所へ向かった。
「ほぉ、これは、実に素晴らしい桜だねえ……」
「本当に。小川君、この、川面に両岸から枝垂る桜の見事さ。凄いですよ」
「光栄です。この馴染みの桜の風景が、総理と秘書官にご覧いただけるとは」
大柿市役所での市長らとの会合を終え、お忍び総理の大柿視察が始まった。お忍びガイドは、30代の大柿市職員、小川。3人は先ず、市役所すぐ南の桜の名所に足を運んでいた。
「これが、『奥の街道むすびの地』ですか」
「隣の建物の風情もなかなかです、小川君。桜、水、建物風情を見ていると、まるで芭蕉が近くに居る様な気分になってくるよ」
「秘書官もそうかね。私も同じだよ。この景色、恐れ入ったねえ。好天にも恵まれた」
「はい、それに、コロナ禍でお客さんも少なめなのが幸いでした。通常ならば人、人、人の状況ですから」
「なるほど、人寄せは良いけど、一気に集中したのでは、肝心の風景も霞んでしまうわけだね」
「ええ、ここ数年の夜桜などは、本当に凄い人出なんです」
「……、そうだ、秘書官、ここで会見しよう。この住好灯台や水堀川に浮かぶ小舟、川に向かって枝垂る桜をバックに、どうかね?」
「しかし先ほど、会見は市役所庁舎内の大会議室でと」
「いや、ここが良いよ。事は緊急だ。何しろ大柿の街の風景がなくなってしまうんだよ。この見事な桜の風景も、大垣の何もかも一切合財がね」
「……、かしこまりました。市役所や取材陣と検討してみましょう。早速、電話してみます」
「おっ、この句は……」
「蛤の、ふたみに別れ、行く秋ぞ……」
「芭蕉の句です。芭蕉は、奥の街道の旅の最後に、ここ大柿でしばらく逗留しまして、門人たちと過ごしていました。そしていよいよ彼らと別れて桑名・伊勢へと、ここ『舟町湊』から船路を下る……」
「そうか、芭蕉の別れの句なんだね。旅立ちの句でもある」
「はい、そうです。とても味わい深い句だと、私は思っています」
「うーん、確かに、ふたみに別れ、か。見たまえ、この石像。芭蕉と弟子の谷木因の別れのシーンだ」
「私がこの句に初めて出会ったのは、市役所に勤め出して間もない頃、当時の市長さんの訓示で聞いたのが最初です」
「ほう……」
「新人研修の時でした。市長は、新卒の私たちを前に、この句を紹介されました。しかし、やはりと言っては何ですが、この句を知る新人職員は誰一人居りませんでした。私も含めまして。そりゃ、奥の街道は知ってます。しずかさや、や、五月雨・最上川の句、荒海・佐渡の句等々は知ってました。でも、この、はまぐりの句は、全く知りませんでした。新人が誰も知らない現実を前にして、市長は大層、幻滅されておいででした。私には少々、怒っておられるようにも見えました。多少、強面の市長でしたので」
「ほお……」
「小川君、市長さんは、もしかしたら、君らに対する幻滅や怒りもあっただろうけど、句や大柿の知名度の低さに幻滅・苦悩したのかもしれないねえ。僕の勝手な解釈だけど」
「ええ、今となっては、僕もそう思えます。でも、あの時、大卒の新人当時は、駄目でしたねえ。恐そうな、こうるさそうな年長者が、大柿の小さな話・全国的に知名度の全くない話を、殊更大袈裟に話して、新人職員に郷土愛の押し付けをしているみたいで、たあけらしいわ、と実際少々拒絶すら含みで、僕は聞き流していた様に思います。恐らくは、一緒にいた新人の多くも、僕と同じ様な受けとめだったのではないかと、勝手ながら想像しています」
「ハハハ、やっぱり若者は、いつの時代も、どこの輩も、駄目だねえ。小川君、君や君の周囲だけじゃない。私だって相当に馬鹿だった。この秘書官だってそうだ。今じゃこんなに沈着冷静だけど、彼が若い頃には、私も相当きつく当たったよ。ねえ、秘書官」
