殺意の申請不備につき

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梗 概

殺意の申請不備につき

復讐が合法化された近未来。

主人公・大石公男は、妻を奪われた恨みから、バイオテック企業の社長・吉良黒造に復讐を誓い、「西新宿ハンムラビセンター」に通う。全国のハンムラビセンターでは、動機や凶器、殺害計画などを事前申請することで、私的報復が認められ、費用の補填などを受けることができる。

復讐届の受理間近の大石は、センターの窓口前で困った様子の未亡人・堀部恵令奈と出会う。大石は堀部に復讐手続きの要点を教え感謝されるが、説明中にパンフレット記載の補助金をいくつか見逃していたことに気づき内心凹む。

晴れて大石の申請が受理されると、「共犯者ドロイド」が届く。共犯者ドロイドは、提出された申請書類を学習し、復讐をサポートしたうえ完遂後は切腹して自壊することで憎しみの連鎖を断ち切る役割を持つ。しかし大石の共犯者ドロイドは絶妙にポンコツで、「その凶器は許可外です」「その建物には侵入できません」など水を差すばかりで一向に復讐が進まない。どうやら届け出の際に、数百ページに及ぶ申請書類の圧に、大石が途中から内容を理解するのを諦め、事務AIでそれらしく埋め「えいや」で提出したことが災いしているようだ。

一方、吉良社長は復讐者への反撃が許される「決闘届」を首尾よく提出しており、決闘代行アンドロイドを差し向け、大石を窮地に追い込む。
そこに現れ大石を救い出したのは未亡人・堀部。堀部は申請を完璧にこなし、44体もの高性能ドロイドを手に入れていた。堀部は、夫は吉良の企業が引き起こした薬害によって亡くなったのだと語る。同じ仇を追う大石と堀部は、ともに吉良邸を強襲し吉良を追いつめる。

しかし土壇場で大石は「やっぱり復讐なんてしてほしくない」と堀部を止める。
すると堀部は微笑み、凶器で吉良ではなく大石を刺す。

混乱する大石の目の前に現れたのは、変わり果てた妻・朝乃。堀部の真の目的は、吉良の会社で薬害事件の原因物質を開発した薬学者である朝乃の目の前で、その夫・大石を殺すことだった。
朝乃は、不倫の末に大石の元を去ったのではなく、薬害の責任を一身に負わされ、無数の被害者たちからの復讐を受け続ける存在として生かされていたのだ。殺される度に何度も肉体と人格を再生される無間地獄の仕打ちを見て怒り狂った大石は、共犯者ドロイドとともに堀部に立ち向かう。

激闘の末に大石が死亡すると、目的を達成した44体のドロイドは切腹して自壊。

しかしすべてが終わったかに見えた吉良邸から、二つの人影が這い出てくる。朝乃と、大石の共犯者ドロイドだ。じつは朝乃は失踪前、大石が日常的に使っていた事務AIに細工を施していた。その事務AIが作成した復讐届の申請書類を通じて組み込まれたコマンドによって、共犯者ドロイドは、朝乃に無間地獄を与えるための人格再生システムを利用して、大石の人格をドロイド内にコピーした。

ロボットになった大石と朝乃は、どこまでも逃げていく。

文字数:1200

内容に関するアピール

役所やハローワークに行くと、手続きをミスっているに違いないと不安になります。家電や機材など大きな買い物をすると、どうせお得な割引やポイントのつけ方を見逃して損しているんだろうなと憂鬱になります。幼少期から、いつか何かの致命的なミスで逮捕されるんじゃないかと漠然と怯えています。

そんな事務手続き恐怖をテーマに、大石蔵之介たち47人の赤穂浪士が吉良邸に討ち入り、老人を殺した末に全員切腹するという、よく考えると無茶苦茶な『忠臣蔵』のモチーフを魔分解して組み立てました。

主人公の大石は、大阪人のくせにお得なポイ活などが苦手で、常に「細けえこたあいいんだよ」スタイルで生きている人間なのですが、その分奪われた妻は取り戻す、激怒したら勝率ゼロでも戦うなど人格的にシンプルかつバイオレンスであるところがチャームポイントなので、冷静にバイオレンスな堀部との対比を含めて、人物を魅力的に描きたいと思います。

文字数:395

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殺意は正しく届け出よ

大石公男は復讐を誓った。誰に? ほかならぬ、株式会社KIRAバイオテックのCEOたる吉良黒造にである。なんで。奴は公男から最愛の妻を奪った。ある日公男が自宅に帰ってみると、置手紙があったのだ。私、朝乃は夫に愛想が尽き、より甲斐性のある吉良さんのところへゆきますということだ。公男は激怒した。たしかにおれはギャンブルが好きだ。とくに闘犬、闘鶏、闘カブトムシ、地下格闘など血の出る賭け事が好きだし、その観客席で血気盛んな他の博徒と盛り上がって殴り合いをするのも好きだ。ストリップも好きだ。だがだからと言って、齢2歳になる息子・五郎をさえ置いて、突然消えるとは何事であろうか。朝乃を奪った吉良黒造社長、許せない。断固許せぬ。もちろん、そりゃ奪われたのではなく、奥さんが逃げたんだろうという見方もある。いや、近隣の者からすればその見方が支配的というか、そうとしか見えなかった。しかし、公男だけは一点の曇りもなく、吉良社長、断固許せぬと憤慨していた。殺す。殺意の決意。

