建てている

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建てている

 僕はたぶん結構な受け口だ。下顎と頭蓋をつなぐ筋はいつもぼんやりと突っ張っている。これはそのまま首や肩にかけて、もう慣れてしまった肩こりにつながっていく。きっと誰かが僕の体に入れ替わったらその瞬間僕が文字通り背負っている重りにびっくりするだろうな。

 冬の澄んだ昼空に伸びるオレンジ色のクレーンたち。クレーンの先はスパイダーマンの敵のタコの足のようになっていて、建材を今まさに組み合わせてビルを作っている。クレーン群はビルの足元に周囲を囲うように配置されたキャタピラベースから伸びていて、それはかつての建設用車両の名残を思わせる。ベース中央部の小さな青い点滅は無線で接続されていることを示していて、すなわち今向かいの高層階から建築中のビルを眺める僕の神経回路で思い浮かべた通りにクレーンが動いていることを意味する。

 僕は建築家としてそうやって都内のビルを建設してきたけど、まあこれは首と肩、それからアゴが凝る仕事だ。多分集中して歯を食いしばって眺めているからだろう。リアルタイムでイメージしたものをその場でクレーンが造形物として構築していくので、少しの判断の迷いは後でもう一度それを破壊して修正して作り直す手間を生む。そうしたコストは結局建築家サイドが持つことが多いから、無駄な思考や迷いはなるべく持たないようにしている。とにかく一つ一つの現場をミスなく片付けていくことが大切だ。それにしても疲れた。やることが多い。

 

「下顎を持ち上げるようにモノを噛むクセをやめてください。どっちかっていうと、上顎を上から下に放る感じですね。」

「ちょっとピンときてないです。」

「今サトーさんは猫背で首まわりがぎゅっと緊張している感じですね。もう少し頭蓋骨の中にポンと音が響くような空洞があるようにイメージしてみてください。どうです?少し自然と背筋が伸びたでしょう?それからその空洞から上顎をゆっくり降ろすようにモノを噛むようにしましょう。自然と全身が良くなっていくはずですよ。」

 

 整体の帰り道、ミニストップで買ったソフトクリームを縦に吸い上げながら、頭の中の空洞をイメージした。すると、少し周囲の音が聞こえるようになった。

「―今日の夜ご飯はちょっと準備時間かかるから、先に宿題片付けちゃいなさい。」

「―じゃあ宿題終わったらゲームしていい?」

僕は夕飯時の首都トーキョーの生活感を久しぶりに感じた。そういえば僕も昔はこの時間に公園から家へ帰って、お腹を空かせてテーブルでママの作る夕飯を待ったものだった。

 僕は仕事前に鮮やかな水色のキシリッシュを買うことを始めた。それから頭に空洞を思い浮かべて、なるべく軽やかな気持ちでビルを建てるようになった。ガムを上から叩きつけるように噛む時、歯と歯が快いポクっとした音をたてる。その音は鼻の骨の根本から頭の先へ、そしてその先の東京の青い空へ抜けていく。

 僕の作るビルの間取りは、特に天井が少しずつ高くなっていった。何だろう、心の余裕かな。天井がいくらか高いだけで少し気持ちが明るくなるような気がしたから。これからそこに入る人がいくらかいい気持ちで過ごせたらいいな、なんて。

 同僚はほとんど昨年ビルの倒壊に巻き込まれて死んでしまったから、僕がやる分が多いのは仕方ない。結局くるくると言われて50年経ってようやくやってきた。復興はこれからもう少し時間がかかりそう。今日の空はオレンジ。昨年、首都直下型地震。頭の中に空洞をイメージ。みんなの声を聞こう。夕飯、何にしようかな。

文字数:1442

内容に関するアピール

初めまして、今回が一回目の投稿になります。ミュウです。

ミクロからマクロにズームアウトしていくような流れの中で、そのミクロとマクロ両方が同時に見えた時に美しく感じるような状況を描こうとしました。

文字数:96

課題提出者一覧