梗 概
ロスト・ロスト・ロス
少女、望空は幼少から知能の発達に障害が見られ、物の名前や概念を理解、記憶することが苦手だった。しかし、自動車との事故で頭に強い衝撃を受け、脳内に自身の脳細胞をクローニングした補助脳を増設する手術を受けてから、彼女の認知や記憶の能力は劇的に改善する。ただし、それは望空が元々持っていた直感やイメージの力による論理思考力の補完によるもので、望空の感覚には、物の名前や考え方が色や形、音として感覚され、思い出される。
望空が知的な振る舞いをしだしたことで彼女の両親は喜び、望空もまた自己効力感を持ち始めるが、次第に彼女は、世界を構成する様々な物の名前や考え方が無数にあることにうんざりし始める。
何を見ても、考えても、既に先人が発見し、分類整理された知識と学問の体系が膨大にあるのだ。掘っても掘っても掘削済みのラベルがある鉱山みたいなものだ。彼女は、世界に可能性など残されていないのではと恐れつつ、五感の上で肥大化する世界像に疲れ、悩む。
自分が見ている世界像を外部記憶化し、吐き出すために創作していた絵画や音楽が話題になり、望空は斬新なイメージを生み出すアーティストとして人気を博す。成人し、家族を作り、海外でも活躍を始めた望空は、様々な国を巡る中で誰にも教えられたことのない球体がいつも上空に浮かんでいるのを見るようになる。それはまだこの世にない概念で、世界そのものの状態を彼女が感覚した像だった。日に日に球体の色が鮮明になる中、一方で球体が歪んだり不協和音を奏でたりしていることに気づく。望空は錯覚ではなく、世界が不安定になりつつあることに、恐怖を覚える。
望空はその巨大な球体をモチーフに作品を作り、妄想症、理想主義者として避難を受ける。一方、それが「個人の理性や構造主義的な論理分解」では見えていなかった世界の姿だと直感する人々も増えていく。やがて望空の直観的知覚能力は、もともと人類に備わっていた能力であるという仮説が提唱され、その能力は人々の中で徐々に花開き、様々な物事の地球全体への影響を直感できる人間が増え、全能と幸福を感じながら、望空を先頭に人々は進化を始めていく。
しかし、望空は、彼女のことを絶望を招く危険分子とみなすテロリストに頭を狙撃されてしまう。命は取り留めたが、その能力は失われ、同時に人々の中に芽生えた能力も徐々に衰えていく。その能力が忘れられ、集団幻想だったのだと言われる中、緩やかに失われていく知性と記憶の中で、望空は常に驚きのある新鮮な世界を幸せに生き、その子供達、孫達が代理人として彼女のメッセージを発信する。
「世界が見えないことを恐れないで。それは希望。世界が悪く見えることを恐れないで。それは変えられる」
その言葉は、百年後の今、世界惑星管理局の礎石に碑文として刻まれている。
それは、“喪失が失われていた”頃への嘆きと呼ばれる。
文字数:1199
内容に関するアピール
怖がりなんですよ、私。
ホラーもダメ。文字ならなんとか……
しかし、映画、ドラマ、音声……五感に訴える恐怖がダメです。幼い頃はお化け屋敷とかジェットコースターもNG。
今思うと、リスクとか不安定とか、突発的で先の見えないことが、迫ってくる感じが受け付けなかったんでしょう。
だから、小規模な人間関係、安定した生活、手堅い職業、多くを望まず慎ましく過ごすべし、と思って生きてきました。
でも、というか、だから、最近は世の中の方の方がずっと怖いです。
曖昧で、先が見通せず、ころころと情勢の変わる世界、そして何が本当なのか、信じてはいけないと言われる世界です。
何より怖いのは「それが当然だよ」と皆が思いつつあることに本気で恐怖を覚えます。
行き先の明らかなジェットコースターなんか、それに比べればちっとも怖くありません。
世界に希望があると、身体で感じることができれば、と思いませんか。皆さん。
文字数:387
ロスト・ロスト・ロス
七色の世界の中心にはいつも自分がいて、声を枯らして私の名前を呼ぶ母の悲痛な叫びが響いている。
「望空!」
何かを思い出すとき、言葉ではなく、その音が、いつも意識と記憶の起点にある。私の中と外を含めた座標の中心が、母の声。なるほど『初めにことばがあった』と昔の人が感じたのも納得だ。それ以前の私の記憶はとても断片的で、曖昧で、私はまるで九歳の時に頭から血を流しながら救急車の中で産まれたように思う。瀕死の重傷で揺られながら。