 

そういったわけで公男は今、「西新宿ハンムラビセンター」ビル内にいるのだった。通所はすでに10回をゆうに超えており、短気な公男は輪をかけて激高していた。はよう、受理しさらせ、ボゲッ! 今回も、公男の「復讐届」の申請は書類不備につき差し戻しとなっていた。公男は窓口の女性事務員(茶髪)に詰め寄った。

 

「なんじゃワレコレ、なんでアカンのんじゃ、何回申請しちゅう思とんじゃボケナス」

「申し上げておりますように、復讐計画が要件に合致していませんから、何度頂いても不受理になってしまうんです」

「なーにを要件がなんがゴチャゴチャ言うて、ワシはただ吉良の優男の野郎をこの手でいてまいたいとそう言っとるのやないか、シンプルな話やないか!」

「ですから、復讐法では、『同害報復』の原則がありますから! やられたことと同じ重さの報復でないと、認められないんです。大石さんの場合は、誰か殺されたわけじゃないんですから、対象者を殺すことは法的に認められません!」

「なにも殺すとは言うてまへんがな。いてもたる、と言うてまんのや!」

「いてもたるって何なんですか!」

「いてまうはいてまうやがな。キャンいわしたるということや。ケツの穴から腕つっこんで、奥歯をガタガタいわせたる、ちゅうことやがな」

「であれば、いけますよ!『同害報復』が原則ですから。『目には目を、歯には歯を』ですから。大石さんが対象者から、ケツの穴に腕をつっこまれて奥歯をガタガタいわされたという証明が出来れば、復讐計画としてやり返しの申請が可能です。診断書はありますか? この場合、肛門科か歯科どちらになりますかね」

「両方やから、総合病院やね。ってアホ。もののたとえやないか。それくらいブチギレとんじゃ手前はということやないか」

「何ですか紛らわしい。それなら、メンタル・クリニックに行って、ストレスによる心的疾患の診断書をもらってきてください。それからもう一度ガイダンスに戻って申請書を……」

「なぁ~それは殺生やって。嫌やってぇ、また授業受けなアカンの? 勘弁してぇな、コレ姉ちゃんがここチョロチョロっとやな、上手いこと書き直してくれたらええやんか。姉ちゃん、プロなんやろ? チョロチョロっとええ感じに整えて、ええ感じにやっといてよ。その間ワシがドス磨いとったらええやないの」

「だから、殺しちゃダメって言いましたよね。丁寧に説明してあげてるのに。仕事だから口にこそ出しませんけど、話を聴けない人間って私ゴキブリ以下だと思っているんですよね」

「口に出てもうてるよ」

 

 二週間後。

 

ピンポロ、パンポロピン♪

ハンムラビセンターへお越しの復讐者(リベンジャー)の皆様。 全国のハンムラビセンターでは、「応報権特例行使管理法」についての届け出を承っています。「応報権特例行使管理法」は、通称「復讐法」と呼ばれ市民のみなさまに親しまれている法律です。

復讐って、お金がかかる?
復讐って、女性の腕力だと難しい?
復讐したら、復讐し返されてしまうんじゃ?

なかなか知られていない復讐のコト。ハンムラビセンター公式マスコットのフックとシュー太が、手取り足取り教えちゃうよ! 

 

可愛くデフォルメされた死神キャラのフックとシュー太が喋り出す。

 

フック「わが国では、ヨーロッパ先進諸国からはじまった潮流に則り、死刑が廃止されたフク。残虐極まりない死刑という制度に代わって導入されたのが、『復讐法』だフク」

シュー太「『復讐法』においては、『同害報復』の原理原則に基づき、私的報復が限定的に許可されるんだシュー。その背景には、AIの発達による加害のバランス管理の達成と、アンドロイド技術の発達によるわが国伝統の制度たる『切腹』の価値改革が……」

 

アホ。ややこしいことをゴチャゴチャズラズラのたまうなら、マスコット・キャラが喋る意味がないやないか。セリフがなってない。公男は、もはや何度目かわからないガイダンスビデオを見ながらそう思った。このビデオの構成は、芯からなってない。その証拠に、公男のヒザの上で退屈しきった2歳の五郎が暴れている。すべてのビデオはアンパンマンにしてくれなければ、子持ちの復讐者には不便が過ぎるではないか。

 

しかし公男は今日のガイダンスでは寝落ちしなかった。晴れ晴れとした上機嫌に包まれていたからだ。なぜならば公男は、これまで悪戦苦闘してきた復讐届関連の書類を、今回はほとんど労力をかけずにウェブ提出することに成功していた。窓口提出以外に、ウェブ提出も可能であることさえ知らなかった公男が一体なぜ? どんな秘策を使ったというのだろうか? ともかく。これで今日ガイダンス出席のハンコさえ貰えれば、あとは申請の可否を待つだけなのである。そして公男は、今回は絶対に通る、とも思っていた。

ガイダンスが終了し、公男がハンコを貰って振り返ると、美女が一人。机にパンフレットや書類群を広げて、瞳に憂鬱な色を浮かべていた。

 

「美女やないか」

 

