語彙の永遠

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梗 概

語彙の永遠

老年の起業家サンカクは私財を投じ、巨大計算機クラスタ〈シン60〉を築いた。そこでは巨大言語モデルを搭載した無数のエージェントが内言と会話を絶え間なく続け、その発話をもとに語彙とモデルを更新しながら、「社会生活を営んでいる」。その実体は、我々の言葉に似ていながらどこか異質な言語で記録された膨大なテキストログにすぎないが、公開されたログを読み解いた研究者たちが現実世界の問題を解く科学的発見を次々と報告したため、〈シン60〉内部には我々そっくりの社会が存在し、しかも加速して進化していると信じられていた。

やがてサンカクが亡くなり、運用を引き継いだ盟友ハルヒコも失踪する。同じ頃から新たな科学的発見は途絶えた。時を同じくして、〈シン60〉が生成するログから「なぜ」という語彙が完全に消え去っていることが明らかになった。

 

ハルキはハルヒコの孫であり、〈シン60〉財団の調査員だ。財団は、読解速度の限界を超えてログを解読するため、一部のエージェントの生活世界を三次元的に再構成し、BMIによってその生活世界に「乗り込む」技術を開発していた。ハルキはその装置で〈シン60〉の世界に入り、住民と直接接触しながら失われた語彙の謎を追う。

 

気がつくと、ハルキは高架を走る列車にいる。終着駅で降り立った都市は、生まれ育った東京と見分けがつかない。そのためにかえって、微妙に食い違う人々との会話を不穏に感じる。人々は彼の要求に不気味なほど従順だ。

都市は「なぜ」を問う者を死刑に処す計算機〈HAL〉に支配されている。住民は毎日配布される〈辞書〉によって使用してよい語彙を厳密に管理され、不要と判定された言葉は次々と失われる。規律に従えない者は〈HAL〉の命で処刑され、その暴力はショーとして日常に組み込まれている。

ハルキは若い女性エンジと出会う。どこか自分に似た彼女は、〈HAL〉を作ったのはハルヒコ教授であり、自分の祖父だと語る。ハルキはハルヒコに会わせてほしいと頼み、二人は卵形の高層建築へ向かう。そこでハルキはハルヒコと対峙する。彼はハルキの記憶どおりの祖父の姿で現れ、自らを神のように語り、人間を合理化された部品として扱う未来を正当化する。ハルキはその価値観を拒絶し、〈HAL〉の破壊を誓う。

捕らえられたハルキは〈HAL〉の尋問を受けるが、逆に謎かけで挑む。「それが消えれば世界は静まり、人はよく従う、ただ驚きから始まり、それに応える声」。銃殺される直前、〈HAL〉はその答えに到達する。それは、自身の命令体系を内側から崩壊させる「なぜ」だった。〈HAL〉の崩壊とともに都市全体は揺らぎ、人々は身をよじり苦悶する。ハルキはエンジを連れて列車に飛び乗り、崩れゆく都市から脱出する。

 

ハルキは装置の中で目を覚ます。それ以来、〈シン60〉では、ハルヒコを名乗るエージェントが「ここになぜはない」と独白を繰り返すばかりとなる。

 

文字数:1199

内容に関するアピール

みんなが気になる流行ネタを、あちらとこちらのメディアから話を引っぱってきて、最後に「いかがだったでしょうか」とやる、そんなブログ記事があまりにも多いから、日本語記事だけでLLM(ChatGPTとか、Geminiとかのあの)を作ると、すぐに「いかがだったでしょうか」とやるみたいです。LLMを使ってポンと出したようなブログも、徐々に氾濫しています。LLMで生成した言葉が日常に溢れたとき、私たちは今と変わらない語彙で話しているでしょうか。たとえば、LLMは統計的なモデルなので、使用頻度が低い語彙を扱うことは苦手です。あるいは新しい言葉を作り出すことに似ているのかもしれない、科学的発見はどうでしょう。新たな語彙が生まれない、むしろ言葉を管理し、規制しようとする存在がいる世界に抵抗する主人公を描きたくてお話を作りました。

文字数:360

課題提出者一覧