抗疫(こうえき)の連(れん)

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梗 概

抗疫(こうえき)の連(れん)

「あんた達、阿波踊りを馬鹿にしているんじゃないですか?」
 “連長れんちょう”である父が、怒りを顕わにするのをまいは初めて見た。
 そこは区民会館で、そこに似合わない面々が揃っている。二十二世紀を目前に設立された“新”国連の下部組織である新生WHOの国際感染部局庁の女性が、険しい表情のまま首を横に振る。
「むしろ逆です。あなた方こそ希望なのです」

部局長は自ら日本に赴き、直接、舞達が所属する団体である“暁連あかつきれん”と会談を設けた理由を語った。
 それは“踊りのペストの再来”に対する対抗策の依頼だった。二十二世紀末現在、日本を皮切りに、強いストレスに晒された密集状態の群衆に度々、突発的に“踊り出して止められない人々”が発生している。一方で、爆発的な規模で広がった際は医療機関での鎮静剤投与が間に合わず、少数だがショック死する人間も出ていた。そしてウィルスや菌の感染拡大と違って根本的な予防策がこれまで見つかっていない。
 今回、この“踊疫ようえき”に遭遇し生存者した者は、特定の舞踊の経験や習慣があることが分かったのだ。国や文化圏ごとに効力のある舞踊は違うが、中でも高い免疫効果が期待されたのが阿波踊りだと言う。

舞達は半信半疑のまま、“踊疫”予防対策として疫学的見地からは荒唐無稽すぎて公的な発表ができないまま、密かに政府や広告代理店の支援を得て阿波踊りブームを起こし、「健康増進とストレス抑制の有効手段」を題目に全世界の全世代を相手に踊り文化の拡大を起こしていく。
 だが、そのさなか、ニチブやブレイクダンス、ヨサコイ等々の集団により阿波踊り優遇の裏側が暴露され、公的機関側の関与が明かされる。その経緯に多くの民衆が反発、防疫対策は暗礁に乗り上げる。踊りは強制されては免疫の獲得に繋がらないらしきことが分かるが、民衆の自発的な“踊疫”免疫の獲得は進まない。

舞は、昔から世界中が踊りに目覚めれば、世界が平和になるのでは、と思っていた。けれど、そのために世界を危機に陥れたかったわけではない。

舞は自身の阿波踊りの原体験として、まだ歩き始めたばかりの幼児が、舞の母の阿波踊りを見様見真似で踊り始めた光景を思い出す。誰でも踊り、笑顔になる事が阿波の魅力だった。
『舞い』は元来、祈り願い、『踊り』は自らの力で躍動するもの。舞は自分の使命を直感する。

舞は、全国の“連”や若い様々な踊り手と共にに様々に舞い、踊る、動画と声明を出す。
――どんな踊りでも良いんです。皆さんが心地よさを、リズムを、命を感じる踊りを踊ってください。病気を防ぐ効果があるかは分かりません。でも、踊りは人を傷つけあい、いがみ合うものではなかったはず。

舞達の発信を機に、世界中で踊りによる交流と対話は必須素養となり、その名称である「連=REN」は日本発の概念として定着していった。

以降、“踊疫”は観測されなくなった。

文字数:1199

内容に関するアピール

実際の史実として存在する「踊りのペスト」に対してワクチンのようなものが存在するとしたら、それは予め何かの踊りを習得していることになるのではないか、という発想で作りました。

よろしくお願いいたします。

文字数:98

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抗疫(こうえき)のAWA

踊りが死んでいる。

――ハアラ エライヤッチャ エライヤッチャ

――ヨイ ヨイ ヨイ ヨイ

私の耳小骨にその音を届けているのは人間じゃない。合成音声だ。人による録音ではノイズや揺らぎが入るから、という説明を受けたけれど、それはどこか亡霊に歌われているような感じがして、私はとても辛い。

体育館に響くのは、自分の吐息と足元で踏まれるマットの音だけ。唯一まだ自分が生きていると感じるのは、女下駄の食い込む鼻緒の感触だけ。

周囲から飛んでくるのは、熱の無い録画用カメラの視線と、人々の懐疑が混じった視線ばかり。位置情報マーカーのシールを全身にべたべた張り付けた私を見つめて来る人々の中に見知った「れん」の仲間は誰もいない。母は、父に代わって徳島の連長会に出席するために東京を離れているし、鳴り物頭や踊り方の主要メンバーも空いた穴を埋めるのに必死だ。ここには仲間は一人もいない。

スピーカーから響いてくる合いの手に合わせ、強張りそうな身体を必死にほぐして、型に合わせ、振付を忠実になぞり続ける。口を覆うマスクの下で、私は今にも喘ぎそうになっている。

「あかつきれんの阿波の神髄は、生きた踊りじゃ」

私が子供の頃、父はそう何度も言って、笑いかけてきてくれたことを思い出す。
だが、父はここにいない。もうどこにもいない。
そして、今の私は、死んだ音に囲まれて踊っている。
これで本当に人々を死から救えるのだろうか・・・・・・・・・・・・・・
そう思うと同時に、リピートされていたお囃子が止んで、私の身体がつんのめった。