と、公男は思った。

 

「何か、お困りですか? わからないことがあったら、なんでもお教えしますよ。ボク、こう見えても復讐届はなんぼも出してますんで。なんでも気軽に」

 

公男が女の机に片手をついて話しかけると、女は一筋垂れた黒髪を耳にかけなおして、公男を見上げた。そして言った。

 

「はじめてガイダンスを受けて、ものすごく複雑なので面食らってしまって……」

「わかります、ボクも最初はそうでしたから。これを一人でやれって酷なハナシっすよねえ。こっちゃ復讐したるゆうてハラワタ煮えくり返ってるっちゅうのに、やってられんでしかしってハナシっすよねえ」

 

 女は、公男の手をとった。冷たく、細い指である。

 

「わかってくださるんですね。嬉しい……。仰る通り、心に穴が開いたこんなときに、むごいことです。そんな風に寄り添っていただいたのははじめてです」

「エヘヘ、そうっすよねえ。で、何がわかんなかったです? この辺の、実施計画資料の編の第3号様式とかむっちゃ書くこと多くてヤバいっすよねえ」

「あ、基本の方の申請一式についてはだいたい理解できたのですけれど、生命保険との兼ね合いがなかなか難しくて」

「生命保険?」

「ええ、復讐の過程で、私が死ぬかもしれないじゃないですか。ですけれども私が加入している保険だと、殺人計画中の死亡は基本対象外になってしまって。応報行為特約付き生命保険に切り替えが必要になるはずなのですけど、その場合の保険料の控除が別枠で適応されると書いてあって……、あ、そう、ここ、ここ。パンフレットにあって。こっちの方が上限額が大きいんですよね。とてもありがたいなあ、と思ったんですけれど、扶養の関係で少し計算がややこしくなってしまって……。しっかりとその他の補助金の課税所得への影響とも整合性をとっておかないと、かえって税金で損をしてしまうことになりかねないな、と心細く思っていたんです。私の死後に遺される家族のためにも……」

 

 はっきり言って公男には、チンプンカンプンだった。というか、嫌な汗をかいていた。保険や税金のことなどこれっぽっちも考えていなかったのだ。女が指し示すパンフレットのそこここに散りばめられた助成金の数々についても、茫漠としている。女の話を聴きながら、昨日、ウェブ提出したけど、なんか色々、損してんとちゃうかな……。と思った。つうか、どうせ損しとんのやろなと。こういうことはほとんど、朝乃がやってくれていたのだ。公男には出来すぎた妻だった。

 

「あのぅ~。ウェブ提出とかも、出来るんで。ええ感じに、なるといいすね! お互い気張っていきましょう」

 

 などと言って公男は退散した。そしてうどん屋に行った。断固として口を開けず、小さく切ったうどんの侵入を許すまいとする五郎をチョップでどついて食わせながら、あの人、むっちゃ美人やったなあ、とか、ワシに気があるんとちがうかな、とか思っていた。後に知ることとなるが、女の名は堀部恵令奈と言うのだった。

 

 玄関のドアを開けると、日本刀を携えたアンドロイドが立っていた。

 公男はゆっくりドアを閉めた。するとドアに日本刀が突き刺さってきて、「ゴッキイ」とかいわせながら玄関を切り開こうとしてくるので、慌ててドアを開けると、アンドロイドは名乗った。

 

「拙者、忠臣ろぼっと ニテ候フ」

 

 おお、たしかにそんなものが来ると、センターで言われていた。ということはつまり、公男の復讐届は、晴れて受理されたのだ。私的報復許可が得られると、復讐者には直接的な復讐行為を代行するアンドロイドが支給される。これは復讐の無限連鎖を防ぐ仕組みだ。忠心ロボットは、申請書類一式の内容を元にチューニングされ、申請者とともに復讐計画の完遂を目指す。そして目的が果たされたら、自ら腹を切って内部の回路を引っ掻き回し、再起不能状態になる。たとえば忠臣ロボットが復讐対象者を殺害したとして、その復讐殺人に対しての遺族らからの恨みは、忠臣ロボット自身が切腹することによって清算するという、わが国伝統のケジメのつけ方を応用したハラキリ・システムである。五郎に忠臣ロボットの腹を撫でさせてやると、硬い装甲に覆われたボディのうちそこだけが、プニプニ、ポヨンポヨンとして、切腹用にやわらかい生体素材でできているのだった。

 

 さっそく公男はおんぶ紐で五郎を背中に括り付け、忠臣ロボットを伴い吉良をいてこますべく出発。株式会社KIRAバイオテックの受付にドヤドヤと押し掛けた。

 

「頼モウ」

「アポイントはどなたとおとりでしょうか?」

「社長ニテ候フ。 拙者ドモ 吉良黒造代表二 用向キ アッテ サン候フ」

「代表は現在テレビ出演中ですが……、お約束の日時は本日でしたか?」

「いちょびっとんちゃうぞ! こっちゃ、本日どころかむっちゃ前からオタクの社長に用があるんじゃい。今すぐ出さんかい!」

「あっ、なるほど! もしかして、大石公男さまでございますか?」

「オヤッ、あぽいんと ヲ トッテイタノデゴザルカ」

「はい、こちらにしっかりと大石公男さまのお名前で、アポイントがございました! 『決闘』対象としての、アポイントが」

 

 一呼吸あいて、受付嬢の顔面に、タテど真ん中に一本線が入った。

パッッックリ!

