地球のポニー・テール
とんでもない植毛治療があると聞いた。とある大御所タレントの誕生日パーティの席でのことだ。一も二もなく私は新幹線に乗り、治療が受けられるというS市の施設を訪れた。到着して驚いたのだが、そこは神社だった。こんなところでと訝しんだが、巫女にいざなわれて本殿の地下に進むと、不釣り合いに清潔な施術室が現れた。
麻酔から醒めた私が、頭の包帯を気にしながら階段を上ると、本殿には蝋燭の灯りが点されていて、先ほどは見えなかったものたちが見えてきた。夥しい数の市松人形、ひな人形、木目込人形である。日本人形には、ひとりでに髪が伸びるケースがあるとはいうが、いまやこのうち一体の毛根が、私の頭皮に移植されているとは何とも不思議な気分だった。
治療の成果はすこぶる良かった。特に気にしていた頭頂部に逞しい毛が根付き、やがてその範囲が広がって、半年足らずで毛並みを取り戻すことができた。男性としての自信が回復し、仕事をバリバリこなした。
ある晩、夢枕に着物姿の老婆の霊が立った。金縛りに呻く私を見下ろし老婆が黄色い歯で言った。
「あたしはおちゃないだよ」
「おちゃないって何ですか?」私は訊いた。
「落ちた髪を集め歩く江戸時代の職業さ」
「江戸時代の人間が、なんで江戸時代って言葉を知ってるんです?」
「うるさいね。とにかく、あんたの頭に生えとるその髪は、あたしが集めて人形屋に売ったんだ」
「ありがとうございます。一度お礼が言いたかった」
「律儀なのはいいが、忠告してやるよ。あんたは恨みを買ってるね」
「何ですって」
「髪というのは、怨嗟を吸い集めるもんだ。若い男から念を飛ばされているのを感じるよ。そいつの特徴は…」
老婆の話を聞く限り、どうやら恨みの主は、私がプロデュースするメンズアイドルグループの一人、須賀トオヤらしかった。そんな素振りは見せなかったが、トオヤはAGAに悩んでいた。しかし私はそれに気づかず、彼に次々と染髪やパーマを指示し、頻繁なイメチェンを演出していた。トオヤ自身も知ってかしらずか、不安不満がやがて怨念となり私へ向かったのだろう。同じ悩みを持っていた者として、猛省した。
すぐに私は、トオヤをS市の神社に連れていった。治療の結果はすばらしく、トオヤの男性としての自信は回復し、仕事にハリが出た。グループの人気が上昇し、地上波への出演も途切れなくなった。
そんな矢先に、週刊誌にすっぱ抜かれた。
須賀トオヤは、無闇に人を傷つける性愛を同時多発的に行っており、記事は猛烈なバッシングを呼んだ。
私がクライアントに土下座をしてまわり、夜明けにほうほうの体でタレント用の社宅を訪れると、そこには巨大な黒い棒状の物質が屹立していた。
ひどくシュルレアリスム的に見えたそれは社宅をぶち破って天を衝いていた。よく見るとその黒柱は、異常な量の髪の毛でできているではないか。トオヤの部屋に押し入ると、寝室から髪の大波が溢れてくる。柱の始点はベッドに違いない。きっとこれは、須賀トオヤの髪なのだ。
私はヘリコプターに乗り、髪の大樹によって上空に持ち上げられたトオヤの本体に拡声器で呼びかけた。
「聞こえるか!?」
私を見たトオヤは涙声で言う。
「プロデューサー、おれ…、寒い、寒いよ」
「お前は、怨念をもらいすぎたんだ! この髪は、恨みつらみのエネルギーで伸びるらしい。お前は…」
トオヤが目の色を変えて絶叫した。
「グェゲゲゲ、わたしの髪を剃りやがって。このくそ下郎どもが。愛した男と結ばれて何が悪い!あの人を返せ。わたしの髪を返せ!」
「げっ、誰だお前」
「死ネェエ」
まずい。どうやらトオヤに移植された髪の持ち主は相当な怨嗟を抱えていたらしい。パワーアップした髪の怨霊に、意識さえ飲み込まれてしまっている。ヘリからあらんかぎり伸ばした私の手が掠めた瞬間、トオヤの全身がみるみるシオシオに枯れ果てて収縮し、ミイラになってしまった。これではまるでグロテスクに倒立した木人形である。
それから呆然と地上を見下ろした私の目に入ったのは、柱の根本に群がる人々だった。落ちちゃいないか、落ちちゃいないか。そう言いながら、トオヤの髪を引き抜いたり、落ち毛を拾ったりしている。私は気を失ってしまった。
数年後、すっかり芸能業から隠遁した私の枕元に久々に霊が現れた。
「君、あのお婆さんかい」
「わっちはおちゃないになる前は、遊女だったのさ」
老婆の霊は私の生気を吸ってすっかり若返っていた。この調子じゃ私が人形になる日も近いのかもしれない。
「しかし、えらいことになったじゃないか」
あれから、トオヤの髪を拾って勝手に移植する施術が全世界的に流通した。
その上同じように恨みを買って、髪柱と化す男も世界各地で後を絶たなかった。
いまや外を歩けば大抵どこかしら髪柱が視界に入るものだ。
「わっちはこの景色、宇宙から眺めてみたいね」
「そりゃどうして」
「だってこの惑星、そろそろ髷が結えそうじゃないか」
文字数:2000
内容に関するアピール
私は生き物を美しいとよく思います。しかし、私が犬の可愛さや、アスリートの肉体、コウモリの格好良さを書いても本物を見るに及ばないと思い、「髪」という、生物と無生物の中間的な存在をモチーフに選びました。
まず、神社にある、人毛を撚り合わせた「髪綱」をケーブルにして宇宙エレベータを作れないかと思い、その前段を考えるうちに前段だけで1本のショートショートにしました。
須賀トオヤ君に移植され憑りついた髪の持ち主は、夫の元から逃げ出し、離縁状を持たないまま別の男と結ばれようとして剃髪刑を受けさせられてしまった江戸の女というイメージです。
私も髪を大切にする必要のある家系なので、髪にまつわる悩みそのものは茶化さず、男性にとっての髪、女性にとっての髪、他者の髪、奉納された髪、奪われた髪と、様々な髪と人との距離感を描き入れようと思いました。
文字数:363


