Happy Choices

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梗 概

Happy Choices

あなたの選択は常に正しいでしょうか?

私たちは、あなたの最適な選択をサポートします。

未来を導く、Happy Choices

 

 

人々はあらゆる選択を自らの意思で行うことをやめていた。

日々の食事、余暇の過ごし方、職業、結婚相手--

すべては「最適な選択」を提示するAIに委ねられている。

「Happy Choices」は圧倒的な人気を誇る生活補助AIであり、多くの人々がその指示に従って生きていた。

 

主人公もまた「Happy Choices」に導かれてきた一人である。

進学も就職も恋愛も順調、大きな挫折を経験したことはない。

仮に小さなつまずきがあったとしても、それは成長の糧として苦痛を最小限に抑えられた“最適化された失敗”であった。

 

しかしある日、主人公はあまりに整えられた日々に物足りなさを覚える。

そんな主人公に、Happy Choicesはあるプログラムへの参加を勧める。

身体能力の向上、精神の鍛錬、仲間との絆――

それらが主人公に与える刺激は計り知れないものであろうと。

 

プログラム会場に行くと、多くの参加者が集まっていた。

その中には主人公の友人の姿もある。

プログラムでは過酷な訓練が続くが、参加者たちは皆、笑顔を絶やさない。

なぜならばこの試練は、Happy Choicesが提示した最適化された苦痛だからである。

 

訓練は次第に実戦へと移り、銃を手にした主人公たちは戦地へと送り込まれる。

銃声が響き、血が流れ、死んでゆく戦友たち。

やがて主人公も、興奮と幸福の絶頂の中で命を落とす。

最後の瞬間、主人公の胸を満たしていたのは揺るぎない満足感であった。

文字数:660

内容に関するアピール

私はchatGPTが好きです。 

翻訳、文章生成、プログラム作成など、彼を使うことで仕事が効率化され、非常に助かっています。

ただし、その便利さの代償として、私は色々なものを手放しつつあるのではないかと危機感を抱いています。

 

本作『Happy Choices』では、その延長線上にある未来を書こうと思いました。

タイパ、コスパ、最適化が大好きな人々が、近い未来、ベストな選択をするためにAIを頼るのではないのでしょうか?

 

昔、私はゲームで攻略サイトを見る奴なんぞ軟弱者だと敵視していましたが、

今では攻略サイトなしでは、取りこぼしがあるのではないかと不安で、ゲームを進められません。

 

人生攻略法をAIが提示してくれたら、人々はどうなるのか。

この作品を通じて「自ら選ぶことの意味」を問い直してみたいと思っています。

文字数:348

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ハッピー・チョイス

 
 あなたの選択は常に正しいでしょうか?
 私たちは、あなたの最適な選択をサポートします。
 未来を導く、ハッピー・チョイス
 
 サムの朝は、ルイスとの会話から始まる。
《おはようございます。本日の体調はいかがですか?》
「別に何ともないよ、いつも通りさ」
 装着されたグラスからは、今日の天気を伝えるルイスの声が聞こえる。
《――…なお、11時からはベガ社との商談があります》
「今日のスーツはどれがいいかな?」
 サムがクローゼットへ視線を移すと、レンズ越しにネイビーのジャケットが強調される。
《こちらのスーツはいかがでしょうか? タイはピンドットのブルーのものがおすすめです》
 ルイスが勧めるスーツに袖を通し、サムは鏡の前で満足げに口角を上げた。
「いいね、今日も素晴らしい一日になりそうだ」
 