「はいっ、それはもう手厳しいお言葉を幾つも幾つも」
「不思議なんだけどねえ、若い頃に動けない人物で、将来大丈夫かなあと、周囲に思われていても、意外に分からないものなんだよ。何年かして気がついたら充分動ける人物になってる。もちろん皆が皆じゃないけど。多分、厳しさ辛さに耐え続けた、辛抱しつづけた人物には、自分も周りの他人も気づかないうちに、色んな力がついてるんだろうねえ。それは私、本当にそう思うよ……」
午後2時からの市長らとの会談後、4時からのお忍び視察。時計は既に5時を指していた。
「総理、他にも色々ご紹介できると良いのですが、如何せん時間がございません」
「そうだねえ。7時から会見だからねえ」
会見については既に、本日午後7時から、総理の緊急会見が有ると、昨日来、新聞やテレビ等で全国にPRが為されている。時間は限られていた。
「総理、秘書官、ご覧ください。あそこにビルがございます。」
小川が、すぐ近くの街中にそびえる一際背の高いビルを指差した。
「あるねえ。さっき、駅から市役所へ来るときに、駅前通りから見させてもらったよ。大柿に向かう電車の中からも、よく見えていた。白い、綺麗なビルだ。窓の感じも我々昭和の人間には落ち着いて見られるタイプのビルだねえ」
「あれは、大柿郷立銀行の本社ビルです。17階建です。築約50年になります。今では大柿市を代表する景観遺産に指定されています。最上階に展望ラウンジがあるんです。大柿が一望できますので、今からあそこをご紹介いたします」
「それは良いねえ。一望できるとは」
「はい、大柿のみならず、西濃(西美濃)一帯、西は伊吹・養老の山々、北には揖斐・奥美濃の山々が並び、北から東の遠くには長野県境の御嶽山・乗鞍、恵那山をはじめ北アルプスの峰々、それらが東・南に向かって濃尾平野を囲んでおります。名古屋の高層ビル群も見えますし、名古屋港・伊勢湾が見える場合もございます」
「なんだか壮大な景色が見えそうだねえ。その壮大な景色の中心が大柿の街なんだね」
「はい、そうです。以前は単なる展望室でしたが、近年ちょっとしたラウンジ風にリニューアルされましたので、多少の休憩にも良いですよ。今日はお疲れでしょう。夜の会見もございますし。それにしても、突然、この大柿から、一体どのような会見を」
「あ、いや、まあ……」
「じゃあ、小川君、総理を頼んだよ。私は記者会見の会場準備に行ってくるから」
「えっ、私一人で、ですか?」
「何かの時には、あの4人に助けを求めなさい」
「……」
「秘書官、誰なんだね? あのマスクの4人は」
「大柿出身のプロレスラー中村航一、同じく作家の棚橋弘史、写真家の吉岡勇気、救急救命士のユウタ・アイスの面々です。お忍び行程のSP・記録係を頼んだところ、急な事にもコロナ禍にも関わらず、快諾してくれたんです。東京からずっと同行してくれていました」
「へぇ。ちっとも気づかなかったよ。マスク姿とはいえ、気配を隠すのが上手すぎるんじゃないか」
「古来、平地の稲作地帯で生きる人々は、結束や同調が不可欠のため、あまり目立たない性分になる場合も多いですからねえ。大柿辺りも稲作地なんです。海沿い・山間ならば勇猛盛んとなるケースも多い気がします。あくまで私見含みの一般的な見解ですし、前近代的な話ですが。そうそう、先ほどのゆるキャラ『おおがっきぃ』の中には俳優の大野将多、『おあーむちゃん』には女優の細川茂華が入ってくれていて、我々につかず離れずで、見守り盛り上げてくれているんですよ。ではっ」
「何とも有難いことだねえ。了解した。じゃあ小川君、単独で緊張するだろうが、よろしく頼んだよ」
大柿郷立銀行の1階ロビーでは若手の女子行員が二人の来訪を待ってくれていた。