巻き込まれた事故のことを思い出す必要はないんだよ、と何人もの医者たちから何度も言い聞かせられたから、私がその事故について知っているのは、両親と同席した裁判や、メーヴェ社の担当者との面会の時間で交わされた会話から知った言葉たちだけだった。
二〇三〇年――数字を覚えるのは得意ではないけれど、その事故があった年は特別だ。「二〇」と「三〇」。横書きにすると、タイヤが並んで転がっているようで、私はこの漢数字の組み合わせにあまり良い印象は無い――日米の企業によるジョイントベンチャーで作られたというメーヴェ社の自動運転バスが、私をこの世界に産み落とした怪物だ。
九歳の、まだ未成熟で、大事な配線が繋がっていなかった私の脳味噌をかき混ぜて、繋げるきっかけをくれた畏れ多い怪物であるところの自動運転バス。
だから、成人した今も、バスは苦手だ。こうして移動の際も、人が運転するタクシーを使うことが多い。しかし、それはそれで不都合なこともある。
「もしかして、荒木望空さん?」
年配の運転手さんが、後部座席の私に目もやらずに問う。ほら、これだ。
「いや、すみませんね。今朝のニュースで見た顔のまんまだし、行き先が空港でしょう。もしかしたらと思ってね」
きっと悪い人じゃない。残念ながら、有名になってしまったせいで、こうしたことも増えた。芸能人みたいにサングラスを付けて人相を隠すことも私には難しい。私が世界を理解し、人と話すには、色彩がとても重要だから。私は僅かに警戒するけれど、日本は未だに治安のよい国で、運転手さんの言葉や少し腎臓が悪そうな甘い腐臭の薄紅色からは、悪意は感じられない。
「光栄です」
そう言いながら私はタブレットを取り出して、描画ツールを起動する。この光景と会話を、今のうちに頭から追い出しておかなくちゃいけない。これから大事な仕事があるのだから。できるだけ真っ白な頭のまま現地に向かいたい。私はペンデバイスを手に、カラーパレットから薄桃色を選んで最初のレイヤー全体にスプレーした。
タクシーに乗った時、空港までは一時間程度と言われていた。一、いち、1。
1は始まりの数。血の赫を、タブレットの画面に一滴垂らす。目に刺さるそれを、明度を下げて“小さく”する。1、0.1、0.01、0.001……
私は色相環を文字盤に持つスマートウォッチの画面に触れて、時間表示の下に、分と秒の二層の色相環を呼び出して指で確認し、自分の時間の色を取り戻す。
輝きを強めるターコイズグリーン。お昼前。希望の時間。空腹の前兆。
爪の先に宿ったように見える明るいグリーンを、そのままタブレット上のパレットから探し出し、薄暗い色になった赤い雫からグラデーションを伴って、画面の下にエメラルドの影を描く。
運転手さんの声が続く。
「やっぱり、そうでしたか。娘があなたの作品の大ファンでね。特に、何と言ったかな、あの有名な曲があるでしょう。いや、本人に向かってごめんねぇ。近頃、物覚えが悪くって」
私が生み出したもので、人が喜んでくれるのはとても嬉しい。けれど、なんだかちょっと申し訳なくなる。罪悪感とも言えない、居心地の悪さ。タクシーの後部座席で私は身を縮めながら、私にとって作品を生み出す行為の『不要な記憶を切除している』という意味を考える。
まるで、切り落とした自分の髪の毛が他人に品評されているような怖さがある。
そのことを思う時、私はいつも宙を見る。
空は晴れ渡っている。でも、私の見る宙は、そこにオーバーレイされて見えるのは、不安なほど鮮烈な銀色に輝いている半透明のスクリーンのような一面の色彩だ。合金か何かのように重々しい光は、私にしか見えない光景なのだそうだ。
あんなにも、はっきりと見えているのに。
「Overlay」
私の呟きに、そうそう、と嬉しそうに運転手さんが言ってハンドルを切る。緩やかな加速度が、私の直進の慣性を殺して身体を揺さぶる。私が曲名を呟いたと思ったのだろう。あの空の光景が伝われば良いと思って名づけた曲が、世界中に音だけの存在として知れ渡ってしまったのはなんて皮肉だろう。
「私には音楽のことは分からないが、綺麗な音だよねぇ。どうやってあんな音楽を思いつくのか、素人には想像もできないが」
