残響

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梗 概

残響

戦争は終わった。だが、佐々木鉄平の耳には、まだ誰かの声が残っている。

鉄平は幼い頃から特定の音に過敏だった。恐怖は消えず、対象が変わるだけだった。今はカラスが怖く、甲高い声に脂汗が滲む。

父と山を歩き、獣を追う暮らし。銃を握れても、音への怯えは克服できなかった。音が自分を縛るのか、自分が音に縛られているのか。地球での居場所をなくした鉄平は、その問いから逃げるように軍へ志願した。

宇宙では、外縁コロニーとの戦争が続いていた。敵は低周波振動で脳を攻撃する共鳴兵器を使用。対抗すべく、鉄平らには振動を中和する「共生体」が埋め込まれた。共生体は宿主を学習し、能力強化を図る。鉄平の場合、音への怯えを異常と誤認し、敵の兵器と同質の振動として外へ漏れるようになった。共生体は鉄平の反応を学習するうちに、過去の怯えの記憶にまで根を伸ばし、共生体自身もまた音を恐れ始めた。どこまでが鉄平で、どこからが共生体なのか。

潜宙艦では静粛が絶対。音を出す鉄平は忌避されていた。ただ一人、衛生兵の誠が近づき親しくなる。靴紐を三重に結ぶ癖のある男で、鉄平のことを信頼していた。

戦闘中、鉄平の緊張が臨界を超えた。共生体が暴走し、艦内へ振動が漏れる。鉄平の危機に誠が駆け寄った瞬間、致死域の振動が放たれ、誠は崩れ落ちた。殺したのは鉄平か、共生体か。

終戦。鉄平は父のジビエ店を継ぐため帰郷する。獣を捌く音が他の音を紛れさせてくれた。

数年後、集合墓前で誠の婚約者、凛と出会う。誠の最期を問う凛に、鉄平は「すまない」としか返せなかった。やがて、凛は鉄平の店を手伝い始める。誠を知る者との日々は、安らぎと罪悪を運んだ。

しかし、凛は密かに軍の記録を調べていた。誠の死の経緯を知った凛が詰め寄る。鉄平の動揺が共生体を震わせ、凛の声が遠のいていく。鉄平が落ち着いた頃には、凛の姿はなかった。

軍の解体により、共生体の除去が可能になったことを知る。だが、摘出後、自分はまだ自分でいられるのか。

手術の前夜、耳の奥で声がした。

「いなくなるのは、嫌だ!」

誰の声か分からないまま、震えが止まらなかった。そのとき、かき消されていた凛の言葉が響いた。

「あなたは誠に似ている。ずっと隣にいたかった」

受け止めきれないまま、除去を決めた。

数秒ののち、静寂だけが残る。

翌朝、カラスが鳴く。身体が強張るも、以前のような緊張はない。代わりに、昔克服した風の音が気になった。恐怖が消えたのではなく、最初からやり直しているようだった。

靴紐を三重に結び、店へ向かう。いつからか、誠の癖が移っていた。

「仕込み、始めますね」

凛の声が聞こえた気がした。

包丁の金属が、かすかに鳴る。音は消えない。怯えも消えない。

鉄平は包丁を握り直す。

「誠なら笑うだろうな。お前が店に立つのかって」

誰かが笑った気がした。凛か。自分か。それとも、まだ残っている何かか。

恐怖も笑いも混ざったまま、今日が動き出す。

文字数:1200

内容に関するアピール

私はミソフォニア(音嫌悪症)の当事者です。特定の音に対して怯えや嫌悪を感じ、脳が勝手に反応して逃避行動に移る。3歳の頃からこの症状と向き合う中で思うことがあります。その音に対する恐怖を克服しても症状は消えない。恐怖の対象が身近な別の音に移動してさらに怖くなるだけではないかと。

本作はその体験をSFに昇華しました。「共生体」という生体兵器は私自身の脳の比喩です。元々自分に備わっている脳の一部なのか、自分に寄生する他者なのか。共生体は鉄平の恐怖を学び、自らも恐れ始める。その共鳴が誠を殺しました。

本作で問いたかったのは存在論的な問いです。共生体を除去した鉄平は、除去前と同じ人間か。仲間を殺めてしまった自分は、手術で消えるのか、残るのか。

結局、恐怖は消えません。それでも、今の自分を受け入れて共に生きる道を探っていきます。ちなみに、鉄平が怖がる音の対象(カラス)と衝動は今の自分とリンクさせています。

文字数:400

課題提出者一覧