田舎っぽい芋臭さをたたえる嬢の顔面が、見事に観音開きしていき、メカニカルな内部が剥き出しの戦闘モードに変形した。色とりどりの配線をかき分け、喉の奥からぶっとい注射針がせり上がって登場。カウンターに手をつき、公男向かって一直線にビュッ! 針を突き立てる。反射的にかわす公男。まさしく間一髪。

 

「気色悪っ! なんや自分!!」

 

 受付嬢もアンドロイドなのであった。大理石調のカウンターに片脚を載せて、乗り越えてくる。カウンターにめり込むヒール。

 

「大石公男さま。この度は、復讐の訪問をありがとうございます。大石公男さま宛てに、『決闘届』を受理しております」

「『決闘届』……ってなんやそれは」

「復讐届が提出されますと、復讐対象者は『決闘』を申請することができます。『決闘』が申請されますと、復讐者への反撃が可能になります」

「エッ。復讐の連鎖って禁止ちゃうの!? そう習ったんですけど!」

「たしかに、見落とされがちな制度です。でも法的には、あくまで復讐の精算が終わるのは『切腹』の完遂をもって。『切腹』が行われるまでは、復讐を退けるための反撃は申請さえあれば適法です」

「なんか知らんけどズルッ」

「ご安心ください。あくまで復讐を退けるだけですから。目には目を。歯には歯を。傷つけられていないのに傷つけることはありません。これも麻酔ですし。あくまで許可されているのは復讐者ご本人を無力化し、忠臣ロボットを破壊することだけですよ」

「ま、なんでもええわ。喧嘩したらええんやったらそっちの方がシンプルや」

 

 こんだ、ニーキックが飛んでくる。もちろんヒザもパックリ開いて麻酔針が公男向かってギラリである。瞬間、忠臣ロボットが公男と受付嬢の間にボディを滑り込ませ、脇で挟んでニーキックを止めた。

 

「ゴ無事ニ ゴザルカ」

「お前やるやん!」

 

 すると受付嬢は、挟んで固められた左膝を起点に、右脚で飛び上がったかと思うとそのまま右脚は膝から下がスッポリ抜け、中からぬらっと日本刀が現れた。その日本刀の生えた右モモで三角締めの形で忠臣ロボットの首元に絡みつき、切っ先を突き立てんとする。たまらず身を翻して脱出した忠臣ロボットと受付嬢は、激しい剣戟をはじめた。右脚の刀で斬撃キックを繰り出す受付嬢。パンツ見えてるが、異形すぎてちょっとよくわからない。一方忠臣ロボットは日本刀を鞘から抜くことさえせず、攻撃を受け流すばかりで防戦一方だ。公男は痺れをきらして、

 

「何をモチャついとんねん! はよやってまえや!」

「ソレハ出来マセヌ! 復讐届ニ 攻撃対象トシテ 書カレテ イナカッタ故 守リニ徹スルノミニ候フ!」

「ああん!? 何じゃそれは!」

「普通ハ 決闘代理あんどろいどモ 攻撃対象トスル旨 申請スルノガ常! 何故コレヲ申請ナサラナカッタ!?」

「しるかあっ!」

 

 数日前。公男が再申請用の書類を再び期日直前までほっぽりだしていたころ……。五郎が突然、朝乃の部屋の扉を開けた。部屋は、まだ朝乃がいた日のそっくりそのまま、脱ぎ置かれたジャケットも、紅茶の渋のついたマグカップもそのまま、日々だけが重なっていた。しかしその日違ったのは、朝乃のコンピュータが起動していたことだった。モニターが発光し、「何でもお申しつけ下さい」と文字を浮かび上がらせている。朝乃がいつも仕事で使っていた、エージェントAIである。公男は思い出した。朝乃のやつは、うまいことこいつを使いこなしとったなあ、と。公男は、自室に積まれた復讐申請関連書類をかたっぱしから写メって朝乃のAIに読み込ませると、言った。

 

「チョロチョロっとええ感じに埋めといて」

 

 AIは言った。

 

「かしこまりました。検索したところ、ウェブ提出窓口もあるようでしたので、書類の作成から提出まで、完璧に対応いたします。ご指示いただき、ありがとうございます!」

 

 公男は、「ええやん、こいつ」と思った。そういうわけで、公男は申請の内容を全然把握していないのだった。回想終わり。

 

 ついに膝を折り、壁際に追いつめられる忠臣ロボット。受付嬢は、忠臣ロボットの腹を狙っている。

 

「ちょ! お前がぶっ壊されたらどうなるん!?」

「申請ハ 取リ消シッ……! 最初カラ ヤリ直シニテ候フ! ウグァッ!」

「うそー! あのビデオからやり直し!?」

 

 そらあかんよ! たまらず公男は、受付嬢アンドロイドを後ろからぶん殴った。さらに、さっき脱ぎ捨てられた受付嬢の右脚を拾って後頭部を何発かどつく。受付嬢はよろめいて、カウンターにドサッと倒れこむ。またどつく。受付嬢が火花を散らし始める。「五郎! ションベンせえ。こいつ機械や、ぶっ壊したれ!」……五郎の小便により、煙を吹き完全に沈黙した受付嬢ロボット。