 ハッピー・チョイスは、地球上で最も利用されている生活補助AIである。シェアは全AIの約五十二パーセント。仕事の補助や、スケジュール管理、日々の食事に、今日見るべきニュース、恋人選びに、スーパーに並ぶイモの良し悪しまで、あらゆる場面で最良の一手を示してくれる。
「おはよう、サム」
 花柄のワンピースに白いエプロンをした女性は、爽やかな笑顔をサムに向けた。
 サムとダイアナは、結婚して2年になる。ルイスが示した二人の相性スコアは九十五点。サムはすぐに結婚を決断し、ダイアナに猛烈なアタックをした。ダイアナは唐突なアプローチに戸惑ったものの、サムの明るさに惹かれ、最終的には結婚することとなった。
「おはようダイアナ、今日も綺麗だね」
 テーブルには、輪切りにしたレモン、ピンク色のヒマラヤ岩塩をひとかけら、それにホットウォーター、それだけが置かれている。
 新婚の頃は、パンケーキにフルーツ、ヨーグルトなど、彩り鮮やかな朝食並んでいたが、ルイスが言うには、サムにはレモンウォーターが一番らしい。ダイアナとしては不満があったものの、今となっては手間がかからず、正直ありがたいと思っている。
「サム、今日も忙しいの?」
 ダイアナは心配そうにサムのネクタイを整えながら尋ねた。
「今日は早く帰ってこられそうだよ。商談の資料は、ルイスがバッチリ確認してくれたしね!」
 サムは自信に満ちた笑顔を浮かべた。
「そう、今夜はご馳走を用意して待っているわね」
 ダイアナは小さく微笑み、サムの頬にキスをして見送った。
 
 ――その夜、サムの家の中は静まり返っていた。
 ダイニングテーブルの上には、焼き色の美しいミディアムレアのステーキが湯気を立てている。
 ガーリックバターの香りが辺りには立ち込め、皿には彩りを添えるインゲンとニンジンが添えられている。ニンジンのグラッセは、今日のダイアナの一押しであった。
 だがデーブルに並べられた豪華な食事は、ただそこに静かに鎮座しているだけであった。
 サムはじっと、グラス越しに何か遠くを見つめている。
「今日は奮発して、いいお肉を買ってきたのよ」
 ダイアナが笑顔で話すものの、サムはふーんとそっけなく答えるだけ。
 グラス越しにまだ何かをじっと見ている。
 放心状態のサムにダイアナは小さく笑顔を向け、ステーキにナイフを入れた。
「今日は残念だったわね、きっと次はうまくいくわ」
 ダイアナが声をかけてしばらくすると、サムはルイスとの用が済んだのかナイフとフォークを手に取った。
「まぁ、仕方ないさ。これは試練なんだ」
 先ほどまでとは違い、サムはけろっとした顔をしている。
「試練?」
「そう、僕を次のステップに上げるための最適化された試練なのさ」
 サムはそう言って、肉を頬張った。
「ありがとうルイス、分かっているよ」
 サムはダイアナには見えない誰かに話しかけている。
 ダイアナは小さくため息をつき、小さく切った肉を頬張った。
「ん!?」
 サムが目を丸くしてダイアナを見ている。
「このニンジン、すごく美味しいね!」
 サムは肉などそっちのけで、ニンジンを食べている。
 ダイアナはニンジンを口いっぱいに頬張るサムを見て、笑みをこぼした。
「グラッセならたくさん作ってるわ、おかわりする?」
「うん!」
 その晩、サムは鍋いっぱいに作ったニンジンのグラッセをぺろりと平らげた。
「―…ありがとうルイス、ダイアナもあれで満足だったみたいだ」
 
 それから数か月してサムは昇進した。
 話を聞いたダイアナは、思わず声を弾ませた。
「サム、また昇進!? すごいじゃない!」
 サムは少し照れながら答えた。
「当然さ、ルイスの言った通りにやったからね」
「さすがはルイス様ね!」
 その夜、二人は笑いながらシャンパンを開けた。
 グラスを合わせる音と、チキンの焼けた香ばしい香りが、幸せな夜を包み込む。
「ねぇ、サム……そろそろ、子どものこと、考えてもいいかしら?」
 ダイアナはシャワーを終えたばかりのサムに、少し恥ずかしそうに言った。
 サムはタオルで髪を拭きながら少しの間、グラス越しに壁を見ている。
「ルイスは、……なんて言っているの?」
 恐るおそる聞くダイアナに、サムは小さく笑い、彼女の肩を抱き寄せた。
「今は様子を見ようってさ。ほら、最近暴動だとかなんだとか、色々と大変だろう? 情勢が不安定な今は止めておいた方がいいって。でも、近いうちにきっといいタイミングが来るって言っているよ」
「そう……?」
 ダイアナは顔を上げ、サムを見つめる。
「ルイスがそう言っている。今までだって、ルイスの言う通りにしてきて良かっただろう? 今日だって昇進できたし」
「まぁ、そうね」
 ダイアナはため息交じりに微笑み、サムの胸に寄りかかった。
「焦らなくても大丈夫だよ、ルイスが僕たちにとって良いタイミングを提示してくれるさ。僕たち、今だって十分に幸せだろ?」
 サムの笑みに、ダイアナも思わず微笑む。
 二人は寄り添い、部屋の灯りに包まれながら、静かに幸せを確かめ合った。
 