「大柿市役所の小川です。こちらは(マスクでわからないでしょうが)、総理です。マル秘でお願いします」
「ハッ、お待ちいたしておりました。エッ、こちら、総理なのですか?」
行員は少し慌て緊張した様子でエレベーターに向かい、2人を誘導した。
「今日は先ほど来、何故だか行内が慌ただしく、上司も出張っておりまして、若輩の私でご容赦申し上げます」
「いやいや、今、市役所でも年配の面々と会談してきたばかりだから、若い方と話せて光栄ですよ。銀行のお仕事はいかがですか?」
「はい、まだ3年目で何も分からなくて。正直に申し上げますと悩んでいます。事務の仕事には慣れず、人にも慣れず、私はこのまま、この職場に居て良いのか? この人生を続けていて良いのか? 他の生き方もあるのではないのか? と。でも、かといって、他に特別にやりたい事があるわけではなくて」
「ハハハ、皆、そんなものですよ。若者は皆、悩む。悩んで良いと思うよ。私だって若い頃は同じだった」
「はあ、そんなものでしょうか」
17階の展望ラウンジからは、広大な景色が見渡せた。
「よく見えるねえ。あれが大柿城、大柿駅、市役所、あの辺りが今歩いた芭蕉の地かな。山もそびえてるねえ。夕日がまぶしいよ」
「総理、あの一際大きい山が伊吹山です」
「いいねえ、男性的な佇まいだ」
「はい、しかし、こちら岐阜県側から見ると男性的なんですが、逆に向う側、滋賀県側から見ますと、女性的というか中性的と言いますか、なだらかな曲線の山肌が際立つ感じなのです、伊吹山は」
「なるほど、山も色々な側面があるんだね。人間と同じで」
(チーン……)奥でエレベータの音がした。
「総理、よくお越しくださいました」
ふと、大柄で恰幅の良い男性が一人現れ、総理と小川の方へ歩を進めながら、にこやかに話し出した。
「当行へようこそ。総理の突然のご来訪に驚いています。誠に有難い限りです」
そう言いながら男性は、総理と小川に肘握手の仕草を向けた。
「(マスク姿で一瞬わかりませんでしたが)総理、この方は、大柿郷立銀行の堤頭取です」
「おお、そうでしたか、こちらこそ、突然お訪ねいたしまして、最上階から大柿を一望させていただき、有難うございます」
「今、お2人は、伊吹山のお話し中だったご様子。私も大好きな山です。地元の見馴れた山と言ってしまえば、それまでですが」
「実に威厳ある風貌の山ですねえ」
「標高約1300メートル。伊吹山は、特別に高い山ではないのですが、それゆえに、かえって、あの風貌以上に、非常に厳しい側面をも併せ持つ山なのですよ」
「ほう」
「晩秋から春終わるまで、この辺りには強い西風が吹き荒れます。通称『伊吹おろし』です。午前中は穏やかな晴天であっても、午後から夕方に向かっては、西から暗い雲の勢力が張り出してきて、ビュービューと強風が吹いてきます。冬の夜には、バターン、ドーンと、家屋に強風がぶち当たる音がうなり声を轟かす日もあります。そんな夜の翌朝には、辺り一面すっぽり雪化粧なのです」
「伊吹おろし、ですか」
「総理ご覧ください。伊吹山の隣、あの辺り、全体的に山が低いでしょう。あれが関ノ原の辺りなのですが、あの低い部分が大きな谷の状況となって、両側の山地に突き当たった遠く日本海からの北西風を一身に集め、天然のビル風となって、こちら西濃地域に強風を突き放し、送り込むのだろうと思います。伊吹おろしの冷たい強風は、大柿、西濃のみならず、愛知県の尾張、名古屋、三河辺りまで吹き荒れます。ここから見えるほとんどの地域は、伊吹おろしの影響下にあると言って良いでしょう」
「大柿や、周辺の人たちは先史来、冷たい伊吹おろしに耐え、くらしに活路を見出してきたのでしょうねえ」