 

「ロボットもAIも、あかんな。いざという時にちっとも頼りにならへん」

 

 そう総括した公男の背後で、受付嬢がグギギギ……と軋み声をあげながら立ち上がった。

 

「わたしを殴りましたね? 被害の詳細を送信……、体裁を整理……、『略式復讐届』をウェブ提出しています……」

 

 ロビー・スペースにいた、腰の曲がった清掃員や、二人組の警備員、電話をしていたビジネスマンが、作業の手を止めて公男と五郎をじっと見つめている。

 

「受理されました。復讐をはじめます」

 

 清掃員も、警備員も、ビジネスマンも、拳を振り上げてゆっくりと近づいてくる。拳は真っ赤に光はじめ、熱を発している。どいつもこいつも、決闘代理アンドロイドだ。ロボットたちが口々に言う。

 

「『略式復讐届』が、受理されました」

「復讐をはじめます」

「ありがとう」

「殴ってくれてありがとう」

「小便をかけてくれてありがとう」

「これで心おきなく」

「殴り返せます」

「目には目を」

「歯には歯を」

「復讐」

「復讐」

「天誅」

「天誅」

「復讐! 復讐! 復讐! 復讐!」

「天誅! 天誅! 天誅! 天誅!」

「「「天誅を下します」」」

 

 こいつら、イカれてる。やり返す? やり返すって、ワシと五郎にか。どうなってまうんや。ワシはタコ殴りされ、五郎は小便をひっかけられてしまう―。忠臣ロボットが二人をかばって立ちはだかるが、背中から見てもすでに明らかにボロボロで―。うおおおおおおお! もうダメだ!

 

 斬撃音。痛みはない。五郎を抱きしめた公男を抱きしめた忠臣ロボット。2人と1体が目を開けると、KIRAバイオテックのロボットたちが、袈裟斬りに斬られていた。白と黒の雁木模様の着物に身を包んだ数えきれない数のアンドロイドが、刀を抜いて立っている。そのうちの一体が、受付嬢アンドロイドの身体を折り曲げて、右脚から生えた日本刀を受付嬢自身の腹にブッスリと突き刺す。血液を模した液体が流れ出る。

 

「アンドロイドどもは、ハラキリすれば機能停止します。こうやって詰め腹を切らせてやればいいんですよ」

「あんたは」

 

 白黒装束のロボットたちが道を開けると、同じく白と黒の着物に身を包んだ、しかし瞳には機械に決して再現できない輝きを秘めた女が現れる。

 

「あの時はありがとうございました」

「西新宿センターにおった姉ちゃん!」

「名乗りそびれていましたが、堀部恵令奈と申します」

 

 吉良黒造CEOの住む屋敷に、47人(体)のアンドロイドと復讐者が向かう。その内訳は、堀部恵令奈と43体のアンドロイド、公男と五郎と忠臣ロボットである。吉良邸は両国にある。ちなみに、この大所帯で地下鉄大江戸線に乗るわけにもいなかいので、堀部が事前にチャーターしていた大型ロケバスで向かっている。バスの中は静かだった。刀の鞘が時折カタリと音を鳴らした。しかし、なぜ堀部恵令奈は駆け付けてくれたのだろうか?

 

「私の仇も、吉良黒造だからですよ。夫は、例の薬害事件で亡くなりました。旧・吉良製薬の薬害事件…‥。覚えていませんか?」

 

 それは公男の記憶にもあった。旧・吉良製薬が発表した悪性腫瘍の特効薬。当時は奇跡の薬と騒がれ、異例のスピードで認可が進み臨床段階に入ったものであったが、後に重大な欠陥が認められたころにはすでに死者が出ていた。当時社長であった吉良黒造の父・吉良重蔵は記者会見で切腹。社名をKIRAバイオテックに改め、息子が代表に就任した。

 

「私はあんな切腹では許せません。腹を十字に掻っ捌いて、腸を引きずり出して見せると言っていたくせに、いざ会見となれば怖気づいて、無様に泣き叫んだあげくにちょっとお腹に引っかき傷をつけたらさっさと介錯されちゃって……。私、テレビで奴の首が落ちる瞬間を見て、爪が手のひらに突き刺さるくらい拳を握り込んでしまいました。あんな切腹で精算したことにして、新代表はのうのうとテレビ・バラエティに出演なんて……。何年も、ずっとふさぎ込んでテレビばかり見ていました。でも、決めたんです。私には、彼を殺す権利がある。与えられた権利なら、しっかり使わなければって」

「気が合いますね。ワシもあの男は許せへんと思うんです」

「そうですね。公男さんにわかってもらえて、うれしい」

「しかしなんでこんないっぱい忠臣ロボおるんです?」

「ええ、ちょっと申請を工夫したんです」

「へえー、そんなんできるん?」

「そんなことより、気を付けてくださいね。向こうには凄腕の弁理士がついてます。また略式復讐届を再申請しているはずです。公男さんとお子さんのこと、屋敷中のアンドロイドが全力で狙いに来ますよ」