 
 * * *
 
 
 その日、ダイアナは朝からどこか不機嫌だった。
「あなた、今日も行くの?」
 サムはジャケットを羽織りながら、グラス越しにダイアナを見た。
「うん、今日はルイスが上級コースに行った方が良いって言って―…」
「またルイスね」
 ダイアナの声は少し尖っていた。
 サムは最近、ルイスに勧められたサバイバルプログラムに熱中していた。休日のほとんどはプログラムに足を運び、走り込みやら射撃訓練やら、軍隊じみた訓練をしている。
 最初、プログラムと称して浮気をしているのではないかとダイアナは疑っていたが、どうやら本当に訓練を受けているようで、サムの身体はみるみる引き締まっていった。だがダイアナは、サムの関心がすべてルイスに吸い寄せられているような気がして、どうにも気に入らなかった。
「今日はすぐ帰るよ、夜には一緒に夕飯を食べよう」
 サムは笑みを浮かべ、そのまま家を出ていった。
 
 サムの通うプログラム会場は、郊外の森林地帯に設けられており、週末になると多くの参加者が集まっていた。そのほとんどは、ハッピー・チョイスに勧められて来た者たちであった。
 浅黒い肌に短く刈った髪、たくましい体つきに少年のような笑顔をしたひとりの男が、サムに向かって手を振っている。
「おはよう、サム!」
「今日も元気そうだね、カイル」
 カイルとサムはこのプログラムで出会い、すぐに意気投合した。
 二人とも同じような苦労を抱えており、二人は会話は自然とお互いの家庭のことへと移った。
「……でさ、嫁が言うんだ。『私とAI、どっちが大事なの!』って、困ったもんだよ」
 カイルは頭をかきながら苦笑した。
「うちも同じような感じだよ。今朝もなんだかピリピリしてさ、まぁ、ルイスが言うにはPMSらしいけど。とりあえず今日は早めに帰らないと」
 カイルは笑いながらサムの肩を叩いた。
「まぁ、仕方ないさ。女の機嫌なんてそんなもんだ」
 二人は笑い合い、支給された装備を身に着ける。
 そして彼らは、プログラム開始の合図とともに一斉に走りだした。
 
 休憩に入り、サムは少し真面目な顔でカイルに尋ねた。
「なあカイル、やっぱり同じAIを使っている者同士じゃないと、うまくいかないと思わないか?」
「どういう意味だ?」
 カイルは汗を拭きながら、サムの顔を見た。
「最近、ダイアナと話が合わなくてさ。ダイアナも使えばいいのに……」
 サムは幾度となく、ダイアナにハッピー・チョイスを勧めてきたが、そんなものに頼りたくないと言って、ダイアナは一向に使用しようとはしなかった。最近はルイスのことを話そうとするだけで渋い顔をし、よく分からない抗議運動にも参加しているようで、サムも困り果てていた。
「……そうか、でもダイアナはルイスが勧めてくれた相手なんだろ?」
 サムは少し考えるようにして、空を見上げた。
「ルイスは、僕には刺激が必要だから、ダイアナを選んだって言ってたよ」
「刺激ねぇ」
 カイルは笑いながら、サムの背中を叩いた。
「それもまた、訓練ってやつか、面白いじゃないか!」
 