「私もそう思います。そして、そんな地域の銀行として郷土の方々と共に歩んできたのが、この大柿郷立銀行です。しかし、高度成長以降、時代は急速な変貌をとげ、益々変化の度合いも増しています。当行は地方の一銀行に過ぎません。生き残り、発展を目指して私も努力してきました。しかしある時、若い行員に発言された事があるのです。(大柿郷立銀行の名前では、全国や世界への浸透が難しいです。皆、大柿のことを殆どご存じないのです。)と……。地元に根差した地域銀行です。大柿の名前を外すことは、考えられません。名前の変更・検討は、さすがに難しい課題でした。しかし、我々昭和の世代や地元出身者のみではとても行き着くことのなかった課題提起でした。おかげで、時代の助けも借りながら、OKBという英略の名前が生まれました。銀行は今後、時代の中でどのように存続存在していくか、難しい未来ですが、若者が立ち向かってくれることでしょう」
「そうですよ頭取、若者はやってくれますよ、必ずね。大柿市の小川君もねえ。何だ? チョッと苦笑いかね? 大丈夫、君の人生で可能な範囲、粘り強くやることだ!」
「では、若者談義の末に、手前味噌ながら」
そう言って頭取は、展望ラウンジ常設のピアノを奏で始めた。
(頭取はピアノも弾くのか……)
大柄な男が飄飄と軽やかにピアノを奏でる。その演奏の窓外では、風船が一つ、ゆらゆらと上空に上っていくのが見えた。
(珍しいな、あんなにも真っ直ぐに風船が昇っていく。今日は『伊吹おろし』も吹いていないようだな……。)
窓から下を眺めると、芝生の大柿城公園で、若者が大きな和太鼓を叩いている。その周りを子供たち、ゆるキャラらが囲み、どうやらその子供たちの手から風船が飛び立ち放れていったらしい。
(チーン……)奥でエレベーターの音がした。
「皆さん、そろそろお時間との事です」
「よし、大柿の上空も見させてもらった。行こう」
「あれ、やはりお2人ですよね。私の気のせいか、3人のお声が聞こえたような」
「いや、こちらの銀行の頭取と3人だったよ。ピアノ演奏も頭取だ。あれっ?」
見回しても、周囲に頭取の姿はなかった。ピアノの音はまだ耳に残っている。しかし、その席には誰も居なかった。
「頭取ですか? そんなはずは……」
女子行員は少し怪訝な顔をしていた。エレベーターを降りると、1階ロビーは大慌ての様子だった。お蔭で総理に気づく者さへ居なかった。
「あっ、柘植君、頭取が先ほど病院で亡くなられたんだよ。やっぱりコロナには勝てなかったよ」
「えっ!」
女子行員は即座に驚きをあらわにした。
(?……では、今しがた展望ラウンジで我々が会っていたのは……)
総理と小川は、しばし、それぞれ言葉を飲み込み、お互いの目を見合わせた……。そして、総理が開口した。
「人生、色々。世の中の事象、色々だよ。柘植チャン、堤頭取は生前、君たち若手に向かって、何か話された事など、あったかね? 何か印象、記憶に残っているような」
「そうですねえ、急に言われましても。そう、風を読め、読んだなら翔べ!とか、仰った事がありました」
「そうか、了解した。有難う」
会見場のセッティングを終えた秘書官は、市役所すぐ東の小さな公園に踏み込んでいた。
(この円形のコンクリート構造物は何だろう。直径10m位だろうか、水が入っていれば池なのだろうが、夏の子供用のプールだろうか。宇宙物体が落ちてきたら、大柿の街は、こんな風に月面のクレーターの様に、ポッカリと大きな穴が空いてしまうのかもしれない……。20代の頃の俺の心も空洞だった。仕事は超ハード、人間関係はKY、街を歩けば大都会のコンクリートジャングル。俺は本当にここで生きていけるのか。周囲は楽しそうに、華やかに見えた。12月になれば毎年TVのCMはXmasソング、シンデレラ・エクスプレス。入省2年目の年の暮、俺は抜け殻のようになった心身で、やっとの思いで大柿に帰省した。そして、家族や同級生に励まされ、それでも本当は辞めたくて仕方なかったが、どうにかこうにか、足をひきずる様に年明けの新幹線で上京した。土俵際に追い込まれた力士が俵に足をかけて、死にもの狂いで踏ん張っている様に、俺はただ、東京での苦しい日常に必死でしがみついていた。そういえば上京を勇気づけるCMも、JRは流してたな……)
