梗 概
Show Must Go On
舞台上では、追われる男の逃亡劇が佳境に差しかかる。
男は仲間を裏切ることなく逃がすため、自らを囮にする覚悟を固めつつある。
その役を演じる俳優は共演者への深い集中の中で、
台詞を自身の心の深層から発していたが、そこに異様な“意識の揺らぎ”を感じ、
次の瞬間、観客席の女性の心の声が流れ込んでくる。
彼女は、他者の心が読めてしまうせいで孤独に追い込まれた存在であり、
周囲の雑音に傷つくたび、自分を守るために心を閉ざしてきた。
彼女のテレパシーは暴走気味で、今まさに俳優へと“誤接続”したのだ。
俳優は演技を止めることが許されない。
舞台を中断すれば、観客の女性を守るどころか、彼女が最も怯える“他人の視線”に晒してしまう。
ショー・マスト・ゴー・オンの精神の中、俳優は芝居を続けながら、彼女の孤独や痛みの断片を受け止める。
女性は自分の能力ゆえに、周囲の心の悪意や恐れを浴び続け、逃げるように劇場に来ていた。
だが、今度は俳優の強い集中と誠実な心が逆流し、彼自身の思いまで女性に伝わり始める。
舞台上の男が語るクライマックスの台詞は、もはや台本の文言ではなく、俳優が女性に向けて発する祈りの言葉へと変容していく。
劇中劇の逃亡者が、仲間を守るために孤独を選ぶ場面と、観客席で孤独に耐えてきた女性の内面が重なり、舞台と現実が擦れ合う。
彼女は初めて“他人の心の中に悪意ではなく優しさがある”という経験をし、その瞬間、長年閉ざしていた扉がわずかに軋む。
俳優もまた、役の魂と自身の心の総力を結集して女性の内面を抱擁する。
終演の暗転が訪れ、心の接続は静かに途切れる。
俳優がカーテンコールで客席を探すと、女性はもうそこにはいない。
ただ、ふと胸の奥で柔らかな光が揺れる。
劇場を後にした彼女は、長い孤独の中で初めて「生きてみよう」と微かに思う。
その確信は俳優には届かない。ただ一晩限り、まるで役の魂が伝わっただけでなく、
確かに役の人そのもの生きている人間の深層から抱擁された感触が残り、爆発的な人生初めてのテレパシーの逆流としての観喜を放出する。
劇場という器の中に広がる。テレパシーの波が彼女から俳優へ、俳優から彼女へ、そして客席全体へと静かに流れ込み、劇場から退出する観客の空気の密度を変える。
観客の意識の余韻が劇場外へゆっくりと波紋のように広がり、通りすがりの人々が理由もなく胸の奥に温かさを覚える。それはユングが語った集合的無意識が一瞬だけつながったように、都市の波動が震えた。
文字数:1020