「なんやねんな。手続きとか申請とか、そういうのに詳しい奴が強い世の中なんか。つまらんなあ。つか、ウチのアンドロイドだけなんか明らかに性能低いねんな。カタカナでしゃべってるし。この令和の世の中に……」

「全力ノ 討チ入リ ニテ候フ」公男の忠臣ロボットは言った。

「ええ。きっと、全力の闘いになるでしょうね」

 

 バスを降りる。

 アンドロイドたちが吉良邸の門扉を破壊する。

法被姿の庭師や使用人がズラズラと登場し、右腕を抜いて、日本刀をあらわにする。次いで顔面を変形させ針や刀を露出させるが、展開する部位は顔の下半分だけだったり右半分だけだったり、それぞれに個性がある。堀部が言った。

 

「吉良を探しなさい」

 

 雁木装束のアンドロイドたちと屋敷のアンドロイドが一斉に咆哮を上げ、斬り合い、斬り合い、斬り合いに次ぐ鍔迫り合い、そして斬り合い。火花と血を模したオイルが飛び散り、切断されたロボットの指や手足が舞い踊る。無表情、あるいは表情など読み取れないほど変形した顔面に見えるアンドロイドたちだが、その本性は戦闘マシーンであるのか、どの機体も、どの瞬間よりも、生き生きと全力で大笑いしているように感じられる。

 そんな中、公男は朝乃を必死に探していた。「おるんやろ! 朝乃! 朝乃おおお!!!」バスでもらった日本刀を振り回し、柱を斬り、天井を刺し、障子を斬り―、斬った障子の向こうにいた、味方のアンドロイドまで斬ってしまう。「しもた!」真っ二つになって左右に倒れるアンドロイドの半身ふたつの間から垣間見えた、雪のような肌をした恵令奈が言う。

 

「いいんですよ、公男さん。まだ30体もいるんですから」

 

くそっ! くそっ! くそっ! どこや朝乃!

 

「父ちゃん! めっけた!」

 

 五郎が忠臣ロボットに担がれたまま、つづらを開けて指さしている。

 

「お母ちゃんか!?」

「んーん、おっさん!」

 

 つづらのなかに、パジャマ姿の吉良黒造がいた。密着ドキュメンタリーやクイズ・バラエティで見る通り、たしかに甘い顔立ちと素晴らしく長い手足のプロポーションだ。

「うおお、おった! お前、朝乃どこやったんや!」

 

 公男が吉良を引っ張り出して振り回すが、ふと思って、

 

「ちゅうか五郎お前、喋っとるやん!」

 

 五郎が言葉を習得していた。闘いのなかでも子どもは成長するものだ。堀部恵令奈と数体の雁木装束アンドロイドが、刀の鞘の先にストライプ・スーツに身を包んだ脂ぎった男をぶら下げやってきた。

 

「これはあなたの弁理士ですね? 吉良社長」と恵令奈。

「バカ野郎! 何捕まってんだ! 復讐、復讐だろうが!」と吉良黒造が喚き散らす。

 

 しかし弁理士の指はボンレスハムのようにギチギチに縛り上げられていて、申請書を書くことは難しそうである。吉良黒造は、血反吐を吐きながら、公男や恵令奈に言った。

 

「被害者の会の連中か……!? 畜生が、きちんと窓口を用意してるだろ! 窓口へ行けええ!」

「それでは私の気がすみません。私がこの手であなたを斬り、ドブに捨てなければ」

「ふざけるなああ!」

 

 刀を抜こうとする恵令奈の右手を、公男が止めた。

 

「……公男さん? 離してください」

「待て、恵令奈ちゃん。朝乃を出させんのが先や」

 

 ズラッと雁木装束アンドロイドが公男に刀を向けた。

 

「公男さん、一度しか言いませんよ。今の私は、目の前の男を斬ることしか頭にありません。いくら公男さんでも。斬られたくなきゃ指図はしないでください」

 

 公男は恵令奈の手を離さない。吉良黒造が、吠えるように叫び散らした。

 

「バカが! おれを斬るだと!? 何のための復讐法だ! 何のためのアンドロイドだ! お前がその手でおれを斬れば、直接手を下したことになるぞ! 違反だ! コンプライアンス違反! 後で貴様を血祭に上げられるんだぞ! うちの弁理士の手にかかればな、並の報復ですむものか、ありったけの助成を使って……」

 

 

「そうは及びませんよ。この復讐が終われば私、死にますから。被害の会には、自分で手続きができないご老人や障碍者もいる。彼ら42人の委任状を得て、このアンドロイドたちを揃え、私は討ち入りにきたのです。今日この日を迎えられただけで、私は死んでしまってかまわない。知ってました? こういうのを、無敵の人というんです」

「……おれの罪じゃないだろうが! 親父は腹を切った! カメラの前で立派に切腹しただろー!? なんで貴様らはまだ文句を言ってくるんだ! おれは、どん底に落ちた経営も、企業イメージも、回復させたまでだ! 必死に働いただけだろ! おれは、いつまで許されないんだよ!」

「自分の罪じゃないって、もう一度言ってみてください。その瞬間に殺してみたい」

 

もうやめえっ!! と叫んで公男は、堀部の肩を掴んで、強引に回転させ、自分の方を向けた。

 