「もしもし、秘書官? 今、銀行から記者会見場に向ってるよ」
「あっ、総理、実は会見場が変更となりました。先ほどの舟町湊は大通り沿いで車の騒音も聞こえます。会見には騒音のない静かな場所の方が良いかと。ありましたでしょう、少し北に広場が」
「あぁ、そういえば、あったねえ。あのお堀の広場の所かね?」
「そうです。水堀川の曲がり角・分岐点といいますか、水路が幅広くなって、水が滞留している所です。滝が流れてましたでしょう」
「おお、そうそう……。あそこは良い。静かな場所だ。さっきも滝の水の音以外、何一つ聞こえてこなかった」
「名称は、『広場四季』です。小川君に伝えて案内してもらって来て下さい。私もそちら銀行方面に向かっています。今、市役所東の小さな公園に居るんですよ。まん丸いコンクリート構造物のある、空っぽの池の様な」
「了解だ。 よし、小川君、すまんね、会見場が変更された。『広場四季』だ。案内よろしく頼むよ」
「そうですか、わかりました。広場四季でしたら、すぐです。ここからですと、先ほどの舟町湊の手前になりますから」
「秘書官は今、公園に。なんでも、空っぽの池のある公園に居るらしい」
「あぁ多分、丸内公園ですね。あれじゃないですか、秘書官は。あそこに立って居られる。あそこ、丸内公園ですよ。」
公園前で3人はおち合った。
「秘書官、このコンクリート・クレーター、昔、大柿駅前にあった池だそうですよ。亀が居たらしいですね」
「えっ本当? あの駅前ロータリーの中心にあった亀の池なの? 移設保存されてたのか。懐かしいなあ、小川君は、知らんよな?」
「ええ、僕はもう知らない世代ですね。話に聞くだけです。」
「あったんやて。亀の沢山いる池が。子供の頃、大柿まつりに来て、それこそミドリ亀や金魚を持って帰る途中、家に帰る電車やバスを、ここで待っとったんやて。ホント、懐かしいわっ!」
「何だ、秘書官、君、大柿出身だったのか?」
「申し訳ありません。話しそびれてまして。今はもう、両親も他界して、実家も跡形も無いんです。故郷と言っても、今ではもう縁遠すぎて」
(うん? 何だ、この感覚は? 唐突に哀しみに襲われてきた。胸も寂しさで満ち溢れてくる。心身全体が重苦しい何かで覆われて、押さえつけられるような感じだ。これは、ノスタルジーやメモリアルのレベルじゃない。これが、これが、もしや『喪失感』なのか。予想外だ。故郷大柿とは既に縁遠い俺が、まさか、不意にこんな感覚に襲われるとは。そうだ、あの頃、俺は、確かに、ここに居た。家族と一緒にこの亀の池の前に居た。亀も、金魚も。他にもお客さんが何人か、この池の前で座っていた。バスやタクシーがロータリーを周回し、駅前通りや水堀川沿いは、家族連れでごったがえしていた。ヤナギン百貨店の最上階、レストランがあって、オムライスを食べた。レストランを出れば直ぐ、屋上遊園地だった。嗚呼、あの頃の大柿駅は、今から思えば古い駅舎だった。少し暗めの待合室。立ち食いうどん屋、ホームのベンチは背もたれが凄く高かったなぁ。そんな色んな物々も、家族や友達の人だかりも皆、この夏にはもう、本当に全て、無くなってしまう。ヤバい、ヤベえ、鼻と頬の間を涙が滴り落ちて流れてくる。マスクで良かった……)
