梗 概
クォンタム・ラブ
西暦2075年。
脳の活動を分子単位で可視化する「量子MRI」が実用化されていた。
人はもう、感情を“測る”ことができる時代。
幸福も、恐怖も、そして——恋も。
小川真珠、27歳。
東京情報生命大学 感情情報学研究所の研究者。
彼女は、恋が脳のどこで生まれるのかを探していた。
「愛のはじまりを、科学で証明できるか」
その問いが、彼女の人生のすべてだった。
そんなある夜。
実験棟に液体ヘリウムを届けに来た整備技師、滝澤青玉と出会う。
量子MRIに利用する生体蛍光タンパク抽出用の蛍が逃げ出した実験棟で、偶然それを追い真珠の研究室で立ち止まった。
蛍の群れが舞う中で、二人は互いの瞳を見た。
——そして量子MRIが、その瞬間を記録した。
脳の奥で、未知の光が生まれる。
名もなきニューロンの共鳴。
その色は、かつて誰も見たことのない“珊瑚色”。
AI解析が告げる。
「この共鳴は、他者との深層リンク反応。発生確率、極めて…。」
真珠は震えた。
「……これは、恋の始まり?」
だが、上層部はこの発見を「感情商品化プロジェクト」に利用しようとする。
“恋のアルゴリズム”を世界に売るために。
真珠は抵抗するが、周囲は冷笑した。
「感情に倫理などない。
君の発見は、社会を変える。」
それでも彼女は、青玉と共に最後の実験を決意する。
量子MRIの最深部、二人の意識をリンクさせる「双方向同期スキャン」。
「もし本当に恋があるなら、あなたの心が見えるはず」
「見えたとしても、触れられないものだよ」
青玉の声は優しかった。
スキャンが始まる。
二人の脳波が融合し、意識が一つに溶けていく。
モニターには、巨大な光の樹が映し出される。
枝のように広がる神経の道が、互いの名を結ぶように輝く。
だがシステムは異常を検知する。
リンクが深すぎる。
境界が消える。
研究所の警報が鳴り響く中、真珠の声が微かに届いた。
「あなたの心を、見つけた。」
次の瞬間、光が弾け、映像が途切れる。
記録データには、二人の脳波が完全に重なった一瞬だけが残った。
誰も解析できない、永遠の同期。
それから数年後。
量子MRIは「愛の記録装置」と呼ばれるようになった。
だが誰も、あの“珊瑚色”の光を再現できない。
青玉の残した言葉が、研究室の壁に刻まれている。
——「恋は、記録できても、再生はできない。」
蛍型ドローンが夜空を漂うたび、
真珠と青玉の光が、どこかでそっと共鳴している気がする。
(約1,190字)
文字数:991
内容に関するアピール
本作は、AI時代の「感情の商品化」というテーマを扱ったSFラブストーリーです。マッチングアプリやAI恋愛相談が普及する現在、人々は「科学で測れる愛」に既に直面しています。本作はこの潮流の50年先を見据え、読者にラブ・ストーリーの形で問いを投げかけます。
特に2台の量子MRIが同期した際の視覚表現(珊瑚色の光/融合する脳波)は感情データの倫理問題を視覚的に理解できる象徴的シーンとして、読者の「恋」の見え方の変容にチャレンジします。
文字数:215