重苦しくのしかかる空の銀色を音に変換すれば良いんですよ、などと言えない私は、曖昧に笑って、一心不乱にタブレットに描画を続ける。
毎日毎日、その存在感を増して輝いていく宙を見続けられなくて、私はメーヴェ社に相談したが、私に行われた脳へのiPS由来細胞増設手術がその原因とは思われないと言われ、それが幻覚の一種である可能性を疑われ、私は黙るしか無かった。
私は成功例のモルモットで居続けなければならないから。もし、この手術の安全性に疑義が生じたら、私がメーヴェ社と契約している定期的な検診や問診データの提供が、今後も無償で継続される保証はない。
両親にこの不安を伝えるのも良くない。二人は私の頭が良くなった、才能を開花させた、と喜んでいるのだから。でも、あの二人が本当に愛しているのは私なのか、増設された脳とその産物なのか、私にはよく分からなくなることがある。
両親が見て、愛し、喜んでいるのは、私の脳と身体に|重ねて投射された«オーバーレイ»された荒木望空の虚像に対してなのではないのか?
私は空の銀色を爪先に取るようにしてタブレット上で再現し、運転手さんの家族のことを思った。
「娘さん、おいくつなんですか?」
「今、十七歳でね。そろそろ進路も決めてほしいんだけど、毎日毎日音楽聴いて、絵ばっかり描いてるもんだから親としては不安なんですよ。ほら、荒木さんみたいに才能がある人間ばかりじゃないわけでしょう」
その言葉に、手が止まった。才能、嫌な言葉だ。私の能力は天賦のものじゃない。手術で増設した自分の細胞からクローニングした複製脳が、発達障害児だった私にもたらした新しい世界の見え方をその言葉に当てはめて良いものか。この運転手さんも私の両親と同じなのかもしれない。
「……ご本人が夢中になれるものがあるのは、良いことだと思いますよ」
無難な言葉を吐けるようになった自分に妙な感心を覚えながら、私は手早く手元で描いていた作品に電子署名を付けた。タブレットに新しい可搬データ媒体を挿し、そこに描画データをコピーした。タイトルは少し考えて「宙にメロディーを探して」とした。
娘さんに差し上げます、という言葉に強張った表情で媒体を受け取った運転手さんに少し意地悪な気持ちになって、決済を確認すると、私はタクシーを降りた。あの人は娘さんにあの絵を渡すだろうか、それともリスキーな将来に踏み出す娘のことを思って、この素敵な偶然を捨てるだろうか。それとも迷ってしまうだろうか。私の両親が、メーヴェ社との契約を決断するのに三ヶ月もかかった時のように。
そして、両親のその懸念と判断はある意味で妥当なものだったのだ、と今ではわかる。大人しく、何も知らず、分からないまま、ベッドで朦朧として、不明瞭な意識のままでいれば良かったのかもしれない。そうすれば、こんな世界に不安と希望を抱くこともなく、生きていられたのかもしれないのだから。
それでも、私はまだ世界を信じている。あの鉛のように重みを増しつつある空が、今にも落ちてきそうに世界を覆っていることから目を逸らしながら。
◆
私の最も古い記憶は母の呼び声だが、最も古い具体的な光景の記憶は、マサチューセッツ州のレンガ造りの大学病院の部屋だ。そこだけ妙に清潔で、つるつるした内装を持つ部屋からは、遠くチャールズ川と対岸のビル群が見えて、私は昼も夜も、飽きずにその光景を見つめていた。
私の記憶にあるその光景の中に、銀色の空はない。まだ世界が不明瞭で隠されていた頃、私は幸福だったと思う。両親の顔を見ても、言葉を聞いても、彼と彼女が心の底で何を感じ、考えているのかなんて知らずにいられた時代だ。
施設の医師は皆優しかったけれど、時々彼らが見せて来る妙な形や色の連なりは理解することができなくて、私は戸惑ったものだった。やがて、形と音が結びついたそれらは、パターンによって特定のものや考えを指し示すものだということを理解するまでしばらくを要した。
勿論、文字と数字のことだ。
その概念を私がこうして説明できるのは、勿論長年の訓練の積み重ねによるものであって、理解に基づくものではない。
多分、私は今も数字を理解していない。私が理解しているのは、色と音だけ。