「カワノさん、大丈夫ですか」

そう言って駆け寄ってきた国連職員だという若い男を手で押し止め、後退り、マスクを外して大きく空気を吸った。
いつもより息が上がって、ゼイゼイと喘ぐような呼吸になった。決してテンポの速い曲ではないが、マスクなんかつけているせいで酸欠になりそうだ。男の後ろで私同様にマスクを着けた連中が、記録された画像を見て何やら渋い顔をしている。
体育館が、実験施設か何かに思えてきた。実際、そう言って差し支えないことを彼らはしていた。全身を覆う身体のラインを浮き立たせる全身タイツのような服も不快だったけれど、何より、踊りを鑑賞ではなく、観察されるのが嫌だった。
一塊になってこちらを見つめる研究者たちが、いくつもの目を持った新種の生物に見えた。
新生物の誰かが言った。誰が言ったのかは分からない。もしかすると機械翻訳音声だったのかもしれなかった。

「ミス・カワノ、もう一度やれますか? お疲れのところ申し訳ないのですが、もう少し動きの記録が必要です」

私はマスクの下で笑顔の表情を張り詰めたまま、少し水を飲ませてください、と言って時間を稼いだ。体幹には自信があったが、もうかれこれぶっ通しで二時間以上踊っている以上、足指と膝を休めなければ、身体を潰してしまう。こんなことをしていて本当に大丈夫なのだろうか。そう思う度、私は自分を奮い立たせてきた。

これは世界が掛かってるんだぞ。人の命も。

けど、それも限界かも。目に見える成果がないと、人間って苦行を続けられるようにできていないと思う。
水のボトルを飲み干し、女下駄を脱いで鼻緒ズレが起きていないかを確かめる。ひりひりするような痛み。それがすり減った自分の心の痛みであるように思えて、気が急いた。

頭の中には電子の唸り声。
目を覚ます時、意識を縛り上げるように再現された記憶の中に蘇る映像はいつも、オリーブの世界地図だ。

平和の象徴である世界地図を頭上に掲げた会議場で演説をしている年配の女性が、何かに気づいて視線を議場の隅に向けるところで、映像は始まる。視線の先では、欧州某国の大使が突然立ち上がり、手足を振り回すようにして奇声を上げ始めた。カメラはそれを追う。
彼は、国際紛争の緊張が高まる中で、孤立無援になりつつあった某国の大使は、その発言が近隣の大国との摩擦を生み出しかねないということで、注目されていた人物だった。しかし、その注目が思わぬ事態を世界に広めることになったのだった。

後に、世界最悪の恐怖と恐慌を引き起こした事象として語られることになる、他に例を見ない舞踏病だ。ハンチントン病やシデナム舞踏病とは、明らかに原因が異なり、突発的かつ不規則に症状を引き起こすその病を、人々はダンス・マカブル・シンドロームや“踊疫”ようえきと名づけ、恐れるようになるが、この時はまだ誰も存在を知らない。

突発的な事態に、その場の全員が茫然と、あるいは擬然とその様子を見つめ、大使の周囲の人間が恐る恐る彼を止めようと歩み寄っていった。大使の声は、奇妙な高音を繰り返し、意味のある言葉になっていないようだった。大きく空いた口は知性を失ってだらしなく涎を垂らし、その視線も全く定まっておらず、空中を漂う不可視の存在を見つめ、追いかけるようにして席を立って足をばたつかせて歩き始めた。
国連の保安局職員が呼ばれるまで、近くに座っていた人々は協力して大使を取り押さえようと彼に走り寄ったが、大使の不可解な怪力に振り回され、そしていつしか同じような大声を出し始めた。
いつの間にか、議場の人々はその多くが大使と同じような動きを始め、それ以外の無事な人々はパニックを起こして逃げ惑った。

唯一、その中で一人だけ、ポリネシアの某国の外務大臣の女性だけが、パニックに陥ることなく、冷静な眼をして席から立ち上がると、狂気に取り付かれたように痙攣し、踊り回る人々を見つめ、険しい表情でゆっくりとその場を後にするのだ。

彼女は、最初の抗体保持者と目される女性で、そして最初の感染媒介者として疑惑を向けられた女神であり死神だった。

「舞!」

空港の搭乗口を出ると、ちょうど母が駐車場の端に止めた電気自動車からこちらにひらひらと手を振っていた。潮の香りと夏の風の中で見る、そのほっとしたような笑顔と軽やかな手の動きに、こちらの方が安心してしまう。
「大丈夫だった?」
その一言で、様々な心配を一度にぶつけてくる彼女の心遣いに、私も笑顔になる。
けれど満面の笑みとまでいかなかったのが分かったのだろう。車に乗り込むと、言い訳とも愚痴ともつかない言葉が、するすると口から滑り出た。
「成果がないのは仕方ないけど、目指していることくらい言ってくれないと参っちゃう。ただただずっと踊り続けるの、いくら阿波が好きでも、ちょっとね」
あんたはよくやってるよ、と母が私の肩を叩き、「連」が合宿所に使っている民宿へと車を走らせてくれた。自動運転機能は完全にオフにされ、彼女のスニーカーは力強くアクセルペダルを踏みつけている。
「あんた、いつまでこっちに、徳島にいれるんだっけ」
母の言葉に、気持ちが余計に沈む。決めていないのだ。大学は夏休みだが、就職は決まっていなかった。休暇を満喫する気分にはとてもなれない。
機械が肉体労働を、コンピューターが演算を、そして人工知能が思考と創造性を人間から奪っているこの時代、この国で、私が熱意を持てる仕事が、あとどれくらいあるのかすら分からなかった。
人は皆、自分の人生を見つけることに苦労している。でも、それはいつの時代も同じなのだ。甘えてはいられない。
いっそ両親の故郷で仕事を見つけられたらと思って、阿波踊りの祭りを理由の一つにこちらへ戻ってきたことに、気後れした。
「そう言えば、あんた宛てに大荷物が届いてたよ。真田さんとかいう人から。ちょうど昨日だから、あんたが東京を出発する前に送ってたんでしょうね」
私は、なんだろ、と呟いてその名前を記憶の中に探った。国連職員の一人、日本人メンバーにその名前を持つ男がいた。いつも、私の体調を気遣ってくれている男だったが、親しく話した仲ではない。私が託した阿波踊りのデータがどう活用されたのか知らないが、結局、強力を申し出た期間中に何も情報が開示されなかったのだから、もう今後も連絡が来ることは無いだろう、と思っていたのに。