 帰り道、サムはスーパーの棚の前で立ち止まっていた。
 ルイスがすすめる食材リストには、豆乳ヨーグルト、レバーのパウチ、アサイーブレンドジュースの文字が並んでいる。
 サムはそれらを一つひとつカゴに入れ、会計を済ませて家へと帰宅した。
「あなた、これは何?」
 玄関で袋を覗き込んだダイアナが眉をひそめながら言う。
「ルイスが、君はPMSでイライラしているって言ってたから」
「……は?」
 ダイアナは低い声でサムをにらんだ。
「……違うのかい?」
 二人の間に沈黙が続く。
 やがてダイアナは大きく息を吐き、床に視線を落とした。
「……いえ、確かにそうかもしれないわね。最近、どうもイライラしてたから」
 サムは笑顔でダイアナの肩を抱いた。
「今日は僕が夕飯を作るよ、君はゆっくり休んで、ね?」
 サムに促されるまま、ダイアナはリビングの椅子に腰を下ろした。
 ダイアナはしばらく床に視線を落としたまま、その場にじっと座っていた。
「……ねえ、サム、今後のことを話したいの」
 ダイアナは少し震えた声で言った。
「今後?」
 サムはじゃがいもの皮をむきながら答える。
「子供のことよ」
 サムは直ぐに手を止め、じっとダイアナの言葉に耳を傾けた。
「あなた、私との子どもが欲しくないの?」
 サムはしばらく黙ってから、小声で言った。
「ルイスは―…」
「嫌よ!」
 ダイアナの声が鋭く遮った。
「私はあなたから聞きたいの。私との子ども、欲しいの、欲しくないの?」
 サムはダイアナの言葉に少し戸惑う。
「いや、そりゃ、欲しいけどさ。お金のこととか、仕事のこととか、色々と考えないといけないだろう? それに、君の身体のタイミングとかもあるし……」
 サムは困ったように笑いながら続けた。
「ルイスに相談して、これらかどうするか―…」
「もういいわ」
 ダイアナは大きくため息をついた。その顔には、深い疲れがにじんでいた。
 ダイアナはそのまま何も言わずに立ち上がると、寝室の方へと歩いていった。
 寝室のドアが静かに閉まる音がする。
 耳の奥で、ルイスの声が穏やかに響いた。
《サム、気にすることはありません。女性はホルモンバランスの影響を受けやすいものです。時間を置けば、また安定するでしょう》
 少し間をおいて、ルイスの声が続く。
《ただ、あなたとダイアナとの関係性におけるイベントは、統計的にほぼ飽和状態にあります。これ以上、相互満足度の上昇は見込めません。加えて、ダイアナの生理データから判断するに、妊娠の確率は極めて低いと推定されます。感情的・生物学的両面から見ても、ここがひとつの区切りと考えられます》
「区切り?」
《はい。あなたの成長を停滞させないための、最適なタイミングです》
「そうか」
 サムはふんっと小さく息を吐き、しばらく黙っていた。
 静まり返った家の外では、遠くで何かを叫ぶ群衆の声がかすかに響いていた。
 ――政府はAIを規制しろ! 自由を返せ!
 
 数日後、ダイアナはサムの前に書類を置いた。
「サインして欲しいの」
 ダイアナが置いた書類は離婚届だった。サムは書類をしばらく見つめ、静かにうなずいた。
「分かった。君が幸せになれるなら、それが一番だ」
 サムの屈託のない笑顔を見て、ダイアナは眉間にシワを寄せる。
「あなた……、なんというか、その反応はちょっと、どうなの?」
 ダイアナは苦い顔をしている。サムはきょとんとした顔で答えた。
「ルイスが言っていた、執着は苦しみの元だって」
 サムの迷いのない言葉に、ダイアナは何かを言いかけたが、そのまま口を閉じた。
 サムはペンを取り、何のためらいもなく署名欄に名前を書いた。
「これでいいかい?」
 笑顔のまま書類を差し出すサムを、ダイアナはしばらく黙って見つめた。
 サムはグラス越しに笑顔でダイアナを見返している。
 サムは、なぜ自分が見つめられているのか分からないのだろう。
 どうせルイスの言葉がなければ、何も考えられない人間なのだ。
 ダイアナは大きくため息をつき、やがて力なく笑った。
「えぇ、ありがとう」
 それだけ言うと、ダイアナは書類を手に取り、その場を立ち去った。
 玄関のドアが閉まる音がする。
 サムはしばらく微笑んだまま、その場に座っていた。
 
