梗 概
抗疫(こうえき)の連(れん)
「あんた達、阿波踊りを馬鹿にしているんじゃないですか?」
“連長”である父が、怒りを顕わにするのを舞は初めて見た。
そこは区民会館で、そこに似合わない面々が揃っている。二十二世紀を目前に設立された“新”国連の下部組織である新生WHOの国際感染部局庁の女性が、険しい表情のまま首を横に振る。
「むしろ逆です。あなた方こそ希望なのです」
部局長は自ら日本に赴き、直接、舞達が所属する団体である“暁連”と会談を設けた理由を語った。
それは“踊りのペストの再来”に対する対抗策の依頼だった。二十二世紀末現在、日本を皮切りに、強いストレスに晒された密集状態の群衆に度々、突発的に“踊り出して止められない人々”が発生している。一方で、爆発的な規模で広がった際は医療機関での鎮静剤投与が間に合わず、少数だがショック死する人間も出ていた。そしてウィルスや菌の感染拡大と違って根本的な予防策がこれまで見つかっていない。
今回、この“踊疫”に遭遇し生存者した者は、特定の舞踊の経験や習慣があることが分かったのだ。国や文化圏ごとに効力のある舞踊は違うが、中でも高い免疫効果が期待されたのが阿波踊りだと言う。
舞達は半信半疑のまま、“踊疫”予防対策として疫学的見地からは荒唐無稽すぎて公的な発表ができないまま、密かに政府や広告代理店の支援を得て阿波踊りブームを起こし、「健康増進とストレス抑制の有効手段」を題目に全世界の全世代を相手に踊り文化の拡大を起こしていく。
だが、そのさなか、ニチブやブレイクダンス、ヨサコイ等々の集団により阿波踊り優遇の裏側が暴露され、公的機関側の関与が明かされる。その経緯に多くの民衆が反発、防疫対策は暗礁に乗り上げる。踊りは強制されては免疫の獲得に繋がらないらしきことが分かるが、民衆の自発的な“踊疫”免疫の獲得は進まない。
舞は、昔から世界中が踊りに目覚めれば、世界が平和になるのでは、と思っていた。けれど、そのために世界を危機に陥れたかったわけではない。
舞は自身の阿波踊りの原体験として、まだ歩き始めたばかりの幼児が、舞の母の阿波踊りを見様見真似で踊り始めた光景を思い出す。誰でも踊り、笑顔になる事が阿波の魅力だった。
『舞い』は元来、祈り願い、『踊り』は自らの力で躍動するもの。舞は自分の使命を直感する。
舞は、全国の“連”や若い様々な踊り手と共にに様々に舞い、踊る、動画と声明を出す。
――どんな踊りでも良いんです。皆さんが心地よさを、リズムを、命を感じる踊りを踊ってください。病気を防ぐ効果があるかは分かりません。でも、踊りは人を傷つけあい、いがみ合うものではなかったはず。
舞達の発信を機に、世界中で踊りによる交流と対話は必須素養となり、その名称である「連=REN」は日本発の概念として定着していった。
以降、“踊疫”は観測されなくなった。
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内容に関するアピール
実際の史実として存在する「踊りのペスト」に対してワクチンのようなものが存在するとしたら、それは予め何かの踊りを習得していることになるのではないか、という発想で作りました。
よろしくお願いいたします。
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