異星人なのだけど、うっかり有名になってしまって
君は生まれつき顔立ちが整っていて、家族の誰にも似ていなかった。父と母と兄に共通している、優しげだがぼんやりとしたトーンが君にだけはなくて、子供の頃はルネサンスの彫刻みたいだとしきりに言われた。その容姿は君に人並みの人生を歩ませなかった。スカウトされてわけもわからないうちに子役モデルとして契約した。韓国の事務所で、気づけばアイドルの練習生になっていた。二十歳になる頃に六人組の男性アイドルグループとしてデビューした。
新曲を発表することをその業界ではカムバックと言ったが、今度のそれは米国での活動が増えて、壮絶なスケジュールだった。米国の音楽番組に出たかと思えば、その日のうちに韓国へ飛んだ。歌詞はすっかり英語ばかり、間違えずに綺麗な発音で歌えるだろうかと思うけれど、案外すぐに慣れた。君は中学生のときに韓国にやってきて、誰も知らない街、未知の母音を発しながらハングルを読み始めた。そのときから、言葉はいつでもシャツのように取り替えのきく商売道具だった。
動画サイトにミュージックビデオを出すといつも数万のコメントがついた。君はさまざまな国の言葉で書かれたそれらを、わずかな時間を見つけては一つひとつ読んでいた。他のアイドルは決してそんなことをしない。けれど君は、神父が日々の霊的な営みとして聖書を読むように、それが定めであるように少しずつ人々の言葉を読んでいった。
そして君は、君自身の真実を言い当てているあの英語で書かれたコメントを見つけた。
「彼はわたしたちを研究するために地球にやって来た異星人なのだけど、うっかり有名になってしまって、もう帰れなくなった」
新曲のダンスはいくらかタフだったが、君は顔色ひとつ変えない、華麗に踊る君はいかにも人間離れしていた。しかし、そうでなくて、それは文字どおりの真実であると君は信じてみたくなった。寝る間を惜しんで働いていて、頭がぼうっとしていたのかもしれない。君は、どうして君が家族と全然似ていないのか、どうして君はアイドルになったのか分かったかもしれないと君の兄にメッセージを送った。
スケジュールの隙間に差し込まれるように用意されたファンサイン会で、君は君の兄が来ているのがすぐにわかった。男性のファンは珍しくないが、みなアイドルよりも華やかではないかと思うほど着飾っている。無地で丈の合わない黒いパーカーを着た兄は、人混みのなかでよく目立っていた。
君の兄は、君の前に座ると息を詰めるように言った。
「お願いがある。嫌なことは考えないで、健康を大事にしてほしい。いつ帰ってきてもいいんだ。ウンギョルのことは忘れていい。これから先はずっと普通に暮らしていけばいい」
君の兄はウンギョルの件で心配して、わざわざチケットを取って来たのだ。サイン会が終わったら君はすぐ衣装を替え、またヨーロッパへ撮影に飛ぶ、兄の滞在が君の生活に入り込める隙は、今日この数十秒しかない。
ウンギョルは同じ事務所で、少し年上で、君がはじめて韓国に来たとき、いろいろなことを教えてくれた。別のグループでデビューして、最近は顔を合わせることはなかったけれど、ほんとうの兄よりもずっと兄だった。ウンギョルは二ヶ月前に、車を運転していて電柱に激突した。飲酒運転で、しかも睡眠薬まで大量に飲んでいた。思い返せば、ウンギョルはいつも何かそんなものを飲んでいた。あまりに自然に、鮮やかに飲むものだから、君はそれが異常だと気づけなかった。一命は取り留めたというけれど、君はもうウンギョルと会うことはないのだろう。
変なメッセージを送ったけれど、大丈夫。心配しないでと君は君の兄に向かって言った。でも、ほんとうなのだと言いたかった。君はずっと遠くからやって来た。人がどんなことを思っているのか、考えているのかに興味があった。だから、アイドルがたぶん天職だった。今日もみないろいろなことを教えてくれる、君はだれにでも興味津々で、楽しそうに話してくれるからと言ってみな喜んでくれる。
은결. 漢字ではどう書いたのだろう。君は教えてくれなかった。恩結?まさか。恩潔だろうか。君はアイドルに向いていなかった。サイン会なんかがあるといつも、テンプレートの対応ばかりだと炎上した。君は人のことなんて興味がなかった。君はもっと不毛で、裏表があって、根性がねじ曲がっていた。
君の家に居たとき、君は不機嫌でつまらなそうに、携帯で人々が君について書いた言葉を読んでいた。嫌なことがあるとすぐに仏頂面で、家にいるときは古い金縁眼鏡をかけていて、背筋が悪くて、がむしゃらだった。そんなときも君はほんとうに手先が器用だった。教会で見るマリア像のなめらかな手が魔法のようにするすると動いて、細く長い指先で言葉をなぞった。言葉をもっと上手に使いたかった。君が見つけたみなの痕跡は、ただのたとえだから気にしなくてよかった。
文字数:2000
内容に関するアピール
異邦人の比喩としての異星人なんて、そんな勝手な比喩を使っていいのだろうか。SFのifはSFのifとして書くべきで、つまりSFのifを登場人物の心理の説明や社会批評の道具として(だけ)使うことには思慮深くあるべきで、と思っているのですが。そのようなルールから出発したはずが、物語の運動性に任せていたらどうしても守れなかった。ifにすらならなかった。
修辞としての比喩でなくても、小説の作動には仕掛けが必要で、そこには多くの場合に比喩がもつ力が働いている。そこに付属してしまう「文学的な気分」を全力をかけて取り払っていき、なお残っているものがあれば、それは小説がもち得る美しさであると思っています。もちろん、ただのたとえ話に過ぎませんが。
文字数:316