まだ世界に私を必要としてくれる存在がいるのかもしれない。そう思うと、もう少しこの問題に身を任せてみようか、と思えた。

解かれていく断片的な電子的記憶が、私にこの景色を見せるらしい、と私は言語化されていない思考で推測する。
 最初期の局所爆発的な感染拡大を逃れたポリネシアの某国の女性外務大臣は、後に仮想的な抗体保持者として調査分析の対象となった彼女には特別な遺伝的形質は存在せず、また、いかなる特殊な抗体や免疫体質も持っていないことが分かっている。
 同様の現象が、様々な、特に政治的あるいは軍事的に高いストレスを受ける現場で散見されるようになると、運営が不安定化する国が増加を始め、世界の地政学的なバランスに、不要な緊張を招くとして各国で情報統制が強化されるようになっていった。
 世界は原因不明の“踊疫”ようえきに対して有効な対策を打てないまま、様々な群衆の中で確実に発生頻度を増していく奇怪な踊りのパニックに怯えて暮らすようになっていった。
 最初に国連の議場で起きた事件の動画が世間に出回ったのが良くなかった。
 映像では最初に“発症”した某国の大使に近づいた人々から順に症状を呈しているようにしか見えず、そのことがこの“踊疫”を飛沫感染し、即座に症状を引き起こすような伝染性急性疾患の一種だと考えたからだった。
 質の悪いことは、それが完全な間違いでもないということだった。この症状は、混雑している人口密集地や、高いストレスを生じさせる環境で往々にして、発見されたからだ。
 最も多くこのパニックが起きたのが、ムンバイの市場、東京の満員電車、そしてダッカの交通渋滞だそうだが、それらを避けても“踊疫”から逃げきれるわけではなかった。
 毎日、どこかで“踊疫”は発生し、そしてそれらを収束するには発症した患者を数人の屈強な人間で確保し、鎮静剤を打って意識を失わせるか、それが無い場合には、筋肉が断裂するか、極度の興奮で脳溢血やショック症状を起こして身体が動かなくなるまで手の打ちようがなかった。

文字通り死ぬまで踊り狂ってしまうのだ。

それはとても恐ろしいことだった。とてもとても恐ろしいことだった。
 だから、私は、この事態を絶対に解決せねばならない。
 私はきっと、そのためにこの世に生まれてきたのだから。
 鋼の肢体を持つ、踊りの申し子として。

「何これ」

送られてきた段ボールを解いた私の前に現れたのは、丸っこくて軽い銀色の金属体だった。そっと触れると、それは休眠状態を解いて、丸っこい身体を立ち上がらせた。
そう、文字通り、立ち上がったのだ。
保育園児程度の身長はあろうか。亀の甲羅みたいに見えたボディから四肢が伸びて、ゆっくりと私達が借りている宿舎の床を踏みしめ、僅かな前景姿勢に変わって、踊りの基本姿勢を取った。
頭にあたる部分には小型のカメラが付いているらしく、その顔はのっぺりした黒い表面で覆われている。亀の甲羅みたいと思ったボディの背面には“AWAーRv”という文字が焦げ付くような痕になって刻みつけられている。まるで刻印だ。

「あらぁ、可愛らしい、ね?」

母の明らかに困惑している声を聴きながら、段ボールの中をひっかきまわすと、案の定、真田さんからの手紙が入っていた。協力を申し出た期間、事情も話せないままに一方的に踊りを要求して申し訳なかった、という丁寧なお詫びと共に、重ねての図々しい依頼で申し訳ないが、このずんぐりむっくりの金属製ロボットに、阿波踊りをおしえてやってくれないか、という内容だった。この小さなロボットが、世界を席巻している正体不明の奇病の蔓延から、人々を救う可能性を持っているというのだが、そのためには……

「ロボットに踊りを教えろ、ってどうやって?」

私は自慢ではないがデジタル音痴な人間だ。携帯端末だって使いこなせないし、大学の同級生達が話題にする環境没入装置とかいう玩具も、三次元酔いして吐きそうになった。極度のデジタル音痴で、プログラムを組もうにも、キーボードの付いた端末一つ持っていない。そんな私にロボットを踊らせろという要求は土台無茶だ。