1は赤、2は橙、3が黄色で、4で緑に、5が青緑で6が青、7が藍で8が紫、9が赤紫で1に戻る。そしてゼロは透明。数字と色が対応付けられた時、私は完全に数学の概念を色で代替することができた。足し算は右回り、引き算は左回りに色相環を巡ればすぐに計算できたし、環を内側外側に拡張した色相環を使えば、簡単に桁が複数ある数字も計算できた。掛け算も割り算も、色相環をピザ生地みたいに増やしたり分けたりすれば良いだけなので簡単だ。あとはその応用でしかない。
「凄いよ、望空。あなた天才だったの!」
私は、特に感動もなくその説明をした時の母の表情に、むしろ打ちのめされて泣いた。母は、私が感動して喜んでいるのだと勘違いしたようだが、私は恐れ、慄いていたのだ。
母が、私を恐れ、慄いていたことに。
仕方ない。それはそうだろう。不幸な事故に遭った、可哀そうでか弱い、守るべき娘が、聞いたことも無い考え方で算数の問題を式も書かずに解くのだから。
それに比べれば、漢字は音と形の塊で、要は正確に絵を書けばいいってことだよね、と私が言ったことを、父は可能な限りうまく解釈して母に伝えたらしかった。
「これでようやく、あの子も皆とお喋りしたり、勉強したり、遊んで暮らしていけるんだよ」
涙ぐむ母に対してかけられる父のそんな言葉が聞こえ、彼の表情の中に、妻への気遣いと慰めを見て、私は自分を宥めた。あの人は優しい人だ。娘が異形の怪物になったように感じることを恥じて、その感覚を何倍も鋭く感じている妻の考え方を変えようと一生懸命になっている、そんな愛情深い人なのだ。その気持ちを、その何倍も何倍も何倍も鋭く心に感じている私の方が異常なのだ。誰にも罪などない。
もちろん、当時からそんな風に言葉を紡げたわけではない。ただ直感で理解していたのだ。二人の心と、自分の絶望を。
それでもかえって良かったのかもしれない。その時の心象が、私を両親から独立させるきっかけになったように思う。
まだ当時、十一歳だった私は両親に心の内を伝えることをやめ、「鳥」という漢字が可愛いとか、ひらがなだと「ふ」が好きだとか、台形は「重い」けど、ひし形は「軽い」というような感想を漏らすことをしなくなった。
「私、大きくなったら、自分と同じような人達を助ける仕事がしたい」
私は、十二歳の誕生日に両親にそう言うと、将来、この場所を出て世界を回りたいのだと、だから私にもっと考える力をください、と願った。両親の視線から、いつもの部屋の鏡窓の向こう側に、私に智慧を与えた人間がいることは分かっていたし、その日もその存在を感じていた。それが、メーヴェ社という会社の人間で、私をこんな人間としてこの世界に産み落とした創造主である怪物バスの、そのまた創造主なのだということは後に知った。
私自身が成人して、両親が行った契約を引き継いだ際に。二人がこれまで得ていた莫大な研究協力金と引き換えに、世間に事故の詳細を口外しない守秘義務と、裁判で得られるだろう賠償金の何倍もの示談金の存在についても。
そして、二人がその契約内容が、世間の好奇の目から私を守るために仕方なかったのだ、と自分達で自分達の気持ちを騙している欺瞞についても。
二回目の手術を行うために医療倫理の観点から必要となる診断書の作成と、膨大になる手術とその後の検査、経過観察期間の生活に必要な費用まで、私は時間をかけてメーヴェ社相手に自分の要望を伝え、そして視聴覚データの定期的な提供を条件に、生活と将来設計に必要な費用を勝ち取った。
初めて、自分の力で金を稼いだ瞬間だった。
両親もこうやって悪運を金に換えて、私を生き永らえさせ、異国の地で暮らすために必要なものを揃えたのだろう。仕方なかったと思う。けれど二人が売ったのは彼らの悪運ではない。私の悪運と脳と身体ではないか。私は心底、両親二人に同情し、共感し、感謝し、そして軽蔑して、二人の元を去ることにした。
必要な手術を行うには、様々な検査を含む膨大な準備によって、一年ほども時間が掛かったが、私はその期間を利用して人並みかそれ以上の勉学を色と音による理解で進め、そして両親との間の関係を充分に整理した。二人にとって自分が良い娘であろうと努めた。私の将来に安心してもらい、また誇りに思ってもらえるように、そして良い想い出として胸に抱いてもらえるように。それは一種の手切れ金のようなものだった。