午後6時45分。辺りは既に、概ね暗くなってきていた。
「では総理、簡単なリハーサルを。会見は、こちらでお願いいたします」
「うん」
広場四季の北岸に立った総理が辺りを見回すと、向こうの南岸にはカメラが数台スタンバイしていた。堀の水は静かに滔々と佇み、鴨だろうか水鳥が少々、群れを成して浮かんでいる。
「やはりここは静かだねえ。向こう岸の滝の音だけがこだましている様が実に程よく荘厳だ。他に音は何一つない。ここを会見場にして良かったよ」
「ええ、私も同感です。夜になって少し冷えてまいりました。上着を羽織って頂き、集中・短時間でいきましょう」
「了解した。会見の内容は、概ね先日来のシナリオ通り。それに今日の大柿での感想なども少し挿みながら話すよ」
「よろしくお願いします」
総理側の岸には、秘書官と市長や県知事はじめ職員が数名。そして、中村、棚橋、吉岡、ユウタ、おおがっきぃ、おあーむちゃんらが周囲に目を光らせていた。
「ただいま、マイクの最終テスト中。会見1分前です……」
広場四季の両岸にアナウンスが響いた後、辺りは本当の静寂に包まれた。
(それにしても、市長や政財界のリーダーはじめ、恐らくは殆どの市民が抱いていた感情。大柿の知名度の低さ、特徴のなさ、そしてそれに如何に風穴を開けようと工夫尽力したとしても存する限界。それらが、この事態で一変してしまう。宇宙物体の衝突という緊急事態で、日本全国はおろか、世界の国々に、この会見が中継され、大柿の名が世に広く知らされる。人知の届かない運命には、何事も敵わないものだ。しかし、その後この大柿は……。人は避難したとしても、この地は、この広場は、この水は……、どうなるのだろう。そろそろテレビは、中継映像に切り替わった頃だろうか……。俺が今、震えているのは、寒いからか、緊張か、喪失感からの悲哀か。それら全てと、そして未来をも抱擁する武者震いだろうか)
「10秒前……、5秒前……」
辺りには滝の水の音だけが流れている……。
「では総理、お願いします」
頷 いた総理がしっかりとした足取りで会見の立ち位置に向かって行く。アナウンスが入る。
「ただいまから、土屋総理の緊急記者会見をはじめます」
その瞬間、(カシャ、カシャ、カシャッ)と、一斉にカメラのフラッシュがたかれ、暗がりの水面までもが強い白光で照らし出された。
(バシャ、バシャ、バシャッ……。)それに驚いたのか、堀の奥で水鳥たちが一斉に羽音をざわつかせ、飛び立っていった。水中では大きな鯉の群れが無数の波を立たせてうねりだし、ほんの少し前まで完全なる静寂の様相であった広場四季は、突然に勢い動盛あるホット・スポットに切り替わった。
「内閣総理大臣、土屋です。本日は皆様に緊急のお話を、ここ、岐阜県の大柿市から、申し上げる次第です。大柿市民の皆さん、日本国民の皆さん、そしてまた、世界の皆さんにおかれましては、既に、コロナ禍で大変な状況下です。この上さらに、緊急事態のお話で恐縮ですが、よろしくお願いいたします……」
会見が始まるやいなや、ネット上では大柿について、様々な言葉が自由にやりとりされ出した……。
(大柿の桜、あの場所、私、知ってます。なくなっちゃうの?)
(市民は角俣・上岩津に移住。西濃各地や岐阜県内にもばらけるわけか。他に広域連携してる近隣の滋賀県や愛知県にも各々分散するんだな。僻地・空き家対策なんかにも有効かも……)
(壁の建造って、強度、本当に大丈夫なのか? 壁のすぐ外隣に俺、住んでるんですけど……)
(子供は学校、ギリギリまで大柿で授業、夏休み明けは新天地で、新しい仲間と一緒に授業か……。夏休みだっていつもと大きく違うぞ。何かワクワク感あるな。動物や植物はどうなるんだろう?)