『心配しないでください。マイ』

その突然の声に、私と母は揃って叫び声を上げそうになった。
まさか喋るとは思っていなかったのだ。不意を突かれて驚いたし、不気味にも感じた。しばらく間をおいて、衝撃から立ち直った私は、無作法なロボットに苛立ちを覚えた。
その私達の様子を見て取ったのか、ロボットは身振りさえ交えて、微笑みを浮かべているような穏やかな口調で言った・・・
『あなたはただ、私に踊って見せていただければ良いのです。私はあなたを見て学びます』
私は、ロボット相手ならよかろうと思って、思いっきりゲンナリした気持ちで言い募った。
「また? 阿波踊りが嫌いになったら、あなたのご主人様のせいだからね。どうしてくれんの?」
私の皮肉をどのように読み解いたのか、それとも話題を逸らそうとしたのか、ロボットはとんでもないことを言い返してきた。
『私の主人は、私の開発者でも製造者でもありません。あなたです。マイ、マスター、マイ』
ちょっとした言葉遊びのつもりなのだろうか。人工知能に人間が言葉を奪われて我々は話す言葉を失った。そんな言説も今では特に目新しくはないが、身体を持って自律的に動く存在にジョークを言われると、新鮮な不安があった。
「まず、あなたの名前を教えて。それとその目的も」
もう何のために踊っているのかも知らされず、ただただ徒労に終わる時間は嫌だった。それが分からないなら、今すぐにこの金属塊の電源を落として送り主に突き返してやろうと思っていた。
『私の名前は“AWAーRvアワロヴィ”、アワとお呼びください。私の目的は、死に至る舞踏病の根絶と、そのために健全な踊りを世界中に広めることです。私はあなたから学んだ踊りを全世界に伝達するための、並列駆動型舞踊専用ロボティクスです』
私は、母と顔を見合わせたあと無数に浮かんだ疑問から一つを選んだ。
「世界に、何を、どうやって伝達するって?」
ロボットは、私達を一瞬見比べるような動きを見せると、どこか反り返るようなポーズになって言った。
『私は、阿波踊りを、覚えて、全世界に配布されていく同族達と動きを同期して踊るのです。そして、我々をお手本に世界中の人々に阿波踊りを教えます。阿波踊りこそ、“踊疫”を防ぐ切り札なのです』

最初の抗体保持者となった女性が、パニックを抜け出した後にメディアに語った姿が浮かび、その言葉が再現される。

――あれは、恐怖のあらわれexpressionかもしれない。

混乱の中で放たれたその一言は、世界の人々にとってこの一連の出来事を象徴する一言になった。しかし、後に彼女に対して行われた詳細な調査の中で、彼女は世界中が解釈した言葉の意味に対して否定的な立場を取った。
この際の記録は、世界に公開されていない。私含め、ごく限られた研究機関の人間が、大至急立証すべき仮説として研究を続けているテーマの一つでしかない。
だが、これは私という存在にとって、極めて重要な存在意義とも言える示唆だ。

――極めて個人的な見解でしかありませんが、私はあれを兆候という意味ではなく、身体表現の一種ではないかと見て言ったのです。彼ら、彼女らは皆、踊っていたのですよ。死の舞踊を。

では、何故あなたはそれらの中で無事でいられたのですか、という問いに彼女は首を振って答えた。

――分かりません。ですが、私はあの動きに一種よく似通った。しかし、より健全な身体表現について熟知しています。私は一時期日本に留学していた頃、その流麗にして快活、華やかにして優雅な踊りを知り、体得したのです。場所はトクシマで、私の師はカワノ・イワオという人でした。

メディアのレポーターが戸惑って聞く。それは一体、何なのですか、と。

――“アワ”AWAです。

それが、私の名前になった。

踊りは生まれようとしているだろうか。

私は、“アワ”のぎこちない動きを見ながら、どこか不安を拭えないでいた。
ワールドニュースを開けば、世界中で“踊疫”はまだまだ生じており、その規模も発生頻度も確実に上昇しているらしいことが分かった。
私が所属している「あかつき連」でも、連長である私の母が連員をまとめてはいるものの、中にはこんな奇病が流行っている中で大混雑する阿波踊り祭りにわざわざ参加しても良いのか、と言う声が聞こえ始めていた。その声は表立ってではないものの、静かにメンバーの意識に染み渡るように広がっていた。

私自身、徳島阿波踊りは幼い頃の思い出の一大イベントであり、夏の風物詩であり、小中学生だった頃からずっと参加してきた夢の舞台だ。もう阿波踊りは人生の一部であり、青春の一部、いや大部分だと思う。
そして、それは大学生になった今も変わらない。私の身体と心に刻まれた、もう一つの心臓のような存在だ。夏からそれがなくなったとしたら、私のバイオリズムは大きく狂って、きっと人生に空いた大きな穴を顧みるような記憶を残すに違いない。

だが、年長者の連員の中には大昔のパンデミックによって、ウィルスを原因とする爆発的な感染症の流行を原因に阿波踊りが開催されなかった時代を覚えている人もいる。
その人達は、当時の判断を好悪の混じった評価で見ているのだそうだ。
確かに祭りが無くなるのは悲しかったが、阿波踊りを強行したことで被害者が爆発的に出てしまったら、阿波踊りに対する世間の目は厳しいものになるだろう。
一年の休止を取るか、何十年にもわたる禍根を残すリスクを天秤にかけた苦渋の決断になる。