「恵令奈ちゃん、あんたが死ぬってのは、聞き捨てならへんで。世の中、生きとってこその物種や。あんたみたいな美しい人が死んだらあかん。いくらでも幸せになれるんやから。朝乃より先に出会ってたら、ワシが幸せしたったるとこやった」

「………………」

 

 恵令奈が、刀を下ろした。うつむく角度につられて、赤黒いオイルに濡れた髪の束がずるりと垂れた。そして吉良へ向き直り、呟いた。

 

「公男さんを、奥さんに会わせてあげてください」

 

 吉良は言った。

「あそこには……、あそこには、行きたくないんだよ……」

 

 恵令奈が左手を上げて合図をすると、アンドロイドの一体が弁理士の指のロープを解いた。吉良が項垂れて、立ち上がり、部屋の屏風に書かれた風神の手に手を重ねる。弁理士が雷神の手に手を重ねると、重金属が擦れる音が屋敷に響き、足元の畳が動き始めた。みるみる間に床下が開き、地下深くへ繋がる階段が現れた。

 

 階段を降りた先の世界は、思いのほか広かった。巨大な空間の中心に高台があり、その上に黒い人影が一つ。黒い人影の周りを、老若男女の人々が取り囲んで、虚ろな笑みを浮かべている。公男たちが降りてくると、影を囲んだ男女が一斉にそちらを振り向いた。彼らは吉良黒造をその目に認めると、公男たちが彼らを見下ろす台の下に駆け寄って、「吉良だ!」「斬れ!」「斬りたい!」と口々に叫んだ。「やめろ! 寄るな、寄るな!」吉良は心底怯え切った様子だ。

 だが公男は、その先の、高台の上の人影に釘付けになっていた。

 

「朝乃!」

 

 高台の上に縛り付けられているのは、朝乃である。しかし、それはよく見知った朝乃ではなかった。朝乃の肩からは、6本の腕が生えていた。その腕にはそれぞれ短刀が握られている。そして、その短刀で、自らの腹を十文字に切り裂いているのだ。6本の腕のうち1本を使って腹を切り、1本を使って腸を引き出すと、朝乃はがらんどうの地下空間を震わせるほどの絶叫を上げた。すると、梯子をつたって高台に上ってきた一人の男が、日本刀でその首をはねる。

 

「やめろ!!」公男が叫ぶが、朝乃の首はごっとんと落ちてしまった。

 

 しかしほんの少しの沈黙ののち、首を失った朝乃の体は震えだし、腕をそれぞれワキワキと動かして、一本の腕で首を拾って元の場所に置きなおし、一本の腕で腸を集め、一本の腕で血を拭き、一本の腕で着物を整えて、二本の腕で隣のコンピュータの筐体を操作した。

 

「人体の再生を確認。脳波の復活を検知。大石朝乃の人格を、再インストールします」

 

 公男は言葉を失っていた。膝が割れるのもかまわずその場に崩れ落ち、ただ朝乃が6本の腕で切腹と蘇生を繰り返す様を見ていた。そして気づくと、自分の腹から、日本刀の切っ先が突き出ているのが見えた。刺されている。背中側から、誰に……?

 堀部恵令奈が、後ろから公男の肩に小さなアゴを乗せ、耳をくすぐるように囁いた。

 

「公男さん。奥さんはぁ、大犯罪者なんですよ」

 

 公男を刺し貫いたのは、恵令奈だった。

 

「もっとよく見てください。すごいでしょ、何度も切腹して、介錯されて、見事な死にざまです! 吉良の父親とは大違い。それに、再生も上手です! さすが開発者ですよね。ね? 知ってました? 朝乃さん、天才だったんですよ。彼女は研究職で旧・吉良製薬にいた。入ってすぐに、画期的な物質を発見したんです。癌細胞を正常化し、良性のイボに変えてしまうものでした。でも、一定の条件が重なると、ああなっちゃうんですよ。正常な細胞が、異常に出来すぎる。無限の再生がはじまるんです。肺病みだった私の夫は、身体中が肺の泡に包まれてしまいました。ねえ、これが吉良黒造の言う、『窓口』なんですよ。私たち薬害被害者は、この件についての復讐申請を出すと、朝乃さんに腹を切らせて介錯を務める権利を認めてもらえるんです」

 

 公男には、わけがわからなかった。傷口から血液が流れ出ているにも関わらず、身体中の血液が倍にもその倍にも増えて湧き上がり、脳の血管中を押し広げて何一つわからなくさせているようだった。

 

「でも、こんなのって間違ってますよね。だって私は、最愛の人を奪われたんです。じゃあ、仇の前ですることって、介錯じゃないですよね。あの女の、愛する人を目の前で殺すことですよね」

 

 恵令奈は、公男に突き刺した刀をグリグリと捻り、引き抜いた。そして上段に振り上げると―。

瞬間、公男は転がって避けた。そして叫んだ。

 

「おいロボット! 五郎を守れよ!!」

 

 公男は刀を握りなおし、堀部に斬りかかった。身をかわす堀部。無数の雁木装束アンドロイドが公男に襲い掛かった。

 

「あんたももちろん、復讐対象申請済よ!」

「喧嘩は……、書類でするもんちゃう……、己の肉でするもんや!!」

 