そして、手術はあっけなく終わり、前回よりも極めて短い時間で意識を取り戻した私が最初に見たのは、大学病院の研究室から見下ろす芝生の上にうっすらと広がる黄色い霧のような光だった。
それは、植物たちが陽の光を浴びて蒸散によって発散しているストレスを私の感覚器官が感知した光景だった。
視覚と嗅覚、それから湿度を感じるための肌感覚。。
私の感覚器官と脳は、数字や文字だけでなく、人や動物、植物、そして目の前に拡がる環境の健常性やストレス、意志と感情の流れまで把握できるようになったのだった。
こうして私は外の世界への鍵と、さらに世界を見て、感じるための力を手に入れることになった。人の感情と思考、その内面と、この世界全体で起きていることへの直感的理解という異常な能力を。
おかげでこのざまだ。私の世界には未来への曖昧な希望など無くなってしまった。
やがて私が観測可能な範囲は成長し、街の一ブロックを、数ブロックを、街全体を何となく感覚できるようになり、それがやがて、州に、国になった頃には、感覚できる光景は空全体に拡がっていたのだった。
そして、その色合いは日に日に鮮やかに明るくなっていた。
それは、この世界が過剰なエネルギーの生産とロスを生み出し、人々は傷つき、どこかで滅びる可能性について真剣に不安を覚えているのだと、私は明確に感じ取ることができた。世界のどこかで大きな戦争や事故があると、さらに世界の輝きは増し、鈍かった光は鋭さを増し、肌を刺すようになっていた。
私は、世界を諦めるという選択肢ができなくなった。世界は思ったよりも破滅に向けて逼迫していたのだ。まだ、何も知らず、安穏といられた頃の自分を思い出して、恐ろしく恥ずかしく思う気持ちがある。しかしその一方で、その頃の平和に浸るような甘やかな懐かしさを今も感じることもある。
そこには両親がいて、いつもお世話になった先生や、交流のあった子供達や、そして私自身が、私を呼び戻そうとして、声なき声で私を呼んでいる。
だが、決して戻れない。目の前に、放っておけば崩壊するだけの世界と、それを防ぐ手立てへの明確な道筋が浮かんで見えるようになってしまったのだから。
◆
空港を降りて、古びたレンタカーを借り、久しぶりにベルギーの街並みを自分の運転で行くと、懐かしさを覚える街並みが見えて来る。
赤茶けたレンガ色の屋根に尖塔、煙突たち。華やかな壁面は観光地だけの限られた特権で、整備の行き届かない一般の道にロマンティックな風情はない。
けれど、それがかえってまだ両親と共にいた頃のアメリカの大学病院を想起させ、郷愁を誘う。
国際免許を取るのには苦労したが、それだけの価値があると感じる景色だと思う。世界の危機を訴える前に感じる情景としては悪くないと思う。
重く垂れこめた金属薄膜のような銀色の空が、視界一杯を覆っていなければ。
私は、車のメーターが二重の色相環の中で回転していくのを見つめながら、スピードを正確に抑え、古いカーステレオシステムから地元のラジオを選んで流した。オランダ語の音楽が短く流れた後、ニュースが入った。
相変わらず欧州は資源の取り合いで経済の悪化が続いており、南北統一アメリカは国内治安が混乱したまま暫定自治区の乱立に手を焼いていた。中東は第二次人口爆発が止まらず、インドとの国境線を中心に一触即発の準紛争状態が続いているし、ロシアと中国も引き続き周辺国を巻き込んで覇権主義を競い合うように領土と領海を拡大中だ。
日本とイギリス、それからシンガポールとオーストラリアは比較的混乱の外にいるように見えるが、勿論無関係ではない。世界は全部を巻き込んでその輝きを鮮やかにし、彩りというには烈しい嗚咽のような悲鳴に満ちて混乱している。
ニューヨークの国連総本部が無差別テロで吹き飛んだ日から、世界は憎悪と不安を垂れ流しながら、今日まで何とか生き延びてきた。この分厚い銀色の空の下で。
その光を、まるで人間が死滅するのを心待ちにしている侵略者の宇宙船のようだと思ったこともある。それでも、そこからは異星人も神も悪魔も出てこなかった。自分達を滅ぼすのに、そんな存在に頼らずとも人間は易々と滅びてみせるだろう。
そして、やはり目の前の問題を解決できるのも、人間だけなのだ。
「皆さん、私はここにある事実を告げるために立っています」