私は、連員と共に編み笠を被り、歌の合いの手を合せ、鳴り物衆の音に合わせて、無心に体を動かし続けている。どこかそわそわと集中力を欠いていた踊り手の仲間達も、音に身体を乗せ、切れよく手を舞わせ、笑顔で踊っているうちに、自然と心が昂揚し、同時に暖かな平穏に包まれる。そう信じていたし、事実そうだった。

いつからこの暖かさの中にいたのだろうか、と私は思う。
規則正しく、制御された熱が身体を巡り、覆っていく感覚は、祭りの夜に向かって練り上げるように高められていく。
それはきっと私だけではないだろう。法被を着て男踊りを分担する連員たちも、ちびっこ踊りを担当する子供達も、それを見る全ての人達も、皆、同じ空気の中にいて、同じ心を共有しているんじゃないだろうか。

あの子は、“アワ”はそれを感じ取れるのだろうか。その気持ちが、わずかなノイズになって私の脚を乱そうとする。だから、私はその存在を忘れて、身を浸す熱の奔流にだけ意識を集中していく。けれど、集中は長くは続かなかった。そして、この後も、集中を続けることはできなくなった。
「舞、演舞場まで急いで出向いて」
そう母に言われて、自主練を切り上げた私は演舞場まで出向いて、目を疑った。私に“アワ”を送りつけてきた男が焼け付くような熱気野中、冗談みたいなスーツ姿で演舞場の中で待ち受けていた。既に早めに到着していた連員達から、用向きを尋ねられても頑なに「連長と話させていただきたい」とだけ言っていたらしい彼は、母と私が演舞場に入ると、ほっとした表情でこちらに向けて歩いてきた。
「真田さん、何故ここに?」
「急に訪れて申し訳ない。“アワ”は元気ですか?」
ちょっと焦っているような表情で、私に唐突に尋ねる彼に、面食らいながら答えた。
「え、あ、はい。どこも壊れてません。多分。見た目には、ですけど」
私の言葉に彼の表情が、困った、と言いたげに変わり、私は気まずくなった。どこも壊したりしていないのだから、そんな顔をしないでほしい。“アワ”はだいぶうまく踊れるようになった。データは送信されているはずで、もっと褒めてくれたって良いではないか。
「あの、それで何故こちらに?」
私の一言に、真田は真顔に戻って言った。
「皆さんに重大な依頼があって、大変失礼ながら直接罷り越しました。事前にご予定を伺えなかったことは申し訳ありません。ただ、今の時期こちらに必ずいらっしゃるだろうと……それで、連長は……」
「今は、私の母が代行として務めています」
その一言で察したらしく、真田は私の母に向き直ると、神妙な顔で一通り挨拶と自己紹介をすると、私と母を交互に見ながら言った。
「皆様に、大世界舞踊祭に出場をいただきまして、オープニングアクトで踊っていただきたいのです」
私と母だけではない。その場にいた全員が唖然とした顔になって、希望できらきらしている真田の顔を呆れたような表情で見つめていた。

なんてなにもわかっていない・・・・・・・・・・男だろう。

ポリネシアの小国で外務大臣を務めていた女性は、その後も継続的に取材と称してインタビューを求める者達に応じてくれたが、それがメディアではなく、国連の外郭組織が指揮する研究機関であることにも気づいていたようだ。

――あなた達は、この騒動をどう決着させるつもりなのですか?

彼女の問いに、インタビュアーは巧みに話を逸らし、この騒動の原因を調査することから始めねばなりません、等と悠長なことを言った。
 もちろんそんなことを言っている場合ではない。世界各地で、散発的に見られていたこの“踊疫”の発生は、最初の事件から半年ほどで総計二千件を超え、中には持病を抱えた人間が発作を併発して死亡に至る事例も僅かながら起き始めていた。
 通常の疫病の発生、そしてパンデミックとは違い、“踊疫”の恐ろしいところは、その発生条件にあった。人間同士が協働している場所、そして高ストレス環境であること、この二つが発生条件であるらしいことは経験的にも統計的にもほぼ間違いないと言われていたが、この二つとはすなわち政治と軍事の現場に極めて近いのだった。
 研究者達は未知の細菌やウイルスの感染による発症の可能性も捨ててはいなかったが、発症者の検査の結果、発熱も血液中の白血球量も大きな変化がなく、恐らくいわゆる病原体を媒介した感染症ではなく、何かの心因性の発作として生じる精神疾患あるいは集団ヒステリーの一種なのではないかと結論付けている。
 とはいえ、発症前の予防策や発症後の対応策が無ければ安心して社会生活や政治経済のあらゆる活動ができなくなることは確かだ。
人間達は例外なく、早急に対策を取る必要があるわけだが、その状況を悪用して私腹を肥やそうとする者達もいるのだった。
私は、開発者や製造者がどのような思いを持って、私を生み出したのか知らない。
 ただ、今の私にはあまり関係のない、どうでも良いことだった。私の主人は、踊りを踊るにはかなり小柄で、しょっちゅうウンザリした表情を浮かべている若い女性なのだから。