 斬。斬。鬼神のごとく成って斬る。公男、数えきれない太刀筋、恵令奈、流星のような切っ先の軌跡。しのぎ。鍔競り、抜刀、刺突、両断、斬新、白刃、見得、いなし、横薙ぎ、袈裟、逆袈裟、転身、回転、飛び込み、刃文、閃光、恵令奈、体捌き、差し足、引き足、残心、公男、唐竹、鍔鳴り、火花、軋み、間断、踏み込み、裂帛、血煙、修羅、修羅、修羅、修羅、修羅、修羅、修羅、修羅。

 

 いつの間にやら、吉良黒造もあっさり斬り捨てた恵令奈。恵令奈の着物の、ざっくり切れた胸元の布の隙間から、紫色のブラジャーが見えた。公男は思った。着物着てんのに、ブラジャー着けるんや……。そう思った瞬間、後ろから2体のアンドロイドに突き刺された。X字に貫かれた公男。そして恵令奈が公男を袈裟に斬り、嬌声を上げた。

 

「きゃははは! 朝乃! 見た!? これがわたしの気持ちよ! 目には目を! 歯には歯を! 私の恨みは無限大なの!」

 

恵令奈はエクスタシーの絶頂に達し、あまりの脳内麻薬に死の到来を感じた。

 

「あなた、今そっちに行くから」

 

 死んだ。

忠臣ロボットは、五郎の目をそっと覆った。

今隠すんかい、遅いやろ。ワシが死ぬときに隠せ……と、公男が生きていたら言っただろう。しかしもうすでに、公男の心臓は完全に止まり、傷口から血を送り出すこともなくなった。血液は、ただだらしなく重力と慣性でべろべろと流れるばかりである。

 

 堀部恵令奈の復讐は成った。申請書に書かれた復讐対象者はすべて死に絶え、恵令奈ももういない。残った24体の雁木装束アンドロイドたちは、静かに日本刀を落とし、懐から脇差を取り出した。そして2体一組になり、片方がひざまずき、もう片方がその背後で刀を構えた。

 2体一組の片方が切腹すると、もう片方が首を落とした。

 残り12体。

 さらに2体一組を組みなおし、同じく切腹と介錯を行う。

 残り6体。

 切腹と介錯。

 残り3体。

 切腹と介錯。介錯役は、2体のアンドロイドを斬った。

 そして最後の一体は、右手で腹を掻っ捌き、左手で自らの首を落とした。

 屋敷は、血とオイルと静寂に包まれた。

 やがて、朝乃の周りにいた復讐者たちも、散り散りに去って行った。

 階段の入り口から、ふわりと光が差した。地上では、朝が来たようだ。

 

 ガチャガチャ、ガチャガチャ。

 スクラップと屍の山から、一体のロボットが這い出した。いや、一体ではない。その腕に、大石五郎を抱いている。公男の忠臣ロボットだ。公男の忠臣ロボットは、屍を漁り、公男の頭部を見つけた。そして五郎と公男の頭を抱いて、ヨロヨロと、高台の梯子に身を預けた。そして一段ずつ梯子を足で掴み、ゆっくりゆっくりと逆立ちで高台を上っていく。

 朝乃の隣に忠臣ロボットはつくと、自らのうなじの小さな扉を開いた。うなじの扉から、二本のコードがニョロニョロと伸びていく。コードの一本は、朝乃の隣に置かれていた、人格再生装置に接続される。そしてもう一本は、公男の首の切り口から、脳髄に侵入する。遅々としてアップロードは進まなかったが、待つ時間はいくらでもあった。忠臣ロボットに、再生された公男の人格がインストールされていく。人格再生装置を通じて、朝乃の声が聴こえた。

 

「ねえ、起きて」

 

 忠臣ロボット、改め公男ロボットが目を覚ました。

 

「うおえー。気持ち割るぅ、吐いてええ?」

 

 

 朝乃は、公男が朝乃のエージェントAIを使って復讐申請書を作るだろうことを見こしていた。そしてその時に、すべてが終わったあとに、朝乃に何度も切腹の苦しみを味合わせるために用意された人格再生装置を使って公男が蘇るように、秘密のプロトコルが実行されるよう仕込みを施していたのだ。KIRAバイオテックに連れ去られる直前にできたのは、それが限度だった。だが、見事な手続きである。朝乃は、公男には出来た妻だった。

 

 ロボットになった公男は、6本腕の朝乃の頬に触れた。朝乃はゆっくりとまぶたを開いたが、その瞳には何もうつってはいない。朝乃は言った。

 

「だーだ……」

 

数え切れぬほどの人格再生脳の回路に上書きされ続けた朝乃の知覚は、ほとんど白紙になっていた。公男は思った。まあ、五郎の妹と考えればええやろう。

 公男は、息子の五郎と、娘になった6本腕の妻を両脇に抱え、階段を上っていく。ロボットになったので、ちっとも重くなかった。公男は、このために自分はロボットになったのだと思った。ずっと地下にいたので、外の光はまぶしくて、そんな感覚はまだあるのかとびっくりもした。

 

「父ちゃん、かっこいい」

 

五郎がまたも喋った。ロボ公男は言った。

 

「お、まだ父ちゃんに見えるか。ほな良かったわ」

 

 大石一家がどこへ消えたか、いかなる公的機関にも把握することができなかった。

 

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