元欧州連合総本部にして、暫定国連復興委員会の主議場である元・欧州連合本部のビルは、何重にも張り巡らせた赤外線とX線のセンサーと、リアルタイム画像解析機能付き光学センサーによる鉄壁の防御でテロを防いでいるが、生身の身体だけを持つ、いくつかの障害があるだけの私は兵器や危険人物とはみなされなかったようだ。
私が暫定国連総会の議場に掲げたスライドには、いずれも鮮やかな色彩で描いた球体が踊っている。それらを見つめている人々は概ね好意的なトーンで、良く知られるようになった私の作品達を見て囁き合っている。しかし、その表情には疑念がある。この現代芸術家はこのような場所で何を言うつもりなのか、と。
その人々は、数地域、あるいは十数地域に分かれて覇を競い合い、一方で生き残りを掛けて助け合う政治家達だ。ただの余興で私がここに乗り込んできたと思った者はいまい。その一方で目的を察した者もいないようだった。私は大きく息を吸って、最初の言葉を吐き出した。
「皆さん、貴重なお時間をいただき、有難うございます。今日は皆さん全員に等しく降りかかるであろう事態について、報告させていただきます。私は、アラキ・ノア。ある事故で脳機能を損傷し、手術によってそれを回復させた一介の芸術家に過ぎません。かつて街の通りにペイント絵画を描いて回った路上芸術家のように、私は芸術によって世界に警句と変革を起こすことを夢見ていた人間です。そう、過去形です。今、私は悟っています。虚構の芸術作品としてではなく、現実に関する話を皆さんにしよう、と」
そこで一呼吸置いて、私は続けた。後戻りのできなくなる状況に踏み込んだ。
「この話をすることは、二つの意味で今の私を作った企業との契約に反する行為です。私はそのペナルティを受けるでしょう。しかし私は世界中の人々に伝える義務があると考え、信頼できる友人に頼み、この場に立っています」
私はスライドを送り、当時の事故の写真を投影した。
今や時代遅れになった無骨な自動運転バスの前方がひしゃげ、血の跡が点々と続く綺麗に舗装されたアスファルトが映る。
赫い点。始まりの色。私の原点と座標軸だ。
そこから螺旋を描いて生じる私の過去の作品群が画面に溢れ、そして会場に『Overlay』のイントロダクションが静かに流れだし、私は人々に訴えた。
「これらの作品は、私の創作したものではありません。これらは全て模倣です。模写です。私が実際に感覚している世界の光景と音なのです。私は皆さんが“感覚能”を持たれていない世界の描像を皆さんにお伝えしています。それはちょうど、蛇が赤外線を探知するように、蝙蝠やイルカが超音波の反響定位を行うように、別の方法で捉えた世界の真実の姿なんです」
聴衆が要領を得ないと言う表情でざわめき、連続する私の作品たちを指さして、首を傾げた。
「もう一度言います。これは私の作品の宣伝ではありません。世界を捉えた姿なんです。どうか、良くご覧ください。こちらが私が初めてその光景を絵画に落とした作品。全く美しくはありませんね。まるで灰色の泥団子のようです。そして、次が東南アジア全域を襲った群発性地震が起きた日です」
絵の中で私が球体として描いた空の色は、不気味に鈍く輝き、銀の砂をまぶした様に光の粒子を纏っていた。
「そして、次が、ニューヨークの旧国連本部を狙ったテロ行為が生じた日のものです」
真っ白に染まった球体の下に、その日付を表す青緑の影が落ち、光り輝く球体からの放射光をプリズム分光にかけたような虹色が影に差していた。
いや、現に私は、その日、この光景を見たのだ。宙で爆発するように蠢くおぞましい光の群れを。あれは、人々の苦しみと不安、混乱が海を越えて、私がその時に滞在していたマレーシアの空に届いたものだった。震災復興の支援でチャリティに訪れていた私は、その日、激しい眩暈と吐き気に襲われ、意識を失った。
その後、球体は一度は色を取り戻したが、その日を境に、激しく脈動するように鮮やかな銀光をまとい、そして影を失った明るい色が表面を染めるようになっていった。今では、最早透明化して、色すら失いつつある。
その意味するところは明確だ。透明に近い色は、桁がとても小さい数。
薄く薄くなっていく色は、ゼロへの回帰。カウントダウンだ。