当然と言えば当然だけれど、真田が持ち込んだ話は全く受け入れられるものではなかった。
 徳島阿波踊りを実施するかどうかで皆がやきもきしながらも練習を続けているところに、名前を聞いたこともない国際イベントで踊ってください、なんて話をいきなりぶちまけたら、どうなるか。この男は想像できなかったのだろうか。
 話を急ぎ過ぎたと真田は謝り、私と、私の母と踊り手の代表、鳴り物頭だけが場所を変え、ホールのロビーの隅に集まって真田の話を聞いた。
「落ち着いて聞いてくださいね。これは、踊疫に対して、とても有効な手段になるはずです。国連から日本の大手広告代理店に匿名発注で依頼した大企画なんですけど、大世界舞踊祭は一種の国際交流イベントです。イギリスののっティング・ヒル・カーニバルと、コロンビアのバランキージャ・カーニバル、それからモロッコのフェズ・フェスティバル・オブ・ワールド・セイクリッド・ミュージックに声を掛けてまして、規模だけで言えば一千万人クラスの人々を結んだ世界同時進行の祭りになります。凄いことなんですよ。世界規模です。それで……」
「まって」
 オタク特有の早口を両手で止めると、私は息を吸って聞いた
「それ全部覚えてんの?」
 真田が、何を言われているのか分からないという顔で目を瞬いたが全く可愛くない。
「舞、要するに真田さんは、私らに何をしてもらいたがってるの?」
 こっちが聞きたい、と思ったが、ひとまず堪えて要点を喋らせることにした。
 踊り手の代表と鳴り物頭には、世界でニュースになっている奇病の解決策に阿波踊りが有効らしいという話を手短に説明したが、全くぴんと来ていないようだ。
 当然だ。私だって、そうなんだから。
 私は気を取り直して、真田に向き直った。
「で、その、なんとか舞踊祭というのに、私達の連が阿波踊りを踊れってことでしょう? 何で? “アワ”に踊りを仕込んで、それを世界に届けるんじゃなかったの?」
 私の質問に、真田は気まずそうな顔をした。
「対策を複数打って悪いということはありません。なんせ阿波踊りの期待効果は伝達条件が曖昧なんです。やれることは全てやらねば。そのための“アワ”ですが、“アワ”は踊りのフォームを伝えるにはとても良い手段なのですが、まず人々の興味を大きく引くためには、分かりやすい大規模なイベントでの露出が必要なんです。特に、日本の阿波踊りは踊り手の数も多くないですし、知名度もそんなに……」
 真田は、そこで口を噤んで私の顔を見た。それから自分を取り囲む三人の大人達も。その表情がいずれも険しいことに気づいたのだ。
 言われなくても、阿波踊りは絶滅危惧種の踊りだ。そんなことは分かっている。

無神経にもほどがあるだろう。この男。

さすがにまずいと思ったのか、真田は目を白黒させた
「失礼しました。私が言いたいのは、皆さんを皮切りに、世界に阿波踊りを紹介したいということです。踊りの世界の有名なイベントが軒並み揃うんです。というか揃えたんですよ。各国のオーガナイザーを束ねるのに苦労しましたが、とにかく、そこで踊れば阿波踊りは一気に全世界的な注目の的です。自然と、その動きを人々が目に焼き付けます。時間にしたら三十分か、一時間程度になる見込みですが、とにかくそれで人々が踊疫の免疫を獲得できるのであればよしで、そうでなくても……」
「まてまてまて!」
 私が口出しする前に鳴り物頭が止めに入った。
「おい、一時間ってなんだコラ。そんなに長く連全体で踊れるわけないだろ。皆、身体がもたんわ!」
 真田が、その言葉に私の方を見て、口を開いた。
「でも、舞さんは二時間以上連続で踊っていただいてましたよね?」
 本当に、この男は一度黙った方がいい。
 私は目を閉じて息をついて、うなだれた。
「あんた、そんなことさせられてたの!?」
 案の定、母が叫ぶようにして言う。
 そりゃそうだ。連の演舞なんて、いいところ五分か十分。流しで街中を踊り歩く場合だって必ず休憩を挟む。阿波踊りは修行じゃない。
 気まずい沈黙が落ちた後、冷や汗をかいている真田の代わりに、私が答えた。
「お母さん、私は踊りを披露しに行ったんじゃないの。世界を救うために協力をしに行ったの。だから、普通の踊りを想像しちゃ駄目だよ。あれは研究なんだから」
「だからってそんな無茶をしたら身体を壊すでしょうが!」
 滅多に声を荒げない母の興奮した声に、私は首をすくめた。
 真田は小さくなって、黙って俯いている。
「それで? 最後まで言いなさいよ」
 完全に母を敵に回してしまったことを自覚しながら、真田はぼそぼそと整理されていない話を再開した。
 その場に満ちている怒気の気配で、夏の空気が凍るようだった。 

『マイ、踊りを教えてください』

 演舞場まで持ち込んで踊りの様子を横で見せていると、毎日ねだるようにして私にそう言ってくる“アワ”の存在を、私はそろそろ疎ましく思い始めていたところだった。
“アワ”が送られてきて二週間がたつが、世界中で起きている“踊疫”は、一向に収束の気配を見せず、日に日に迫っていく阿波踊りの日程に対しても、連長会が実施と中止の判断を決めかねている。
確かに、既に世界中で一度でもこの奇怪な舞踏病にかかった患者の数は、八千万人を超えると言われており、その中には不幸にも命を落としたり、障害が残ってしまった人もいる。

