梗 概
帰ってきた日本軍
「強い日本を取り戻す!」 テレビ画面の中で市川さつき首相が拳を振り上げたその瞬間、彼女たちは忽然と姿を現した。
南方の密林から帰還した帝国陸軍の末裔、『報国隊』。リーダーの鬼塚凛をはじめとする彼女たちは、1940年代の軍装を完璧に着こなし、「陛下の御為、日本再興の礎とならん」と宣言する。日本兵三世として生まれ、中央アジアの某国で隠れ住んでいたという彼女たちは、市川の言葉に共鳴し、祖国を助けるために現れたと新聞記者の真田に語る。ネットとテレビはその「真の日本人」の凛とした姿を熱狂的に受け入れ、市川は彼女たちを「国を正しく導く聖女たち」として官邸に招き入れた。
歓迎の晩餐会で、市川は鬼塚から、村で採れたという首飾りを贈られ、喜んで身に付ける。会が盛り上がるころ、鬼塚は祖父たちから残された軍事機密を受け継ぎ、天然素材による毒薬・毒ガスなど化学兵器を開発していた。化学兵器を宝飾品に偽装した暗殺道具など、すべて未遂に終わったと不気味なことを話し出す。官邸を去る間際、鬼塚は市川の耳元で囁いた。 「この首飾りを外してはなりません。閣下の国を想う心が揺らげば、この首飾りが閣下の命を滅ぼします。閣下がこの国を取り戻すのです」。
時を同じくして、日本社会に「静かな死」が蔓延し始める。市川の政策に異を唱えるリベラルな文化人、外資系テック企業の日本法人経営者、そして報国隊を時代錯誤の紛い物と嘲笑したジャーナリストたちが、次々と不可解な死を遂げたのだ。ある者は自宅で心不全を起こし、ある者は雑踏で不自然な転落死を遂げる。いずれの現場にも証拠がなく、ただ特有の天然素材の微かな残り香だけが漂っていた。警察も自衛隊も、ハイテク捜査を嘲笑うような天然素材による暗殺の影に怯える。報国隊へ疑いの目が向くが未解決に終わる。彼らの存在が、この国で最も恐怖の象徴となった。
以来、市川の愛国的な言動は加速し、その傍らには鬼塚の姿があった。への恐怖と、周囲で起きる粛清の光景に支配された彼女は、過激な愛国演説や軍事政策を推し進める。鬼塚が仕掛けたのは「恐怖の刷り込み」という心理トリックだった。市川は化学兵器に狙われているという妄想に自ら囚われ、独りでに鬼塚の望む理想の独裁者を演じ始めたのだ。
真の絶望は、この忖度が社会全体に転移したことだった。メディアは彼女たちの清廉さを消費し、企業は外資を排斥して軍需産業へ舵を切る。国会も政財界も、報国隊の視線を恐れて極端な全体主義政策を競い始めた。彼女たちの招待を突き止めるため、真田が、鬼塚たちの祖父が戦地で軍中央に見捨てられた「棄民」であった事実を突き止めたときには、既に日本全体が自ら望んで狂気の檻に入っていた。
数ヶ月後、日本は世界の敵へと変貌した。核武装を匂わせる極東の火薬庫に対し、周辺諸国の連合艦隊が日本近海を埋め尽くし、一触即発の戦火が迫る。
混乱する東京で、真田は鬼塚を捕らえた。「お前たちの目的は、帝国の復権ではない。先祖の私怨による復讐だ」 鬼塚は、遠くで響く空襲警報を聞きながら、冷ややかな笑みを浮かべて真田に告げる。 「あの首飾りは、ただのガラクタですよ。閣下は……いえ、この国の方々は、勝手に怯え、勝手にこちらを覗き込み、勝手に望みの答えを差し出した。その手助けをしただけです」。報国隊は人々の前から消えた。
翌朝、東京の上空を異国の戦闘機の音がひびいた。
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内容に関するアピール
恐怖は人の心だと考えました。人気取りのため、勇ましい私欲のために、偽装していると、いつの間にか取り込まれてしまう。
最近読んだ、小野田中尉の暴露本をベースに、現代の日本に日本軍人がよみがえってきたらを考えてみました。フィリピンで終戦を知りながら殺人を犯して現地で逃亡生活をしつづけた小野田さんを、帰国後、マスコミメディアが英雄と取り上げたという話から着想を得ています。
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