(NASAの計算といっても誤差あるだろ。誤差って琵琶湖に落ちたら滋賀県ずぶぬれだな。粉塵や振動の被害は少ないのが救いかも)
(リニア、ますます加速要!)
(宇宙戦艦ヤマトのハレー彗星ですか?)
(物体衝突後、大柿はどうなるの? 大きな穴ができるの? それとも、物体の形が山の様にそびえて残るの?)
(今年の夏には大柿、兵どもが夢の跡……か。佐渡によこたふ天の川とか、芭蕉とノストラダムスが被るわ)
(分かれて存続といってもなあ、年月経てば角俣市と上岩津市に……。大柿市って、本当に名実ともに無くなるかも)……等々。
……大垣 市役所内市長室 夜8時……
「市長、ネット上では驚くほど様々な感想・意見が飛び交っています。早速、第3セクター『ソフトピア大柿』を中心に情報を集約・整理・解析などして参考・検討してみます」
「未来や明日のためだ。君たち若い力で是非、翔んでほしい。明日には明日の風も吹く……」
……東京 首相官邸 夜9時……
「総理と秘書官、もう新幹線に乗られた頃でしょうかねえ」
「東京駅に迎えに行くのは11時だっけ? おやっ? アメリカからメールが来たぞ……」
「課長、何て言ってきたんです? アメリカは……」
「……、おいっ、君、今すぐ、官房長官を呼んでくれっ!」
俄かに慌ただしくなった官邸では、官房長官はじめ数人が、アメリカからのメールに目を通した。
「よし、総理に伝えてくれ」
「はいっ。わかりました」
「もうすぐ10時か。総理も秘書官も今日はお疲れだろう、まずはメールを転送だ。それっ……」
〈メール文〉
ゼンリャク……日本ノ皆サン、ソシテ岐阜・大柿の皆サン、オハヨー、コンニチハ、コンバンハ。土屋総理ノ会見、私モ見テマシタヨ!
By the way……、最新情報ヲ、ヒトツ……。問題ノ物体ノ話デス。私モ驚キマシタ。物体ノ内容物ガ、徐々二解析解明サレテキテ、ドウヤラコノ物体ノ中ニハ抗コロナ・ウイルス二有効ナ成分ガ多ク含有サレテイルラシイノデス。シカモ、ソノ含有量ハ、地球上ノコロナヲ、ホボ壊滅サセテシマウ程ノ量デアルカモ……ナノデス。デスカラ、我々モ新タナ対応検討ガ必要デス。大柿ノ皆サンモ頑張ッテ下サイネ。コロナ禍デスガ移住モ大歓迎。聞クトコロニヨルト、大柿ニハ、ハリウッド二似タ山ガアルトカ、『キンショザン?』、是非ハリウッドヘノ一時移住、イカガデショウ。ソレニシテモ大柿ノ桜、美シイデスネ。総理会見モ、アッパレ! コノ夏、米国二ハリケーン来襲ノ際ハ、ネーミングシマスヨ。『イブキオロシ』ト。ソウソウ、『オオガッキー』モ良イデスネエ……。全米・全世界ガ注目シテイマス、大柿ヲネ。……、&、物体ノ内容物ノ解析次第デハ、世界二新タナ報告モ必要デス。ソウダ、私モ、大柿二行コウ! 総理、私ト一緒二大柿デ記者会見、オ願イシマスヨ。サミダレノ五月ニハ、ユネスコデ有名な『大柿マツリ』アルデショ? デハ皆サン、ソレマデノゴ健闘ヲ祈リマス! オット、ゴ安心下サイネ。エイプリル・フールハ、モウ少シ先デスカラ……。 大統領 FROM USA
新幹線の車内……。メールの着信音が鳴り響いている……。総理も秘書官も、今は既に目を閉じ、静寂の最中……。暗闇の静岡県内を、新幹線が矢の様に駆け抜けて行く……。真っ赤なテールランプが、しばしの間、闇の中で遠くまで、暖かな輝きを放ち続けていた……。
<終わり>
<備考>あとがき
諸事情あって、先に提出した梗概とは異なる内容の実作で提出いたします。誠にご容赦です。
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