「世界は今、破滅に向かっています。人類が、ではありません。そのことは皆さんもよくご存じのはず。私は、環境活動家でも、平和主義者でも、差別主義者でも、差別是正主義者でもありません。ただ、世界を憂う者です。どうか、皆さん、目を開いて、そして私が発信する色と音の中に、世界の悲鳴を見つけていただきたいのです」
戸惑いが残る会場の中で私は、質問や意見を受け付けたが、人々は皆、顔を見合わせるばかりで、このスピーカーを呼んだのは誰だ、などと小声で戸惑った言葉を交わし合うばかりだった。
私のスピーチは、懐疑的な視線とどよめきに晒され、そしてその後、激しく世界各地で非難の嵐を巻き起こした。
◆
国連総会会場を後にした私は、帰宅する車の中ですぐにその結果をオランダ語のニュースで聞くことになった。
「たかが一介の絵描き風情が、思想家気どりで具体的な対策も言わずに世界に言いたい放題ではないか。何様のつもりか」
おおよそそのような意見が急激に膨れ上がり、半ば覚悟していたこととは言え、私は自宅に引きこもって外に出ることができなくなった。
随分と沢山の作品を、自分が世界を理解するための参照資料として描き、作り溜めていた絵や音のサンプルを芸術作品として売ってきたおかげで、今、生き永らえるだけの金を手に入れた。その生き方を非難されることについては、私は受け入れるつもりだった。なぜならその生き方は、私の悪運を売り払った両親がしていたことと、そう大きく異なるわけではなかったからだ。
しかし、両親とは異なることもあった。それは、私の周りには逆に人が増えたということだ。
最初それは、単なる賛同者だった。スピーチで私が告げた、私は事実を告げる者で何らの思想を持つ存在ではないという言葉にも関わらず、ネオリベラルと呼ばれるようになった環境保護団体や、平和団体や反戦団体など、ありとあらゆる「良いこと」を志向する人々がこぞって私に連絡を寄こした。
おそらく、それは私が何を言ったかではなく、私が何者であるかに着目して、その強力なブランド力を当てにした接近だったろう。
「ぜひ、講演をしてほしい」「対談を申し込みたい」「インタビューを……」
私はそれらの一切合切を無視した。目端が利くだけで責任を果たそうとしない企業や団体の片棒を担ぐことは全く本位では無かったし、そもそもそれらが本質的に価値のある行動だとは思わなかったからだ。
程なくして彼らは姿を消した。
代わりに少しずつ現れたのは、個人的な賛同者たちだった。
「あなたの言っていることは正しい」「私の考えと全く同じだ」「人々はノアの発言をもっと真剣に捉えるべき」「示唆に富んだスピーチだった」
それらの発言も、私は受け流した。
人々は、自分が発信している主張や思想に、裏付けを欲しがっているだけだった。
その意味で主張は違えど、ブランド力を期待する企業や団体と根本的な意味では彼らも変わらなかった。
そう、彼らは「変わらない」という点で同じ存在だ。
元から自分達が正しいことをしていると思っている人々は、新しい景色を警句として伝える人間がいたところで、それを何かの比喩や表現として捉えてしまい、本当のことだなどとは思わないものだ。
そして、私は世界に真剣に絶望するようになった。私一人では、政治も経済も、世界のあらゆる国々の事情も、変えることができないことを理解し、そして人々にもそのような権限も余裕もなく、また何かを変えようとする我武者羅な心もまた持つことができないのだということに気づいたのだ。
私自身、誰が敵か、味方がいるかも分からず、とにかく世界を変革しきるなどということは難しい。誰かに理解してもらって、賛同して、一緒に動いてもらわなければ、一人では世界を変えられない。
そう思って諦めかけていた時、最後に思いもしなかった人々が現れ始めた。
「私も同じものがみえるようになりました」
最初、その言葉にため息をついて、メッセージを消そうかと指を伸ばした。
しかし、そこに表示された日付付きの真っ白なバルーンのような絵を見ると、全身に鳥肌が立ったようだった。
ちょうど自分でも描いた同一日付けの光景の未公開描画データを引っ張り出し、そして重ね合わせると、それらの宙の色は瓜二つで、溶け合うように同じ色をしていたのだった。
この人も、私と同じ脳の増強を行っているのだろうか?