「やったな、カイル!」
 その日、サムたちの班は実戦訓練でトップの成績を収めた。
 射撃精度、行動速度、連携、どれも完璧。
 サムは笑顔でカイルに飲み物を差し出した。
 しかし、カイルは浮かない顔をしている。
「どうしたんだ、疲れたのか?」
 サムは隣に座り、カイルの顔を覗き込んだ。
「いや、そうじゃないんだ」
 カイルはボトルを受け取って、一口だけ飲む。
「サム、昨日のニュースを見たか?」
 サムのグラスに小さな通知が出る。
 ――AI企業アルバ社、爆破テロ被害……
「爆破? こりゃ大変だな」
 カイルは静かにうなずいた。
「つい昨日のことだ。やつら、どんどん過激になってる」
 記事には、反AI過激派組織ブラックアウトの関与が疑われていると記されていた。彼らは、AIによって人間の自由が奪われていると主張し、これまでにも複数の企業施設を襲撃しているという。添えられた写真には、炎に包まれたサーバールームと、黒煙の中を走る救急隊の姿が映っていた。記事の末尾には、彼らの声明の抜粋が載っていた。
 ――『我々は人間の自由意思を奪うAIを許さない』
「俺は、アリ地区で育ったんだ。親父はアル中、母ちゃんは親父に愛想つかして出て行っちまって……、俺は弟と妹を食わしていくのに必死だったよ。高校のときだったかな、ハッピー・チョイスのスカラシップ・プログラムがあってな。そのおかげで今の職にもつけて、二人を大学に行かせることもできた」
 カイルは地面を見ながら、小さく微笑んだ。
「普通なら、今の暮らしなんてできなかっただろうさ。正直、全部、ハッピー・チョイスのおかげだよ」
 サムはカイルの言葉を聞きながら、ふと、遠い記憶を思い出した。
 傷だらけのテーブル。シミと焦げだらけの絨毯。部屋の壁紙は汚れ、ところどころ剥がれていた。冬の朝は、部屋の中でも息が白くなった。いつも使うスプーンは、メッキの剥がれていて、少し鉄の味がした。
 六歳のとき、はじめてルイスの声を聞いた。その日からサムはルイスと毎日話すようになった。友達も家族もいない少年にとって、ルイスだけが心のよりどころであった。
《サム、あなたは傷を抱えているからこそ幸せを感じ取れる。あなたは幸福を掴み取るべき存在なのです》
 誰よりも優しかったその声を、サムは今でも鮮明に覚えている。
 サムはじっとカイルを見返した。
「なら、今度は俺たちが恩返しする番だよ!」
 サムは突然立ち上がり、笑顔でまっすぐとカイルを見た。
「これまでの訓練も、きっとそのためにあったんだ。僕たちでテロリストどもを一掃してやろう!」
 カイルは一瞬驚いたが、すぐに目を細めてうなずいた。
「僕たちで守ろう!」
 二人は強く手を握り合った。
 外では、遠く、抗議デモの声がかすかに風に乗って届いていた。
 