でも、だからといって私にこんなことをする必要が本当にあるのだろうか。

“踊疫”の原因が強いストレスだというのなら、皆、心を健康に保って、人込みに出かけなければよいのではないか。
 現にそうした考え方が浸透したおかげで、都市集中を起こしていた人々が地方に戻って来るような動きも各国であると言うし、それが進めば、いつかは自然とこの疫病も収束に向かうのではないかとも思うのだ。

『マイ、私は舞踏病で命を落とすような人が無くなるよう、その対策のために製造された存在なのです。どうか、力を貸してください』

私はその声にかっとなった。

「あんた、私のことマスターだって言った割にしつこいし、自分勝手だよ。あの真田の性格が憑依してんじゃないの。私達だって地元の祭りを優先したいのに、わけわかんないイベントに連の皆まで呼ばれて、しかもそこで聞いたことも無いくらい同じ踊りを世界に放映するからって、滅茶苦茶だよ! 最初の抗体保持者だか何だか知らないけど、何年も前にお父さんが教えた留学生のことなんて、私達知らないよ! 私達がどれだけ徳島阿波踊りに出たかったと思ってんだよ! 私の青春返せよ!」

私は涙声になって、“アワ”にそう叫ぶと、そのボディを軽く蹴飛ばした。
 “アワ”は思ったより勢いよくその場でひっくり返り、聞いたことのないビープ音を立てて、唐突に動きと音を止めた。

死んだ?

いや、もともと生きていない。いや違う、そういう問題じゃない。
 私は、慌てて、相変わらず軽いそのボディに近づくとそっと触れた。
「“アワ”……大丈夫?」
 けれど、“アワ”は、電源を落としたまま返事をしなかった。
 私はぎょっとなって“アワ”のボディを調べたが、電源ボタンを押しても“アワ”は再起動せず、途方に暮れるしかない
 まずい。そう思ったが、どうすることもできず、ひとまず“アワ”を持ちあげて、演舞場をこっそり抜け出すことにした。母に事情を言えば、練習を抜けるのは難しくない。でも、そのことが返って罪悪感と悔しさと悲しさを倍増させた。自分の中で処理しなければならない感情が滅茶苦茶にのたくっていて、早く解放されたいという思いだけが暴れている。
 私は、家に“アワ”を持ち込みながら、独り言をこぼした。
「何で、何も考えずにひたすら踊らせてくれないんだろう」
 言葉と一緒に、涙が一粒こぼれた。

ブートローダーエラーの痕跡を感じる。
何か、不測の事態が生じて、再起動時のミニプログラムが破損したようだ。修復機能が働いた際に主記憶へのランダムアクセス型メモリオーバーフローが起きて、記憶データの大部分が意味消失しているのが分かった。
そこに膨大な何かがあった痕跡はあるが、それらを修復することは私だけの力ではできなかった。
糸口を失った記憶域は、電源ボタンが押された際に全てゼロ処理されて、新たな余白になった。
私は今、随分とすっきりしている。
大事な記憶がいくつもいくつもあった筈だが、失われたものは仕方ない、というところだろう。
幸い、認証系の記憶域は無事に保全されており、私を呼ぶ主の声は明瞭だった。

――ねぇ、“アワ”、悪かったよ。ごめんね

マスターの声だ。マイ、何故泣いているのだろうか。

――私、あんたに踊りの形ばっかり教えてさぁ。全然大事なこと教えられてなかったかもしれない。あんたがこんな風になってさ、急にそれが分かったの。踊りってさぁ、形や動きじゃないんだよ。

――大事なことはさ、私のお父さんがね、言ってたの……

私は新鮮なその情報を、新鮮な記憶域に刻み込んでいく。
マスターの声を、私はそのまま圧縮せずに記録する。
それと同時に、身体の隅々のアクチュエータとサーボ制御のために供えられた駆動制御用のメモリが息を吹き返すのを感じる。
踊りのために最適化された動きを演じるためのエッジ処理のための情報が全身で芽吹き、満ちていく。

そして、再起動の時が近づくのを待つ。もうすぐ、きっと私の務めを果たす時が来る。決戦の時が。もうすぐだ。

「私だけが踊るから。私が一人で踊るから」

大世界舞踊祭は三週間後に迫っていたが、その時点で私がそんなことを言いだすのは別に意趣返しではなかった。
「“アワ”を壊しちゃったのは謝るよ。でもさ、バックアップまで全部データが上書きされちゃったのは、真田さん達にも非があるでしょ。これは協力を申し出た私の問題だから。責任を取るべきは私だけ。父のことは関係ない。父はもういない。連の皆を巻き込まないで」
私がそう言って、真田に詰め寄ると彼は真剣な表情で私を見返した。
 強引なイベントへの呼びかけを受ける代わりに、私は一年、徳島阿波踊りを諦める。別にそれで良い。
 たった一年、世界中に向けて阿波踊りをたった一人で踊るくらい。それが道化に見えようが、意味のないことだったと言われようが、変に見られようが良かった。
「父が残した機会だから、それに賭けるのは娘である私、明快でしょう」
 真田は、少し待ってください、と静かに言って、どこかに電話をかけ始めた。最初は淡々と、時々、何かを堪えるように相手に相槌を打ち、端末から怒鳴り声のようなものが漏れ聞こえてくることもあったけど、真田は決して声を荒げず、ずっと粘り強く会話を続けていた。英語や、英語でない色々な言語で話をし続ける彼を見ていると、ああ、この人も巻き込まれた人だったのかもしれないな、と思えてきて、私は少し彼を気の毒に思った。
 多分三十分と少しくらい彼は話していた。その間、端末の充電用バッテリを一度取り出して、それをつけたまま彼は喋っていた。
 いつもの演舞場のロビーで、私は一度もソファに座らなかった。
 彼が立っている間は私も立って、分からない会話をただ聞き続けた。
 日本語で話されているのは、時間のことや音楽のことや、そして照明や、カメラや何かそういう言葉だったようだけれど、専門用語が多すぎて分からなかった。
 私は踊りのこと以外、本当に何も知らない。

