渋谷の真ん中で歌いたい
改札の前でユカが立ち止まった。
「私、受験に集中したい」
ほっとしたのは、誰かが言い出してくれるのを待っていたからだ。
今日も俺達4人はスクランブル交差点前の歩道で路上ライブをした。
誰も足を止めてくれなかった。
「わかった。じゃあ、バンドは解散しよう」
リーダーである圭介が言った。
俺も春香も頷いた。
「ウチは一人で続けるわ」
春香がのんびりと言った。
「僕も、練習は続ける」と圭介。
「私も、受験が終わったら再開するかも」とユカ。
「じゃあさ、30年後にウチら4人とも楽器続けてたらさ、またここに集まって一曲弾こう」
いいねそれ、と盛り上がった。
「じゃあ、それぞれの人生を頑張ろう」
俺達は半蔵門線、銀座線、井の頭線、東横線に分かれていった。
◆
「ジイちゃん、俺バンドやめたわ」
ジイちゃんはテレビから目を離さずヤレヤレと言った。
「もうちょっと頑張らんかい」
「みんな色々あるんだよ」
「まぁ、今の時代に音楽やるって大変じゃろな」
ジイちゃんは深々とため息を付いた。
音楽を始めたのはジイちゃんの影響だった。
「楽器が弾けたらモテるぞぉ〜」という言葉を真に受けて、ギターの練習に明け暮れた中学からの5年間。結局モテなかったが友達ができた。
ボーカルのユカ、キーボードの春香、ベースの圭介。
いつしか4人でプロになろうが合言葉になった。
路上ライブなる行為を教えてくれたのもジイちゃんだった。
歩道で道行く人に向かって歌を歌うなんて、狂気の沙汰かと思った。ジイちゃんの若い頃にはよくある景色だったらしい。捕まらないのかと聞いたら、目立ちすぎるとお巡りさんに立ち退かされるが辞めろ言われるまでセーフ、なんだと。
「やっぱサビは聞いて欲しいじゃろ。だからイカンなって時のためにBメロ飛ばすサインも決めてたんじゃ。でもBメロも聞いてほしかったのぉ」
牧歌的だなと思った。
今は違う。渋谷を歩く全ての人が完全ノイズキャンセルイヤホンを入れているのだ。
30万人が通過する交差点で、一枚の鼓膜にも届かない。
「母さんは?」
「なんとかっちゅー歌手のライブ」
「あそう」
母は時々ライブに行く。
つまり、好きなアーティストがいて、好きな曲がある。
30年前に人気になったアーティストにはまだファンが残っているし、30年前のヒット曲はまだ再生されている。でも新顔は出てこない。
俺達もライブに出たことはある。客より出演者よりのほうが多かった。
「このライブハウスもそろそろ閉めようと思ってるんだ」
と店長が言っていた。
「今はみんなAIの曲聞いてるでしょ。ストリーミングで。わざわざ人間が弾いた音楽聴きたいって人が減ったんだよ」
そう。もう最新のヒット曲とか注目のアーティストとかそういう概念自体が廃れてしまったのだ。
俺は数学の問題集を引っ張り出した。
「せめて俺達の音楽を一回みんなに聞かせたかったな。5分だけでも」
◆
俺はぼんやりと進学し就職した。
システムエンジニアという仕事だった。
会社で運営しているサービスのプログラムを書く仕事だ。
俺は数度大失敗をした。自分が書いたプログラムのせいでサービスが壊れたのだ。
この会社では従業員が書いたプログラムは全て偉い人にチェックされるのに、それをすり抜けたことが驚きだ。ところでじゃあ、偉い人が書いたプログラムは誰がチェックしているのだろう。
路上ライブは一人で続けた。
たまたま勤務地が渋谷だったのでスクランブル交差点でギターを弾いた。
会社では少しずつ出世していった。そして30年。俺は社長になった。
路上ライブは続けていた。
◆
ある日俺はトラブル担当の社員に休暇を出した。今日はシステムトラブルが起きないからだ。
そして、いつもの場所にギターと機材を持っていくと、そこには先客がいた。スタンドマイクの前に女が一人。キーボードの前にも女が一人。ドラムに男。
俺はその右に立った。
その時、突然通行人たちがキョロキョロと宙を見渡し始めた。携帯端末を慌てて操作し、そして耳からイヤホンを取り出した。
「壊れたかな?」
渋谷ストリームからGoogle社員たちが飛び出してきた。
「社長! Youtubeが止まりました」
俺はしっしと追い払う仕草をした。今忙しいんだ。いいじゃないか、Youtubeが5分止まるくらい。
「なんだクソ」
大学生くらいの青年が悪態をついて横切った。
「Spotifyが止まってるじゃねえか」
俺はSpotify社長に耳打ちした。
「らしいぞ、ユカ」
「マジやばな〜い?」
「おい、Apple Musicが使えなくなった」
「最悪、LINE Musicどうなってるの」
ざわめきが広がっていく。
Appleの社長とLINEの社長が大げさなため息を付いた。
「まずいな、僕も後5分くらいしたら会社に戻らなきゃ」
「ウチも」
俺達3人は圭介にアイコンタクトを送る。
圭介は頷き、手首をスナップさせた。
雨上がりの水溜まりに映る青空を横切る高架。
30年後の5分間が始まった。
文字数:1992
内容に関するアピール
ゴミゴミしてる場所だけど、青春バフで美しく見える感じを狙って書きました。
最後のシーンは、高校生の頃の4人が藤原佐為みたいに憑依しているイメージが浮かんできております。
4人が社長になるより、テロリストになってデータセンターを爆破する方が面白いかなと思ったのですが、どんでん返しの美しさを優先してこっちにしました。
でも、まだ迷ってます。
文字数:166


