梗 概
竜と君と謝肉祭
二〇七四年、レオ=マケラは、空に舞う大型戦闘ドローンの群れによる爆撃の記憶を夢に見続けている。
その姿は黒い竜のようだ。
三年前、北日本某所で国境紛争に遭って日系の父を失い、母の姓を名乗り、日本から母の故郷フィンランドに移った彼は、どの国でも本物の国民として馴染めないと感じている。
レオは日本の大学での研究を活かして国際的な食品製造企業で培養肉事業に従事している。培養肉の課題は、強みである独特の味や風味を持つ高品質商品の安価な大量生産だ。だが、培養に必要な電力の価格は高騰し、培養肉への消費者の抵抗感も根強い。結果、植物性代替肉事業に投資は移り始め、レオの事業とキャリアは危機にある。
そもそも培養肉は本物に近づけるほど消費者を騙す印象が際立ってしまう。レオは、仕事にも、出自の悩みに似た矛盾を感じ始める。
一方、レオのパートナー“リン”は日本に住み、同じ企業で代替肉事業に従事している。リンはレオと対照的に多忙で順調なキャリアを歩み、レオと同じ移民二世だがレオと違って出自に拘りは無く、快活だ。それゆえ、リンとの交際にレオは気後れを感じている。レオは悩みをリンに打ち明けるが、彼女は逆にレオに問いかける。
「代替物や模造品が欺瞞? あなたが地球の裏から私に触れるのは良いのに?」
リンの言葉に、彼女の肉体を模していた触覚通信機器からレオは手を離す。二人の間に見えない距離が生まれる。
レオは自身のルーツを考えるため母の家を訪ねる。気候変動から内部を守り、人間一人を賄う植物食ベースの疑似生態系を確保したドームだ。母は菜食派だが、レオの訪問に乾燥肉や果実の発酵酒が食卓に並ぶ。レオは鹿の乾燥肉を食べる。しかし、子供時代の記憶にある天然素材料理の豊かさを感じられず戸惑う。
「肉は森から霊を借りるもの」
母の言葉は現実から乖離している。鹿はドーム外で森林保護のため駆除されただけだ。レオは培養肉や自分の出自に抱いていた違和感の正体に気づく。
本物とは所詮、揺れ動き、遠ざかる理想だ。だから永遠に成り代われない。
ならば別の理想を自ら創るべきでは? 自分や人が、価値を感じる食と生活とは?
そう考え、翌二〇七五年、レオは多民族化がさらに進む日本に戻る。
理由は二つある。一つは日本の生活や住人に今も残る、獣との共生感覚、食への強い拘り、妄想や創作への肯定感情と強い執着が、自分のアイデアを後押ししてくれると感じたからだ。
彼は『神話や創作上の生物の肉を創生した肉祭』を企画し、培養肉独自の価値を広め始める。盛況の会場で、巨大な竜や幻獣の肉を仲間達と汗だくで丸焼きにするレオに、その祭をリモートで共同企画してきたリンが近づき、笑う。
「理屈屋の獅子が肉を焼いてる。どうして戻ってきてくれたの?」
衣装である謝肉祭の仮面を外し、レオはもう一つの理由を言う。
「竜の肉を焼いて君と食べる。そんな人生が必要だと思ってね」
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内容に関するアピール
話の着想は2025大阪・関西万博で出展された培養肉です。
そこへ日本と日本人の構造的な変化や、人と獣、植物と肉、真と贋、異質と同質、虚構と実体という様々な対比構造が題材として吸い寄せられ、このような形になりました。情報過多だなぁ、と思いつつ、えい詰め込んでやれ、と思い切りました。
近未来の世界や人間の作品は苦手です。現実の事情が関係して、誰かを傷つけるか、明らかな嘘が生じやすく感じます。そのため「希望がある話にすること」だけは決めました。
「未来を予測する最良の手段はそれを実現すること」
そんな著名な経営学者、技術者、先達のSF作家の方々の言葉に、巨人の肩に寄生する羽虫のような私は思います。
「良き未来を実現する最初の手段はそれを言祝ぐことでは?」
善き時代に繋がる語り手となれればと願い、このSFを紡ぎます。未来の光の一粒となれますように。
皆様、宜しくお願いいたします。
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