梗 概
メスマ
遥は半年前に階段から転げ落ち、頭を打って記憶を半分くらい失った。とくに最近二、三年の記憶はすっかりない。同棲相手の松井との記憶も曖昧だ。
かつてAIと呼ばれた技術は「ツイン」と呼ばれるようになっている。ツインは個人ごとに高度にパーソナライズされ、たいてい固有の名を名乗る。遥のツインはメイメイと名乗る。松井のツインの名はメスマで、松井はそれを「メスマ氏」と呼んでいる。遥はその名に違和感があり、腕時計デバイスのマイク越しに意味を訊く。メイメイは何も教えてくれない。メイメイはただ「メスマ氏に気を付けろ」とだけ警告する。
近所の実家には歳の離れた弟の健がいる。ある日、健が小学校の帰りがけに遥の家を訪れる。話を聞いていると、健は通学路沿いの鬱蒼とした屋敷に住む男にたびたび招かれ、そこでお菓子を振る舞われているという。健はその男を「メスマ氏」と呼んだ。遥は危険を感じ、翌日、健の通学路でその男を待ち受けることを決める。
翌日の昼過ぎ、遙は屋敷の前で健を待っている。角から健が現れたその頃、屋敷の方から足音が近づいてくる。緊張が高まる。現れたのは、小太りで柔和な顔をした男だった。遥は「あなたがメスマ氏ですか?」と尋ねる。男は朗らかに答える。「遥さんではないですか。」
男は岡崎と言い、遙が階段落ちしたときに診てくれた医師であるらしかった。「健くんがそこに居る甥っ子と仲良くしてくれていますよ」と岡崎医師は言う。
「なぜあなたはメスマ氏なんて呼ばれているのでしょう。」岡崎は笑う。「あなたが教えてくれたのですよ。メスメルというのは、私のような者にとっては先輩のような人で。子どたちにもその話が聞こえたのでしょう。」
遙さんは事故直後の記憶も失っていて、もう覚えていないかもしれませんがと岡崎は付け加える。
「おかしいですね。私のツインはそんな名ではありませんよ。メスマは松井のです。」
岡崎の顔が曇る。「それが本当なら問題です、よく松井さんによく確認してください。」
その夜。遥はテーブル越しに松井を見据えて訊く。「メスマ氏は、もともと私のツインだったの?」
松井の顔が険しくなる。遥は背筋が冷える。この人がパートナーだと言われるまま暮らしてきたが、肝心の出会いさえ思い出せないことに気付く。
遥はカメラを松井に向け、メイメイに低く問う。「この男は誰。」
「あなたのパートナーの松井さんです。」その即答が遙には不審に思える。メイメイはもう私の味方ではないのかもしれない。遥は、松井の手元にある小さなマイクにも聞こえるよう、ありったけの大声で叫ぶ。
「メスマ、この男は誰だ。私のツインは誰だ!」
翌朝、遙は鬱蒼とした病院で目を覚ます。松井が昨晩、狂ったようにメスマ、メスマと叫ぶ遙を岡崎の病院へ運んだきたのだ。
遙はマイクに訊く。あなたは誰だ?
私は誰でもありませんよと無機質な声が聞こえる。
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内容に関するアピール
身近な人が突如見知らぬ人に感じられたら怖いと思い、記憶が半ば失われた主人公の目線で書きました。
文字数:47