 それからサムたちの行動は早かった。
 サムを筆頭にハッピー・チョイスのユーザーたちによる自警団が組織された。襲撃を受けた他のAIシステムの保護・修復、破壊されたインフラの復旧支援、街の小さなトラブルの解決など、彼らの活動は幅広く、市民のあいだで静かに支持を集め始めていた。そうした活動を通じて彼らの組織は急速に成長、他の被害に遭ったAIとのシステム統合により、情報網も充実していった。
 そして彼らは、ブラックアウトの本拠地とされる場所を突き止める。
 本拠地と思われるその建物は、かつては家族連れで賑わったショッピングモールであった。サムも何度かダイアナと買い物に訪れたことがある。だが今やその面影はなく、地面には爆破で吹き飛んだガラス片と、崩れ落ちたコンクリートの破片が無数に転がっている。一歩踏み込むたびに、焦げ付いた硝煙の匂いがふっと鼻をついた。
「サム、全班配置についた。いつでも行けるぞ」
 カイルを含む隊員たちは、銃を固く握りしめ、息を潜めてサムの指示を待っていた。
 肩は強張り、指先がわずかに震えている。張りつめた空気が肌を刺す。
「そんなに緊張するな、いつも通りでいいんだ」
 サムは隊員達をじっと見て、にこりと笑った。
 緊張でこわばっていた隊員たちの表情に、かすかな笑みが浮かぶ。
「これより制圧作戦を開始する。みんな、遅れるなよ!」
 サムの号令と同時に、隊員たちはモールの地下へと突入する。無数の足音がアスファルトを踏みしめた。
 ――ドンッッ!!
 突然、爆風が叩きつけ、破片が飛び散る。
「アレックスが……、アレックスがやられた!!」
 カイルが叫ぶ。
 爆発の中心にいたアレックスは、もはや人の形を留めていなかった。
 壁にもたれかかったまま崩れた残骸は、かろうじて彼の存在を示している。
「そうか」
 サムは淡泊に答えると、そのまま通路突き当りまで駆け抜けていった。
 素早く壁際に身を寄せ、銃を構える。奥から三つ、足音と荒い息遣いが迫ってくる。
 サムは壁から滑るように身を出し、膝を沈めた。乾いた発砲音が3度響くと同時に3つの影が崩れ落ちる。
 そのときのサムの顔は、笑っていた。まるで遊びを楽しむ子供のように。
「クリア」
 サムの声が響く。
 後ろに続いていた隊員たちがようやく合流する。
「君たち遅いよ、早く奥に―…、ん?」
 地面に倒れた人物の顔が、ふとサムの目に入る。
 ひとりは中年の男、もう一人は若い20代の男に見える。もう一人は女性。彼女はサムのよく知る女性であった。
「ダイアナかな?」
 化粧はしていないが、間違いない。かつて丁寧に手入れされていた髪は乱れ、服も泥と埃にまみれている。
 薄汚れたシャツとジーンズを身にまとった姿は、サムの記憶の中のダイアナとかけ離れて見えた。
 口を半ば開いたまま、虚ろな瞳で天井を見つめるダイアナの額には、サムが貫いた小さな穴があり、血が黒く滲んでいた。
 カイルもその女性がダイアナであることに気づく。
「おいサム、大丈夫か……」
 カイルはサムの肩に手をやり、表情を覗った。
「ん? 何が?」
 サムはけろっとした顔をしている。
「何って、お前……」
 サムは淡泊な笑みを浮かべた。
「大丈夫、さ、奥へ進もう!」
 
 その後の制圧は、驚くほどあっけなく進んだ。
 ブラックアウトの残党は抵抗したものの、数時間後には鎮圧完了。
 外に出ると、空は白み始めていた。焦げ跡だらけのモール跡地に、冷たい朝日が差し込む。
 隊員たちは互いの健闘を称え合う者もいれば、静かに黙祷を捧げる者もいた。
 サムは、少し離れた場所でひとり佇んでいた。
「なあ、ルイス」
 サムは空を見上げたまま、静かにルイスに問いかけた。
「僕は、これから何をしたらいいと思う? テロリストも片付いて、やることがなくなっちゃったよ」
 耳の奥で、ルイスの落ち着いた声が響く。
「サム、お疲れ。やっと終わったな」
 カイルは、緊張のほどけた笑顔でサムの肩を叩いた。
「……そうか」
 サムはレンズの向こうを見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。
「あ、すまん、ルイスと話していたか?」
 カイルは気まずそうに、そっと肩から手を離す。
「あぁ、大丈夫、今終わったから」
 サムはゆっくりと振り向いた。
 カイルはほっとしたように笑い、ボトルを差し出した。
 だが、サムはただじっとカイルを見て微笑んでいるだけで、ボトルを受け取ろうとしない。
「なんだ、どうした?」
 カイルは少し戸惑い、もう一度ボトルを差し出した。
 すると、サムはゆっくりと銃を持ち上げる。
「次は君たちだ」
 サムはいつもの無邪気な笑顔を浮かべた。
 
 朝焼けの静寂を破るように、乾いた銃声がひとつ響く。
 
 
 あなたの選択は常に正しいでしょうか?
 私たちは、あなたの最適な選択をサポートします。
 未来を導く、ハッピー・チョイス

 

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