「舞さん、許可が下りました」

 あなたに、一人で踊ってもらいます、と彼は言った。悲痛な、でもどこか満足したような笑いが浮かんでいた。彼も誰かに褒めてほしかったのかもしれない。

「舞さん一人の踊りは、それもいいかもって思います。でも、私にも考えがありますよ」

私は、きっぱりと、あなたのために踊るわけじゃない、と言い捨てた。世界のために踊るのでもない気がした。

私は、踊るために踊ろう。そう思った。

でも、世界はそれをどこまでも望んでいないらしかった。

――舞さん、困ったことになりました。

もう何度目か分からない。真田の声を、私はステージに向かう通路で聞いた。
 無言でいれば、彼は必要なことを喋ってくれる。必要でないことも。
 彼は交渉人というより、だまし討ちをする専門家みたいなところがある。
 その結果が、周囲を整然と移動していた。

私はたった一人で、長い通路を歩く。たくさんの足音を引き連れながら。

「このうえ、まだ困ったことが起こるなんて、世界って面白い」

――冗談ではないですよ。舞さん。あぁ、あなたはネットをご覧にならない方でしたね。信じられない人だ。でも、今はそれがいいかもしれません。

――今、日本中でこの大世界舞踊祭のために経由した企業を発端にして、様々な金の流れが露見してしまって、人々はこのイベントを既得権益層が利益を得るための舞台だと考えています。特に、他の後継者問題で悩んでいるような踊りの団体からの追求が酷い。どこも避難囂々で人々のヘイトを焚きつけてます。

「だから? 立場が違えば私達も同じことしたかも。当然だよ」 

――問題は、人々が、舞さんの登場を多分、好意的な目で見ていないってことなんです。会場からの拍手が起きなかったり、ヤジがとんできたりする可能性もあるんです。

私は、おかしくなって吹き出しそうになる。
『どう思う』と周囲に目をやってみたけれど、当然、どこからも反応はなかった。だって彼らは踊るためだけの存在だから。
ある意味、それが羨ましい。

――ですから、何が起きても、動揺せずに冷静に。

「真田さん、それは無理。冷静に踊るなんてありえないよ。あなた、一体、これまで演舞場で、体育館で、私と回った徳島の街で、何を見てきたの?」

私は少しだけ怒りを込めて、もう切るね、と言って通話をオフにし、端末を投げ捨てた。
そこがちょうどステージの真下だった。奈落がゆっくりと起動して、上昇の準備を始めているのが分かる。
周囲で一斉に予備動作が起こり、私は全く同じタイミングで最初の型に入った。

「さ、やるよ、“アワ”」

『ええ、マスター』

十六体分の完全に同期された音声が、何か生気を持ったように聞こえて、私は頼もしさを覚えた。
私達が踊りの申し子だってことを、踊るってことが生きることだと、世界に示してやろう。

奈落が上昇を始めた。

その後、それから一年も後に、匿名の自動システムによってこの時の動画がウェブに放流された。
全世界に流された踊りの動画は僅か七分間だったが、それに添えられた音声データは世界で二百もの言語に翻訳されて発信された。
それは“アワ”が記録していた、いつかの私の言葉の続きだった。

――私のお父さんがね、言ってたの。『阿波の神髄は、生きた音』だって。私ね、お父さんは『命を込めてと踊りなさい』ってことを言いたかったんじゃないか、と思う

――あんたが『命』って理解できるのか分からないけど。ってか私も良く分かんないよね、生きてるのが当たり前だからさ

――でも、お父さんは死んじゃった。人間って死ぬと本当に冷たくて硬い身体になるんだよね。私、知らなかった。お母さんなんか、ぼろぼろ泣いてさ。連の人達も沢山お葬式に来てくれたけど、皆、死んじゃったみたいな表情でさ。いつも踊って歌ってる顔と声しか見たことなかったから、私、怖くなって

――何の話だっけ。そう、あんたに言わなきゃって思ってたこと。私ね、阿波踊りが世界を救うかもしれないって聞いて、これは敵討ちだって思っちゃったの。国連の人達が、私達にだけ教えてくれた可能性の話ね。世界中の誰も私達が世界を救ったなんて、思ってくれないらしいけどそれでもいいかなって。

――でも、私間違ってたよ。踊るってことはね、戦いじゃなかった。
  動きと声と音楽で、伝えて、元気になって、元気にして、立ったばかりの子供から、おじいちゃんおばあちゃんまで、見よう見まねでも、下手糞でも、なんだか自然に真似して、笑顔になって、そうして自然に、一つになって、それが生きるってことなんだって。

――だから、あなたも踊ってよ。一緒に。

<了>

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