いや、そんな実施例があるとはメーヴェ社から聞いたこともない。しかし一方で、その話が本当でなければ一致するはずのない確たる証拠を見せつけられ、私は話を信じざるをえなくなっていた。
特段の手術もきっかけもなく、この世界のある角度からの姿を見ることができるようになった人間は存在する、と。
そして、そのようなメッセージの数は日を追うごとに増えていったのだ。
◆
「私は皆さんを誇りに思います」
同志達が借りてくれた屋外球技場に設えた舞台で、私達は空を見ながらお互いの存在を確認していた。
仲間を見分けることは簡単だった。会場の入場ゲートで、空を見上げて正しい宙の光景が描かれた絵を一人ずつ選んでもらうだけで、簡単に本当の同志であるかは確認することができたからだ。
そもそも、そうした確かな判別手法があるおかげで、偽物に成りすます人間も殆ど出て来ることはなかった。
「ここに集まっていただいた方々は、十万人を超えました」
球技場の外側、私の声を伝える広大な駐車場まで会場は拡大され、人々は出身国や文化圏を超えて、肩をたたき合い、お互いがこの星にとって、人類全体にとって何が良いのかについて、真剣に語り合っていた。
「私達がすべきことは一つ。世界に対して、何が正しいのか全ての営みに対して審判を下すこと……ではありません」
私の言葉に、人々は真剣な表情で押し黙った。
私は、自分の描いてきた絵や、音楽を全てスクリーンとスピーカーから消し去って、人々に告げた。
「私達が行うべきは、場所と時間に縛られない、私達だけの行動原理を造り上げ、その是非をこの宙に問うことです」
それは事実上の建国宣言だ。
国の構成要件として通常なら、国民と共に、領域と政府と対外的主権という概念が必要だ。
だが、私達にはそれは必要ない。法律も、統治機構も、あらゆる機関も必要ない。
私達は、自らの意志で行うべきことを投票で決め、その審判を“宙”に問い続ける。単純な善悪のテストを繰り返し、後は能力に目覚めた仲間達が増えるのをただ待つだけでよい。
そうすればいずれ、いつの間にか、この星は新しい世界へ、よりよい世界へと変わっているだろう。
私はそれを確信し、人々が上げる歓声に手を振って返す。
新しい秩序の誕生に世界が歓喜の声を上げ、誰かが祝砲を打ち鳴らしているのが聞こえる。
連続する破裂音、ぱん、ぱんぱん、という景気の良い音と、そして……悲鳴。
声がでない。頬に温かいものが流れ、身体が崩れ落ちる感覚を覚える。
そして、暗転していく世界の中で、宙に見えたのは、燦然と輝く真っ白な光、そしてうっすらと消えていくその残光だった。
◆
以上が、ある時代において残されている、喪失感を失った時代と呼ばれる一時期に生きた革命家未満の少女の記録である。
後世による創作が多分に含まれると研究家の中でも内容を疑問視する声が大きいが、この時代の人間、特にイスラム圏の住民の土葬された骨格を見ると、脳の側頭葉から前頭葉にかけての異常発達が複数見られるなど、特異な傾向が散見され、人間の脳の急激な進化が進み始めていた可能性があるとの指摘もある。
いずれにせよ、これらの動きが以降の世代の地球総合管理局の創設に繋がったことは否めず、政治体制を一変させた歴史上の事件であったことは言うまでもない。
了
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